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失われた記憶 ~ななつめ~
しおりを挟む「ピアノ..........?」
放課後、生徒会室に向かおうとした響は、つと流れてきたピアノの音に耳を奪われる。
その儚げなメロディー。これに響は聞き覚えがあった。
音につられてやってきた響の眼に入ったのは幼い少女の姿。
全身を使ってピアノを弾く、懐かしい少女の姿。
「.....奏?」
思わず呟いた響に気付き、少女が振り返る。
「秋津君?」
そこには百香。
.....今のは幻か?
呆然と立ち竦む響の前で百香はピアノの蓋を閉じ、かちゃりと鍵をかけた。
「空いてる時間だけ借りてるの。たまにだけど」
ここは音楽室のピアノ。吹奏楽部の休みの日だけ、百香は教師の許可を得てピアノを弾いていたらしい。
「部活には入らないのか?」
「そんな余裕ないもの。今日はバーガー屋のバイトが休みだから、こうして弾けるけど」
吹奏楽部の休みとバイトの休みが上手く重ならねば弾けない。
暗にそう語る百香の手を引き、響は図書館の特待生室へ向かった。
「ちょ? なに?」
「.....来い」
いきなりの事に狼狽える百香を連れて、響はズカズカと廊下を歩いていった。
「ここ..... 図書館?」
物珍しげにキョロキョロする百香を微笑ましげに見つめ、響はその奥にある扉のキャットにカードを通す。
すると観音扉の鍵が開き、バンっと開けた正面には見事なグランドピアノが置いてあった。
「なんで、こんな所にピアノが?」
「生徒会長の..... 私物。作詞作曲やってるから。.....ここでも」
そこで百香は思い出した。生徒会長が某有名レコード会社の御曹司である事を。
.....だからって私費で学校にグランドピアノを持ち込むって。金持ちのやる事は凄いわね。
呆れたかのようにポカンとする百香を余所に、響はソファーに寝そべり、囁くような声で小さく呟いた。
「青きドナウ。.....弾いてくれたら..... ここのカードやる。毎日..... 好きなだけ弾くと良い」
「は?」
わけが分からないが、好きなだけピアノを弾けるのは魅力的だ。しかも百香の得意な曲である。
固唾を呑み、無言で立ち尽くす彼女に、響は質の悪い笑みを浮かべた。
「.....弾けるだろう? 得意だったものな」
ぞわりと百香の背筋が凍る。
「あんた、何で知って?」
あからさまな警戒を浮かべた百香の一瞥から顔を逸らし、響はぶっきらぼうに答えた。
「.....弾いたら教えてやる」
「~~~っ!」
苦虫を噛み潰したような顔で、百香は椅子に座るとピアノの蓋を開く。
手入れの行き届いた鍵盤にそっと指を滑らせ、彼女が至福の笑みを浮かべたのを響きは見逃さなかった。
.....ああ、懐かしい顔だ。
こうして彼は、数年ぶりに愛しい少女の演奏を堪能する。
「何だ? ピアノ?」
生徒会長の拓真は軽く眼を見開く。阿月も珍しく驚いたような顔をしていた。
二人は待っていてもやってこない響を探して、特待生室を確認に来たのだ。
暇があれば、彼がソファーで昼寝をしているのを知っていたから。
モデルの仕事で忙しい響を、なるべく休ませてやりたい二人は、極力それを邪魔しない。
「しかし、これ。上手いな。誰だ?」
「音楽室ではないですね。これ、図書館から聞こえません?」
図書館にあるピアノと言えば、特待生室のグランドピアノだ。
特待生室は、拓真が趣味で置いたピアノやオーディオがある。それに伴い、完璧な防音もされている。
こうして微かにでも聴こえてくると言う事は、窓が開いているのだろう。
二人は顔を見合わせて、すさささっと特待生室に向かった。
そして鍵をあけて扉を開くと、微かな音がハッキリと聞こえてくる。
豊かな情感ののった見事な演奏。
思わず拓真は背筋を、ぶるりと震わせた。
音色が彼の全身を粟立たせる。畠は違えど同じ音楽に通じる者として、拓真の敏感なセンサーは、目の前の少女に己と同類な才気をビンビン感じていた。
「.....おいおい、何だよ、これはっ?」
思わず呟いた拓真の言葉に、ピアノを弾いていた少女が顔を上げる。
ピタリと演奏が止まり、気怠げに響がソファーから身体を起こした。
「響か? 凄いの見つけてきたなっ!」
興奮して喜色満面な拓真。
「素晴らしい演奏ですね。驚きました」
阿月も、うんうんと頷いている。
そんな彼等を冷めた眼で見つめ、百香は響を睨み付けた。
「さあっ、弾いたわよっ? あんたの知ってる事を教えてよっ!」
素直な激情を露にする百香をぼんやりと眺め、響は思わぬ台詞を口にする。
「.....まだ弾き切っていない」
「殆ど弾いたじゃないっ!」
確かに拓真らの乱入で演奏は途切れた。しかし、残り数小節。弾き切ったと言っても過言ではないはずだ。
「.....一曲の約束」
.....こんちくしょうがっ!!
忌々しげな眼差しで響を射抜き、百香は残り数小節を弾こうと鍵盤を弾いた。
すると響は不機嫌そうな顔で首を横に振る。
「.....続きからじゃなく、一曲」
「また最初から弾き直せってのっ?!」
百香は、知らず知らず、演奏の邪魔をした拓真達を睨み付けてしまった。
それに気づいた二人も、百香のフォローに回る。
「何の話しか分からないが、俺らが邪魔しちまったんだよな? すまんっ!」
「ごめんなさい。響、彼女に意地悪しないで?」
オロオロする二人に、響はまたもや首を横に振った。
「.....未熟。プロなら、それくらいで演奏を止めたりしない」
「アタシはプロじゃないっ!!」
「..........でも、目指してた」
据えた眼差しの響に、百香の顔が凍りつく。
「なんで.....? あんた、何者なのよっ?!」
記憶を持たぬ百香にひとつだけ残されたモノ。それがピアノに対する情熱だ。
何故か分からないが百香はピアノが弾けた。
貧乏な養護施設には古びたピアノがあり、毎日のように彼女はピアノを弾いていた。
どこで覚えたのかしらないが、百香の腕は超一流。
それを耳にした好事家が彼女に支援を申し出てきた事もある。
しかし、養護施設のためにお金を稼ぎたかった百香は、それを断り、こうして苦学生の道を選んだのだ。
でも、心に降り積もるピアノへの執着は消せない。
それを見透かされた気がして、百香は動転する。さらにその台詞は、百香の知らない何かを彼が知っているのだと仄めかしてもいた。
ガタンと椅子から立ち上がり、少女は信じられないと言った眼差しで響を凝視する。
「..........あんた、何なのよ?」
恐怖にやや脚を縺れさせ、百香は踵を返すと、凄い勢いで特待生室を飛び出して行った。
それを無言で見送り、響は小さく溜め息をつく。
無言で見守る拓真達。しばらくして、響がその疑問の答えを語った。驚愕の答えを。
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