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転勤が決まってから5年の月日が経ち、やっと日本へ戻れることになった。
長時間の移動は今の痩せ衰えてしまった身体にはとても辛いけれど、そんなことよりも早く帰って良輔に逢いたいという気持ちの方が強かった。
『久しぶり。そっちに戻れることになったよ』
『ほんと?いつ?』
『実はさっき日本に着いたんだ。そうだな、1時間くらいで帰れると思う』
『わかった!駅まで迎えに行くから、先に着いたら改札の前で待ってて!』
電話で帰国していることを伝えると、良輔は驚きと喜びが交ざり合ったような声を上げた。
その声に安堵したと同時に、こんな姿になってしまった俺を、どんな風に思うのか不安になってしまった。
あんなにも逢いたかったはずなのに、今は少しだけ逢うのが怖い。
「…!駿ちゃ、え?おい!」
「…りょ…す、け…」
「しっかりしろ!なあ!」
「…ごめ…っ貧、血…」
駅の改札を通り抜け少し大人になった姿と目が合い傍に行こうと一歩足を踏み出した刹那、ぐらりと視界が揺れそのまま膝から崩れ落ちた。
目眩がして頭が重く、上手く力が入らない。
慌てて駆け寄ってきた良輔は、小さくなってしまった俺の身体を抱き締めて泣いていた。
「こんなに窶れるまで無理して…何してんだよ…ッふざけんな…!」
「ごめ、ん…」
「…帰るぞ。飯作ってやるから」
「ありが、とう…」
動けない俺を良輔は黙って抱きかかえ一緒にタクシーへ乗り込み、駅から数十分の自宅に向かった。
窓ガラスから見える流れゆく景色が、憔悴した俺を嘲笑っているような気がした。
「落ち着いた?」
「…もう、大丈夫」
「良かった。じゃあ、一旦俺ん家に戻って飯作ってくるわ」
「分かった。面倒掛けてごめんな」
肩を借りながらタクシーから降り、久しぶりに自宅のドアを開けると懐かしい匂いがした。
壁を伝って歩く俺がソファーに腰掛けたのを確認してから、良輔は自分の家へ食事を作りに帰った。
再会を喜んでくれたのに、哀しませてしまったことが申し訳なくて仕方がない。
「父さん、母さん。ただいま」
ゆっくり立ち上がり、仏壇に手を合わせに行く。
弱くて頼りない息子で、本当にごめんなさい。
少し埃の溜まった二人の写真を抱いてそのまま暫く横になっていると、玄関からガチャリと良輔が戻ったことを知らせる音がした。
「出来たよ。粥なら食えそう?」
「うん、ありがとう」
「無理はしなくて良いから」
「…平気、食べられる。」
起き上がってリビングへ行き、良輔の逞しい後ろ姿を眺めながら席に着くと、スッと少量の粥が入った茶碗とスプーンを差し出される。
それを緊張で僅かに震える手で受け取り、もうこれ以上迷惑を掛けたくないという気持ちだけで口に含んだ。
「…っ、美味しい…」
「え、泣くほど美味いの?」
「ん、美味い…」
「そっか、良かった。まだあるから」
咀嚼したそれからはとても懐かしい味がして、はらはらと涙が落ちた。
もっと食べたい、こんな気持ちはいつぶりだろう。
一口ずつ噛み締めながら茶碗の中を全て平らげると、良輔は嬉しそうな顔をした。
「ごちそうさま。ごめんな、色々と…」
「いいよ、別に。俺も怒鳴ってごめん。あんまり華奢になってるから驚いて。でも、完食してくれて安心した。今までみたいにこれからまた一緒に飯食って、少しずつ体型を戻していこう?今日みたいに倒れられたら困るからな」
「…本当に、ありがとう」
どこまでも情けなくて格好悪い俺を、いつだってこうして当たり前のことのように受け入れてくれる。
その純粋な優しさや温かみに、昔から救われてばかりだ。
改めてお礼を言うと、良輔は照れ臭そうに笑った。
「彼女は出来たか?」
「はあ…?何で急にそんな意地の悪いこと言うんだよ」
「…本当は俺、ずっと良輔が好きだったんだ。今更こんなの、狡いかもしれないけど」
「え…?ちょっと待って。どういうことだよ」
日本へ帰ったら、ちゃんと想いを伝えたいとずっと考えていた。
これでもし恋人や好きな人がいると言われたら、それはそれで仕方がないことだと思っている。
あの時、好きだと言えなかった自分が悪いのだ。
突然の告白に良輔は困惑した表情を浮かべながらも、次の言葉を待っているようだった。
「…待たせるのが嫌だったのもあるけど、何よりあっちに行ってる間に考え直されて、帰ってきた時やっぱり勘違いだったって言われるのが怖かったんだ」
「俺は、待たせて欲しかったよ。それに、そんな軽い気持ちで今まで築き上げてきた関係が、壊れるかもしれないようなこと言うわけないだろ」
「そう、だよな。ごめん」
「…今でも俺は好きだよ。駿ちゃんにとっては、もう過去のこと…?」
鼓動が速まるのを感じながら、秘めていた臆病な本音を紡いでいく。
次第に良輔の顔からは戸惑いが消え、真剣な眼差しへと変わる。
思えば自分のことばかりで、彼の決意や覚悟を知ろうともしていなかった。
頭を下げる俺に、良輔は僅かに声を震わせながら、不安げに瞳を揺らす。
拒否する理由なんて、もう何処にもない。
「好きだよ、今でも」
「…良かった。これでやっと両想いだ」
パズルのピースがはまるように、ふたつの想いが重なり合う。
心底幸せそうに頬を緩めて笑う、その姿がひどく愛おしい。
ぎこちなく伸びてきた手をそっと握り、テーブル越しに触れるだけのキスをした。
長時間の移動は今の痩せ衰えてしまった身体にはとても辛いけれど、そんなことよりも早く帰って良輔に逢いたいという気持ちの方が強かった。
『久しぶり。そっちに戻れることになったよ』
『ほんと?いつ?』
『実はさっき日本に着いたんだ。そうだな、1時間くらいで帰れると思う』
『わかった!駅まで迎えに行くから、先に着いたら改札の前で待ってて!』
電話で帰国していることを伝えると、良輔は驚きと喜びが交ざり合ったような声を上げた。
その声に安堵したと同時に、こんな姿になってしまった俺を、どんな風に思うのか不安になってしまった。
あんなにも逢いたかったはずなのに、今は少しだけ逢うのが怖い。
「…!駿ちゃ、え?おい!」
「…りょ…す、け…」
「しっかりしろ!なあ!」
「…ごめ…っ貧、血…」
駅の改札を通り抜け少し大人になった姿と目が合い傍に行こうと一歩足を踏み出した刹那、ぐらりと視界が揺れそのまま膝から崩れ落ちた。
目眩がして頭が重く、上手く力が入らない。
慌てて駆け寄ってきた良輔は、小さくなってしまった俺の身体を抱き締めて泣いていた。
「こんなに窶れるまで無理して…何してんだよ…ッふざけんな…!」
「ごめ、ん…」
「…帰るぞ。飯作ってやるから」
「ありが、とう…」
動けない俺を良輔は黙って抱きかかえ一緒にタクシーへ乗り込み、駅から数十分の自宅に向かった。
窓ガラスから見える流れゆく景色が、憔悴した俺を嘲笑っているような気がした。
「落ち着いた?」
「…もう、大丈夫」
「良かった。じゃあ、一旦俺ん家に戻って飯作ってくるわ」
「分かった。面倒掛けてごめんな」
肩を借りながらタクシーから降り、久しぶりに自宅のドアを開けると懐かしい匂いがした。
壁を伝って歩く俺がソファーに腰掛けたのを確認してから、良輔は自分の家へ食事を作りに帰った。
再会を喜んでくれたのに、哀しませてしまったことが申し訳なくて仕方がない。
「父さん、母さん。ただいま」
ゆっくり立ち上がり、仏壇に手を合わせに行く。
弱くて頼りない息子で、本当にごめんなさい。
少し埃の溜まった二人の写真を抱いてそのまま暫く横になっていると、玄関からガチャリと良輔が戻ったことを知らせる音がした。
「出来たよ。粥なら食えそう?」
「うん、ありがとう」
「無理はしなくて良いから」
「…平気、食べられる。」
起き上がってリビングへ行き、良輔の逞しい後ろ姿を眺めながら席に着くと、スッと少量の粥が入った茶碗とスプーンを差し出される。
それを緊張で僅かに震える手で受け取り、もうこれ以上迷惑を掛けたくないという気持ちだけで口に含んだ。
「…っ、美味しい…」
「え、泣くほど美味いの?」
「ん、美味い…」
「そっか、良かった。まだあるから」
咀嚼したそれからはとても懐かしい味がして、はらはらと涙が落ちた。
もっと食べたい、こんな気持ちはいつぶりだろう。
一口ずつ噛み締めながら茶碗の中を全て平らげると、良輔は嬉しそうな顔をした。
「ごちそうさま。ごめんな、色々と…」
「いいよ、別に。俺も怒鳴ってごめん。あんまり華奢になってるから驚いて。でも、完食してくれて安心した。今までみたいにこれからまた一緒に飯食って、少しずつ体型を戻していこう?今日みたいに倒れられたら困るからな」
「…本当に、ありがとう」
どこまでも情けなくて格好悪い俺を、いつだってこうして当たり前のことのように受け入れてくれる。
その純粋な優しさや温かみに、昔から救われてばかりだ。
改めてお礼を言うと、良輔は照れ臭そうに笑った。
「彼女は出来たか?」
「はあ…?何で急にそんな意地の悪いこと言うんだよ」
「…本当は俺、ずっと良輔が好きだったんだ。今更こんなの、狡いかもしれないけど」
「え…?ちょっと待って。どういうことだよ」
日本へ帰ったら、ちゃんと想いを伝えたいとずっと考えていた。
これでもし恋人や好きな人がいると言われたら、それはそれで仕方がないことだと思っている。
あの時、好きだと言えなかった自分が悪いのだ。
突然の告白に良輔は困惑した表情を浮かべながらも、次の言葉を待っているようだった。
「…待たせるのが嫌だったのもあるけど、何よりあっちに行ってる間に考え直されて、帰ってきた時やっぱり勘違いだったって言われるのが怖かったんだ」
「俺は、待たせて欲しかったよ。それに、そんな軽い気持ちで今まで築き上げてきた関係が、壊れるかもしれないようなこと言うわけないだろ」
「そう、だよな。ごめん」
「…今でも俺は好きだよ。駿ちゃんにとっては、もう過去のこと…?」
鼓動が速まるのを感じながら、秘めていた臆病な本音を紡いでいく。
次第に良輔の顔からは戸惑いが消え、真剣な眼差しへと変わる。
思えば自分のことばかりで、彼の決意や覚悟を知ろうともしていなかった。
頭を下げる俺に、良輔は僅かに声を震わせながら、不安げに瞳を揺らす。
拒否する理由なんて、もう何処にもない。
「好きだよ、今でも」
「…良かった。これでやっと両想いだ」
パズルのピースがはまるように、ふたつの想いが重なり合う。
心底幸せそうに頬を緩めて笑う、その姿がひどく愛おしい。
ぎこちなく伸びてきた手をそっと握り、テーブル越しに触れるだけのキスをした。
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