求婚してくれたのは、最愛の人の弟でした~兄の執着、弟の純情~

かべうち右近

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3.カタラーニ家からの求婚状

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 カタラーニ伯爵家から求婚状が届いたという知らせは、アンナが部屋で刺繍をしているときにもたらされた。

「アンナ……!」

 それを伝えに来た母はたいそう驚いているようで、血相を変えている。

「カタラーニのご兄弟と親しくしているのは知っていたけれど……まさか、求婚状が届くほどだなんて……!」

「ごめんなさい。話は聞いていたんだけど、実現するまでは広めるべきじゃないって言われてて、黙っていたの」

「そう……そうなの……そうね。家同士のことだもの、うかつなことは言えないわね。仕方がないわ。……アンナ、じゃあ、この結婚を進めてもいい、ってことなのね? カタラーニ伯爵家との……その……縁談を」

「うん。お父様とお母様がいいなら、進めて欲しい」

「私たちが反対なんて、できるはずないわ。……じゃあ、お話を進めていただくよう、お返事するわね」

 そう言って短い会話を済ませ、母は部屋を出て行った。

(本当に、求婚状が来た……)

 正直に言えば、アンナはロメオとの結婚について、不安だった。何しろ彼の家は伯爵家で、我が家は男爵家だ。ロメオは次期伯爵だし、結婚するとなれば伯爵夫人だ。もしかしたら、カタラーニ伯爵夫妻に反対されるかもしれないとまで思っていた。彼らはチェッリ男爵家に友好的だが、縁を結ぶのはまた別問題だろう。同等の家門、あるいはもっと高位の家門から嫁を取る準備をしていたっておかしくない。むしろ以前はよくそういう噂があったのだ。ロメオはいずれ、侯爵家の令嬢と婚約を結ぶのだと。

 とはいえ、いつだってロメオは「僕はアンナとしか結婚するつもりないよ」と囁いて抱きしめてくれていた。

 だから、アンナはロメオを信じていたのに。

***


 婚約の誓約書にアンナが記入して、それをカタラーニ伯爵家へと送る。その誓約書にカタラーニ家で署名を入れたら、教会に提出して婚約は成立だ。

 そして、今夜は契りの儀式である。

 この地域では、『婚約』というものはほとんど結婚と同義として扱われる。正式に結婚するまで同居することはないものの、婚約から結婚式を挙げるまでの間に、花嫁が子を孕んでいることが望ましいとされている。もともとは孕まなければ結婚することはなかったことからきている風習である。かつての手を出すだけ出しておいて孕むまでは結婚しないというのは、血筋がわからなくなるという問題があった。このため、今では婚約してから契るという風習に変わっているのだ。

 そうして迎えた契りの夜、アンナが寝室で待機しているときに、チェッリ男爵家に客はやってきた。

「カタラーニ伯爵家から、婚約者様と、立会人が来られました」

 出迎えたのはチェッリ男爵夫妻である。

 立会人というのは、本当に契ったかどうかを確認するための役割だ。とは言っても、実際に部屋の中で情事を見届けるわけではない。昔はそうしていたらしいが、他人の情事を見届けるのは廃れ、今では同じ家の中に控えているだけで、情事のあとに純潔の証であるシーツの汚れを確認するにとどまっている。もちろん、その確認だって女性からしたらずいぶんな辱めであろうが、目の前で挿入を観察されるよりかはマシであろう。

「今夜はよろしくお願いいたします」

 チェッリ家の応接室に入り、そう言って頭を下げたのは、ロメオとジェレミオの二人だった。どうやら兄弟で立会人を引き受けたらしい。短い挨拶を交わした後に、すぐ二人は席を立つ。

「では、しきたりに従い、婚約者同士と立会人だけがご令嬢のお部屋に参ります」

「はい」

 チェッリ男爵が答え、そうして応接室を出た二人はメイドの案内でアンナの寝室の前まで移動した。しかし、部屋のドアをノックする前に、メイドは会釈して去ってしまう。そうして廊下を曲がり、全ての使用人がアンナの寝室がある部屋から遠ざかった。

 これ以後は、立会人と婚約者同士以外は、契りが済むまで原則立ち入り禁止である。一般的には、一晩中ずっとだ。

「誰もいないね」

「ああ」

 ロメオとジェレミオは顔を見合わせて頷く。ジェレミオのほうは緊張しているのか眉間に皺が寄っているが、ロメオはごくリラックスしたふうだ。そんな中、ロメオが寝室のドアをノックする。



 こん、と軽やかなノック音が響いて、アンナはびくんと身体を震わせた。いつもと変わらない寝室の中、カーテンは閉め切ってあり、ベッドのサイドチェストにランプを一つ灯したきりで、ぼんやりと薄暗い。

 ロングガウンの前合わせをぎゅっと閉じて、アンナはドアから顔を覗かせた。

「はい。……あ」

 廊下にいたロメオとジェレミオの二人を見て、アンナは小さく声をあげる。

(ジェレミオが立会人としてきたのね)

 そうっとドアを開ききって、アンナは一歩だけ廊下に出た。今から彼が立会人になるのだとわかって、ほんのりとアンナは頬を赤くする。いつも通りといえば、いつも通りだろう。ジェレミオに情事の見張りをしてもらうのだ。けれど、何度も喘ぎ声を聞かれているのはわかっていても、アンナは恥ずかしかった。ジェレミオにロングガウンをはおっただけの無防備な姿をさらしているのもなんだか照れくさい。

 しかも、ガウン姿のアンナと違って、ロメオもジェレミオもかっちりとクラバットをはめて、いかにもよそゆきだ。普段遊んでいるときやチェッリ家に来るときにはもっと気楽な格好なのに、格式ばった装いの二人のりりしさにも緊張する。

 そんな彼女を、ジェレミオは眉間に皺を寄せたままで見ていた。

「ジェレミオ、じゃあ。最後に、いい?」

「……アンナがいいなら、構わない。……いいのか?」

「ええと……ジェレミオが、待っててくれるなら……」

 立ち合いをしてくれるなら。ジェレミオに二人の情事が立ち聞きされるのは今日が最後だ。だが、立ち合いという言葉が照れくさくて言えなかったから、アンナはそう答える。あえて立ち合いに許可を取られるのが不思議ではある。だがそれは必要なものだったらしい。アンナの返事に、ジェレミオは小さく頷いた。

「ふふ、アンナもいいって」

「じゃあ俺は、ここで待っている」

「え……」

 ドアの前に立ったまま、ジェレミオがそう言う。

「向かいの部屋に、控えの間を用意したわ。す、座って待っていて?」

 廊下を挟んだ向かいの部屋ならば、声も情事の音も聞こえない。けれど、扉の外ならきっとすべてが筒抜けだ。それが恥ずかしくてアンナは拒もうとしたが、ジェレミオは眉間に皺を寄せて首を振った。

「誰が来るかわからない」

「そうだね」

 アンナの肩を抱いて、ロメオはウィンクする。

「万が一にでも他の人に聞かれたら困るし、ドアの前で見張ってもらおう?」

「……」

 そんなことをしなくたって、どうせこの階に使用人も家族もやってこない。そうは思うものの、アンナは小さく頷いた。その様子に、ジェレミオはますます眉間の皺を深くする。

「ジェレミオ、ごめんね?」

 軽やかに言ったロメオは、アンナと寝室に連れこむとドアをバタンと閉じる。そうして、部屋の中には二人きりになった。
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