負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第14話02 魔法使いの居場所

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 最後の戦い、その勝利の鍵を握る“運営の魔法使い”。
 それが運営本部らしき場所に居ないとなると……

(じゃあ、観客の行動を監視する意味も含めて
 観客席か?)

 あの闘技場はとんでもない額の金が動く。
 一般客一人ひとりだって
 確実にそれなりの金を持っている。
 スリなどの犯罪を犯すには丁度いい空間だ。

 加えて、賭博場という
 人生を踏み外しがちな場所。
 自暴自棄になった客が暴れてもおかしくない。
 もっと言えば、
 高額出資出来る貴族が何人も集まっている。
 テロをするにも向いた場所だろう。
 ならば警備が要る。

 元々、あの場にいる運営側の魔法使いは
 一人きりだと思っていない。
 巨大な魔法の鏡に試合状況を映す係がいる。
 あるいは映像を撮る係と鏡に投映する係で2人。
 合計3人、以上の魔法使いがいてもおかしくない。

 例えば出場者を制御する係、
 試合を撮る係、投映する係、
 更に何人かが観客席に配置され、
 会場の警備係と兼任してるとしたら?

 常に4万を越える客が入っている観客席。
 そこからたった一人(あるいは数人かもしれない)の
 制御係を探し出すのは至難の業だ。
 どんなにビッグケットが粘ってくれても詰み。
 サイモンたちに勝利をもぎとるすべは潰えてしまう。

(でも……警備係に魔法使いって
 おかしいんだよなぁ)

 ただ会場の暴動を抑え込みたいだけなら、
 わざわざ魔法使いを駆り出す必要はない。
 もっと単純に戦士や騎士など、
 物理的に強い人物を用意すればいい。

 そもそも魔法使いという職業自体、
 大方が王族貴族金持ち出身だし、
 知識技術どれをとっても
 肉体労働の戦士より格上。
 雇うコストが半端ない。

 ……全員ボランティアで無償タダ
 可能性はなきにしもあらずだが、
 普通に考えて「ない」だろう。

(それに、
 結局主催者の護衛はどうした?
 って疑問が残る)

 もし仮に
 運営側の魔法使い全員が観客席に居たら。

 鏡の真下、観客に囲まれた主催者、
 そしてゲストだか出資者だかの貴族達の
 身の安全はどうやって守るんだ。

 魔法使いだから遠隔でなんとでも出来る?
 いや、暴徒の鎮圧だけならそうだとしても。
 客全員が逃げ惑うような大掛かりなトラブルが起きた時、
 護衛すべき対象がすぐそばに居ないってのはおかしい。
 避難にせよ誘導にせよ、
 やっぱり護衛係はすぐそばにいるべきだ。

 そしてそれは、
 武器がないと役に立たない物理戦闘員より、
 身軽で柔軟な活躍が出来る魔法使いこそふさわしい。
 以上のことから……


(少なくとも運営サイドの魔法使いが一人、
 主催者のそばにいるはずなんだ)


 となると、出場者が……
 今回のように暴れる可能性がある化け物が
 出ているなら尚更、
 制御係が主催者のそばにいるはずで、
 つまり主催者の護衛と兼任してると考えるのが
 自然だろう。

 あの場にわかりやすく魔法使い然とした人物はいなかった。
 貴族の一人のふりをしている?
 姿を見えないようにしている?
 そもそも、超高レベルの魔法使いだから
 本当に側にいる必要はない?

 だとしたらどんなに探しても見つからないのでは??

 もう考えがまとまらない。
 たら、れば、を繰り返したら
 1から全てが崩壊する。
 その程度の理論展開だ……
 こんなのにビッグケットの命を賭けるのか?

(うーーーん、
 でもなーーーんかひっかかるんだよなぁああ……)

 何かを見落としている気がする。
 既に正解を掴める状況にいるのに、
 思考を上手くまとめられないばかりに
 うっかり辿り着けないような。

 すぐそこに、「制御係の居場所」
 ピタリの解答がありそうなのに。


『……サイモン、私もう寝るぞ?』


 ……はっ。
 俺は、何をしていたんだ。


 気がつけばビッグケットが辞書を机に置き、
 寝間着と呼んでいたワンピースに着替えていた。
 時刻は9時を回っている。
 知らぬ間に1時間近くうんうん考えていたようだ。

『お前、さっきまで話してたと思ったのに、
 突然ピターッ!と動かなくなっちゃうんだもん。
 石像になったかと思ったよ』

『悪イ……』

『タイトルは“考える人”。
 なんてね♪』

 茶化したように笑うビッグケットの視線が痛くて、
 手の甲に置いていた顎を上げた。
 頭の重さは手の甲から腕を伝わり、
 肘を支点に太ももに叩き込まれていたようで、
 肘も太ももも痛い。

 ついでにずっと前傾姿勢だったので腰も痛い。
 馬鹿か俺は?

『……ワカッタ、オレモモウ寝ル』

 はぁ。ため息をついて立ち上がる。
 とりあえず、明日の作戦が判定勝ち狙いなら、
 明日試合開始までにやらねばならないことがある。

『明日。
 俺ノ代ワリニナル人間ヲ探シニ行クゾ』
『なんで?』

『ビッグケットガ時間ヲ作ッテル間、
 対戦相手ヲ操ッテル魔法使イヲ
 探サナキャイケナイ。

 デモおーなー席ニ居タラソレガ出来ナイカラ、
 俺ノ役ヲスル人間ガ必要ナンダ』

『「最低限俺と背格好が似てテ、
 出来ればケットシー語を話せテ、
 ビッグケットと意思疎通出来る人間……。

 あれ、もしかしテ…」』

『ジルベールじゃない?』

『アッサリ言ウナヨ!ツマンナイダロ!!』

 ……ま、ケットシー語を話せて……の下りで
 ほぼ決まったようなもんだけどな。

 思い返せばジルベールは
 180センチ前後で細身、
 髪こそ長いが顔立ちも優しげだし、
 サイモンと似ていなくもない
 (サイモンの顔が優しげかと問われると疑問が残るが、
 骨格や遠目なら充分似てると言える)。

 恐らく髪の長さをなんとかして、
 カラーリングもそれっぽく弄れば
 立派に代役が務まるだろう。

 にしても……ったく、
 買い物の借りも返してないのに
 また手を借りることになるとは。

『ジャ、トリアエズ明日起キテ飯食ッタラ
 ジルベールノ所行クカラ。ヨロシク』
『わかった』

 黒猫はもう寝る準備を済ませたらしい。
 すたすたと奥の寝室に向かってしまった。
 なんとなしにサイモンがそれを見ていると、
 くるりと振り返る。

「さいもん」

 お、共通語のイントネーションだ。

「……スキ。」『おやすみ!』

「ッ……!!」

 咄嗟に何も言えないサイモンを置いて、
 笑顔の黒猫は寝室に消えた。
 お前っ……お前さぁ!!

(わざと!もてあそびやがってぇええ……!!)

 恐らくツッコんだら負け。
 ツッコんだら負けだ。
 だがむしろ、明日本気でどちらか、
 あるいは両方死ぬかもしれないのだ。
 それくらいの戯言許してやらなくては。

(……上手く行けば無傷。
 ……けど、最悪俺が秒で爆散する……)

 明日、ビッグケットに
 この事実も伝えなくてはならない。
 だが諦めない。
 明日中に居場所のヒントくらいは掴みたい。

 ……俺が。
 次こそ俺があいつの役に立つ。
 あいつを救う番なんだ。

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