あの日の声 ~一本のナイフ~

美袋和仁

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 あの日の声

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「おなか空いた...」

 誰かが力無く呟く。

 それを聞いて何かが動き出した。

「ワタシガ...」

 その何かは、空腹を訴える言葉に応えるため、ガションガションと森の中へ消えていった。



 ある日ある星の大地に、幾つもの何かが着陸する。

 大地に突き刺さった卵型のソレは、爆発寸前の宇宙船から射出された複数の脱出ポッド。
 大人達は子供らをポッドに乗せて脱出させ、そのポッドは空気のある安全そうな星を見つけて自動で着陸したのだ。
 突然の非常事態に危険を感じた乗組員は、たまたま見学に乗り合わせていた子供達を救うべくポッドに乗せ、無事に生きてくれる事を祈った。

 そうして不時着した星で眼をさました子供達。

 鬱蒼とした森に着陸し、彼等は自動で開いたハッチから這いずるように外へ出てきた。

「ここ、どこ?」

「わかんない。おじさん達は?」

 一年で複数の星を回る予定だった宇宙船見学に参加していた子供達。出てきた彼らは不安げに顔を見合わせた。

 七歳ほどの少年三人。

 覚えているのは大騒ぎだった乗組員。真っ赤なランプが点灯し、けたたましく警報の鳴り響いていた船内。



「なにか起きた? それで、僕らは逃がされたのかな?」

「宇宙船は、どうなっちゃったんだろう?」

「怖いよ、なんでこんなことに?」

 涙目になりつつ泣き出した三人の子供達へ、何かが声をかける。

「アケテ。ココデス。アケテクダサイ」

 思わず飛び上がった三人は、恐る恐る声のする方に眼を向けた。

 そこでガシャガシャしているのは宇宙船で見慣れた給仕ロボット。
 半径五十センチ高さ三十センチほどの半円ドーム型で、内蔵された三本指のアームを駆使し、開いたハッチを必死に押している。
 ハッチ部分が土に埋まり、半開き状態なため出て来れないようだ。
 三人は慌てて土を掘り返し、ロボットを出してやった。

 ムカデのように複数の足を持つロボットは草むらを這い回り、子供らの前でガションと停止する。

「ココハ見学予定ノ星ノ一ツ。スグニ救援ガ来マス」

 ロボットの言葉に安堵する子供達。それを見渡して、ロボットは今回の事故を説明をした。

 事故が起きたのは動力部分。制御を失い暴走したため、どのような事になるか分からない。最悪、爆発して宇宙の藻屑な可能性もあった。
 そのため子供らを避難させたのだと説明するロボット。

「世話スルヨウ、ワタシガ付ケラレマシタ」

 乗組員にしたら大人の一人でもつけたかったが、ほぼオートで航行していた宇宙船に起きた異常事態。
 何もかもを手動で行わねばならず、手が足りないくらいだったため、苦渋の決断でロボットをつけたのだと言う。

「アチラニハ、食糧デス」

 三人の乗っていたポッドとロボットの乗っていたポッド。残る一つのポッドには食糧が載せられているらしい。
 開いたハッチから中を確認した三人は、あからさまに落胆する。
 入っていたのは何本もの飲み水と冷凍された食パンだけ。

「はやく迎えが来ると良いな」

 素手でも食べられる物を考えて詰めてくれたのだろうが、育ち盛りな三人の男の子には味気ない事この上ない。
 モソモソと食事をし、無理やり水で流し込むと、子供達はポッドをベッドにして眠りについた。

 こうして否応もなく、子供三人とロボットのサバイバルが始まったのである。

 冷凍のパンは出しておけば勝手に解凍され、ロボットが常備しているナイフで切り分けてくれた。
 ロボットの道具箱にはツール類しかない。使えそうなのはナイフとハサミくらいで、他は何の役にもたたず、ただ毎日パンを切り分けるのみ。
 しかし飽食世代な子供達だ。パサパサなパンと水の毎日に、酷いストレスを溜めていく。
 周りが鬱蒼とした森で、ねっとりと絡みつく重い空気や徘徊する虫らなども、そのストレスに拍車をかけた。

「もう、やだ。パンと水だけなんて飽きたよぅ」

 あれから何日たったのか。

 最初は探検気分ではしゃいでいた子供達にも疲労があらわれ、今では殆どポッドに籠りきりである。
 虚ろな顔で食欲も失せ、誰もが口数を減らし横になるだけ。

「運動必要デス」

「...うるさいな」

 ぐったりと横たわる三人のうち、疲労の色濃い一人が小さく呟いた。

「...おなか空いた」

「スグニ、パンヲ...」

「そうじゃないよっ もう、良いから黙っててよっ!」

「パンなんか見たくもない」

 追い討ちのようにかかる声。

「...パン。ダメ」

 しばし沈黙し、ロボットは森の中へ入っていった。



「..........ん?」

 ポッドに横になっていた三人は、仄かに漂う香りに眉を寄せる。何かが焼けるような匂い。久しぶりに嗅いだ香ばしい香り。
 それにつられ、むくりと起き上がった子供達が見たものは、傷だらけの身体で玉子を割るロボットだった。
 ロボットは器用に三本の指で玉子の殻を剥いている。

「どうしたの、それ」

「捕ッテキマシタ。鳥ノ巣カラ」

 ここに熱源はない。ロボットは殻に穴を開けた玉子を己の動力部に入れて即席の温玉を作ったらしい。
 それに合わせて大きな葉っぱに包んだ野草も蒸し焼きにする。

 何の味付けもない玉子と野草。それをパンに乗せて、ロボットは子供達に差し出した。

「食ラレル植物デス。パンデスガ、御飯デスヨ?」

 渡された不恰好なトースト擬き。三人は久々の玉子と緑を口に運んだ。
 しっとりとした野草にボロボロと落ちる半熟玉子。

「...まず」

 美味しいとは言えない。しかし、お腹にジワリと広がる温かさ。

 .....玉子とかって、こんなに甘いっけ?

 そして彼らはソレを無言で食べ尽くし、情けない顔で御互いを見た。

「御飯デス。食ベテ?」

 必死そうに見えるロボットが酷く滑稽だ。

 .....コイツは食べないし、死にもしないのに、僕らを生かそうと頑張っている。なのに僕達は.....

「はあ。美味しい物が食べたいね」

「うん」

「玉子あるなら鳥もいるだろ? なんとか捕まえられないかな?」

 久々の温かい食事で、食べ盛りな男の子の満たされない食欲が俄然猛り狂う。

「調味料もないけど、パンだけよりはマシだよな」

 にっと笑って悪戯げに顔を見合わせた子供達に、ロボットの呟きが聞こえた。

「塩アリマス」

 食糧の入っていたポッドからロボットは袋詰めの塩を出す。

「「「あるなら使えよっ!」」」

 人体に塩は必須だ。当然、大人達は知っていたため塩も載せていた。だが給仕ロボットには分からない。

 こうして気力を取り戻した三人は本格的に食糧採集を始めた。

 そこから不思議な事が起きる。



 タスケテ.....

「え?」

 野生児化した子供らに聞こえる謎の声。

「聞こえた?」

「タスケテって...」

 鳥の羽をむしりながら首を傾げる子供達。その横をギシャギシャいいながら動くロボット。
 無理をしたのだろう。動力が上手く動かなくなったようで、ロボットの動作はぎこちなく音声も出せないようだ。

「火種の確保はしてあるから。じっとしてろよ」

 子供らが捕まえてきた鳥を捌こうとでも言うのか、ロボットはナイフ片手に待機している。
 そのナイフとハサミを取り上げて、子供達はロボットを脱出ポッドへ運んだ。

「ここで大人しくしてろ」

 ギシャンっと音をたてて腰を下ろすロボット。
 子供らのために森に入り、慣れない草むらを掻き分けて卵を得て、さらには動力部分を酷使して無理やり調理をしたロボットは、色々とガタがきてしまったようである。
 そのロボットを優しく見つめ、子供達は有るだけの知識を総動員して火種の確保や食料採取にいそしんだ。

「最初からこうしてれば良かったよな」

「あの時は不安で何も考えられなかったから...」

「飛べない鳥がいて幸運だったよね」

 地球で言うキウイやヤンバルクイナのような小さめだが飛べない鳥を発見し、子供達はおぼろげな記憶を頼りに罠を作り捕まえた。ロボットが取ってきた卵も、この鳥の卵だろう。
 それをオカズにパンを食べる毎日だ。口に広がる肉汁や脂が腸に沁みる。

 そんな日々が淡々と過ぎ、不時着して二週間もたった頃。

 ようやく迎えがやってきた。

 遠目に見える宇宙船。見慣れたソレは間違いなく子供達の星のモノである。
 喜色満面で喜び合う子供達に、再び不思議な声が聞こえた。

 コロシテ.....

「「「え?」」」

 辺りを見渡せば、またもやロボットがギシャンギシャンと動いている。そして置いてあったナイフを手にしていた。

「何やって.....?」

 訝しげに子供達が見つめるなか、ロボットはナイフで己の動力部を串刺しにする。
 オイルのようなモノが噴き出して、辺りに生臭い妙な臭いが広がった。
 ガクガク痙攣しながら、ロボットは必死にモノアイを揺れ動かす。

 タスケテ。コロシテ。モドリタクナイ。

 モノアイから聞こえるような謎の声。

「お前.....の?」

 慌ててナイフを引き抜いた少年は、己の視界を疑った。
 裂けた動力部の中に見えた灰色の脳漿。生々しい光沢を放つ異物に、思わず絶叫する少年ら。

 訳が分からないまま救助された子供達は、この後無言を貫いた。





「君に救われた」

「あんな非道がなされていたとは」

「恩返しになったかな」

 あの後、大きくなった子供達はロボットの真実を知る。

 あらゆる職種に携わるロボット達。その全ては生きた脳の生体コンピューターが使われていたのだ。
 基本はプログラム通りの行動しか出来ない。それに関わる繊細な動きや判断を生体コンピューターが行っていた。
 死んだ人間の脳に自我はないというのが通説だったが、成長した少年達はその通説を覆し、リミッターを外した生体コンピューターに自我かある事を立証したのだ。

 結果、生体コンピューターの廃止が今日決まった。

「長かったよ。十年以上かかったな」

「君の声に、もっと早く気づけていたら」

「自らリミッターを外して俺達を救うためにプログラム外の動きをしてくれたのに」

 必死そうに見えたロボット。あれは本当に必死だったのだろう。子供達を救うために。 
 そして自我を取り戻したロボットは自殺を選んだのだ。それだけ生体コンピューターとして働かされるのは過酷だったのだと思う。

 きっと、あの声は極限状態が繋いだ魂の叫び。

 救助された子供達は、大人の眼を盗んで廃棄置き場からロボットの脳を掠めとり、ここに埋めて誓ったのだ。
 必ずこコイツの仇を討つと。この先、理不尽な目に合う生体を生み出させはしないと。

 大きな木の根本には墓標のように刺さる一本のナイフ。

 アリガトウ..... 

 不可思議な声がナイフから零れ、立ち去る過去の少年達の背中を見送っていた。
    
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