5 / 6
5
しおりを挟む
泊まり込んで看病をするようになってから数ヶ月。
椿の花が咲き始めた頃には、月彦様は自力で起き上がることも困難な状態になっていた。
熱が下がらず咳き込んでは血を吐くばかりで、言っていた通り会話をするのも厳しい。
食事はとろとろにした粥を一口でも食べられたら良い方だった。
あれから更に痩せ衰えてしまい、今はもう骨と皮だけ。
横になっていても息苦しいのか、眠りは浅く日に日に隈が濃くなっていく。
どうにか楽にしてあげたい気持ちはあっても、僕には汗を拭い背中をさすることくらいしか出来ずとても無力だった。
「ッげほげほ、ごほっげほ…!」
「月彦様…失礼しますね…」
額に乗せた濡れタオルを取り替えようとしたところで、月彦様が力なくシーツを握り締め仰向けのまま酷く咳き込み喀血する。
寝返りも満足に打てず吐いたものが口の中に溜まってしまう為、窒息しないよう身体の向きを変えてあげなければならなかった。
口元に寄せた桶の中が、真っ赤に染まっていく。
「…ひと、つ…我が儘を…言って、も…良い、かな…?」
「はい、何でも言って下さい」
「庭、が…見た、い…」
落ち着いてきて身体を仰向けに戻すと、息を切らしたまま月彦様が弱々しく口を開いた。
僕に出来ることならば、望み全て叶えてあげたい。
頷きながら答えると、まるで最期の頼みかのような顔をして言う。
支えることを前提にしても今の月彦様を長く座らせるのはあまりに負担が大きく、縁側に連れていくわけにはいかない。
どうしたら安静に見せてあげられるのかを考えると、ふと客間の存在を思い出した。
「それなら客間に布団を敷き直しましょうか」
「…ん…」
「すぐに準備するので、少し待っていて下さい」
客間は縁側を挟んですぐの部屋、あそこなら横になった状態のまま見せられる。
無理がないであろう方法を提案すると、ほんの少し嬉しそうに月彦様は頬を緩めた。
それを合図に僕は立ち上がり、別の布団を一組持って寝室を出た。
「あ、雪だ」
客間の障子を開け放つと、硝子戸越しに純白を纏った庭が広がる。
いつから降っていたのか、あんまり静かで気付かなかった。
全てを覆い隠してしまう程は積もっていないことに安堵しながら、座卓を隅に移動させる。
そして一番よく見える場所を選んで布団を敷いた。
「用意が終わりました」
「…っ、けほ…」
寝室に戻り戸を開けると、軋むような音に反応して目線がゆるりと此方を向いた。
起きているのを確認できると側に寄り、片膝を立ててしゃがみ準備が整ったことを告げる。
すると月彦様は小さく頷き、咳をしながらも僅かに微笑んだ。
椿の花が咲き始めた頃には、月彦様は自力で起き上がることも困難な状態になっていた。
熱が下がらず咳き込んでは血を吐くばかりで、言っていた通り会話をするのも厳しい。
食事はとろとろにした粥を一口でも食べられたら良い方だった。
あれから更に痩せ衰えてしまい、今はもう骨と皮だけ。
横になっていても息苦しいのか、眠りは浅く日に日に隈が濃くなっていく。
どうにか楽にしてあげたい気持ちはあっても、僕には汗を拭い背中をさすることくらいしか出来ずとても無力だった。
「ッげほげほ、ごほっげほ…!」
「月彦様…失礼しますね…」
額に乗せた濡れタオルを取り替えようとしたところで、月彦様が力なくシーツを握り締め仰向けのまま酷く咳き込み喀血する。
寝返りも満足に打てず吐いたものが口の中に溜まってしまう為、窒息しないよう身体の向きを変えてあげなければならなかった。
口元に寄せた桶の中が、真っ赤に染まっていく。
「…ひと、つ…我が儘を…言って、も…良い、かな…?」
「はい、何でも言って下さい」
「庭、が…見た、い…」
落ち着いてきて身体を仰向けに戻すと、息を切らしたまま月彦様が弱々しく口を開いた。
僕に出来ることならば、望み全て叶えてあげたい。
頷きながら答えると、まるで最期の頼みかのような顔をして言う。
支えることを前提にしても今の月彦様を長く座らせるのはあまりに負担が大きく、縁側に連れていくわけにはいかない。
どうしたら安静に見せてあげられるのかを考えると、ふと客間の存在を思い出した。
「それなら客間に布団を敷き直しましょうか」
「…ん…」
「すぐに準備するので、少し待っていて下さい」
客間は縁側を挟んですぐの部屋、あそこなら横になった状態のまま見せられる。
無理がないであろう方法を提案すると、ほんの少し嬉しそうに月彦様は頬を緩めた。
それを合図に僕は立ち上がり、別の布団を一組持って寝室を出た。
「あ、雪だ」
客間の障子を開け放つと、硝子戸越しに純白を纏った庭が広がる。
いつから降っていたのか、あんまり静かで気付かなかった。
全てを覆い隠してしまう程は積もっていないことに安堵しながら、座卓を隅に移動させる。
そして一番よく見える場所を選んで布団を敷いた。
「用意が終わりました」
「…っ、けほ…」
寝室に戻り戸を開けると、軋むような音に反応して目線がゆるりと此方を向いた。
起きているのを確認できると側に寄り、片膝を立ててしゃがみ準備が整ったことを告げる。
すると月彦様は小さく頷き、咳をしながらも僅かに微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
無口な愛情
結衣可
BL
『兄の親友』のスピンオフ。
葛城律は、部下からも信頼される責任感の強い兄貴肌の存在。ただ、人に甘えることが苦手。
そんな律の前に現れたのが、同年代の部下・桐生隼人。
大柄で無口、感情をあまり表に出さないが、実は誰よりも誠実で優しい男だった。
最初はただの同僚として接していた二人。
しかし、律が「寂しくて眠れない」と漏らした夜、隼人が迷わず会いに来たことで関係は大きく動き出す。
無口で不器用ながらも行動で示してくれる隼人に、律は次第に素直な弱さを見せるようになり、
日常の中に溶け込むささやかな出来事が、二人の絆を少しずつ深めていく。
『定時後の偶然が多すぎる』
こさ
BL
定時後に残業をするたび、
なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。
仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。
必要以上に踏み込まず、距離を保つ人――
それが、彼の上司だった。
ただの偶然。
そう思っていたはずなのに、
声をかけられる回数が増え、
視線が重なる時間が長くなっていく。
「無理はするな」
それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、
彼自身はまだ知らない。
これは、
気づかないふりをする上司と、
勘違いだと思い込もうとする部下が、
少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。
静かで、逃げ場のない溺愛が、
定時後から始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる