鼓草の魔術師と兎の弟子

おま風

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序章 01

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「私の元へ、おいで」

 その女は、母に似ていた。容姿はもちろん、声も仕草も・・・・
 亜人族の見た目をした私が、誰かにこんな話をしようものなら、出来の悪い冗談だと笑われることは明白なのだが、その姿は私の記憶と一片の相違もなく、本物の母親が遂に迎えに来てくれたのかと錯覚してしまう程であった。こちらへ差し伸べられた、白く細い腕に視線が落ちる。暖かそう――――そう感じた。
 この手を取れば、私は何を得られるのだろうか。代償は? 失うものは、あるのだろうか。周囲は不思議と静まり返り、二人だけの時間が流れる。心音は落ち着いている。頭も澄み渡っていた。母の姿をした女が、優しく穏やかに笑いかける。慈愛に満ちたその表情は、私を安心させるには十分に足るものであった。幸せの予兆とでもいうのか、明るい未来を容易に連想させた。口元が自然と緩むのを感じる。
 例え、何かを喪失するのだとしても、その未来を見てみたい、この女から与えられる幸福を享受したい。確かにそう思った。腕に自然と力がこもる。女の手に自らの手を重ねるために。永遠に続く、信頼と忠誠の呪いを刻むために。

――――だが、私の腕は自らの腿にぴたりと固定され、持ち上げられることは決してなかった。明白な拒絶。女の顔が悲しそうに陰る。その瞳を見て、心がきゅうっと締め付けられた。それでも、拒絶した。

『嘘の音色』が聞こえたからだ。

 お互いに視線を交わしたまま数秒の刻を過ごした。しばらくして女は、「そうですか」と寂しそうに俯くと、ふわりと身を翻し、何処かへ消えてしまった。その表情は私の記憶の最後に刻まれた、母のそれと酷似していた。

 そして、音が返ってくるのを感じた。静寂は終わりを告げ、喧騒が襲う。私の周りに友達と呼ぶにはいささか浅い関係の知り合い達が群がってきたのだ。怒涛の質問攻めが鼓膜に押し寄せる。私は、とりあえず愛想笑いを浮かべながら、適当に返答し、逃げるようにその場を後にした。
 皆の話を聞く限りでは、あの女はかなりの有名人らしい。せっかくの申し出を断る理由が見つからない程度には・・・・
執拗に追いかけてくる好奇心の群れを上手く撒いた私は、人影のない魔術学校の校舎裏でとんっと壁に背中を預ける。そして、ぽつりと呟いた。
「なんで、断っちゃったんだろう?」
 女の名は『クローディア・マーゴット・アシュリー』。ここ中央都市の最高権力者である『大元帥』の称号を持つ、『至高の魔術師』の一人。何者にも平等であり、慈しみに溢れた聖母のような存在で、人々は敬意をこめてこう呼んだ。
――――『創造の魔女』と。
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