風に通わす記憶 ~語ろう、夜もすがら~

美袋和仁

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 新たな記憶 ~ふたつめ~

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「マスター、食後のアイスココアに生クリーム倍で。今日はかなりお疲れみたいです」

「あー、何時もの人ね。皆勤賞だし、サービスしちゃいましょうか」

 注文を受けてきた百香に頷き、細マッチョなマスターは、了解とばかりに敬礼をする。
 このマスターは百香と同じ養護施設の出身で、彼女が学校に通いつつも働きたいという話を聞き、生活費くらいなら稼がせてあげようと雇ってくれたのだ。
 一見、スポーツマンのように大きな体躯をしているが、中身は乙女の性同一性障害者である。
 だが、本人はそれを楽しんでおり悲壮感の欠片もない。
 優しい彼氏さんに会った事もある百香が、羨ましがるくらいに人生をエンジョイしていた。

「あの目立つ殿方と知り合いなの? 百香ちゃん」

「あ~、まあ。何というか」

 何とも表現の仕様がない。知り合いと言えば知り合いだが、一方的に知られているだけで、百香自身は噂程度にしか彼等を知らないのだ。

「ふぅん。ま、百香ちゃんはお堅いから心配はしていないけど。さ、コーヒーでもバラ蒔いてきてね♪」

 一度頼めばおかわりは百円のコーヒー。可愛い女の子が勧めて回れるなら、間違いなく売れる。
 小銭稼ぎにも余念のない先輩に苦笑し、百香はゼロ円のスマイルを振り撒きながら、コーヒーポットを持って店の中を回っていった。

 そしてラストオーダーも終わり、閉店時間。

 名残惜しげに出ていく客らを見送り、ようよう店内が静かになる。
 スマホで撮影しようとしていた御客様らに店内撮影禁止を仄めかして、それも阻止してくれたスタッフ達が、チラチラと三人を気にしつつ閉店作業を進めていた。

「凄いわーっ、今日の売上、倍よ、倍っ! ありがとうね、貴方達♪」

 ケーキのサービスを受け、閉店後も居座る三人だがマスターは御満悦である。

「百香ちゃんも座りなさいよ。ケーキ食べて? 御茶もだすわ」

「いや、まだ作業が残ってるし.....いぃぃっ?!」

 しぶる百香を、全力で押し出す他のスタッフ達。
 背中をグイグイ押され、困惑顔なまま百香は三人と同じテーブルに着いた。
 振り返った百香に、とても良い笑顔でスタッフらはサムズアップする。

 アレか..........

 にゅーんと背中を丸め、百香は上目遣いに三人を見上げた。
 その可愛らしい姿に、響のみならず、拓真や阿月も庇護欲をかきたてられる。

 .....なに? この可愛い生き物。いつもはツンとした感じなのに、モジモジとする仕種が何とも言えないね

「あのね? 御願いあるの」

「.....御願い?」

「「何でもどうぞっ!」」

 即答な先輩二人に、一瞬、響の眼がギラつく。.....が、すぐに鳴りを潜めた。

「そのね。スタッフに協力してもらう代わりにサイン頼まれたの。七枚。御願いします」

 おずおずと差し出される数冊の手帳やノートとサインペン。それを受け取り、三人は軽く破顔する。

「御安い御用だ。楽しい一時を、ありがとうね」

 キッチン裏から見守っていたスタッフらに、拓真は軽くキスを投げた。
 その色気炸裂な手つきや笑みに、悶絶するスタッフ達。

 .....そこまでなの?

 きゃーきゃー黄色い声をあげている仕事仲間を胡乱げに見つめる百香の前に、ケーキと紅茶が置かれる。

「一本で良いですか?」

 無意識に砂糖を摘まんだ阿月を制し、百香はソーサーを手にした。

「いや。ここは良い茶葉をつかってるのよ。せっかくだしストレートで頂くわ」

 言われて三人は軽く眼を見張る。

 よくよく考えてみたら、彼女は生まれてから事件が起きるまで、良いお家の御令嬢だったのだ。
 生来の教養が残っているのだろう。綺麗な所作に神経の行き届いた仕種である。

「こんな楽しい一時は本当に久しぶりだった。何か御礼がしたいなぁ。欲しいモノとかない?」

 御機嫌な拓真の言葉に、百香はあからさまに嫌~な顔をした。

「特にない。モノは足りてるから」

 警戒されていると感じた三人は、それとなく百香の事を尋ねる。
 プライベートは、なるべく慎重に。
  そして聞いてみれば、部屋は風呂なし六畳一間。バイトと学園の往復だけな生活。

「御風呂がないって..... 入浴はどうしてるんですか?」

 至極真面目な顔で阿月が尋ねた。

「銭湯だよ。石鹸と洗面器があれば十分だしね」

 しれっと答える百香に、三人は眼を丸くする。

「いや、待った。石鹸だけ? シャンプーやリンスは?」

「そんな贅沢しないよ。シャンプーじゃ洗濯も出来ないじゃない」

「いやいやいや、おかしいよねっ? 何で、銭湯で洗濯?」

「下着とか、お湯の方が汚れが..........」

「すとーっぷっ!! お待ちなさい、百香ちゃんっ!! そこからは乙女の秘密よぉぉーーーっっ!!」

 キッチンから身を乗り出して叫ぶマスター。
 プロテインのCMにでも出てきそうな姿で乙女を語る謎生物。

「.....下着。いや、銭湯で洗濯? そういうのって今は禁止されてないっけ?」

「それ以前の問題ですよ..... 石鹸で頭を洗うって..... 髪のこと考えてませんね? ギシギシなるじゃないですかぁっ!」

「.....試供品。.....回すか」

 さらなる驚愕の事実を耳にし、何とかせねばと頭を抱える三人である。
  
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