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第四話
目覚め・そして愛しあう兄妹6
「結のやつ、相変わらずだな」
呆れながら腰を落ち着けると、目の前の真姫の様子がおかしいことに気付いた。
真姫はじぃっとテーブルの上を注視している。その視線は、なにかを見ているようで、ふわふわと中空を泳いでいる。
どうしたんだろう? 俺は不思議に思い、真姫の表情を窺った。
すると真姫は俺の視線に気づいたのか、慌てて目をそらした。
真姫は普段、あまり突拍子もないことをしない。だからリアクションもことごとく素直な子である。
感情が読みづらいのだ、真姫という子は。
「どうかしたか?」
「な、なにが?」
「いや、なんか様子がおかしいような気がするんだけど」
「そ、かな」
やはり、さっきまでのやりとりで俺に話していなかったことがあるのだろうか。
かくいう俺は、まるで事態についていけていないから困惑することしきりなのだが。
ともあれ。
俺はここまでで頭に思い浮かんだ疑問点を、何個か聞いてみることにした。
とかく急に降ってわいた話なうえに、めちゃくちゃだと思えることは何個もある。
……まぁ、昨日の夜の事を考えてしまうと、たぶんこれから何を聞いてもあまり驚かない気もするが。
まずは、さっきの内容で聞きそびれたことを聞いてみよう。
「あのさ……」
「あの」
俺と真姫、ほぼ同時に口を開く。
さすがに兄妹だ。息がぴったりである。
などと言ってもいられない。時間は有限だ。聞きたいことは今のうちに質問しないと、聞きそびれてしまう。
目を合わせた俺たちは、お互いの出方を伺う。
真姫が何か言うかと思って待ってみたが、口ごもるだけで何も言わない。
何を言おうとしているのか不穏である。が、もじもじして何も聞き出せないとなってしまったら、それはそれで無意味な時間になってしまう。
俺は前にかがむようにして身を乗りだした。
「先にいいかな」
「ど、どうぞ」
「さっきの、家族で関係を持ってしまったっていうデータの件数を教えてもらった時のことなんだけど」
「う、うん」
「国はどうやって俺たちや他の人たちが、近親相姦してるってことを調べたんだ?」
これが本当に謎だった。
自分から言い出しでもしない限り、そんなことはばれないはずだ。
しかしそれは考えづらい。
もし周囲にそのことが知れ渡ってしまったら、その後の事は火を見るよりも明らかだ。
奇異の目で見られるだろう。気味悪がられることだってあるだろう。下手をすれば社会的立場を失ってしまう。
俺はそのことを誰よりも知っている。
近親相姦関係を明るみにはしたい人などいない。
それがどうして、国に知られ、そして受け入れられているのか。不思議で仕方ないのだ。
「……20年前、ある女性の体内から特殊な成分が発見されたの」
「??」
急に話が変わった。俺の質問と関係のある話なのだろうか。
「ある症状で病院に行って血液検査を受けた時、その血液から偶然見つかったんだって」
「そういえば、インターネットのニュースで一時期、騒いでいたような気がするな」
再生医療に使える可能性がある、というような話で盛り上がっていた話題のことだろうか。
人の血液から未知の成分が見つかった、と。
「そう、それが世紀の大発見だったの」
真姫がテーブルに両手を乗せ、俺へと体ごと前のめりに傾けた。
いきなりの大興奮だ。たじろぐ俺を尻目に真姫はテーブルに乗りかかりそうなくらいに前傾姿勢になりながら続ける。
「全く新しい成分で、画期的な新発見だってマスコミにも取り上げられたんだよ」
俺は口をはさむことができず、その話の到達点を見極めることにした。
「その成分の働きは何種類かあるんだけど、例えば活性酸素っていう身体の中のサビつきを取り除いたり、傷ついた細胞を見つけ出して修復するの。その能力は他の同じ種類の成分の一万倍以上なんだって」
「ちょ、ま、真姫……」
「それに、他にもさまざまな効果が見られて、いまだ研究が進んでいるんだって」
「ちょっと興奮しすぎじゃ」
「もしかしたら難病って言われている病気の治療にも使われるかもしれないの。進行がんの治療にも使える見込みがあるみたい」
話に夢中になってしまって俺の声が聞こえないらしい。真姫は頭のいい子ではあったがインテリってほどでもなかった。
どうしてこんな難しい話に興奮しているんだ、と内心、首をかしげたが、それでも真姫の目を見ていると、そんな疑問はどうでもよくなっていた。
……真姫の喜ぶ姿を見ていたい。俺のただ一つの願いが、俺の脳裏にくっきりと浮かぶ。
「進行がんって、もし実現したらものすごいことじゃないか」
「そうなの。それにね、医療の世界だけじゃなくて、遺伝子学の世界までもを変えるかもしれないような特性がいっぱいあるんだって」
「本当なら、まるで万能薬じゃないか。すごい話だな」
「本当の話なんだってば。だって現在進行形の話なんだよ! それも、この学園で!」
「この学園で?」
「そう! この学園の生徒は、その成分の研究が必修だからね。いろんな分野で未来が開ける成分の専門家としての実績を持てるのが最大の強みなんだよ」
言いたいことは何とかわかる。だが違和感は強かった。いくら何でも、明らかに真姫は興奮しすぎている。
普段の真姫は冷静沈着、いつも大人しく自己主張の少ない女子である。
好きな事には熱中しやすい子でもあったが、ここまで高揚する様はなかなか見ない。
しばし周囲のことを忘れるほどに一つの事に没頭する子で、勉強や運動による負荷が苦にならない性格でもあった。
そのため、学校の成績は勉強も運動も非常に良好な成績だった。
熱中しやすく冷めにくい彼女が、ここまで夢中になれる話題とはあまり思えない。
この話題が、彼女のそういう性質に火をつけてしまえるような内容なんだろうか。
「あのさ。そのすごさはよくわかったけど、これが俺の質問とどう関係があるんだ?」
ようやく俺の言葉が届いたのか、真姫はいったん言葉を止めた。
そして一度、言葉を選ぶように懊悩の表情を見せる。
なんだ? この期に及んで、まだなにか言いづらいことでもあるんだろうか。
「その血液成分の存在が分かったのは産婦人科なの」
「んん?」
「女性が血液検査をしたのは、妊娠の検査のために産婦人科に行った時」
真姫は言いにくそうに小さめの声で言葉を紡いだ。
「通院したときにはもう妊娠してたみたい。その時に問題になったのは、その子供の父親がだれかってことなの」
「え。本人に聞けばいいんじゃ」
「答えようとしなかったみたい。本当は産婦人科に行きたくもなかった、って」
どういうことなのだろう。
話が急に不穏な展開になっていた。
「彼女には結婚歴はなくて恋人もいない。特定のパートナーはいなかった。表向きにはね」
「うん」
「彼女の近くにいた異性は、同居している彼女の弟だけ。昔から彼女は異性と付き合うっていうことが全くなくて、なぜ彼女が妊娠したのか誰も分からなかったみたい」
「……」
これは、まさか。
「聞き取り調査が数回行われて、一部のごく少数にしか明かさないっていう条件で聞き出した、その人ならではの特殊事情はね」
「まさか」
「たぶん想像してるとおりだよ。そのお姉さんは、実の弟と近親相姦関係だったの」
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
新成分の発見の鍵が、姉弟での関係にあった、ということなのか?
まさか、そんな馬鹿な。
姉弟で子供を作ってしまったことがきっかけになって発覚した、ということなのだろうか?
「自分の弟と恋人関係にあって、ほぼ毎日、短期間に何回も性交渉していたんだって。避妊に失敗して子供を作ってしまって、悩んでたみたい」
真姫は落ち着きを取り戻していた。淡々とした口調で、しとやかに俺に語り掛けてくる。
あまりにも聞きやすい口調なだけに、逆に混乱してきた。
その話は、俺の過去に重なるものがあった。
「最初は堕胎しようと思っていたみたいだけど、産婦人科の知り合いにそういう事情に詳しい人との相談で、その姉弟は事実婚夫婦として暮らしてるの」
「ちょ、ちょっと……まってくれ。ついていけなくなってきた」
真姫は表情も薄く、俺の言葉にうなずく。
「それは実話なのか? 作り話じゃなくて?」
「作り話なんかする訳ないじゃない。その話がなければ、この学園は作られなかったんだから」
「学園が?」
「この学園はね、その成分を研究して実用化したり、用途を広げたりすることが最大の目的なの。契約書類にも書かれてるはずだよ」
「それは……理解しきれていなかった」
あまりにも荒唐無稽な話だ。
姉弟で近親相姦して子供が生まれたから、未知の成分が発覚して、研究までされて、そのための学園まで出来上がった、って?
「話を戻すね」
「ああ」
信じていいのだろうかと迷ったが、真姫がこんな話をでっちあげるはずがない。
それはずっとそばにいた俺がよくわかっている。
「姉弟の件が終了したあと、全国の病院で大規模な血液検査を行ったの。血液検査の必要な際には必ず、その成分が含まれていないかどうかを調べた」
「……それで?」
「数少ない例なんだけど、その成分が血液に含まれている人が見つかったの。そして病院の人はその人たちに聞き込みをした。これまでの人生遍歴から、趣味嗜好まで至る所までね」
なんだか……結論は、聞かなくてもわかるような気がした。
「結論から言うと、その成分が見つかった人は全員、近親者と恋人関係にあった」
「……やっぱり」
「そこからは、分泌物の生成由来の研究も並行で行われた。どの臓器で生成されるのかはまだ分かってないみたいね。だけど、近親相姦を行っていることが最低条件だっていうことは、調査の結果でほとんど確定してるんだって」
呆気に取られてしまう話だ。
近親相姦というかなり特殊な関係性からしか生まれない物質が、この世の中にあるだなんて。
「それでも、よほどのことでもない限り、近親相姦してますなんて打ち明けたりはしないと思うんだけどな」
「その辺りは私にも分からない。母さんに聞いた方がいいと思うよ」
「母さん……理事長に?」
真姫は深くうなずく。
「母さんはちょっと前まで、その成分についての研究を行うチームの一員だったの」
「!?」
「その研究は、もう数十年も前から続いていたみたい。そこは私もあんまり詳しく知らないの」
「そうなのか」
ようやく話し終わったのか。真姫は乗り出していた体を席に落ち着かせ、ストンと腰を下ろした。
そして真姫は手元のコップを持ち、くい、と水を飲む。水を嚥下し、喉がごくごくと蠢く様は、やたらと生々しく思えた。
真姫の熱量はすごかった。まるでこれこそが生き甲斐だとでもいうかのように。
「それでね、話は変わるんだけど」
「あ、ああ」
まだ何か言うことがあるのか。
「私が兄さんと一緒にいられるのは今日のお昼までなの。それまでは私が兄さんに説明するけど、そこからは交替だから、聞きたいことがあったら次の子に聞いてね」
「え」
「さっき結がぽろっと言ってたから、今日は結がお相手してくれるんだと思うよ。もしかしたら、もう最終日まで決まってるのかもしれない」
「最終日?」
「そ。今日も含めての四日間、巧兄さんに全員が相手してもらうの」
「全員? 相手って、どんな?」
「もう。ゆうべの事があったんだからわかるでしょ?」
……確かに。
これまでの話の流れや、新成分の話と照らし合わせれば、他に考える余地すらない。
「俺は、真姫以外のみんなと……結や紡姉さん、母さんと関係を持つことになるのか」
「そう」
真姫はあっさりと言ってのける。
想像していた返答がそのまま返ってきたためか、衝撃は感じなかった。
「この学園に入った人はみんな近親相姦の関係で、細胞の成分抽出の適応がある人達ばかりなの。その中でも兄さんは特に優秀な人だって、検査結果でわかってる」
「検査……いつ、そんなことを」
「ごめんね。それも母さんから直接聞いて。詳しく教えてくれると思うから」
真姫が晴れやかな表情なのは、俺に全てを話したからなのだろうか。
「四日後まで一日交替で兄さんに随伴して、この学園のこととかこれからの生活、最終目的を伝えるの。そして、それからが本当の始まり」
「始まりって、なんの?」
「……私たち家族全員が、血液の中に含まれる成分を学園の研究チームに提供するの。研究の素材としてね」
……そうか。なんでこんな大きく立派な学園が、俺のような取るに足らない人間を入学させようとしているのか、分かった。
「研究素材、か」
真姫は、苦笑しながらコクンとうなずく。
血液成分を提出し、研究のサンプルとして扱われる……そしておそらく、それは学園で過ごす間、ずっと続くだろう。
それは、どう考えてもモルモットそのものだ。
「……それでも、私は嬉しいよ」
真姫の表情に曇りはない。
そうだ、彼女は研究素材としてこの学園にいる、ということを理解しながら、それを嬉々として俺に話してくれた。
何故なのか?
それは、たぶん俺の想像している通りだと思う。
「この学園で学びながら、私たち家族は、心も身体も深い愛情で繋がった家族になるの。兄さんを中心としてね」
真姫は朗らかに微笑みながら、俺の想像を裏付けるような言葉を告げた。
「私たち姉妹はね、子供の頃から兄さんにずっと恋心を抱いてる。ずっと……兄さんのことばかり考えてる。私も、みんなも……きっと、母さんも」
晴れやかな表情だった。
「私は、ずっとあこがれてた。恋焦がれてた。でも、実の兄に対して抱いていい感情じゃないってことはわかってた」
まるで胸につかえていた何かが取り払われたような、澄み切った笑顔だ。
「でも、母さんに会って、そんな悩みを抱える必要はないって聞いて、世界がぱぁっと開けた気がしたの」
胸元で両手を花のように広げる仕草は、あまりにも可愛らしい。
兄の欲目ではなく、妹だからこそ感じる甘ったるい感覚、それを俺は実感していた。
「私、嬉しいの。何もためらわずに兄さんに恋心をぶつけることができるっていうことが、本当に嬉しい」
俺は、ゴクリとツバを呑みこんだ。
真姫のうっとりとした表情は、あまりにも魅惑的すぎる。結ばれたからといって色あせることのないその鮮やかさ、鮮烈な色香は、この瑞々しい実妹だからこそ香り立てることができる芳香だった。
「だから私、研究の対象でもいい。モルモットだっていいの。それで兄さんと一緒に居られて、夕べみたいに愛してもらえるなら、それで……」
うっとりと仄かに顔を赤らめた真姫は、恋に浮かれる乙女そのものだ。
兄に向けていいような表情ではないが、その愛らしい表情に視線を奪われてしまった俺には何も言うことはできない。
「兄さんと、本当の意味でつながることができる。それがどれだけ幸せな事なのか、やっと知ることができた……」
「で、でも、いいのか? さっき真姫が言ってた通りなら、真姫だけじゃなくて結や母さん、紡姉さんとだって、俺は……」
「いいよ」
真姫は、キラキラと瞳を輝かせながら、きっぱりと言う。
「私は、ずっと兄さんと共に居たいの。それが私の夢なの。姉さんや結、母さんも、そう願ってる。その想いを、兄さんに伝え続けたい……」
「ま、き」
「姉さんや結、母さんと一緒に、私のことも愛してほしい。それが、私の望み……」
真姫の言葉に嘘偽りはない。
「みんなと約束したの。この喜びはみんなが抱いてる願望だから、独占はしちゃだめ、って」
「それって、まさか……」
「こんなこと言われても困るかもしれないけど、兄さんにお願いがあるの」
「……どんな?」
「みんなにもこの幸せを味わわせてほしい。結にも、紡姉さんにも、母さんにも……世界でたった一人の兄さんと、人から望まれて結ばれる喜びを……教えてあげて」
その笑みには全くの邪気がない。
真姫は、テーブルの上に投げ出されていた俺の手に自らの手を伸ばし、両手でふわりと包み込む。
ゆうべじっくり味わった妹の体の一部、それも恋人繋ぎまでして触れ合ったこの手は、あまりにも甘やかな柔らかさだった。
俺と関係を持った時の言葉も、こうして俺と二人でいる時間も、彼女にとってはとても尊い時間なのだろう。
ここまで来て改めての衝撃はなかったが、その代わりに重い感情が胸の奥から芽吹くのを感じていた。
「そうか……それが、俺の使命か」
これが、俺に課せられた罪と罰、そして宿命なのだろう。
姉や妹、そして再開した母を、俺が幸せにする。
これが俺の人生の目的で、使命なのだ。
かつて俺は姉と関係を持ち、快楽に溺れてしまったがゆえに、大切な人を……姉さんを、悲しませてしまった。
周りの大人たちに責められ、住んでいた土地を追われ、誰もいない場所にたどり着いて、姉さんや二人の妹と離れ離れになった。
俺の人生、一時は立ち直れないかもしれないと危惧するくらいにはズタズタだった。
なんとか立ち直れたと思った今、こうして研究の対象として扱われることになっているのは、ある意味では自業自得なのかもしれない。
「わかったよ」
「……?」
「俺は俺に出来る事をする。それがいい方向に向かうと真姫やみんなが信じるなら、俺もそう信じる」
俺の言葉は真姫にどれだけ刺さっただろう。
俺は、ここにきて自分の立場を理解した。
俺のしなければいけないこと、俺の人生の目的……それは、俺の人生をかけて、真姫・結・母さん・そして紡姉さんを幸せにすることだ。
例え血液成分を絞り出されるための研究対象となるために入学するのだとしても、それで家族みんなが豊かに、幸せになれるのなら、俺はそれでいい。
俺は、家族の皆を守る。その使命を胸に抱いて、生きていくんだ。
「でももし向かってはいけない方向へ向かうことになったら、俺はみんなを守る。みんなだけは、絶対に守るよ」
「……兄さん?」
「俺だってみんなのことが大好きなんだ。だから、皆に危険が及びそうになったら、俺が守る。何をしてもだ」
「それってどういう……」
真姫の表情が怪訝に曇る。俺の反応が予想外だったのだろう。が、その戸惑いに返答することはしない。できない。
これは俺の懸念にすぎない。直感だ。だから、はっきりとは分からない。
けど、いつか大きな障害が、俺たちに立ちはだかるような気がしてならなかった。
その時に俺がするべきこと、それは、命をかけてでも姉妹や母を守ることだ。
俺は家族の大黒柱なのだから。
「真姫。ほら、落ち着くんだ」
俺は真姫にそう促した。怪訝そうな真姫は、俺に促されて表情を緩めた。
うん。いつものキレイな真姫だ。
「すいません。注文いいですか」
「はい、お待ちください」
俺は手を挙げてウエイトレスを呼んだ。
店内は混雑している。
遠くにいたウエイトレスは、テーブルの上のものを片付けながら顔をこちらに向け、元気よく返事した。
「お腹がすいたよ。もうこの話はいいだろ?」
「あ……うん」
「続きは結たちに聞くよ。そろそろゆっくりしよう」
「そ、そうだね。うん」
まだ話したりないんだろうか。真姫は、口をもごもごさせながら、やがて座りなおした。
「ここの店の料理、美味しいんだろ」
「うん」
「どんな料理がいいんだ? 教えてくれよ。真姫はセンスいいもんな」
「そ、そう? 兄さん、そんなふうに思ってくれてたの?」
「ああ。真姫が教えてくれた店は、どれもこれも美味しい店ばっかりじゃないか。覚えてるか? ずっと前に教えてくれたカフェ、俺、まだ通ってるんだ」
「え、あそこに?」
「すっかり常連だよ。あんなうまいコーヒーを飲める店はそうそうない。ありがとな、真姫」
「そんな、大げさだよ」
真姫は照れながらもまんざらではなさそうだった。
「なぁ真姫。ちょっと疲れてるんじゃないのか? 頬がこけてる感じ、するぞ。ちゃんと食べないとな。せっかく可愛くおめかしした真姫が、やつれてしまう」
「大丈夫だよ、兄さん。私は兄さんといられれば、それだけで元気になれるの」
「……ありがとな」
俺は真姫の顔に手を伸ばし、指先で頬をなぞる。
「大好きだよ。真姫。妹としても、女の子としてもさ」
「……私も。大好き」
少し怪訝な思いをさせてしまったかもしれないが、それでも俺の言葉にはほっとしたようだ。
真姫。俺の愛する妹、絶対に守り抜いて見せる。これからどんなことがあっても。
ウエイトレスがすぐそばに来ているにも関わらず、俺たちはすっかり恋人同士となった甘いやりとりを、周囲に見せつけるように続けていた。
呆れながら腰を落ち着けると、目の前の真姫の様子がおかしいことに気付いた。
真姫はじぃっとテーブルの上を注視している。その視線は、なにかを見ているようで、ふわふわと中空を泳いでいる。
どうしたんだろう? 俺は不思議に思い、真姫の表情を窺った。
すると真姫は俺の視線に気づいたのか、慌てて目をそらした。
真姫は普段、あまり突拍子もないことをしない。だからリアクションもことごとく素直な子である。
感情が読みづらいのだ、真姫という子は。
「どうかしたか?」
「な、なにが?」
「いや、なんか様子がおかしいような気がするんだけど」
「そ、かな」
やはり、さっきまでのやりとりで俺に話していなかったことがあるのだろうか。
かくいう俺は、まるで事態についていけていないから困惑することしきりなのだが。
ともあれ。
俺はここまでで頭に思い浮かんだ疑問点を、何個か聞いてみることにした。
とかく急に降ってわいた話なうえに、めちゃくちゃだと思えることは何個もある。
……まぁ、昨日の夜の事を考えてしまうと、たぶんこれから何を聞いてもあまり驚かない気もするが。
まずは、さっきの内容で聞きそびれたことを聞いてみよう。
「あのさ……」
「あの」
俺と真姫、ほぼ同時に口を開く。
さすがに兄妹だ。息がぴったりである。
などと言ってもいられない。時間は有限だ。聞きたいことは今のうちに質問しないと、聞きそびれてしまう。
目を合わせた俺たちは、お互いの出方を伺う。
真姫が何か言うかと思って待ってみたが、口ごもるだけで何も言わない。
何を言おうとしているのか不穏である。が、もじもじして何も聞き出せないとなってしまったら、それはそれで無意味な時間になってしまう。
俺は前にかがむようにして身を乗りだした。
「先にいいかな」
「ど、どうぞ」
「さっきの、家族で関係を持ってしまったっていうデータの件数を教えてもらった時のことなんだけど」
「う、うん」
「国はどうやって俺たちや他の人たちが、近親相姦してるってことを調べたんだ?」
これが本当に謎だった。
自分から言い出しでもしない限り、そんなことはばれないはずだ。
しかしそれは考えづらい。
もし周囲にそのことが知れ渡ってしまったら、その後の事は火を見るよりも明らかだ。
奇異の目で見られるだろう。気味悪がられることだってあるだろう。下手をすれば社会的立場を失ってしまう。
俺はそのことを誰よりも知っている。
近親相姦関係を明るみにはしたい人などいない。
それがどうして、国に知られ、そして受け入れられているのか。不思議で仕方ないのだ。
「……20年前、ある女性の体内から特殊な成分が発見されたの」
「??」
急に話が変わった。俺の質問と関係のある話なのだろうか。
「ある症状で病院に行って血液検査を受けた時、その血液から偶然見つかったんだって」
「そういえば、インターネットのニュースで一時期、騒いでいたような気がするな」
再生医療に使える可能性がある、というような話で盛り上がっていた話題のことだろうか。
人の血液から未知の成分が見つかった、と。
「そう、それが世紀の大発見だったの」
真姫がテーブルに両手を乗せ、俺へと体ごと前のめりに傾けた。
いきなりの大興奮だ。たじろぐ俺を尻目に真姫はテーブルに乗りかかりそうなくらいに前傾姿勢になりながら続ける。
「全く新しい成分で、画期的な新発見だってマスコミにも取り上げられたんだよ」
俺は口をはさむことができず、その話の到達点を見極めることにした。
「その成分の働きは何種類かあるんだけど、例えば活性酸素っていう身体の中のサビつきを取り除いたり、傷ついた細胞を見つけ出して修復するの。その能力は他の同じ種類の成分の一万倍以上なんだって」
「ちょ、ま、真姫……」
「それに、他にもさまざまな効果が見られて、いまだ研究が進んでいるんだって」
「ちょっと興奮しすぎじゃ」
「もしかしたら難病って言われている病気の治療にも使われるかもしれないの。進行がんの治療にも使える見込みがあるみたい」
話に夢中になってしまって俺の声が聞こえないらしい。真姫は頭のいい子ではあったがインテリってほどでもなかった。
どうしてこんな難しい話に興奮しているんだ、と内心、首をかしげたが、それでも真姫の目を見ていると、そんな疑問はどうでもよくなっていた。
……真姫の喜ぶ姿を見ていたい。俺のただ一つの願いが、俺の脳裏にくっきりと浮かぶ。
「進行がんって、もし実現したらものすごいことじゃないか」
「そうなの。それにね、医療の世界だけじゃなくて、遺伝子学の世界までもを変えるかもしれないような特性がいっぱいあるんだって」
「本当なら、まるで万能薬じゃないか。すごい話だな」
「本当の話なんだってば。だって現在進行形の話なんだよ! それも、この学園で!」
「この学園で?」
「そう! この学園の生徒は、その成分の研究が必修だからね。いろんな分野で未来が開ける成分の専門家としての実績を持てるのが最大の強みなんだよ」
言いたいことは何とかわかる。だが違和感は強かった。いくら何でも、明らかに真姫は興奮しすぎている。
普段の真姫は冷静沈着、いつも大人しく自己主張の少ない女子である。
好きな事には熱中しやすい子でもあったが、ここまで高揚する様はなかなか見ない。
しばし周囲のことを忘れるほどに一つの事に没頭する子で、勉強や運動による負荷が苦にならない性格でもあった。
そのため、学校の成績は勉強も運動も非常に良好な成績だった。
熱中しやすく冷めにくい彼女が、ここまで夢中になれる話題とはあまり思えない。
この話題が、彼女のそういう性質に火をつけてしまえるような内容なんだろうか。
「あのさ。そのすごさはよくわかったけど、これが俺の質問とどう関係があるんだ?」
ようやく俺の言葉が届いたのか、真姫はいったん言葉を止めた。
そして一度、言葉を選ぶように懊悩の表情を見せる。
なんだ? この期に及んで、まだなにか言いづらいことでもあるんだろうか。
「その血液成分の存在が分かったのは産婦人科なの」
「んん?」
「女性が血液検査をしたのは、妊娠の検査のために産婦人科に行った時」
真姫は言いにくそうに小さめの声で言葉を紡いだ。
「通院したときにはもう妊娠してたみたい。その時に問題になったのは、その子供の父親がだれかってことなの」
「え。本人に聞けばいいんじゃ」
「答えようとしなかったみたい。本当は産婦人科に行きたくもなかった、って」
どういうことなのだろう。
話が急に不穏な展開になっていた。
「彼女には結婚歴はなくて恋人もいない。特定のパートナーはいなかった。表向きにはね」
「うん」
「彼女の近くにいた異性は、同居している彼女の弟だけ。昔から彼女は異性と付き合うっていうことが全くなくて、なぜ彼女が妊娠したのか誰も分からなかったみたい」
「……」
これは、まさか。
「聞き取り調査が数回行われて、一部のごく少数にしか明かさないっていう条件で聞き出した、その人ならではの特殊事情はね」
「まさか」
「たぶん想像してるとおりだよ。そのお姉さんは、実の弟と近親相姦関係だったの」
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
新成分の発見の鍵が、姉弟での関係にあった、ということなのか?
まさか、そんな馬鹿な。
姉弟で子供を作ってしまったことがきっかけになって発覚した、ということなのだろうか?
「自分の弟と恋人関係にあって、ほぼ毎日、短期間に何回も性交渉していたんだって。避妊に失敗して子供を作ってしまって、悩んでたみたい」
真姫は落ち着きを取り戻していた。淡々とした口調で、しとやかに俺に語り掛けてくる。
あまりにも聞きやすい口調なだけに、逆に混乱してきた。
その話は、俺の過去に重なるものがあった。
「最初は堕胎しようと思っていたみたいだけど、産婦人科の知り合いにそういう事情に詳しい人との相談で、その姉弟は事実婚夫婦として暮らしてるの」
「ちょ、ちょっと……まってくれ。ついていけなくなってきた」
真姫は表情も薄く、俺の言葉にうなずく。
「それは実話なのか? 作り話じゃなくて?」
「作り話なんかする訳ないじゃない。その話がなければ、この学園は作られなかったんだから」
「学園が?」
「この学園はね、その成分を研究して実用化したり、用途を広げたりすることが最大の目的なの。契約書類にも書かれてるはずだよ」
「それは……理解しきれていなかった」
あまりにも荒唐無稽な話だ。
姉弟で近親相姦して子供が生まれたから、未知の成分が発覚して、研究までされて、そのための学園まで出来上がった、って?
「話を戻すね」
「ああ」
信じていいのだろうかと迷ったが、真姫がこんな話をでっちあげるはずがない。
それはずっとそばにいた俺がよくわかっている。
「姉弟の件が終了したあと、全国の病院で大規模な血液検査を行ったの。血液検査の必要な際には必ず、その成分が含まれていないかどうかを調べた」
「……それで?」
「数少ない例なんだけど、その成分が血液に含まれている人が見つかったの。そして病院の人はその人たちに聞き込みをした。これまでの人生遍歴から、趣味嗜好まで至る所までね」
なんだか……結論は、聞かなくてもわかるような気がした。
「結論から言うと、その成分が見つかった人は全員、近親者と恋人関係にあった」
「……やっぱり」
「そこからは、分泌物の生成由来の研究も並行で行われた。どの臓器で生成されるのかはまだ分かってないみたいね。だけど、近親相姦を行っていることが最低条件だっていうことは、調査の結果でほとんど確定してるんだって」
呆気に取られてしまう話だ。
近親相姦というかなり特殊な関係性からしか生まれない物質が、この世の中にあるだなんて。
「それでも、よほどのことでもない限り、近親相姦してますなんて打ち明けたりはしないと思うんだけどな」
「その辺りは私にも分からない。母さんに聞いた方がいいと思うよ」
「母さん……理事長に?」
真姫は深くうなずく。
「母さんはちょっと前まで、その成分についての研究を行うチームの一員だったの」
「!?」
「その研究は、もう数十年も前から続いていたみたい。そこは私もあんまり詳しく知らないの」
「そうなのか」
ようやく話し終わったのか。真姫は乗り出していた体を席に落ち着かせ、ストンと腰を下ろした。
そして真姫は手元のコップを持ち、くい、と水を飲む。水を嚥下し、喉がごくごくと蠢く様は、やたらと生々しく思えた。
真姫の熱量はすごかった。まるでこれこそが生き甲斐だとでもいうかのように。
「それでね、話は変わるんだけど」
「あ、ああ」
まだ何か言うことがあるのか。
「私が兄さんと一緒にいられるのは今日のお昼までなの。それまでは私が兄さんに説明するけど、そこからは交替だから、聞きたいことがあったら次の子に聞いてね」
「え」
「さっき結がぽろっと言ってたから、今日は結がお相手してくれるんだと思うよ。もしかしたら、もう最終日まで決まってるのかもしれない」
「最終日?」
「そ。今日も含めての四日間、巧兄さんに全員が相手してもらうの」
「全員? 相手って、どんな?」
「もう。ゆうべの事があったんだからわかるでしょ?」
……確かに。
これまでの話の流れや、新成分の話と照らし合わせれば、他に考える余地すらない。
「俺は、真姫以外のみんなと……結や紡姉さん、母さんと関係を持つことになるのか」
「そう」
真姫はあっさりと言ってのける。
想像していた返答がそのまま返ってきたためか、衝撃は感じなかった。
「この学園に入った人はみんな近親相姦の関係で、細胞の成分抽出の適応がある人達ばかりなの。その中でも兄さんは特に優秀な人だって、検査結果でわかってる」
「検査……いつ、そんなことを」
「ごめんね。それも母さんから直接聞いて。詳しく教えてくれると思うから」
真姫が晴れやかな表情なのは、俺に全てを話したからなのだろうか。
「四日後まで一日交替で兄さんに随伴して、この学園のこととかこれからの生活、最終目的を伝えるの。そして、それからが本当の始まり」
「始まりって、なんの?」
「……私たち家族全員が、血液の中に含まれる成分を学園の研究チームに提供するの。研究の素材としてね」
……そうか。なんでこんな大きく立派な学園が、俺のような取るに足らない人間を入学させようとしているのか、分かった。
「研究素材、か」
真姫は、苦笑しながらコクンとうなずく。
血液成分を提出し、研究のサンプルとして扱われる……そしておそらく、それは学園で過ごす間、ずっと続くだろう。
それは、どう考えてもモルモットそのものだ。
「……それでも、私は嬉しいよ」
真姫の表情に曇りはない。
そうだ、彼女は研究素材としてこの学園にいる、ということを理解しながら、それを嬉々として俺に話してくれた。
何故なのか?
それは、たぶん俺の想像している通りだと思う。
「この学園で学びながら、私たち家族は、心も身体も深い愛情で繋がった家族になるの。兄さんを中心としてね」
真姫は朗らかに微笑みながら、俺の想像を裏付けるような言葉を告げた。
「私たち姉妹はね、子供の頃から兄さんにずっと恋心を抱いてる。ずっと……兄さんのことばかり考えてる。私も、みんなも……きっと、母さんも」
晴れやかな表情だった。
「私は、ずっとあこがれてた。恋焦がれてた。でも、実の兄に対して抱いていい感情じゃないってことはわかってた」
まるで胸につかえていた何かが取り払われたような、澄み切った笑顔だ。
「でも、母さんに会って、そんな悩みを抱える必要はないって聞いて、世界がぱぁっと開けた気がしたの」
胸元で両手を花のように広げる仕草は、あまりにも可愛らしい。
兄の欲目ではなく、妹だからこそ感じる甘ったるい感覚、それを俺は実感していた。
「私、嬉しいの。何もためらわずに兄さんに恋心をぶつけることができるっていうことが、本当に嬉しい」
俺は、ゴクリとツバを呑みこんだ。
真姫のうっとりとした表情は、あまりにも魅惑的すぎる。結ばれたからといって色あせることのないその鮮やかさ、鮮烈な色香は、この瑞々しい実妹だからこそ香り立てることができる芳香だった。
「だから私、研究の対象でもいい。モルモットだっていいの。それで兄さんと一緒に居られて、夕べみたいに愛してもらえるなら、それで……」
うっとりと仄かに顔を赤らめた真姫は、恋に浮かれる乙女そのものだ。
兄に向けていいような表情ではないが、その愛らしい表情に視線を奪われてしまった俺には何も言うことはできない。
「兄さんと、本当の意味でつながることができる。それがどれだけ幸せな事なのか、やっと知ることができた……」
「で、でも、いいのか? さっき真姫が言ってた通りなら、真姫だけじゃなくて結や母さん、紡姉さんとだって、俺は……」
「いいよ」
真姫は、キラキラと瞳を輝かせながら、きっぱりと言う。
「私は、ずっと兄さんと共に居たいの。それが私の夢なの。姉さんや結、母さんも、そう願ってる。その想いを、兄さんに伝え続けたい……」
「ま、き」
「姉さんや結、母さんと一緒に、私のことも愛してほしい。それが、私の望み……」
真姫の言葉に嘘偽りはない。
「みんなと約束したの。この喜びはみんなが抱いてる願望だから、独占はしちゃだめ、って」
「それって、まさか……」
「こんなこと言われても困るかもしれないけど、兄さんにお願いがあるの」
「……どんな?」
「みんなにもこの幸せを味わわせてほしい。結にも、紡姉さんにも、母さんにも……世界でたった一人の兄さんと、人から望まれて結ばれる喜びを……教えてあげて」
その笑みには全くの邪気がない。
真姫は、テーブルの上に投げ出されていた俺の手に自らの手を伸ばし、両手でふわりと包み込む。
ゆうべじっくり味わった妹の体の一部、それも恋人繋ぎまでして触れ合ったこの手は、あまりにも甘やかな柔らかさだった。
俺と関係を持った時の言葉も、こうして俺と二人でいる時間も、彼女にとってはとても尊い時間なのだろう。
ここまで来て改めての衝撃はなかったが、その代わりに重い感情が胸の奥から芽吹くのを感じていた。
「そうか……それが、俺の使命か」
これが、俺に課せられた罪と罰、そして宿命なのだろう。
姉や妹、そして再開した母を、俺が幸せにする。
これが俺の人生の目的で、使命なのだ。
かつて俺は姉と関係を持ち、快楽に溺れてしまったがゆえに、大切な人を……姉さんを、悲しませてしまった。
周りの大人たちに責められ、住んでいた土地を追われ、誰もいない場所にたどり着いて、姉さんや二人の妹と離れ離れになった。
俺の人生、一時は立ち直れないかもしれないと危惧するくらいにはズタズタだった。
なんとか立ち直れたと思った今、こうして研究の対象として扱われることになっているのは、ある意味では自業自得なのかもしれない。
「わかったよ」
「……?」
「俺は俺に出来る事をする。それがいい方向に向かうと真姫やみんなが信じるなら、俺もそう信じる」
俺の言葉は真姫にどれだけ刺さっただろう。
俺は、ここにきて自分の立場を理解した。
俺のしなければいけないこと、俺の人生の目的……それは、俺の人生をかけて、真姫・結・母さん・そして紡姉さんを幸せにすることだ。
例え血液成分を絞り出されるための研究対象となるために入学するのだとしても、それで家族みんなが豊かに、幸せになれるのなら、俺はそれでいい。
俺は、家族の皆を守る。その使命を胸に抱いて、生きていくんだ。
「でももし向かってはいけない方向へ向かうことになったら、俺はみんなを守る。みんなだけは、絶対に守るよ」
「……兄さん?」
「俺だってみんなのことが大好きなんだ。だから、皆に危険が及びそうになったら、俺が守る。何をしてもだ」
「それってどういう……」
真姫の表情が怪訝に曇る。俺の反応が予想外だったのだろう。が、その戸惑いに返答することはしない。できない。
これは俺の懸念にすぎない。直感だ。だから、はっきりとは分からない。
けど、いつか大きな障害が、俺たちに立ちはだかるような気がしてならなかった。
その時に俺がするべきこと、それは、命をかけてでも姉妹や母を守ることだ。
俺は家族の大黒柱なのだから。
「真姫。ほら、落ち着くんだ」
俺は真姫にそう促した。怪訝そうな真姫は、俺に促されて表情を緩めた。
うん。いつものキレイな真姫だ。
「すいません。注文いいですか」
「はい、お待ちください」
俺は手を挙げてウエイトレスを呼んだ。
店内は混雑している。
遠くにいたウエイトレスは、テーブルの上のものを片付けながら顔をこちらに向け、元気よく返事した。
「お腹がすいたよ。もうこの話はいいだろ?」
「あ……うん」
「続きは結たちに聞くよ。そろそろゆっくりしよう」
「そ、そうだね。うん」
まだ話したりないんだろうか。真姫は、口をもごもごさせながら、やがて座りなおした。
「ここの店の料理、美味しいんだろ」
「うん」
「どんな料理がいいんだ? 教えてくれよ。真姫はセンスいいもんな」
「そ、そう? 兄さん、そんなふうに思ってくれてたの?」
「ああ。真姫が教えてくれた店は、どれもこれも美味しい店ばっかりじゃないか。覚えてるか? ずっと前に教えてくれたカフェ、俺、まだ通ってるんだ」
「え、あそこに?」
「すっかり常連だよ。あんなうまいコーヒーを飲める店はそうそうない。ありがとな、真姫」
「そんな、大げさだよ」
真姫は照れながらもまんざらではなさそうだった。
「なぁ真姫。ちょっと疲れてるんじゃないのか? 頬がこけてる感じ、するぞ。ちゃんと食べないとな。せっかく可愛くおめかしした真姫が、やつれてしまう」
「大丈夫だよ、兄さん。私は兄さんといられれば、それだけで元気になれるの」
「……ありがとな」
俺は真姫の顔に手を伸ばし、指先で頬をなぞる。
「大好きだよ。真姫。妹としても、女の子としてもさ」
「……私も。大好き」
少し怪訝な思いをさせてしまったかもしれないが、それでも俺の言葉にはほっとしたようだ。
真姫。俺の愛する妹、絶対に守り抜いて見せる。これからどんなことがあっても。
ウエイトレスがすぐそばに来ているにも関わらず、俺たちはすっかり恋人同士となった甘いやりとりを、周囲に見せつけるように続けていた。
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