IT学園○学部

阿井上男

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第一話

私立IT学園・説明会7

「ん……」

脱力感に満たされたような真姫は俺にしがみつく格好から、ずるずると床にヘタリ込むように膝をついた。尋常ではない様子だ。

「真姫?」

「ふぅ、ん……」

明らかに様子がおかしい。俺は不安にかられ、その表情を窺う。真姫は、まるで熱に浮かされたようにふわふわとしていた。その目は焦点が合わず、どこか遠くをぼぅっと眺めていた。

「大丈夫か、真姫」

「ふぁ……?」

「返事できるか? 気分が悪いのか?」

「……」

俺は真姫を立たせようと手を取るが、真姫は脱力したまま立ち上がることができずに俯いたままだ。

のぼせたように顔が真っ赤だし、明らかに様子がおかしい。

「とにかく横になれる場所にいこう」

このままじゃまずい。俺は真姫の横にしゃがんだ。

「少しおとなしくしててくれ」

「ふぁ?」

こんなに細い声なんて、いつもの真姫からは想像もつかない元気のなさだ。介抱したほうがいいな。

俺は真姫の背中と膝の裏に腕を回し、そのまま胸元に真姫を抱え上げた。脱力しているからか、重心が定まらない。

なんとか真姫の身体を支え、俺自身の腰から下が安定したのを確認してから、俺はゆっくり立ち上がった。

「え……ッ」

立ち上がる際の勢いが良かったからか、うつろな目をしていた真姫が驚いたような声を上げた。

「え、ええ、えッ!? な、なに?」

ようやく状況に気づいたのだろうか。真姫は俺に抱えられているのを確認するように、自分の周りの状況を見渡した。

「なんで私、兄さんに抱えられてるの!?」

「覚えてないのか? 気を失ってたんだぞ」

「気を?」

「ああ。ほんの少しの間だけどな」

ほっとした。真姫に何もなくて良かった。

「急にビクビクしたかと思うと、ぐったりして身体から力が抜けてた」

「うそ」

「呼びかけにもハッキリ答えられなかったし、病気になったのかと心配したよ」

「え、あ、ごめんなさい」

「謝るのはこっちだよ。そうなったのは俺のせいだと思うし」

いくらせがまれたからと言っても、実の兄からキスなんかされたら動揺して当然だ。

「兄さんは、何も謝るようなことしてないじゃない」

「いや、しただろ」

兄妹でキスしてしまったことが、影響しているのかもしれない。

真姫自信が気づかないうちに拒絶反応が起きていたのかもしれない。

根拠も何もないが、もしそうだとしたら、俺が妹をひどい目に合わせた本人ということになる。

「……何事もなければいいんだ。気持ち悪いところはないか?」

「うん。大丈夫。心配してくれてありがと」

そう言って、真姫は機嫌良さそうに頬を緩ませた。

少なくとも嫌がられているような気配はない、と思う。それはいいのだが、真姫の表情が少し硬い。

というか、モジモジとしていて、実に居心地が悪そうだ。

「ね、兄さん。そろそろ降ろして」

真姫が肩を震わせる。

「こんな……お、お姫様だっこだなんて、恥ずかしい」

「恥ずかしがってる場合じゃないだろ。あんなにフラフラだったんだ。歩けないかもしれない」

真姫は考え込むように目をパチパチとまばたきさせた。長いまつげが目の周りでかすかに揺れる。

「さっきまで顔が真っ赤だったんだ。もしかしたら何かあるかもしれない」

「う、うぅ」

真姫が居心地悪そうに身をよじる。不安定な姿勢だからかもしれない。俺はがっしりと真姫の腰を支えた。ひどく柔らかい感触が手に心地よい。

「に、兄さん……」

「悪い。恥ずかしいとは思うけど、もう少しこのままでいたほうがいい」

「う、うん……ありがとう」

「顔色もずいぶんよくなったからもう大丈夫だと思うけど、念のためだ。俺が横になれる場所まで連れていく」

「心配してくれるの?」

「当たり前だろ」

「ッ」

真姫が目を丸く見開いて、当惑の表情を浮かべる。兄が妹を思うことがそんなに意外なのだろうか。

「可愛い妹に何かあったらどうしようと思って必死だったよ」

「兄さん」

真姫は素直に感情表現をしがちな子である。今日に限っては何やらおかしいが、芯は変わっていないだろう。

だから俺も、素直に真姫への気持ちを伝える。

「調子が悪いのを察してやれなくてゴメン」

「兄さんに悪いことなんて何もないよ」

真姫は、すり、と顔を俺の首元に擦り付けてくる。真姫の前髪が俺の口元にサラリと触れて、清涼感のある香りが鼻をくすぐる。

まだまだ生意気だと思っていたのに、こんなにも女っぽくなっていたのか。不謹慎かもしれないが、こういう不意の接触のたび、妹の成長に驚かされてしまう。

「むしろ私の方こそ、お礼しなきゃいけないのに……」

と、真姫が俺を見上げ、身体を少しねじる。バランスが崩れ、真姫の身体が俺の腕の中でグラついた。俺が支えなおし、腕の位置を調整する。

「ひゃんッ」

「あ、ゴメン」

図らずも手のひらが太ももの根元辺りに触れてしまう。いくら妹でもそんなところを触るのはまずい、と思っていると。

くちゅ、と言う音と共に、指先に汁っぽい感覚が触れた。

汗だろうか。

「ひあぁッ」

急に真姫がびくっと身体を身震いさせた。

「どうした?」

「あ、あッ」

「真姫?」

「な、なんでもないからッ」

慌てたように真姫が再び身をよじる。

「に、兄さん。もう大丈夫だから、降ろして」

「だけど」

「いいからッ」

「わ、分かった。じゃあ、せめて横になろう」

「大丈夫だから」

「本当に?」

「本当だってば」

真姫らしい強めの口調である。

俺は言い知れない安堵の気持ちを感じ、真姫を降ろした。

床を両足で踏みしめた真姫は、す、と軽い身のこなしで立ち上がる。

「心配してくれてありがと」

「ん、いや、まぁ」

俺は何もしていないんだが、まぁおおごとにならなかったのならいいか。

「姉さん。あの部屋、使えるよね?」

「ええ。いつでも使えることになってるわ」

「良かった」

俺達の様子を遠巻きに傍観していた紡姉さんが、真姫の問いかけによどみなく答える。

休憩室でもあるのか?

「私、少し席を外すね」

もじもじしながらそんなことを言う真姫は、すっかりいつもの調子のように見える。

さっきまでの変な様子は一体なんだったのか。疑問だったが、足取りも軽快で不調な様子はみられない。ひとまず安心していいようだ。

「わかった。また調子が悪くなったらすぐに言えよ」

「うん」

真姫は素直に答え、目的の部屋につながっていると思しきドアへと向かう。

「あ、そうだ」

扉を開け、退出する直前、真姫が何かを思い出したように声を上げ、こちらへ振り向いた。

「兄さん」

「ん?」

「さっきの約束、嬉しかったよ」

「?」

「忘れないでね」

約束??何か約束したっけ?

そんな俺の反応は想定内だったのか。

真姫は嘆息しつつも、自らの唇を指でつつっとなぞった。

「あ」

思い出した。

『毎日キスする』

そんなことを、勢いで約束したんだ。本気かどうかすらわからない、雰囲気に流されてしてしまった約束である。

しかし。

真姫はどうやら本気のようだ。

真姫は、わかった? とばかりにその指で俺を差す。

「期待してるからね」

「う」

「待ってるから」

朱色に染まる頬は恥じらいと微笑が入り混じった表情で、実の妹でなければ本気の恋心を抱いてしまいそうなほどに愛らしい。

真姫はすこぶる上機嫌な様子で、笑みをたたえながら俺に手を振り、部屋を去っていった。

これから毎日、真姫とキスする。

冷静な頭に戻ってから考えると、通常では考えられないことではないか?

実の兄妹で日常的にキスする、というのはおかしいことなのではないか。

俺達はもう子供とは言い難い年齢だ。幼児の他愛ないやりとりならともかく、この年でそういうのは……

それに、先ほどまでの流れだとどうもそれだけの話ではないような気がする。考えすぎだろうか。

「うーん」

真姫が喜んでくれているのは確かなようだが、普通の兄妹のやりとりにしては親密すぎる気がする。

本当にこれでいいのか?状況に流されすぎではないか?そもそもあの頭のフラツキ、あれは一体なんなのか。

状況の異常さで起きたことなのか、それとも俺の心、身体に何か異常があるのか?こんな状態を放っておいてしまったら、大事な姉妹に大変なことをしてしまうのではないか。

俺の暴走で姉妹の心に瑕を付けてしまったら……

想像しただけでぞっとしてしまう。そんな事態だけは避けなければ。

自制心を保つ。まずはそこからだ。絶対に軽はずみなことはしない。今の俺に出来ることは少ないが、まずはそこから始めよう。

「ね」

そんな風に考えこんでいたら、グイグイと腰のあたりを引っ張られた。

巧兄たくにぃ、黙り込んじゃってどうしたの?」

「結」

いつの間にか俺のすぐ側に近づいていた結が、心配したように俺を見上げる。

まだまだ子供っぽさを残すあどけない表情だ。

「なんでもないよ。少し考え事をしてた」

「どんなこと?」

「結たちのことだよ」

「結たちのこと? どんな?」

「結や真姫、紡姉さんを大切にしなきゃな、ってことをね」

「ふぅん?」

俺を信頼しきっているような結の表情を見ていると、改めて実感する。

俺はみんなを大切にしたい。いっときの流れや雰囲気でこの信頼や絆を壊したりしたくはない。それが、今の俺の心の底からの願いだった。

「そっかぁ。巧兄たくにぃも結のことを考えてくれてたんだね」

「?」

「結だって、いつも巧兄たくにぃのことばっかり考えてるよ」

「ありがとな」

俺は結の頭を軽くなでた。

「ふいぃ」

結は頭を撫でられるのが好きらしい。俺は何かあるとこうやって結の頭を撫でるのだが、そのたびにこんな風な反応をしてくれる。

可愛いし、少し楽しい。誤解を恐れずにいえば、結の髪質は俺の好みでもあった。結のサラサラの黒髪は指に絡むと程よいほどけ方をして、するりと流れる。どんな高級な日本人形でもこうはいかないだろうと断言できるほどの髪質だった。

「んぃ~。やっぱ巧兄たくにぃに髪を触ってもらうの好きだなー」

結は目を細めながら上ずった声を出す。

自らの胸の前で組んでいた手を解き、俺にそっと寄り添ってくる。

「ふぁぁ、気持ちいい」

手を留めて、身をすり寄せてくる結を軽く抱きとめる。そうやって結の髪から手を離すと、結はふるるっと俺の前でかぶりを振る。

「もうちょっと撫でて欲しいよ」

「結は甘えん坊だな」

「うん。巧兄、優しいんだモン」

結はこういうふうに自然に甘えてくるのが上手い。

それを許す俺も俺だが、甘え慣れは末妹の特技ということと考えればまぁ納得してもらえるのではないかとは思う。

俺は結の髪に指を差し入れる。

「んッ」

結が小さく声を上げ、しゃがみこみそうになる。

「痛いか?」

「うぅん。ぜんぜん」

うつむき加減な結の頬は、恥ずかしいのか桃色に染まっていた。

「ね、こっち来てぇ」

結の唇からやや上ずった声が溢れる。結は俺の手を取り、部屋の隅へと誘導する。

「隣に座って」

部屋の隅には高級そうなソファが並んでいて、その中のひとつに紡姉さんが座っている。

こちらの様子をじっと見つめるその目は、何だか面白がっているようにも見えた。

俺は結の座った横長のソファに隣り合わせで座る。

「はい、続きして」

髪は女の命とよく言うが、自分から触らせてくれるというのは、実兄妹でもなかなか無いと思う。

無防備にすぎるかもしれないが、それも妹なりの愛情表現と思えば愛らしさも抱ける。

幸い、まだ時間に余裕があるようだ。結が喜んでくれるならなんでもしよう。

俺は再び結の髪に指を差しいれた。乱暴にならないように優しく、流麗な髪の流れをなぞるようにゆったりと。

「はぁぁ……巧兄たくにぃぃ……」

よほどこうされるのが好きなのだろう。俺の手ぐしの動きに併せて結の吐息が短く途切れ、「ん」というか細い喘ぎが唇から何度もこぼれた。

しばらくそうしていると、結が俺へと身体ごとぴっちりとくっついてきた。

「ねぇ……巧兄たくにぃ、そろそろぉ……」

「ん?」

「次は結の番だよぉ」

「番?」

「やだぁ。じらさないでぇ」

普段は子供っぽい結の表情が、普段と打って変わってしっとりとしたものになっていた。

言葉の呂律が怪しくなっているのは、髪を撫でていた影響かもしれない。

「結、お前」

紡姉つむねぇ真姫姉まきねぇみたいにしてくれるんでしょ?」

目元はトロンと融けるように緩み、まぶたが重そうに閉じかかっている。そしてかすかに開いた唇が、しっとりと艶を帯びている。

何かをせがむように、緩く開いた唇の表面は鮮やかな桜色にそまっていた。

紡姉さんと真姫みたいに?ということは……

「紡姉さんと真姫みたいにって……まさか」

「うんッ。結ともキスしてッ」

何故そうなる? 俺は大慌てで手を横に振る。

「待て、結。さっきの真姫の様子をみただろ? 結もあんなふうに、ぐったりしちゃうかもしれない。やめておこう」


「や。結、絶対に巧兄たくにぃとキスしたい」

「……い、いやでも、真姫が気持ち枠なっちゃったのは、俺と、その……キス……したせいだろ?」

結は俺の言葉をさえぎるように、ぶんぶんと首を振る。

真姫姉まきねぇ、うっとりしてたよ。嬉しそうだった」

「い、いや、ちゃんと見てた? 顔が真っ赤だったし、力が入らなくなってたぞ」

「そうね。それだけ感動してたのよ、真姫ちゃんは」

遠くから声が割り込んできた。紡姉さんだ。

「真姫ちゃんの言葉を聞いてたでしょ? 巧くんとキスできて嬉しいっていってたじゃない」

「……そ、それは」

「真姫ちゃんは巧くんにファーストキスを捧げることができて最高にハッピーだったのよ。嬉しいって言ってたのも、これから毎日キスしたいって言っていたのも嘘なんかじゃないわ」

いつになく紡姉さんは真剣な様子で力説する。確かに、毎日キスする、という約束はしちゃったけど……あれは、その場の雰囲気に流されただけじゃないのか?

まさか、本当に、本気なのか……?

「私たちの気持ちにはごまかしなんかないわ」

「それじゃあ、真姫がぐったりしたのは?」

はぁ、と紡姉さんが肩をすくめる。

「真姫ちゃんは不器用な子だって、知ってるでしょ?」

「真姫が?」

どちらかと言うとなんでもこなす印象があるけど。

「真姫ちゃんから恋愛の相談なんてされたことないでしょ?」

「それはたしかに」

「小器用に見えて、恋愛に関しては凄く奥手なのよ、あの子は」

そうなのか。どうしていきなり恋愛の話になるのか分からないのだけど。

「そんな子が、いくら兄妹とはいえ男女の交流をしたら、ね」

「男女の交流って言い方、なんか嫌だな」

「できるだけ穏やかな表現にしたつもりけどね」

「穏やかかな」

「細かいことはいいの。つまりね」

「……」

「私も真姫ちゃんも結ちゃんも、巧くんのことが大好きなの。で、私はともかく、真姫ちゃんにとってはあそこまで濃厚な交流は初めて」

「……うん」

「だから、キスしただけであんな風に……ね」

言いたいことはわかる。俺という男性が、真姫にとっては初めての存在になってしまったということだ。

兄だから、いや兄だからこそ無防備にあんなことをしてしまったんだろう。恋愛やキスに憧れを感じる年頃になった、ということだろう。

まだまだ無邪気さを残す少女っぽさが、あの真姫にあったとは驚きだ。だが、俺には前科がある。このままのノリでいったら、また過ちを繰り返してしまうかもしれない。今度こそそれを避けるべきなのではないか。俺の中では警告灯が大きな音を立ててぐるぐるとまわっていた。

「私だって久しぶりに巧くんと再会できて、気持ちが昂ぶっちゃったから、ああいうことをしちゃったんだもの」

「姉さん」

俺は軽いめまいを覚えていた。そうだ、俺と姉さんはそもそも、会うことすら自由にできないはずなのに。それなのにどうして、こんな場所で再会してしまったのか。

俺の中に眠っていた葛藤がよみがえる。

そんな思いをくみ取ったのか、姉さんは少し苦い笑みをこぼしつつ、腰掛けながら組んでいた足を組み替えた。

「巧くん。真姫ちゃんの気持ちを分かってあげなきゃ。真姫ちゃんの、本気の気持ち」

頭を振る。冷静にならなければ。

軽はずみなことはしないと誓ったばかりなんだからな。

「うぇぇぇ」

「!?」

巧兄たくにぃのいじわるぅ」

俺達の話が終わるのを待っていた結が、泣きながら俺にしがみついてきた。

巧兄たくにぃは結のことなんかどうでもいいんだぁ」

大きい目いっぱいに涙の粒を浮かべ、悲しそうに訴えてくる。

「そんなわけないだろ、急になに言うんだよ」

「結がキスしてくれるの待ってるのに、紡姉つむねぇとばっかり仲良さそうにしてぇ」

「仲良さそうに見えたのか、今の」

結はこくこくと頷く。

そ、そうなのか? 俺はいたたまれなくて仕方なかったんだけど……

巧兄たくにぃは結のことなんかどうでもいいんだッ」

結のツインテールがふわふわと揺れる。俺はあわててその言葉を否定した。

「そんなわけないだろ」

「だから紡姉つむねぇ真姫姉まきねぇとはあんなラブラブなキスしたのに、結とはしてくれないんだぁ」

「ラブラブなって、お前な」

「結が子供っぽいからいけないんでしょッ」

話を聞いてくれ、頼むから。

「兄妹でキスするなんて普通のこと……でもないけど、仲良しな証拠だろ」

俺の弁明を、結は涙目で聞く。結は美少女だから、すんすん、と鼻をすする仕草さえ愛らしい。

「いくら仲良くても兄妹で恋人同士みたいなキスはしないよ」

「そうよね。恋人同士みたいなキスだったわよね」

「紡姉さんは頼むから静かにしててくれ」

「ふふ」

姉さんは妖艶に微笑む。

場をかき乱すのはやめてほしいが、そんな風に微笑まれると強く言えないのが我ながら情けない。

「やっぱり紡姉つむねぇの方が好きなんだぁ」

結の嘆きが響く。面倒なことになってきてしまった。

「違うって」

「私のこと、好きじゃないの? 私は巧くんのこと、こんなにも愛してるのに」

紡姉さんは、両手で口を覆いつつ、芝居がかった仕草でそんなことを言う。

「紡姉さん、頼むから」

俺が疲れを声にのせてそう懇願すると、さすがに悪ノリしすぎたと思ったらしい。紡姉さんは機嫌よく笑いながら頬杖をついた。

「ふふッ。ごめんね、困ってる巧くんの姿が新鮮だったからつい」

「勘弁してくれ」

結は泣き止まないし、どうにも混沌としてしまって収集がつかない。

俺は混乱していた。

「結に魅力がないから、キスしてくれないんだぁ」

「魅力がないだなんてことはないよ」

「ウソだよ」

「ウソなんかつかない。結は魅力的だよ」

「ホントに?」

「本当だよ。凄く可愛い」

結は、ずい、と身を乗り出してきた。

「どういうところが?」

さっきまでの泣き顔が嘘のような満開の笑顔である。

「結は素直でいつも明るいし、俺の気持ちを暖かくしてくれてるよ」

「へぇー」

今度は目をきらりと輝かせ、期待を顔いっぱいに浮かべている。なんという気持ちの入れ替えの速さだ。俺は呆れと感心の入り混じった気持ちのまま、取りすがってくる結を受け止めた。

「結は優しくて気配りもできてる。俺が本当に辛くなってる時とか、手伝ってくれたりしてくれるじゃないか」

「あはッ、気づいてくれてたんだぁ」

「もちろん。いつもありがとな」

俺は結を軽く抱き寄せ、目を覗き込む。

「結は可愛いだけじゃない。最高の妹だよ。結がいてくれて本当に良かったって思ってるんだ」

巧兄たくにぃ……」

こちらをまっすぐに見つめ返す末妹の火照った顔は、とびきり可愛らしい。

アイドル顔負けの美少女だ。少し子供っぽいが、それもまた魅力を引き立てていてとてもいい。

「嬉しいよ、巧兄たくにぃ

結は目をきらめかせ、俺の胸板に顔を摺り寄せてくる。

機嫌が治ったようだ。良かった

「じゃあ、そんな可愛い妹にご褒美ちょうだい」

「ご褒美?」

「キスしてほしいなッ。ね、いいでしょー?」

しまった。墓穴を掘ってしまった。結は俺を上目遣いで見上げつつ、無邪気なおねだりをしてくる。

かわいらしさ、無邪気さの中に、絶対に譲らないという意志が込められているように思えた。

「いや、それとこれとは話が」

「違くないよぉッ。結、絶対に巧兄たくにぃとキス、したいの!」

結の表情が変わった。

「結だって巧兄のこと、好きなの! 結だけキスできないなんて、やだモン」

結の口調が真面目になった。

火照った顔は真剣そのもの、退くつもりはないと表情が告げていた。

「二人共、巧兄とキスしている時すっごく幸せそうだった。本気で好きな人とキスするのって、とっても幸せなんだなって思ったの」

「結」

「結ね、本気なの。巧兄たくにぃとのことだけは、紡姉つむねぇにも真姫姉まきねぇにも譲りたくないの」

「……」

結の真面目な声を聞きながら、俺はまた頭の一部がズキリと疼くのを感じていた。

「だから、ね? お願い。結の唇も、もらって?」

ゆっくりと、結が顔を近づけてくる。

結の唇は、まるでこの時のためであるかのように湿り、桃色にぬらついていた。熟しきっていない末妹の輪郭が瑞々しくうねり、俺を誘惑する。

巧兄たくにぃ、大好きだよ」

結が、らしくないしっとり目の口調でそう告げる。俺の頭、後頭部あたりがズキズキと疼きだし、気づくと、触れる直前まで近づいていた結の唇を、俺の方から重ね合わせていた。
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