負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第18話02 この世の理(ことわり)

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「サイモンさん!
 猫ちゃん!
 無事か!?
 上、上見て!」

 エリックの声が
 上から降ってくる。
 サイモンが洞窟状のオーナー席に入ろうとして
 立ち止まり、上を見上げると、
 オーナー席のすぐ上の観客席に
 エリックとジュリアナがいた。

 ひさしのような屋根に邪魔されて
 よく見えないが、
 ここに来ると見当をつけて
 探し出してくれたようだ。
 大きく手を振っているので、
 サイモンも手を振り返す。

「おー、無事だよ!
 今そっち行くー」

「や、オレたちが下りる方が
 早くない?」

「待って、なんか来た」

 そこでサイモンは見た。
 傍らのビッグケットが視線を移し、
 視界の先にいるジルベールも振り返った。
 暗がりの奥にあるオーナー席入口。
 控室に繋がる扉が開き、
 誰かが現れた。

 ……主催者だ。

「……やぁ、主催者さん。
 俺たちにまだなんか用が?」

「…………何、見送りだよ。
 なにせ5日間、
 君たちには大変世話になったからな。
 最後に顔くらい見ても
 バチは当たらんだろう」

 緊張した面持ちで
 笑みを浮かべるサイモン。
 静かに話す主催者の貴族。
 両者の視線が交錯したところで、
 双方の間の空間に
 揺らぎが現れた。

「……おい、
 これ以上この人たちに文句があるなら、
 オレたちが受けて立つぞ!

 オレは加護師バッファーだけど、
 こっちのジュリアナは凄腕調教師テイマー
 下手なこと言ったら即死だぞ、
 なめんなよ!!」

「エリックさん、
 私の魔法でドヤるのやめて下さい。
 恥ずかしいです」

 魔法使い二人だ。
 転移魔法で上から下りてきたようだ。
 サイモンとビッグケットを守るように
 立ち塞がる。
 それを見た主催者は
 ふふ、と笑った。

「何、
 ここで彼らを殺して
 どうこうしようなんて
 意図はないよ。
 ……もう勝ちを譲ってしまった。
 私には争う理由がない」

「はぁーーんわかんないね!
 ここで憂さ晴らしに
 殺しちゃうとかいう線も
 あるね!

 なんせ人質までご丁寧に用意して
 ここに来させる、
 姑息な貴族様のやることだからな!
 信用ならねぇ!」

「…………随分信用がないようだ」

 吠えるエリック。
 貴族が苦笑したところで、
 サイモンも口を開く。

「……じゃあ、アンタがわざわざ
 ここまで来た理由はなんだ?
 さっきまで俺たちのこと、
 少なくともビッグケットは
 殺す気満々で振る舞ってたくせに」

「なぁに、最後に。
 猫さんと握手しにきたのさ。
 さっきの言葉を聞いて、
 私なりに思うところがあった。
 それを伝えたくて」

(あっ……)

 偉そうにふんぞり返るなよ、人間ノーマン
 さっきビッグケットが言った言葉。
 そうか、これだけの客を集めて、
 亜人獣人が殺し合う様を娯楽にしている
 人間ノーマンの張本人だ。

 ……まさか、
 改心したから
 ここを閉めるなんてことは
 言わないだろうけど。
 少しは何かが届いたんだろうか。

「通訳してもらえるな?」

「ああ、マトモなこと言うならな」

 一歩、貴族が前に出る。
 ゆっくり歩いていく。
 緊張した様子でそれを見つめる
 ジルベール。魔法使い二人。
 そして、三人の先にいる
 あちこち血にまみれたビッグケット。

 彼女はすっかり元気になったが、
 周りの雰囲気から
 こいつが何か嫌な奴だ、
 格好からして運営側の何かだと
 察したのだろう。
 睨みつけるように
 主催者を見ている。

『ビッグケット、コイツ主催者ダ』

『ああ、だろうと思った』

 短く言葉を交わすと、
 主催者が立ち止まる。
 ビッグケットと主催者が向かい合う。

 でっぷりと肥えた身体。
 ジャラジャラ纏った貴金属。
 長く高価そのものの衣類。
 上から下まで
 いけ好かない貴族って感じの
 見た目。

 その主催者は、
 ビッグケットを見つめて
 こう言った。

「私は、ここの運営を続ける」

 ……?!
 喧嘩売りに来たのかな??

 さっきエリックが警告したにも関わらず、
 主催者は平然と
 ビッグケットの神経に
 触るようなことを言った。
 そして。

「私は愚かな人間ノーマンだ。
 金にまみれ、怠惰な生活を送り、
 暇を持て余している。

 大概の娯楽は見飽きた。
 そこで、毎日変化するものをと思い、
 ここを始めた」

 …………なんの自分語りなんだろう、これ。
 着地点によっては
 マジで八つ裂き案件なんですけど?

 サイモンが妙な緊張をしつつ見守る。
 貴族の言葉は終わらない。

「ここで見る殺戮ショーは
 たまらなく面白いものだった。
 あらゆる人間が上げる悲鳴。
 怒号。醜い姿。

 私はこの魅力に抗えない。
 少なくとも、私が生きてる間は。
 しかし……」

 穏やかに、静かに、
 ビッグケットを見つめる。

「私が死ぬ時には
 全て閉めてしまおうと、
 さっきの言葉を聞いて思った。

 少なくとも私の方から
 誰かに引き継ぐことはしない。

 だがきっと、
 また誰かがここを
 引き継ぎたいと言い出すだろう。
 そしてこの闘技場は終わらないだろう」

「……えーと、何の話なんスか?
 いい話しにきたの?
 喧嘩売りに来たの??」

 思わず横槍を入れてしまった。
 主催者がサイモンを見つめる。
 まぁ、最後まで聞いてくれ
 と言いながら。

人間ノーマン人間ノーマンである限り、
 ここはなくならない。
 だが、私は思った。
 いつか、ここが無くなるといいなと」

「………………」

 サイモンと、ジルベールと、
 魔法使い二人は
 それを黙って聞き届けた。


 いや、お前がやめろよ。


「自分はここを根絶しないのに、
 誰かがこういうのを無くしてくれたら
 いーなーって?
 そういう話です?」

「まぁ、そういうことだな。
 ハッハッハ!!!」

 …………なんて野郎だ。
 真剣に聞いて損した。
 主催者が溌溂と笑うのを、
 一行はげんなりした表情で
 見つめた。
 神経図太いなこいつ。

『ビッグケット。
 コイツ、

 ココヲ閉メル気ハアリマセン。
 自分ガ死ヌマデズットヤリマス。
 死ンダラマタ次ノ誰カガ
 引キ継グデショウ。

 デモ、イツカ闘技場ッテモノガ
 無クナッタライイナァ。
 ダッテ』

『はぁ?
 ふざけてんのかこいつ。
 今すぐ全身裂いとくか?』

『ナンカ
 イイヨ!
 ッテ言イタクナッテキタ』

 ビッグケットが
 全身にざわりと殺気を纏い、
 それをサイモンが
 朗らかに許容したところで。
 主催者は身の危険を感じ、
 慌てて首を振った。

「待て、なぜこれがなくならないか
 教えてやろうか!
 これは人間ノーマンのせいだけじゃない!
 社会そのものの構造の話だ!」

「は?」

 サイモンが眉間にシワを寄せて
 主催者を見ると、
 主催者は真剣な顔をしていた。
 まっすぐこちらを見返してくる。

「差別というのは、全ての人間、
 全ての生き物に共通する
 根強い娯楽なのだ。
 闘技場、いじめ、そして一方的な殺戮。
 どの種族でもそうだろう!」

 サイモンはその言葉にドキリとした。
 そうだ、そういう意味では
 ビッグケットだって……。
 急いで小声で噛み砕いて
 黒猫に伝える。

『「差別ってのは
 全生物に共通する娯楽ダ。
 闘技場も、イジメも、
 一方的な殺戮モ」』

 ビッグケットの目が見開かれる。
 主催者は言葉を続けた。

「今人類の中では人間ノーマンがトップだ。
 しかし、人間ノーマンの上にはドラゴンがいるし、
 その上にも天使や精霊がいるし、
 そして神がいる。

 下に目を向ければ、
 人間ノーマンの下に亜人、獣人が来たとして、
 さらに下に動植物、下等なモンスター、
 死霊や怪物、最後に
 忌むべき悪魔たちがいる。

 強い弱いじゃない、
 誰だってこの意識の中で生きてる」

「…………」

 反論出来ない。悔しいが。

「私達のやっていることは
 エゴ100%だ。
 わかっている。

 だが、本当の意味で
 ここが潰れることなど
 半永久的に来ない。
 この世から差別の意識が
 綺麗サッパリ消えることなどないからだ!
 違うか!?」

 その言葉の持つ意味は、真理は。
 サイモンたちの心と耳に痛かった。
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