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謎で謎を解く御伽横丁
鏡の裏側 ~やっつめ~
しおりを挟む「.....君を送り込めたのは快挙なんだ、高橋君」
ある鍵つきのチャンネルを視聴する男性。それは朏の上司、柏木だった。
彼は邪神の起こす逆行現象で、唯一過去の記憶を引き継いでいる。.....が、それを現実に反映することは出来ない。
元々柏木は御伽街に送り込まれた探索者の一人だった。紆余曲折を経て、五年の任期を終えて現実世界に戻ってきた数少ない人間。
しかし、こちらへの次元の壁を越えた瞬間、その記憶は邪神によって封じられてしまう。
御伽街での経験だけ削られた彼は、成功報酬をもらい、不可思議な感覚を疑問に思いつつも日常に戻っていった。
そんな安穏とした日々の中、突如彼の脳裏を揺さぶる事態が巻き起こる。
外なる神々の降臨と神話生物の侵略だ。その光景を目撃した瞬間、彼の中で探索者の血が溶岩のように逆流した。
.....知ってる? 俺は、こいつらを知っているっ!
そして世界が滅んだ後。クァチルの逆行により日常を修復された世界で、柏木は過去の記憶を現在に持ちかえっていたのだ。
.....あのままでは若者が無為に散らされるだけ。クトゥルフ神話とやらを調べて、それに精通した者を送り込まないと。.....俺がっ!
一念発起した柏木は必死にクトゥルフ神話や外なる神々のことを調べ、学んで、再び御伽街に行こうと考える。
.....が、御伽街には、一度訪れた者を二度と入れないルールが存在した。それを知らなかった彼は絶望する。
.....くっそ、探索者の知識やセオリーを教えないためか? 知る者に居られるのは不味いんだろうなあ? 邪神よ。
遥か高みから奴らの嗤い声が聞こえた気がし、柏木は天を睨み付けた。
ならば、クトゥルフを知る者を会社に入社させて送り込もうと画策した彼だが、そうは問屋が卸さず。
柏木が神話生物関係を口にしようとしたり、書こうとしたりすると、なぜか硬直し伝えられない。
まるで呪いのように動けなくなる彼の身体。ゆえに誰かをスカウトするとか、面接で尋ねるとかいったことが一切出来なかった。
.....これも奴らの仕業か? 知る者の横槍を阻もうと?
御伽街に送り込める人材の条件は、その会社に一年以上勤めていることだ。とにかく、入社させないと話にならない。
.....あ・い・つ・らぁぁーっ!
憤怒に満ちた鋭い眼光で空を見上げ、柏木がギリギリ奥歯を噛み締めて耐えること十年。
万策尽き果てた彼の前に、中学時代の恩師が一人の少女を連れてきた。
『この子の御両親が亡くなってね。バイトでも良いから雇ってあげてくれないかな?』
『何でもやります、お願いします』
ひょこてんと頭を下げる少女。
.....子供じゃないか。まだ十五? 本当なら遊びたい盛りだろうに。
『上に相談してみます。多分、大丈夫だと思いますよ』
にっこり笑う柏木を見て、恩師と少女は顔を見合わせて喜んだ。無邪気な笑顔が柏木の胸に沁みる。
.....ああ、良いな。こいういう何気ない日常。俺は現実世界に戻れたのだと実感出来るなぁ
過去の凄惨なあれこれで疲れきっていたオジさんは、ほぼ無意識に少女を雇っていた。
恩師の頼みでもあるしと、甲斐甲斐しく少女の面倒をみる柏木。
高橋朏と名乗る彼女は、親と長く過ごしていた借家で一人暮らし。そこを訪ねた柏木は、ずらっと並ぶゲーム機や本棚一杯の書籍に目を見張った。
『ゲームが好きなのかい? 本もすごいね』
『これだけが趣味でして。家計に余裕ないから新作はあまり買えてないですけど』
にへっと笑い、彼女は仲間内で配信していることも柏木に教えた。収益化されておらず、本当に趣味でしかないチャンネルを。
そしてそれに頷きながら、彼は目敏く見つけた。
彼女の本棚の一角を埋める、クトゥルフ神話や外なる神々の書籍。
.....まさか?
神話生物関係のことを口に出来ない柏木には、ここで彼女に確かめる術がない。
しかし、確認する方法はあった。
慌てて家に取って返し、彼は背広を脱ぐのももどかしくパソコンを起動する。
そして彼女の仲間内のチャンネルを視聴した柏木は、思わず前のめりになって悶絶した。
あまりの歓喜で呼吸が出来ない。無意識に緩む彼の口角。
.....これぞ天の配剤か。なんたる僥倖、なんたる至福。
獰猛な笑みを浮かべて凝視する柏木の視界には、ダイスを転がしながら阿鼻叫喚で探索する朏や仲間達。
『ここでファンブルって、ふざけんなぁぁー、ダイス、応急手当っ!』
『せめて申請してから振れっての、ペナルティ、失敗で0成功で1D2な』
『えええっ? .....あ、クリった』
『お前こそ、ふざけんなっ! しかも1クリぃぃっ? あ~、.....っくしょうっ! しゃーない、全回復だっ! もってけっ!』
『やりぃぃ~♪、うえぃ!』
立ち絵同士でハイタッチし、楽しそうにゲームを進める朏の声。
なんと、彼女の配信の殆どがクトゥルフを題材としたTRPGだったのだ。
.....マジかあぁぁっ!
ここに来て天然のクトゥルフ探索者獲得である。
偶然の起こした奇跡を噛みしめ、柏木は狂喜乱舞した。
.....しかし彼の歓喜は続かない。
彼女は進学も出来ずに必死に働く苦労人。こんな少女を、誰があの凄絶な街に送り込めようか。
だが、クトゥルフを知る者を送り込まないと、何度も何度でも世界が終わる。
理性と感情の狭間で激しく揺れ動き、懊悩煩悶する柏木。
そして季節が移り変わって桜の花が三回巡る頃。躊躇する柏木を嘲笑うかのように、再び世界の終わりがやってきた。
逆巻く業火、跳梁跋扈する異形に食われ、殺され、阿鼻叫喚な地獄絵図。
あちらこちらで上がる火柱が、彼の精神を削り尽くしていく。
幾本もの光が立ち上ぼり、降りしきる闇から生まれる神話生物ら。
自社ビルの最上階でそれを見下ろす柏木は、蝋のようにドロリとした絶望を身にまとい、重苦しい慚愧を醸して立ち尽くした。
.....ああ、そうか。何もしなきゃ世界は終わってしまうんだな。
こうして、狂気にも似た殺意を瞳に一閃させ、再び逆行した柏木は朏に無慈悲な辞令を下したのだ。
「.....こんな風に、賑やかにはなるまいが。君だけが頼みの綱なんだよ、高橋君」
朏と仲間達の配信を視聴しながら、柏木は塩を噛んだかのように顔を歪める。
.....と、パソコンの画面が小石を投げ込んだみたいに淡く震えた。ぽーん.....っと静かに広がる不可思議な波紋。
その細波が消えた時、そこに映っていたのは朏。数人の男性らと共に、彼女は神社へと向かっていた。
「え.....?」
思わずすっとんきょうな声が柏木の口から転がり出る。溜め息のように零れたそれは、薄暗い部屋の陰で、にんまりほくそ笑む誰に拾われた。
《上手く繋がったかな? 君は頑張ったからね。御褒美だよ、柏木ちゃん》
信じられないモノを見る眼で、画面を凝視する柏木。そんなことは知りもしない朏は、《神楽坂》の面子と共にセッションを進めていた。
「昨日の夕方、俺らは海岸に向かったんだよ。途中で神社からお囃子が聞こえてきてさ」
次郎の行方不明になった経路を辿ってみようと、六人はカツの家を出て祐輔に案内してもらう。
そして山の麓あたりで、祐輔が説明を付け加えた。
見上げた山には、ずらりと並ぶ鳥居の道がある。こういった物の荘厳さは、仮想空間といえど変わらない。
「神社か。そういや鎮守様が行動範囲にあったよね。KP、どういう神社?」
《普通のお稲荷さんだよ。ここの山頂にあって、やや歪んだ千本鳥居で山の麓と繋がってるかな》
「千本鳥居..... 歪んでんのか。それって最初から? それとも、何かの理由があって歪んだの?」
《目星で、どぞん》
「了解。鳥居から神社あたりまで見える範囲で目星」
かららんっと転がるサイコロ。
《成功だね。.....この神社の鳥居の微妙な歪みは地震の影響だ。元は真っ直ぐだったのだが、幾度か起きた地震によって、少しずつ捩れるよう歪んでしまったんだ。昨日始まった村祭りのお囃子が、夕刻から夜半まで神社を賑わしている》
「昨日から村祭りやってんのか。それって何日くらい? 昨日だけ?」
《一応、二週間だね。村祭りっていっても、お囃子や御神楽くらいで、特に夜店や催しがあったりはしないよ。実に素朴な祭りだ》
「なるほど..... その期間だけの何かがあったりする? 例えば、祭り期間は入っちゃダメなとことか、やったらいけないこととか」
《ん~、祭り期間だけの何かは無かったと思うけどな》
「りょりょ。じゃ浜辺に行ってみようか」
朏とGMのやり取りを、冷や汗交じりで見つめる翔と《神楽坂》面子。
「.....ダイスでもらう情報だけじゃないんか」
「聞いて情報を引き出すとか、アリなん? .....う~わ~、これまで、何してたんだ、俺ら」
両手で顔をおおい、賢は天を仰ぐ。その横で他のメンバーが脱力気味に頷いていた。
.....そこからかぁ~、でもまあ、TRPGそのものを知らなかったみたいだし、こういう交渉も誘導するPKしだいなとこあるしねぇ。
一概に、こうっと言えないのがTRPGの悩ましさである。
KPによって千差万別に七変化。中にはハウスルールや独自設定が盛り込まれたりで、同じシナリオでも、それこそ別物のごとく変わる場合もある。
この世界でも、多分同じだろう。
まるで昔の自分を見るかのような気持ちの朏。
ここから、パーティー《神楽坂》は、朏によって本来のTRPGを学んでいく。
熟練探索者と呼ばれる自分等が、実は付け焼き刃な素人ということを、この先、思い知らされる賢達だった。
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