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7 あなたと晩餐
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「いらっしゃい、テオ」
「こんばんは、テオドール様」
ローズ家の執事に連れられてきたのは、数日振りの応接室だった。
同じ髪色と瞳の色をもった姉弟がテオドールを迎え入れた。アルテリアは友人と言うこともあっていつもどおり気さくだが、フィオナは格上の相手として対応している。似ているようで似ていない二人を交互に見ながら、案内されるまま席につく。ディナーが始まるまで少し時間があるということで、食前酒を飲みながら三人で話すことになった。話の中心はアルテリアだったが、段々とフィオナとテオドールも打ち解けていき、会話に花が咲き始めた頃、ドアがノックされた。
「ああ、食事が来たみたいだ」
「そうね、楽しみだわ」
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「……は?」
言うや否や立ち上がったアルテリアを見上げる二人の表情は信じられないものを見るようなものだった。フィオナとテオドールの二人の共通点はアルテリアのみである。そのアルテリアが席を立ってどこかに行こうと言うのだからおかしな話である。
そういえば、とフィオナは思い出す。姉と友人だけの食事会だというのにアルテリアは随分とめかしこんでいる気がしていた。相手が公爵家の嫡男だからかと思っていたけれど、そうではない。夜会に行くためだったのだ。
「ア、アル、あなた」
「おっと、ごめんね姉さん、テオドール、実は急にプリシラが今日の夜会に参加するって聞いたものだから」
「だからってお前!」
「安心して、僕の分は作らせていないから食材は無駄になっていないよ、それじゃあいってきます」
「アルテリア!」
早口に、足早に、応接室を後にした後姿を呆然と見ながら二人は言葉を失った。会話が弾んだといってもそれはアルテリアのおかげであったし、そもそも男女二人で食事を取るだなんて誰かの耳に入れば誤解されかねない。もちろん知っているのは三人とローズ家の人間だけであるし、ローズ家の使用人はそんなに口は軽くない。漏れることはないが、要は気持ちの問題である。粛々と料理が運び込まれ、テーブルに置かれる。それはしっかりと二人分で、急に、なんていいながらもアルテリアが最初からこの席に着く気がなかったことがわかった。
「テオドール様、あの、申し訳ありません」
「……いや」
何を言っていいかわからず、フィオナはただ謝ることしかできなかった。自分の弟はどうしてこうも、友人だからと言って公爵家の人間を適当に扱うことができるのだろうかと内心気が気ではなかった。これで機嫌を損ねでもしたらどうするのだろうか。せっかくの自慢のディナーもあまり味がしないように思えた。
一方テオドールもまた、気が気ではなかった。友人がどうして席を外したか、思い当たってしまったからだ。数日前にこの部屋で話した内容を思い出す。アルテリアはきっと、テオドールがフィオナに好意を寄せていると思いこの席を用意したのだろう。こんなお膳立てみたいなことをされて、どんな顔をしたらいいのかわからない。これが全く興味のない令嬢相手ならば何も問題はなかった。しかし、事実テオドールはフィオナのことが気になっていた。それを好意と呼ぶのかは、わからないが。
「……『リジエット』、本当にいただいてもよろしいのでしょうか」
二人だけでも会話が緩やかに続いていたなか、ぽつりとフィオナが呟いた。小さな声で、聞き落としてしまいそうだったけれど、テオドールの耳にはしっかりと届いた。『リジエット』、数日前に譲った希少本のことだ。正直に言うと、テオドールもそれが引っかかっていた。譲ったことには何の後悔もないが、突然初対面の人間に希少本を渡されるというのは、迷惑だったのではないだろうか。ここ数日のテオドールの悩みはそれだった。
「貴女は喜んでいた、と聞いている」
「ええ、もちろんです。『リジエット』の希少本は、本が好きなら憧れですもの。でも、だからこそいただいてよかったのかと……」
「今日は『リジエット』の礼だと聞いてきたが、返すための招待だったとは聞いていないな」
デザートを待ちながら、テオドールがそういった。ぱちくり、とフィオナが瞬きをひとつ。「入れるケースを持ってきていない」と両手を広げて見せるテオドールは、至極真面目そうで、冗談を言っているようには見えなかった。しかし、返却は受け付けないという姿勢がしっかりと伝わってきて、フィオナは思わず小さく笑ってしまった。
「ふ、ふふっ、ごめんなさい」
「俺は面白いことを言ったか?」
「いいえ、やだ、ふふっ……」
楽しそうにころころと笑うフィオナに、居心地が悪くなってしまうのはテオドールの方だった。もちろん笑わせるつもりなんてなかったから。それでも、初めて見る楽し気な笑顔に視線を奪われてしまうのも事実だった。
笑うと少し幼くみえることだとか、意外と笑い上戸なのかなかなか笑い止まないところだとか、出会ったばかりだからどの表情も初めて見るのは当然なのに、どんどんと降り積もっていく。
(これじゃあ、アルテリアの思うつぼじゃないか)
訳知り顔で夜会へと行ってしまった友人を思い出し、舌打ちしたくなってしまう。認めざるを得ない。テオドール・ラングレーは、フィオナ・ローズに惹かれている。これまで学園や夜会でどんな令嬢に言い寄られたって一ミリも動かなかった心は、いまざわざわと息をしている。知らなかったものを教えられた、それは酷く心地よくて、苦しい。
「テオドール様、このデザート、わたくしのお気に入りなんです」
召し上がってください、と運ばれてきたデザートプレートを嬉しそうに眺めるフィオナにテオドールは頷いた。口の中に広がる甘酸っぱいベリーの味が、胸を締め付けた。運命の相手に出会うと世界が変わるのだと声高に語っていた友人をまた思い出す。
いままで出会ったどんな女性より、フィオナの周りだけ鮮やかに見えた。
(ああ、くそ、認めなくては)
テオドールにとっての運命の相手は、フィオナであるのだと、心が叫んでいた。
「こんばんは、テオドール様」
ローズ家の執事に連れられてきたのは、数日振りの応接室だった。
同じ髪色と瞳の色をもった姉弟がテオドールを迎え入れた。アルテリアは友人と言うこともあっていつもどおり気さくだが、フィオナは格上の相手として対応している。似ているようで似ていない二人を交互に見ながら、案内されるまま席につく。ディナーが始まるまで少し時間があるということで、食前酒を飲みながら三人で話すことになった。話の中心はアルテリアだったが、段々とフィオナとテオドールも打ち解けていき、会話に花が咲き始めた頃、ドアがノックされた。
「ああ、食事が来たみたいだ」
「そうね、楽しみだわ」
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「……は?」
言うや否や立ち上がったアルテリアを見上げる二人の表情は信じられないものを見るようなものだった。フィオナとテオドールの二人の共通点はアルテリアのみである。そのアルテリアが席を立ってどこかに行こうと言うのだからおかしな話である。
そういえば、とフィオナは思い出す。姉と友人だけの食事会だというのにアルテリアは随分とめかしこんでいる気がしていた。相手が公爵家の嫡男だからかと思っていたけれど、そうではない。夜会に行くためだったのだ。
「ア、アル、あなた」
「おっと、ごめんね姉さん、テオドール、実は急にプリシラが今日の夜会に参加するって聞いたものだから」
「だからってお前!」
「安心して、僕の分は作らせていないから食材は無駄になっていないよ、それじゃあいってきます」
「アルテリア!」
早口に、足早に、応接室を後にした後姿を呆然と見ながら二人は言葉を失った。会話が弾んだといってもそれはアルテリアのおかげであったし、そもそも男女二人で食事を取るだなんて誰かの耳に入れば誤解されかねない。もちろん知っているのは三人とローズ家の人間だけであるし、ローズ家の使用人はそんなに口は軽くない。漏れることはないが、要は気持ちの問題である。粛々と料理が運び込まれ、テーブルに置かれる。それはしっかりと二人分で、急に、なんていいながらもアルテリアが最初からこの席に着く気がなかったことがわかった。
「テオドール様、あの、申し訳ありません」
「……いや」
何を言っていいかわからず、フィオナはただ謝ることしかできなかった。自分の弟はどうしてこうも、友人だからと言って公爵家の人間を適当に扱うことができるのだろうかと内心気が気ではなかった。これで機嫌を損ねでもしたらどうするのだろうか。せっかくの自慢のディナーもあまり味がしないように思えた。
一方テオドールもまた、気が気ではなかった。友人がどうして席を外したか、思い当たってしまったからだ。数日前にこの部屋で話した内容を思い出す。アルテリアはきっと、テオドールがフィオナに好意を寄せていると思いこの席を用意したのだろう。こんなお膳立てみたいなことをされて、どんな顔をしたらいいのかわからない。これが全く興味のない令嬢相手ならば何も問題はなかった。しかし、事実テオドールはフィオナのことが気になっていた。それを好意と呼ぶのかは、わからないが。
「……『リジエット』、本当にいただいてもよろしいのでしょうか」
二人だけでも会話が緩やかに続いていたなか、ぽつりとフィオナが呟いた。小さな声で、聞き落としてしまいそうだったけれど、テオドールの耳にはしっかりと届いた。『リジエット』、数日前に譲った希少本のことだ。正直に言うと、テオドールもそれが引っかかっていた。譲ったことには何の後悔もないが、突然初対面の人間に希少本を渡されるというのは、迷惑だったのではないだろうか。ここ数日のテオドールの悩みはそれだった。
「貴女は喜んでいた、と聞いている」
「ええ、もちろんです。『リジエット』の希少本は、本が好きなら憧れですもの。でも、だからこそいただいてよかったのかと……」
「今日は『リジエット』の礼だと聞いてきたが、返すための招待だったとは聞いていないな」
デザートを待ちながら、テオドールがそういった。ぱちくり、とフィオナが瞬きをひとつ。「入れるケースを持ってきていない」と両手を広げて見せるテオドールは、至極真面目そうで、冗談を言っているようには見えなかった。しかし、返却は受け付けないという姿勢がしっかりと伝わってきて、フィオナは思わず小さく笑ってしまった。
「ふ、ふふっ、ごめんなさい」
「俺は面白いことを言ったか?」
「いいえ、やだ、ふふっ……」
楽しそうにころころと笑うフィオナに、居心地が悪くなってしまうのはテオドールの方だった。もちろん笑わせるつもりなんてなかったから。それでも、初めて見る楽し気な笑顔に視線を奪われてしまうのも事実だった。
笑うと少し幼くみえることだとか、意外と笑い上戸なのかなかなか笑い止まないところだとか、出会ったばかりだからどの表情も初めて見るのは当然なのに、どんどんと降り積もっていく。
(これじゃあ、アルテリアの思うつぼじゃないか)
訳知り顔で夜会へと行ってしまった友人を思い出し、舌打ちしたくなってしまう。認めざるを得ない。テオドール・ラングレーは、フィオナ・ローズに惹かれている。これまで学園や夜会でどんな令嬢に言い寄られたって一ミリも動かなかった心は、いまざわざわと息をしている。知らなかったものを教えられた、それは酷く心地よくて、苦しい。
「テオドール様、このデザート、わたくしのお気に入りなんです」
召し上がってください、と運ばれてきたデザートプレートを嬉しそうに眺めるフィオナにテオドールは頷いた。口の中に広がる甘酸っぱいベリーの味が、胸を締め付けた。運命の相手に出会うと世界が変わるのだと声高に語っていた友人をまた思い出す。
いままで出会ったどんな女性より、フィオナの周りだけ鮮やかに見えた。
(ああ、くそ、認めなくては)
テオドールにとっての運命の相手は、フィオナであるのだと、心が叫んでいた。
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