鼓草の魔術師と兎の弟子

おま風

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第一章 鼓草の魔術師

05

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※※※
 別荘にぽっかりと空いた底の見えない大きな穴と、無残に砕け散ったテーブルの破片を交互に見つめ、どさりと崩れ落ちるオルグレン。
「あ、あ、あ」と、言葉にならない声を壊れてしまったかのように紡いでいた。
 ランドルフは、そんな彼の肩をぽんぽんと叩く。
「まぁ、仕方ない」
「もっと優しい言葉をかけて!」
 珍しく鋭い剣幕でランドルフを睨みつける。ランドルフは「おぉ。すまんすまん」と、両手を挙げて二、三歩後退した。
「はぁ。何年もかけて購入したものだったのになぁ・・・・」
「物はまた買えば良い。ルナの選択と引き換えだったと思えば、安いものだろう?」
「・・・・はぁ。それもそうだね。そう考えることにするよ。はぁ」
 完全に納得はしていないようであったが、割り切れはしたようであった。がくがくと小鹿の様に震えながらも、何とか立ち上がる。
「じゃあ、僕達も行こうか」
 そう言って、早速魔術陣の形成を始める。だが、ランドルフは何を思ったのか、オルグレンから距離をとった。
「いや、俺はここに残るよ」
「え? 君は一体何を言って?」
 オルグレンは、首を傾げるが、その理由をすぐに理解することになった。
「どうぞ。お入りください」
それは、オルグレンに向けられたものではなく、その背後にある外へと繋がる扉の、さらに先へと向けられていた。
 ぞくっと嫌な気配を感じて振り返る。そして、扉が開いた。
「ごめんなさい。お話の途中に邪魔をしてしまいまして」
「な、貴方は・・・・」
 驚愕するオルグレン。それを余所に、ランドルフは、その姿を見るや否やばっと片膝をつき、深々と頭を垂れた。
「申し訳ありませんでした。貴方の御意向に背くような選択をしてしまい・・・・」
「頭を挙げてください。謝罪しなければならないのは私の方なのです。部下が、とても無礼な行為をはたらいてしまったようで。きつく言いつけておきましたので、この都市にいる限りはもう二度と、貴方方に危害を加えるようなことはしない筈です。本当に迷惑をおかけしました」
「もったいない御言葉です」
 そう言って顔を上げる。オルグレンは、身動き一つとれずにいた。それもそのはずであった。入ってきたのは三人。その内の全員と面識があった。と言っても、最後に会ったのは十五年も前のことだ。
ランドルフよりも長身で背中から三メートル程にもなる巨大な剣を下げた男、中央都市の『元帥』のトップで、名をエグバート・ナディア・ワーナー。
漆黒の剛毛を持つ伝説の魔獣の革で作られた羽織を頭から被った小柄な男、中央都市の闇に生きる呪術師で、名をガス・ハンセン。
そして、中央都市の『大元帥』、『創造の魔女』クローディア・マーゴット・アシュリー。
 この地のトップスリーが他に護衛をつけることもなく、突如として眼前に現れたのだ。反射的に、転移魔術の魔術陣を形成しようとする。だが、いち早くそれに勘付いたエグバードが制止した。
「やめておいた方が良い。この時期に中央都市から離れることが何を意味するか。貴様なら分かるだろう」
「・・・・」
 オルグレンは、返事はしなかったものの、直ぐに作業を中断した。エグバードの言葉の意味を理解しているからだ。
「それで、本日の要件は?」
 ランドルフが尋ねる。クローディアは、ルナ達が落ちていった深い穴を覗いてから、寂しそうな表情を浮かべた。
「あの子は、本当に行ってしまったのですね・・・・」
「はい。あの子の選択です」
「そうですか・・・・それは、仕方のないことですね」
「追わないのですか?」
「いいえ。あの子には一度、こちら側へつく機会も与えました。それでもなお、別の道を選んだのです。今はまだ、あの子の選択を優先させてあげるべきでしょう」
「今はまだ・・・・ですか」
「はい。それと、要件なのですが。例の件について、報告に来ました」
「・・・・」
 固唾を飲んで次の言葉を待つ。少しの間を置いて、クローディアが口を開いた。
「災厄の時は近いようです。世界を滅ぼす強大な闇がもう直ぐ目を覚ますでしょう」
「な!」
 思わずオルグレンの口から驚嘆の声が漏れた。ランドルフは、依然として黙っているが、その表情は非常に険しい。
「それはいつごろの話なのですか?」
「近い将来です。あと、数年程度か、早くて半年ももたないかと・・・・」
「そんな・・・・」
 窓から差し込む光が、急ぎ足で流れる雲で遮断され、部屋を暗くする。
「ですが、安心してください。私は、この都市に生きる愛しい子供達を絶対に守り抜きます。私の体がどうなろうとも、どんな手段を使っても・・・・計画も既に最終調整の段階に入っています。後は、その時が来るのを待つのみ・・・・宜しければ、貴方方も協力してくださいませんか?」
「もちろんです。貴方に受けた恩を、私はまだ返しきれておりません。こんな老いぼれで良ければ、喜んで力をお貸ししましょう」
「ありがとう。ランドルフ。それで、貴方は如何でしょうか?」
 穏やかな表情でオルグレンを見つめる。
「これは、命令ですか?」
 オルグレンは、ちらっちらっとクローディアの傍らに控える二人の様子を伺う。それを見たクローディアは、ふふふと静かに笑った。
「心配なさらないでください。命令ではありませんよ。この都市に生きる全ての人々には、平等に選択する権利が与えられています。自らの意志による選択は、計画の遂行を除いた何物にも優先されます。貴方が断ったからと言って、私達が何かをするような事はありませんよ。ただ、貴方のその力を少しでも貸して頂けるのなら、それはとても心強いことだと思っただけです」
「・・・・それなら、僕もしばらくは協力しますよ。ただ、やりたくないことはやりませんが、それで良いですか?」
「構いません。ありがとうございます」
 そして、クローディアは自らの痩せた掌を見つめる。その瞳には確かな意志が感じられた。
「私に守れる命など、たかが知れています。だとしても、一人でも多くの命を守る」
 ぐっと拳を握る。
「それが、彼女との・・・・モニカとの約束ですから」
 握りしめられた小さなそれは、力強く、そして淡く、今にもほどけてしまいそうであった。

――――――――――――

用語解説
 中央都市: 何千年も昔に、クローディアが魔術で創った巨大な浮遊都市。円柱状の構造をしている。外側は分厚い壁に覆われており、どのような手段を使っても破壊は不可能と言われている。内部は、第一層から第十層に分かれており、陸路の場合は中心部に存在する連絡通路からのみ各層への移動が可能。第一階層にはクローディア達、都市の幹部が集う聖殿があり、第二階層から第六階層までが居住区、第七階層には唯一外部との往来が可能なゲートが設置されている。第八階層及び第九階層には娯楽などの施設が充実し、内外問わず日々沢山の人々が行き交う。そして、第十階層は外部の魔術師や要人等の為の滞在施設が設けられている。
 また、各階層には魔術により人工的に造られた空が存在し、外部と同様の時間軸に沿って、刻一刻とその姿を変える。電気や水道なども全て、魔道具によって賄われており、世界で最も裕福で発展した都市とされている。

――――――――――――

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