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謎で謎を解く御伽横丁
鏡の裏側 ~ななつめ~
しおりを挟む「クトゥルフ神話を知らない?」
翌朝、朝食の席に集まった七人は、それぞれ朏の質問に答えていた。
邪神のことやシナリオ、セッション、探索者の立ち回りなど。御伽街で当たり前とされる情報を彼女は自分の知識と照らし合わせていく。
すると浮かび上がった数々の齟齬。
「いや、言葉だけは知っているけど。ようは邪神の話だろう? 日本神話みたいな?」
「にゃるらと何とかと、よぐそとーすとか? ボス的に強い邪神がいることも知ってるよ」
「......でも、あんまり詳しくは。俺、アニメとか小説とか見ないたちだったし?」
しどろもどろに語る彼らの話を総合すると、彼らは元々一流企業の若手。将来を嘱望される社員として、これまで勉学に励み仕事を回してきた。
つまり、サブカルチャーに縁遠い人生を送る者だったのだ。至極真っ当なエリート企業戦士達。
御伽街に来てから得た情報で、クトゥルフがそういったカテゴリーのものだと理解しているが、詳細を記した物もなく、詳しくは知らないらしい。
「だいたい、TRPGすらここに来て初めて知ったんだよな」
「邪神とかも、ゲームによくある設定の生き物と思ってたんだ。この異世界に蔓延る中ボスやラスボスって感じな」
「まさか、元になる物語や神話があったとは..... 全然、知らなかったよ」
そう狼狽えつつ、口々に疑問を発する《神楽坂》のメンバー。
.....はいよれ、にゃるるんとか、一時流行ったけど見ない人は見ないもんねえ。
はあ.....っと大仰な溜め息をつき、朏が詳しく聞いた結果、御伽街に投げ込まれた探索者の殆どは賢達同様エリートタイプ。
そんな中にもクトゥルフを知る者が多少はいたが、聞き齧ったまた聞き程度でセッションのGMが話すのと大差ない情報しか持っておらず、とても知識を広めるに至らなかった。
外と隔絶されたこの街は独自の発展をしており、やってきた探索者の知らないことは反映されない。
そのため、邪神の呪いにどっぷり浸かっているにもかかわらず、その本性や成り立ちを理解できてないという、けったいな状況に陥っていたのである。
「そういうことかぁ~、はあ」
がっくり項垂れる朏を見て、翔までが不安そうに口を開いた。
「その..... 邪神? の親玉が降臨したら世界が終わるとか言われてたけど。比喩だよな? 何とかして俺達が倒す。それが最終目標なんじゃないのか?」
「.....本当にクトゥルフ神話の邪神が相手だとしたら、比喩でないよ。外なる神々と呼ばれる彼らは物理攻撃無効」
「んなっ? じゃ、俺らは何のためにここにいるんだ?」
「邪神を楽しませるためでしょ? そんなこと会社側に聞いてよ。アタシだって被害者だもん。知るわけないよ」
思わず乗り出した祐輔に、朏は仏頂面で答える。そして、真剣な眼差しを彼らに向け、彼女の知っているクトゥルフ神話と外なる神々、他、眷族など神話生物のことを事細かに語った。
奴らは一つの巨大な家族であること。
そこここで血の繋がりを持つが、それは人間でいう血族的なものではなく、油断するとお互いを食らい合いかねない殺伐とした関係であること。
毛嫌いし合う邪神同士もいるし、奴らはそれぞれ独自の生活圏を築き、人間など足元の虫けらぐらいにしか思っていないこと。
百歩譲ってもオモチャ程度。星ごと破壊出来る外なる神々を相手に、蠢く羽虫でしかない人間がやれることは何もない。
そう簡単な説明をした朏を、賢達は信じられない面持ちで見つめる。
「.....勝ち目はないってことか?」
「んだね。何がどうして外なる神々と人間が遊ぶことになったのかは知らないけど、邪神を倒すのは不可能だよ」
「なんで..... じゃあ僕達は、何でここに?」
「さあ? .....そういやアタシの上司は、アタシをここにやらないと会社が終わるとか言ってたなあ」
その何気ない朏の言葉を耳にして、周りの男どもが食いついた。
「俺んとこもだ、似たようなことを言ってたよ」
「え? うちもだけど。会社と邪神の間に何かあるのか?」
「.....そういえば。御伽街にいるのが日本人ばかりなのは何でだろう?」
ふと呟かれた太郎の言葉。
それに目を見開き、他の者もそれぞれ思った疑問を口にする。
「言われてみれば? 朏の説明どおりなら、そのCoCとかいう物語は海外発祥なんだよな? 日本より海外の方が知名度高いだろうに」
「そうだよね? こんな小さな島国じゃ、人口密度的にもクトゥルフ神話を知ってる人間のが少ないはずたよ」
「何より会社は知らないのか? ここが、その神話生物の遊び場で、俺らをぶち殺しまくってるのを」
「.....五年生き残れってのが辞令なあたり、知っているとは思うけど」
「じゃ、何で最初からTRPGやCoCに詳しい連中を送り込まないんだよっ! なんも知らん俺らが、どんだけ手探りで苦労してきたかっ!!」
悪戯に被害者を増やすだけな人選。
.....そういや、そうだよね。何でなん?
周りの疑問を耳にし、朏もまた思考の海に沈んでゆく。だが、彼女が答えに辿り着けることはないだろう。
事は神々の対立なのだ。
名だたる企業の首脳陣は、神託ともいえる地球の神々の懇願で動いていた。その代わりといっては何だが、人智を外れた恩恵をもらって。
《御伽街に人材を送り、探索者を絶やさぬよう申し渡す。その褒美として、貴殿に数多な幸運を授けよう》
そんな夢枕を受けた遥か昔の傑物達。
当時は多くの有相無相が跳梁跋扈する国獲り時代だ。外なる神々の戯れな逆行で、人間達が血で血を洗う様を邪神は愉しんでいた。
そこに挑戦状を叩きつけた地球の神々。
これ以上、可愛い人類を遊ばれてなるものかと始められたゲームは、御伽街の探索者がいなくなって滅んだ場合、邪神側の勝利で終わる。
逆に、探索者らを滅ぼすことが出来ず、五百年経過した場合、地球側の勝利だ。しかし、その時間を操れる邪神によって、ゴールポストはことごとく遠ざけられ続けてきた。
セーブされた時間へと。
それが今、朏達のいる時間帯である。
初シナリオを一つ成功させるたびセーブされるので、これが覆されることはない。
じりじり進むゲームタイム。
当時の傑物らが伝えた口伝により、その系譜の者は絶えることなく御伽街に探索者を送り込み続けている。
これまで神々の恩恵のよって繁栄してきた家系だ。それを失ってしまったらどうなるか。
そういった強迫観念に迫られ、御伽街の内情は現代でも秘匿される。
実際、会社側は何が起きているのか分からない。単に人員を送り込み、それが死んだ場合のみ一報が届く。御伽街とは、それだけの関係。
会社側としては、御伽街に送り込んだ者らを海外赴任としてあった。そして死亡が確認されると、失踪や行方不明の状況をとりつくろう。
成功報酬の五千万を退職金代わりに家族へ渡し、業務終了。新たな人材を御伽街に送る準備を始めるだけ。
今時、失踪や行方不明など掃いて捨てるほどあった。各企業で数年おきに起きるそれを、特別視して見る者はいない。
そんなこんなで、双方理解の及ばないまま、連綿と継がれてきた邪神の遊戯盤、御伽街。
絡みに絡んでこんがらがりまくったゲームの内情。当事者の誰一人として正しい情報をもたず繋がっていない、この状況。
全貌を読み解くことは、誰にも不可能だろう。
そのように思われた。
だが、長い年月。慣れたゲームにも不具合が生じる。
「.....君を送り込めたのは快挙なんだよ、高橋君」
これに一石を投じる人物が、悩める朏達を見守っていた。
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