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121、霧の先に(アドニス視点)

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「シャルロッテ、お前……」

 そこには馬車から降りて、こちらに歩いてくるシャルロッテの姿があった。
 淡い光に包まれたその姿。
 ゆっくりと白い狼のもとに歩いていく。
 俺とエルヴィンはその前に立ち塞がる。

「シェルロッテ、行くな!」

「シェルロッテ様!」

 俺達の言葉を聞くと、シャルロッテは首を横に振った。

「行かなくちゃ。分かるの、あの子がずっと待ってたんだって。約束を守ってずっと長い間」

「約束だと? 何を言っている」

 俺はそう言ってシャルロッテを見つめた。
 泉の魔女とやらの腕輪からは光が溢れ出ている。
 それは揺らめきながら人のかたちになると、シャルロッテに重なっていく。
 俺たちがシャルロッテを止めようとしても、その不思議な光がシャルロッテに触れることを許さない。

「くっ! 一体何だこれは!?」

 その白い光を見ると、白く巨大な狼は一声天に向かって吠えた。
 まるで奴の怒りがそうさせたかのように、巨大化していたその体は次第に小さくなる。
 そして、シャルロッテに向かって叫ぶ。

「シャーリー!」

 シャルロッテは、白い狼に微笑みかけた。
 不思議な違和感を感じる。
 目の前にいるのは確かにシャルロッテだ。
 だが、何かが違う。

(これは……シャルロッテじゃないのか?)

 先程までは確かにあいつだった。
 でも今は……。

 よく似てはいる。
 だが俺には分かる。

 理屈ではない、分かるんだ。
 俺の頬を叩いた気の強いあいつ。
 無邪気に笑って俺に駆け寄るあいつ。
 そして、時折見せる悩んでいる姿。
 そのどれもがシャルロッテだ。

 俺とって誰よりも大切な存在。
 だが、目の前にいるのは外見はシャルロッテだがどこか違う。

「ウォオオオオオン!!」

 空に向かってもう一度一声吠えると、一直線に駆け寄ってくる白い狼。
 エルヴィンは腰の剣を抜いた。
 銀色の光が鋭い輝きを放つ。

「やめろ、エルヴィン!」

「ですが殿下!」

 エルヴィンの瞳に一瞬の迷いが生じる。
 俺の命に背くことなど、普段のこいつならあり得ないことだ。
 こいつにとっても、シャルロッテは特別な存在なのだろう。
 あの白狼がシャルロッテに危害を加えるのを許しはしないという意志が見て取れる。
 だが……

「エルヴィン、やめろ。シャルロッテがそう望んでいる、そんな気がするのだ」

「シャルロッテ様が?」

 エルヴィンは俺のその言葉に、剣を引いた。
 白い狼は地を駆け大地を蹴ると、シャルロッテの体へとジャンプする。
 もう危険を感じさせるような大きさではない。
 兵士たちは思わず呻く。

「あれを見ろ!」

「ああ、あの巨大な狼が……」

「先程の姿は幻だったのか?」

「まるで、ただの子狼ではないか」

 その言葉通り、先程のあの巨大な姿は全て幻影だったかのように小さな子狼がそこにはいた。
 シャルロッテに抱かれて、その胸に顔を押し付けているその姿。
 歌が静かに辺りに響いていく。
 シャルロッテが歌うあの歌だ。
 エルヴィンはそれを聞いて俺に言った。

「あの歌は、シャルロッテ様の……いいえ、どこかが違う」

 俺は頷いた。
 エルヴィンも感じたのだろう。
 確かに同じ歌だ。
 だが、あいつの歌とは少し違う。

 あの歌から感じたのは、いつだってシャルロッテの心だった。

 傲岸不遜なダバス司教に凛として立ち向かい、塔の上で盲目の少女の為に歌ったあの時。
 そして、母上の為に歌ってくれたあの時も。
 あの時、俺は確かにシャルロッテの魂を感じた。
 どこか危なっかしく、でも温かく誇り高いその魂を。
 俺はもう一度、小さな狼を抱きかかえる少女を見つめた。 

「ああ、そうだエルヴィン。あれはシャルロッテではない、別の誰かだ」

 木々がざわめく。
 そして、兵士たちが辺りを見渡した。

「殿下! 霧が消えていきます!!」

「これは、一体……」

 今まで俺たちを惑わせていた森の霧がすっかりと消え去っていく。
 狼と一緒に現れた霧の魔物たちも。
 そして、目の前に続く道の先には美しい泉が見える。

「殿下、あの泉は恐らく」

「ああ、エルヴィン」

 あれは俺たちが目的にしていた泉だろう。
 これほど目の前にありながらたどり着けなかった目的地。
 それがはっきりと姿を現した。
 女は静かにこちらを眺めている。
 俺はその前に歩いていく。
 そして言った。

「お前が泉の傍に住むという魔女だな」

 小さな白い狼が、そんな俺に向かって牙を剥いて威嚇をする。
 そして俺に叫んだ。

「言っただろう! シャーリーは魔女なんかじゃない!」

 初めはこの狼が魔女の化身した姿かと思ったが、そうではないことが今ははっきりと分かる。
 使い魔か何かの類か?
 主はこの女の方だ。
 全身を包む光からは不思議な力を感じる。
 俺の言葉に、彼女はこちらを静かに眺めると答えた。

「ええ、そうです。ずっと待っていました、私の魂の器になれる者がやってくるのを」

「魂の器だと? ……お前の目的が何かは知らんが、シャルロッテは返してもらうぞ。俺の命に代えてもな」


 ※新年のご挨拶
 
 皆さん明けましておめでとうございます。
 去年は色々忙しくて、久しぶりの更新になってしまってごめんなさい。
 慌ただしい毎日を送っていたら、いつの間にか2019年になってました。
 皆さんにとって、今年が良い年でありますように!
 今年もシャルロッテとアドニスをよろしくお願いします。
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