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102、銀狼の牙
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空を見上げて吠えるシルヴァン。
思わず空を見上げるエルト。
その瞬間──
凄まじい衝撃音と同時に土煙が巻き起こる。
エルトが立っていた場所の石畳が砕け散り、えぐれその下の地面があらわになっている。
砕けて瓦礫となった石畳と濛々と立ち込める土煙。
その中に見える巨大な魔獣の影。
「ほう、今のをかわすとは小僧にしては中々やる」
天から急襲した正体不明の魔獣の一撃。
一番隊の中でもリカルドかエルトでなければ決して今生きてはいないだろう。
そう思わせるほどの一撃だ。
「何者だ!」
エルトは、ルナが乗る馬車を守るようにその前に立っていた。
先程の攻撃をかわし切れなかったのだろう、右の防具がはじけ飛び、切り裂かれ地面に転がっている。
鋭く巨大な爪の一撃。
(シルヴァンが、教えてくれなければやられていた)
エルトはそう思いながら剣を構える。
魔獣が地面をえぐり巻き起こった砂埃が、次第に晴れていく。
「これは……」
エルトは思わず息をのんだ。
砂埃の中から姿を現したのは巨大な鷲だ。
漆黒のその翼。
そのサイズは、ワシというより小型のドラゴンである。
だが、その下半身は獅子のそれだ。
エルザは胸を押さえ膝を付いたまま呻く。
「まさか、ブラックグリフォン……」
黒いグリフォン、獰猛で凶暴なそれは非常に珍しい魔獣だ。
その黒い魔獣の背から一人の男が地面に身を翻す。
背が高く黒い髪の貴公子だ。
「ふふ、良く調教してある。トルーディルめ、面白いものを隠し持っていたものだ」
男の後ろに更にもう一頭、黒いグリフォンが舞い降りる。
その背中から女の声がした。
「いずれルファリシオ様に献上するために、お父様が手に入れた魔獣だと聞きましたわ。わざわざ船に運ばせた甲斐があったと、今頃お父様も喜んでおられることでしょう」
いばらに変った娘を治すために用意したトルーディルの献上品。
その最たるものがこの黒い魔獣だ。
望みが叶った今、主であるルファリシオに捧げたのだろう。
黒いグリフォンの背に乗る女。
美しいが気位が高く高慢なその笑み。
髪はブロンドから黒に変わってはいるが、エルトはその顔に見覚えがあった。
「ルファリシオだと! それに、お前は確かイザベル!!」
聖女を歓迎する宴でルナの命を狙った女だ。
シルヴァンも叫ぶ。
『イザベル、どうしてお前が! 父さんの力でいばらになったはずだ!!』
自分に向かって吠えるシルヴァンを眺めながら、イザベルは笑う。
その指先は自らの胸に浮かんだ黒い蛇の紋章をなぞっている。
「ふふ、不思議そうね。いずれお前の父親も死ぬわ、そうなれば私の呪いも完全に解ける。私の美しい体を、醜いいばらに変えたルナとセイランだけは許さない! うふふ、もちろんその前に貴方たちも殺してあげるわ!!」
高笑いするイザベルの右手が振り下ろされると、黒い鞭のような何かがエルトとシルヴァンを襲う。
「シルヴァン!」
『くっ! 分かってるさエルト!!』
イザベルの右手の先は、二本の太いいばらの蔓に変わっている。
それが打ち付けられた石畳にはひびが入り、再び砂埃が舞った。
辛うじて左右に飛びそれをかわしたエルトとシルヴァン。
その場にどまっていれば命はなかっただろう。
勝ち誇ったように笑う女の姿は、まるでいばらの魔女だ。
大きく咆哮する二頭の黒いグリフォンの姿を見て、一角獣たちも臨戦態勢に入る。
『シルヴァン! 俺達も戦うぜ』
『ああ、オルゼルス様がおられたらそう言うだろうからな!』
シルヴァンは美しい銀色の毛を逆立てながら一声吠えると、ユニコーンたちに礼を言う。
『みんな、すまない!』
だが相手は小型のドラゴンに匹敵するような相手だ。
シルヴァンは焦りを感じながら、馬車を守るように再びその前に立つ。
(ルナ……俺に力を貸してくれ!)
初めて会った時からルナのことが大好きだった。
大怪我をして目を覚ました時に、自分を見つめていた小さな少女。
シルヴァンはその笑顔が何よりも好きだった。
エルトも獣のように姿勢を低くして剣を構える。
独特のそのスタイルは、エルトが本気になった証拠だ。
「隊長に約束したんだ、命に代えてもルナ様を守るって!」
ルファリシオは笑う。
「死ぬぞ、小僧」
イザベルは右手のいばらの鞭を構える。
「ふふ、愚かだこと。そんな女の為に命を捨てるなんて……気に入らないわね、その目が!!」
その右手が鋭く振り下ろされるのを見て、エルザは叫んだ。
「エルト! シルヴァン!!」
黒いいばらの蔓が、シルヴァンとエルトの体を切り裂いたようにエルザには見えた。
だが、その瞬間、二人の体は揺れるように消え去った。
切り裂かれたのは、凄まじいスピードがエルザに見せた二人の残像に過ぎない。
一番隊の若き天才と神獣の息子は、まるで心が通じ合った相棒の様に薔薇の蔓をかわすと一気にイザベルとルファリシオに迫る。
「はぁああああ!」
華麗にいばらの蔓をかわしながらイザベルに迫るエルト。
グリフォンの巨大な前足の爪が、エルトの左肩の防具も宙に吹き飛ばす。
同時にその足を踏み台にしてグリフォンの体を駆け上がったエルトの剣が、いばらの蔓を幾本も斬り飛ばしイザベルの頬を切り裂いた。
蔓の鞭がなければイザベルの首を刎ねていただろう。
一度大きく距離を取るイザベル。
その目は怒りに満ちている。
「わ、私の顔に傷を! よくも!!」
「邪神に魂を売り渡した奴に、情けをかけるつもりはない!」
一方で、ルファリシオの方に向かったシルヴァンに襲い掛かる黒いグリフォン。
その間隙をぬって馬車に迫るジェーレントの新たなる王。
その前に立ちふさがる一角獣たちを、ルファリシオの髪が縛り上げていく。
『ぐぅうう!』
『これは!!』
それは次第に黒い大蛇に変わっていく。
「くくく、お前たちはそこで聖女が俺の手に落ちるのを見ておれ」
エルトが叫ぶ。
「ルナ様!!」
「どこを見ているの! お前の相手はこの私よ!!」
「くっ!!」
エルトに振り下ろされるイザベルに鞭。
エルザがルファリシオの前に立ちふさがる。
「ルファリシオ! ルナさんには手出しをさせないわ! あぅ!!」
ルファリシオに平手で強く打たれて地面に転がるエルザ。
それを見て、黒髪の貴公子は笑う。
「エルザ、お前には後でゆっくりと俺に逆らった罰を与えてやる。それまで大人しくしていろ」
邪悪で残忍なその表情。
エルザが絶望感に身を震わせたその瞬間──
白い稲妻のように、シルヴァンがルファリシオに襲い掛かる。
『エルザ! ルナ!!』
交差する銀狼と邪神の使徒の影。
シルヴァンの牙が、ルファリシオのマントを切り裂く。
そのまま、ルナがいる馬車の前にふわりと着地する。
「ほう、流石は神獣の息子だけはある」
そう言って笑うルファリシオを睨むシルヴァン。
その体がゆっくりとよろめいた。
「だが、今の俺の敵ではない」
シルヴァンの美しい銀色の毛並み。
それがゆっくりと赤く染まっていく。
エルザはそれを見て悲鳴を上げた。
「シルヴァン! いや……いやぁああああ!!」
ルファリシオの剣で胸を貫かれたシルヴァンの体が、血で染まっていくのだ。
息をのむエルト。
「シルヴァン……」
イザベルは声を上げて笑った。
「あは、あははは! ルナが可愛がっていた獣が死ぬ、あの女が泣き叫ぶ姿が見えるようだわ!!」
シルヴァンは胸を剣で貫かれ、血を流しながらもルナが乗る馬車に体を寄せた。
その中にいる家族を最後まで守ろうとするかのように。
(ルナ……大好きだよ。ルナ……)
その命が完全に燃え尽きようとするその時。
馬車の扉が開き、白い光がその体を強く抱きしめた。
光に包まれた女性の姿。
シルヴァンはその体にしっかりと身を埋める。
嗅ぎなれた心地よい匂い。
シルヴァンの頬に零れ落ちる涙。
同時に、まるで奇跡の様に塞がっていく銀狼の胸の傷。
「シルヴァン、貴方の声が聞こえたわ」
そっとシルヴァンの体を撫でるその女性の右手の腕輪が強く輝いている。
彼女は自分の弟を胸に抱きながら、目の前に立つ男を睨んだ。
人の、そして生き物の命を何とも思っていない邪悪なその男を。
「貴方がルファリシオね。私は貴方のような人間を許さない、絶対に!!」
思わず空を見上げるエルト。
その瞬間──
凄まじい衝撃音と同時に土煙が巻き起こる。
エルトが立っていた場所の石畳が砕け散り、えぐれその下の地面があらわになっている。
砕けて瓦礫となった石畳と濛々と立ち込める土煙。
その中に見える巨大な魔獣の影。
「ほう、今のをかわすとは小僧にしては中々やる」
天から急襲した正体不明の魔獣の一撃。
一番隊の中でもリカルドかエルトでなければ決して今生きてはいないだろう。
そう思わせるほどの一撃だ。
「何者だ!」
エルトは、ルナが乗る馬車を守るようにその前に立っていた。
先程の攻撃をかわし切れなかったのだろう、右の防具がはじけ飛び、切り裂かれ地面に転がっている。
鋭く巨大な爪の一撃。
(シルヴァンが、教えてくれなければやられていた)
エルトはそう思いながら剣を構える。
魔獣が地面をえぐり巻き起こった砂埃が、次第に晴れていく。
「これは……」
エルトは思わず息をのんだ。
砂埃の中から姿を現したのは巨大な鷲だ。
漆黒のその翼。
そのサイズは、ワシというより小型のドラゴンである。
だが、その下半身は獅子のそれだ。
エルザは胸を押さえ膝を付いたまま呻く。
「まさか、ブラックグリフォン……」
黒いグリフォン、獰猛で凶暴なそれは非常に珍しい魔獣だ。
その黒い魔獣の背から一人の男が地面に身を翻す。
背が高く黒い髪の貴公子だ。
「ふふ、良く調教してある。トルーディルめ、面白いものを隠し持っていたものだ」
男の後ろに更にもう一頭、黒いグリフォンが舞い降りる。
その背中から女の声がした。
「いずれルファリシオ様に献上するために、お父様が手に入れた魔獣だと聞きましたわ。わざわざ船に運ばせた甲斐があったと、今頃お父様も喜んでおられることでしょう」
いばらに変った娘を治すために用意したトルーディルの献上品。
その最たるものがこの黒い魔獣だ。
望みが叶った今、主であるルファリシオに捧げたのだろう。
黒いグリフォンの背に乗る女。
美しいが気位が高く高慢なその笑み。
髪はブロンドから黒に変わってはいるが、エルトはその顔に見覚えがあった。
「ルファリシオだと! それに、お前は確かイザベル!!」
聖女を歓迎する宴でルナの命を狙った女だ。
シルヴァンも叫ぶ。
『イザベル、どうしてお前が! 父さんの力でいばらになったはずだ!!』
自分に向かって吠えるシルヴァンを眺めながら、イザベルは笑う。
その指先は自らの胸に浮かんだ黒い蛇の紋章をなぞっている。
「ふふ、不思議そうね。いずれお前の父親も死ぬわ、そうなれば私の呪いも完全に解ける。私の美しい体を、醜いいばらに変えたルナとセイランだけは許さない! うふふ、もちろんその前に貴方たちも殺してあげるわ!!」
高笑いするイザベルの右手が振り下ろされると、黒い鞭のような何かがエルトとシルヴァンを襲う。
「シルヴァン!」
『くっ! 分かってるさエルト!!』
イザベルの右手の先は、二本の太いいばらの蔓に変わっている。
それが打ち付けられた石畳にはひびが入り、再び砂埃が舞った。
辛うじて左右に飛びそれをかわしたエルトとシルヴァン。
その場にどまっていれば命はなかっただろう。
勝ち誇ったように笑う女の姿は、まるでいばらの魔女だ。
大きく咆哮する二頭の黒いグリフォンの姿を見て、一角獣たちも臨戦態勢に入る。
『シルヴァン! 俺達も戦うぜ』
『ああ、オルゼルス様がおられたらそう言うだろうからな!』
シルヴァンは美しい銀色の毛を逆立てながら一声吠えると、ユニコーンたちに礼を言う。
『みんな、すまない!』
だが相手は小型のドラゴンに匹敵するような相手だ。
シルヴァンは焦りを感じながら、馬車を守るように再びその前に立つ。
(ルナ……俺に力を貸してくれ!)
初めて会った時からルナのことが大好きだった。
大怪我をして目を覚ました時に、自分を見つめていた小さな少女。
シルヴァンはその笑顔が何よりも好きだった。
エルトも獣のように姿勢を低くして剣を構える。
独特のそのスタイルは、エルトが本気になった証拠だ。
「隊長に約束したんだ、命に代えてもルナ様を守るって!」
ルファリシオは笑う。
「死ぬぞ、小僧」
イザベルは右手のいばらの鞭を構える。
「ふふ、愚かだこと。そんな女の為に命を捨てるなんて……気に入らないわね、その目が!!」
その右手が鋭く振り下ろされるのを見て、エルザは叫んだ。
「エルト! シルヴァン!!」
黒いいばらの蔓が、シルヴァンとエルトの体を切り裂いたようにエルザには見えた。
だが、その瞬間、二人の体は揺れるように消え去った。
切り裂かれたのは、凄まじいスピードがエルザに見せた二人の残像に過ぎない。
一番隊の若き天才と神獣の息子は、まるで心が通じ合った相棒の様に薔薇の蔓をかわすと一気にイザベルとルファリシオに迫る。
「はぁああああ!」
華麗にいばらの蔓をかわしながらイザベルに迫るエルト。
グリフォンの巨大な前足の爪が、エルトの左肩の防具も宙に吹き飛ばす。
同時にその足を踏み台にしてグリフォンの体を駆け上がったエルトの剣が、いばらの蔓を幾本も斬り飛ばしイザベルの頬を切り裂いた。
蔓の鞭がなければイザベルの首を刎ねていただろう。
一度大きく距離を取るイザベル。
その目は怒りに満ちている。
「わ、私の顔に傷を! よくも!!」
「邪神に魂を売り渡した奴に、情けをかけるつもりはない!」
一方で、ルファリシオの方に向かったシルヴァンに襲い掛かる黒いグリフォン。
その間隙をぬって馬車に迫るジェーレントの新たなる王。
その前に立ちふさがる一角獣たちを、ルファリシオの髪が縛り上げていく。
『ぐぅうう!』
『これは!!』
それは次第に黒い大蛇に変わっていく。
「くくく、お前たちはそこで聖女が俺の手に落ちるのを見ておれ」
エルトが叫ぶ。
「ルナ様!!」
「どこを見ているの! お前の相手はこの私よ!!」
「くっ!!」
エルトに振り下ろされるイザベルに鞭。
エルザがルファリシオの前に立ちふさがる。
「ルファリシオ! ルナさんには手出しをさせないわ! あぅ!!」
ルファリシオに平手で強く打たれて地面に転がるエルザ。
それを見て、黒髪の貴公子は笑う。
「エルザ、お前には後でゆっくりと俺に逆らった罰を与えてやる。それまで大人しくしていろ」
邪悪で残忍なその表情。
エルザが絶望感に身を震わせたその瞬間──
白い稲妻のように、シルヴァンがルファリシオに襲い掛かる。
『エルザ! ルナ!!』
交差する銀狼と邪神の使徒の影。
シルヴァンの牙が、ルファリシオのマントを切り裂く。
そのまま、ルナがいる馬車の前にふわりと着地する。
「ほう、流石は神獣の息子だけはある」
そう言って笑うルファリシオを睨むシルヴァン。
その体がゆっくりとよろめいた。
「だが、今の俺の敵ではない」
シルヴァンの美しい銀色の毛並み。
それがゆっくりと赤く染まっていく。
エルザはそれを見て悲鳴を上げた。
「シルヴァン! いや……いやぁああああ!!」
ルファリシオの剣で胸を貫かれたシルヴァンの体が、血で染まっていくのだ。
息をのむエルト。
「シルヴァン……」
イザベルは声を上げて笑った。
「あは、あははは! ルナが可愛がっていた獣が死ぬ、あの女が泣き叫ぶ姿が見えるようだわ!!」
シルヴァンは胸を剣で貫かれ、血を流しながらもルナが乗る馬車に体を寄せた。
その中にいる家族を最後まで守ろうとするかのように。
(ルナ……大好きだよ。ルナ……)
その命が完全に燃え尽きようとするその時。
馬車の扉が開き、白い光がその体を強く抱きしめた。
光に包まれた女性の姿。
シルヴァンはその体にしっかりと身を埋める。
嗅ぎなれた心地よい匂い。
シルヴァンの頬に零れ落ちる涙。
同時に、まるで奇跡の様に塞がっていく銀狼の胸の傷。
「シルヴァン、貴方の声が聞こえたわ」
そっとシルヴァンの体を撫でるその女性の右手の腕輪が強く輝いている。
彼女は自分の弟を胸に抱きながら、目の前に立つ男を睨んだ。
人の、そして生き物の命を何とも思っていない邪悪なその男を。
「貴方がルファリシオね。私は貴方のような人間を許さない、絶対に!!」
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