負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第15話02 二人の魔法使い

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 そりゃあサイモンとて、
 全方向に後腐れなく事を終わらせたい。
 しかし物事には限界がある。
 現状、全員の命を守るためには
 これしかない。

 サイモンに化けたジルベールの変装が
 途中でバレても詰むし、
 そもそも替え玉作戦がないと
 ビッグケットが死ぬし。

「…………ジルベール、耐えろ…………」

「うわああああああ、どうにかなってよおおおお」

 サイモンはこれ以上ないくらい
 悔しそうな表情を浮かべ、
 ジルベールの肩をぽんと叩いた。
 しかしジルベールは当然納得しない。

 さてどうしたものか……
 議論が平行化したところで。

「あの、依頼者さん……
 サイモンさんがその気なら、
 方法はなくもないです」

「「えっっ」」

 突然ジュリアナが口を挟んだ。
 少し伏せられた目を瞬かせ、
 静かに蜂蜜水を啜っている。

「さっきの案件、私一人きりでは無理です。
 でも知り合いに
 空間転移の得意な魔法使いがいるので、
 彼に頼んで連携すればもしくは……」

「お願いします!!」
「依頼者より行動が早い!」

 ジュリアナがもしくは、と言いかけたところで
 ジルベールが爆速で頭を下げた。
 サイモンのツッコミも追いつかない。

(でもまー……
 もし出来るなら、それが一番いいよな)

 魔法使いの元に駆けつけてる間は
 ジルベールに完璧なサイモンの代役をしてもらって、
 いざ危険なミッションが始まるという時には
 お互い自分の身体に戻る。
 そんなことが出来たらどれだけいいか。

「……うーん、
 それが無理なく
 苦労しすぎない範囲で出来るなら。
 お願いしたいですけど」

「わかりました。
 ではまたギルドに
 鳩を借りましょう」

 サイモンが顎に手をあてつつ呟くのを聞いて、
 ジュリアナが席を立つ。
 ……ちょっと待って。

「その空間転移の得意な知り合いとやら、
 今どこに居るんですか?
 あの、夕方までに合流出来ますよね?」

 思わず気になってしまう。
 するとくるりと振り向いたジュリアナが
 ふん、とため息をついた。
 恐らくせせら笑っている。

「あなた、自分が何を言ってるか
 わかってないんですか?
 空間転移の得意な魔法使いですよ?
 すごいんですよ??
 ……魔法で、一瞬で来るに決まってるじゃないですか」

 ……いや、別に決まってないし
 わかるわけないんだけど。
 それだけすごい人が来るのか。
 ……なんか話がでかくなってきたな。

 無意識にごくりと唾を飲む。









 銅貨2枚を払い、
 「急ぎ」と書かれた
 マジックアイテムの鳩を飛ばして
 待つことしばし。
 ビッグケットに状況の説明をしたり、
 世間話をしたりしていると。

「……待たせたな!」

 突然どこからか声がして、
 サイモンの目の前の空間に揺らぎが生じた。
 思わず上半身を反らしてそこを見つめる。
 ちょうど突き当たった壁の前。
 ジルベールとジュリアナが腰掛けた隣あたりに、
 もやもやと何かが広がっていく。

「あっ、お疲れ様でーす。
 じゃ、どうぞここ。
 端っこ座ってください、
 まだ椅子あるので」

「ねぎらいが軽いな!
 もっと感謝してくれよ、
 急ぎだっていうから慌てて来たのに……!」

 揺らぎの中から若い男が出てきた。
 こちらではもはや珍しい、
 ただの人間ノーマン
 サイモンより年下だろうか、
 少年めいた雰囲気のやや小柄な男が、
 たっぷり布を使った袖と長衣を翻す。

 ベタベタな魔法使いというよりは、
 術師といった印象。
 白目がちな青鈍あおにびの目……
 緑がかった濃灰色の目でこちらを見つめ、
 赤銅色の髪をかき上げる。

 後ろは長い髪が団子にまとめられていて、
 なんだか見た目だけなら
 粗野な女のようにも見えるが……
 普通に男の声だし上半身がまっ平らだから、
 不思議な印象だ。

 その術師の男は、
 サイモンを見るとにかっと笑みを浮かべた。

「えーと、サイモンさん?
 がオレを必要としてるって聞いたんだけど。
 ……そこの金髪兄さんがそうなのかな?」

 なんだか馴れ馴れしいな……。
 サイモンが気圧されつつ軽く会釈すると、
 男は先程ジュリアナが指定した椅子に
 腰を下ろした。
 どかっと脚を組む。

「オレはエリック、15歳だ。
 年は若いがこれでもランクC、
 冒険者としてはそこそこ実績あるから
 安心してくれ。

 得意なのは空間転移、防御、そして少しの回復。
 さて、オレは何をすればいいんだ?」

 ぺらぺら自己紹介された。
 今までたくさんの人間の前で
 同じことを言ってきたんだろう、
 なるほど「冒険者としては実績がある」。
 これは信用出来そうだ。

「えーと、俺たち……
 闇闘技場でオーガに勝たなきゃいけなくて。
 力を貸して欲しいんだ」

 自己紹介を受けて、
 サイモンがおずおずと説明すると。
 エリックと名乗った男は

「んッッッ」

 と唸って固まってしまった。
 ……あ、
 ヤバい案件に首突っ込んだって
 顔してるな。

「……ちょ、ちょっとジュリアナ?
 こいつら何??
 とりあえず闇闘技場ってのがヤバいし、
 なんでオーガ?ヤバくない?
 何オレ、この兄さんを勝たせなきゃいけないの?」

 エリックがやや声を潜めて
 ジュリアナに話しかける。
 するとジュリアナはしれっとした顔で
 正面のビッグケットを指さした。

「いえ、むしろ勝たせるのはこの方です。
 サイモンさんはこの方の登録者オーナーとして
 同行するんです。
 ……まぁ、話せば長くなるので
 蜂蜜水でも飲みましょう」

「…………はぁ????」

 丁度職員が飲み物を持ってきた。
 さて、どこから話せばいいのやら。

「………………。
 馬鹿強獣人の特別な相手として
 オーガが用意されて?
 さすがにそれには勝てないから、
 判定勝ち狙いで
 運営の魔法使いを襲うって?

 その替え玉作戦にジュリアナが駆り出されて?
 最後の詰めのためにオレが必要だって?
 ふーーーん???」

「……ま、そういう感じですね」

「…………危ねーーなぁーーーそれ!!!」

「ですよね!!!!」

 一通り説明を終えると。
 エリックが頭を抱え、
 ジュリアナが同意し、
 ジルベールが拳を握る。
 作戦立案者のサイモンは二の句を告げない。

「……そんなに駄目かな……
 やっぱ脱出に重点おいて
 作戦練り直すべきかな……」

「いや、勝ちを狙うなら
 それしかないと思うけど!
 ここでオレが噛むのに
 最後の空間転移しか関わらないってのはなんか……
 プライドに触る……!」

「あ、それわかります。
 もっと何か出来る気がします……
 運営の検査を掻い潜ってもっと守備固めしたり、
 いざとなったら一瞬で逃げられるように
 準備したり……」

「それな!!!」

 気がつけば、エリックとジュリアナの目が
 めらめらと燃えている。
 え、えと……。
 気圧されるサイモン、
 状況を把握できていないビッグケットの両者を見つめ、
 二人の魔法使いがバン!と机を叩き立ち上がる。
 二人は異口同音にこう叫んだ。

「「それならもっとやれることがある、
 もっと準備しよう!!」」

「……へっ……?」
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