負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第14話05 雪白の令嬢、追憶の鏡

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 闘技場で最後の勝利を掴むため、
 一肌脱いでくれないか。

 サイモンがその目を見据え、
 ビッグケットも拳を握りしめた。
 ジルベールは困ったような笑みを浮かべたが。

『……いや、これはもう自分のためなんだけどさ。
 カミーユなら今でも貴族社会にパイプを持ってる。
 僕が昔見た令嬢の絵画について調べることが出来るし、
 なんならサイモン君の絵を見て
 情報を交換することも出来るかもしれない。

 ……じゃあ、やろうじゃないか。
 謎の美女の正体を解き明かす推理の旅!』

『『おーっ!!』』

 三人で拳を上げ、決意を新たにする。
 では次に向かうべき場所はどこだ?
 ……恐らくだけどあそこだ。















『はい、冒険者ギルドです』

『……冒険者ギルド?
 これとエルフの国に連絡するの、
 何が関係あるんだ?』

 サイモンたち3人は、
 連れ立って冒険者ギルドにやってきた。
 昨日来たばかりだから道順は覚えている。
 そして内装も昨日と同じだ。

 入ってすぐ、明るく開放的なロビーが広がっている。
 玄関横には冒険者向けに
 仕事の依頼を貼ったボードがあり、
 わんさかメモが貼られている。

 サイモンが貼った物は早くもなくなっていた。
 誰かが受注したのだろう。
 何せ、本一冊買うだけで金貨3枚の報酬をつけた。
 破格の値段故、きっと急いでこなしてもらえると思った。
 狙い通りだ。

 奥には木製の大きなカウンターがあり、
 受付嬢他、何人かのスタッフが働いている。
 各々帳面をめくったり、何かを書き連ねたり、
 事務仕事に忙しい。

 そして手前に視線を移せば、
 いくつものテーブル、たくさんの椅子。
 ここは冒険者たちが歓談し、
 情報交換する場になっている。
 一階は主にこんな感じだ。

『「エルフは基本他の種族と交流しなイ。
 交流が許されてるのは
 王族、外交官、首長と冒険者のみ……だっケ?」』

『さすがサイモン君、詳しいね。
 そういうわけで、
 人間ノーマンの国からエルフの国に連絡を取るなら、
 冒険者ギルドの力を借りるのが一番早いんだよ』

『へぇーー』

 ジルベールは話しながら、
 迷わず奥へ進んでいく。
 二人も慌ててそれを追いかけ、
 やがて3人はカウンターに辿り着いた。
 ジルベールが緊張した様子で受付嬢に話しかける。

「……あの、エテルネルフォレに連絡をとりたいんです。
 鏡を貸して下さい」

「わかりました、
 呼び出したい方はいらっしゃいますか?」

「……北方グランドルに領地を持つ、
 デュ・ベレー家。
 カミーユという男性を呼んでください。
 マルブランシュ家のジルベールが待っていると
 お伝え下さい」

「かしこまりました。
 少々お待ち下さい」

 そこで会話が途切れ、無言が落ちる。
 ……エテルネルフォレ、エルフの国。
 さすがのサイモンもほとんど関わったことがない。
 さっき説明したように、
 意図的にひどく閉鎖的な環境を構築している。

 噂なら聞いたことがあるが、
 一般的な人間ノーマンの前に出るエルフがいたとして
 ほとんど冒険者。
 都会に暮らすサイモンには、
 なかなかお目にかかる機会が訪れなかった。

 実のところ、
 初めてジルベールを見た時は
 かなり興奮した。
 何度も絵本で見た、
 とんがり耳を持った美しい姿。

 しかし確かに、彼はなぜ人間ノーマンの国にいたのか。
 道具好きだし、てっきり冒険者から流れて
 ああいうのをやっているんだと思ってた。
 貴族の実家から追い出されるとかいう、
 ハードな過去があるとは思ってなかった。

(いつもへらへらして
 何も悩んでなさそうだったからな……)

 それもこれも
 「そう振る舞ってただけ」なんだろうが。

 今、ジルベールは緊張した様子で
 連絡鏡の応答を待っている。
 あんな硬い表情初めて見た。
 美しさと相まって酷く冷たい印象だ。
 ……だから、あえて笑顔を貼り付けていたんだろうか。
 エルフも大変なんだな。

 やがて。

ージルベール!?お前、ジルベールなのか……!?ー

 目の前に置かれた鏡に
 一人の男が映し出された。
 いかにもエルフの貴族といった感じの、
 耽美で優美な外見。

 抜けるような白い肌、ウェーブした長く淡い金髪。
 それを肩から流し、ゆるく三編みにしている。
 睫毛の長い、凛々しげな紫の瞳。
 こっちでは珍しいが、
 あっちではポピュラーなんだろうか。
 高い鼻、すっと引き結ばれた唇。
 彫像のような完璧な美がそこにあった。

ージルベール……!お前、元気に生きてたんだな!
 良かった、良かった……!ー

 鏡の向こうで美丈夫が
 ぱたぱたと涙を落としている。
 百年ぶりの再会。
 スケールの大きさに目眩がしそうだ。

 長い間連絡を取らなかったのは
 後ろめたさからだろうか。
 だが、カミーユと呼ばれたこの男性は
 こんなにもジルベールのことを心配していた。
 ちゃんと覚えていた。

 ……良かったな。
 赤の他人だが、思わずサイモンの目頭も熱くなる。

 さて、当のジルベールを見ると……
 あまりに感極まって、言葉が出てこないようだった。
 こちらも目元を真っ赤にして唇を噛み締めて。
 長い長い歳月を想っているのだろうか。
 しばらくじっと黙り込んでいた。

ーおい、ジルベール……?ー

「「ごめん、へへ……久しぶり。
 ずっと連絡しなくてごめんな。
 僕、ずっとアヴァロンに居たんだ。
 シャングリラって知ってる?
 父様や母様が聞いたらひっくり返りそうなとこで。
 毎日楽しく暮らしてるよ」」

ーそうか、シャングリラ……!
 ハハハ、確かに年寄り連中が聞いたら
 激怒しそうだな!
 だがすこぶるお前らしい。
 それに毎日楽しいなら、元気で暮らせてるなら……
 私は言うことないよー

 ふふふ、へへへと二人が笑みを交わす。
 そうだな、人間ノーマンだって
 シャングリラに入り浸ってるなんて言ったら
 かなり煙たがられるのに、
 エルフがそうなんて驚天動地の出来事だろう。

 けど、カミーユはそれをあっさり受け入れた。
 昔からエルフ社会の中で異端だった
 ジルベールの友人だっただけはある。

「「あっ悪い、
 今日は世間話するために連絡したわけじゃないんだ。
 君、カトリーヌっていうエルフを知らないか?
 白髪、薄青の瞳でとても美人だっていうんだが」」

 そこでジルベールが本題を切り出す。
 サイモンとビッグケットはそっと鏡の中を窺った。
 人間ノーマンと獣人が堂々と映り込むのは申し訳ない。
 だが、カミーユが何を言うか知りたいから。
 するとカミーユは、ふむ。と顎に手をやった。

ーそれは……
 もしかして、ブラッディローズのことか?
 血まみれカトリーヌ。
 こっちの国に伝わる怪談……に近い話だが……ー

「ブラッディローズ……?!なんだそれ」
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