負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第14話07 いつかの約束

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 金の目を煌めかせて、真っすぐに。
 いつもなら何を言い出すんだ!と
 驚くところだが、
 今日は違う。
 目を丸くするジルベールに、
 サイモンも笑顔で頷いた。

「「俺たちで良ければ手助けするぞ。
 俺たち、まだしばらくシャングリラにいるけど……
 そのうち旅に出る予定なんだ。
 そのどこかでいいなら、一緒に行こう。
 もちろんお前が良ければ……だけどな」」

「「二人共……!!」」

 サイモンはエルフの国と縁遠い存在だった。
 しかし人間ノーマンの国、アヴァロンにとっては身近で、
 それ故エルフ語を学ぶ教材は山ほどあった。
 これは父の影響というより彼自身の趣味。
 サイモンは独学でエルフ語を覚えた。
 いつか……
 いつかエルフの国に行ってみたかったから。

ーなんだ、聞こえたぞ。
 件の友人たちだな?
 そこに居るということは人間ノーマンかもしくは……
 しかし、いい。
 ぜひ来てくれ歓待しよう。

 ……ジルベール、どうだ。
 これでもこちらに来ないつもりか?ー

 にやりと口角を上げるカミーユ。
 ジルベールはそれを見た瞬間、
 顔を両手で覆って俯いてしまった。
 言葉にならない。
 両肩を震わせている。

「「みんな……っありがとう……!
 僕、僕……ここまで一人で頑張ってきて良かった……
 良かったよ……!」」

 しゃくりあげて
 子供みたいに泣き始めるジルベールの背中を、
 サイモンが軽く叩く。

 ……そうか、エルフは寿命が長い。
 確か平均千歳だ。
 その長い長い人生、
 早いうちに国から追放されて
 他所よそで生きていけと言われたら……
 そりゃあ寂しいし苦しいだろう。

 元々他の国に興味があって
 言語だって覚えたとしても、
 故郷を失った孤独を埋めるのは
 並大抵の苦労じゃないはず。
 ……もっと早く気づいてやれれば良かったな。

「「わかった、きっと行く。いつか行く。
 みんなの所へ……
 挨拶くらいはしにいくよ……ッ」」

ーああ、わかった。
 では前向きな約束も出来たところで
 今日はお開きとしよう!
 ……なぁ、ジルベールの友人諸君!ー

 ん?話しかけられている。
 サイモンは一応あまり鏡に映らないようにしつつ、
 静かに耳を傾けた。

ー気を遣ってくれてありがとう。
 しかし同じエルフの国の中でも、
 思想は様々。
 私は自分を比較的寛容なタイプだと思っている。

 そうじゃなくとも、
 人間ノーマンとちょっと話したくらいでけがれるだの、
 エルフの恥だの言うのは
 本当に限られたエルフだけだー

 ふぅん、そうなのか。
 あまり詳しく知る機会がなかったけど、
 実情はそんな感じなんだな。

ーだから、もしジルベールを伴って
 こちらに来てくれるというなら……
 ぜひ頼む。
 いつでも、いつまでも待っている。
 百年後だろうと待っているぞ。
 ぜひ会いに来てくれー

「「いや、こっちは人間ノーマンなので……
 そんなに経ったら死んでしまう。
 大丈夫、遅くても
 数年内にはそっちに行くと思う」」

 ビッグケットを見ると、小さく頷いている。
 かまわない。の意だ。

ーなんと!
 数年内なんてあっという間じゃないか!
 楽しみにしているぞ!
 では明日にも支度を始めなくては!ー

 ……そうなんだ、エルフの時間感覚……。
 明日から始めていつまで待つんだ……。
 知らんけど。

ーではジルベール、いつまでも泣いているな。
 良い友人に巡り会えたじゃないか。
 顔を上げろ。
 ……近くまた会おう。
 その時を楽しみにしているぞー

「「ああ……また、いつか!」」

 最後は顔を上げた。
 涙に濡れてくしゃくしゃだったけど、
 確かに笑顔で。
 ジルベールは別れの挨拶を交わした。

 やがて鏡に波紋のような揺らぎが生まれ、
 映像が消える。
 鏡での通信が終わったようだ。

「……てか、あっち冒険者ギルドと言えど
 密入国しろとか言ってて大丈夫か……?」

「……わかんない……けど……
 まぁ、うん……
 あそこまで堂々と言ってるなら
 許される空気なんじゃない……??」

 サイモンが呟き、ジルベールが答える。
 二人はしばしの間のあと、
 各々小さく笑った。

「しっかし……まさかこんな展開になるとは。
 ……なんかごめんね、ありがとう」

「あー別に。
 そもそも言い出したのビッグケットだし。
 そんで俺もかまわないし。
 気にすんな」

『私がなんだって?』
『アッゴメン』

 うっかりケットシー語を使うのを忘れていた。
 サイモンは改めて、
 ビッグケットにもわかるよう会話を続けた。

『マ、ビッグケットガ言ッタコトダシ、
 俺モ大丈夫ダシ、イツカ絶対。
 えるふノ国マデ一緒ニ行クカラ』

『……ありがとう。
 じゃあ準備が整ったらそのうち。
 声かけてね。
 僕も支度するから』

『アア』

 気がつけば、
 冒険者たちがギルド内に集まってきた。
 日も高くなってきたし、
 仕事の時間なんだろう。

 依頼オーダーのメモを物色する者、
 それを受注するためカウンターに向かう者、
 椅子に腰掛けて他の冒険者と話す者など、
 ギルド内は賑やかだ。

『「……じゃ、俺達はもう出るカ。
 カトリーヌがダークエルフだってわかったところデ……
 さっ、協力してもらうゾ、ジルベール」』

『あっ……そういやそんな話だったね……』

 そう、本題はジルベールの百年ぶり、
 涙の再会じゃない。
 ……今夜の闇闘技場。
 その判定勝ちを狙うために、
 ジルベールに替え玉になってもらうって話だ。

『ぐぅ……
 仕方ない、
 国に連れてってもらう約束もしちゃったし、
 一肌脱ぎますか……!』

『「そうこなくっちゃ!」』

 サイモンが笑い、ビッグケットも口角を上げる。
 ジルベールは涙を拭い、
 パンパン!と両頬を叩いた。

『よし、じゃあ僕が
 とっておきの人脈を駆使してあげよう!』
『ナンダソレ』

 ジルベールは会釈しながら鏡を受付に返し、
 そして二人に向き直った。

『替え玉ってことは容姿がそっくりな方がいいんだよね、
 それならうってつけの知り合いがいます!』

『へぇ?』

『変身魔法の使い手。
 そして……彼女が本気を出すと、』

『『出すと?』』

『僕達の容姿が……完全に入れ代わります……!』




 なっ、なんだってーーーーー!!??
 
 


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