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2.アンナの初恋
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三人が初めて出会ったのは、アンナが五歳、ロメオが八歳、ジェレミオ七歳の幼いころのことだった。アンナが産まれたのは領地を持たないチェッリ家である。ジェレミオたち兄弟のカタラーニ伯爵家の領地に住まうチェッリ家は、古くから親交があった。
もともとチェッリ家は商業で財を築いた平民の家門だったが、一代前に男爵の位を授かった。多くの貴族には成り上がりで下品だなどと蔑まれていたが、カタラーニ伯爵家は成り上がりのチェッリ家を差別しない珍しい家だった。
チェッリ夫人に連れられてカタラーニ夫人の主催するお茶会に参加したアンナは、ロメオとジェレミオに出会ったのである。
出会いのその日のことを、アンナはよく覚えている。集められた子供たちは無邪気に遊んでいたが、チェッリ家をよく思わない家門の子はアンナを仲間外れにした。
「別に友達なんていなくてもいいもの」
そう強がって庭園のほうへと一人歩いていったものの、広すぎる庭にアンナは迷子になってしまった。
「どうしよう……」
心細さと情けなさ、それに戻れたとしてもまた仲間外れにされること。それらを思うと、さっきまで怒っていたのが嘘のように足から力が抜けて、そのまま泣けてきた。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
庭園の片隅でうずくまって泣いていたところに、そう声をかけてくれたのは、金髪の少年だった。
「……っ」
目に涙をいっぱいに浮かべて、アンナは少年を見る。大きな緑の瞳は潤んで、視界がよくない。けれども、少年がアンナを心配してくれているのはよくわかった。
泣いている姿を母に見られたくないと駄々をこねるアンナに対して、面倒くさがらず、ただただ頭を撫でて待ってくれた。
泣きじゃくったのが恥ずかしくて、うまく名前を聞いてお礼をすることもできなかったけれど、少年は手を繋いで母のところへと連れて戻ってくれたのだ。
そうして後日、アンナは母に尋ねた。
「あの、あのね……金髪の、優しい男の子って……誰かわかる?」
「金髪の? ああ、カタラーニ伯爵家のお子さんのことね。優しい子って言ったら、御長男のロメオ様じゃないかしら」
「ロメオ……」
そうして自分を慰めてくれた少年の名をロメオと知り、後日のお茶会でアンナはロメオとジェレミオに正式に挨拶をして、友達になったのだ。
身分の差があれど、ロメオとジェレミオはアンナにとても気さくに接してくれた。
屋敷が近いこともあって、たびたび屋敷を抜け出しては、ロメオたちはアンナのところへ遊びに来てくれたりもした。悪戯をして一緒に怒られたり、アンナは二人と一緒に育ってきたのだ。
「……どうしてふたりとも、私に優しくしてくれるの?」
初めての出会いから、アンナはロメオに淡い恋心を抱いている。それを誤魔化すために、あえて「ふたり」と言った。ロメオとジェレミオは驚いたように顔を見合わせた。
「好きな子に優しくするのに、理由なんている?」
ふんわりと笑ったロメオの隣で、ジェレミオが口をむっつりと引き結んだまま小さく頷く。まだ十歳の頃のことだ。きっとそれは友達としての意味しかなかったのだろう。それでもアンナは嬉しかった。
「えへへ、ありがと」
ふたりの腕を同時にぎゅっと組んで、アンナははにかんだのだった。
アンナはふたりとの出会いで、楽しい子供時代を過ごした。とはいっても、幼い頃の記憶が楽しいものばかりだったわけでもない。
歴史の浅い男爵家において、周囲の貴族に侮られないためだと言って、教育は厳しくされた。日々、ロメオたちと遊びに出かけてはいたものの、習い事の成果が出なければ夜遅くまでみっちりと指導されたこともある。
そんな辛い日だって乗り越えられたのは、心の支えのおかげだった。
「終わらないよ……」
夜更けに泣きながら、読み書きの課題をしていたこともある。けれどそんなときにはいつも、部屋にコツ、と音が鳴った。物音に驚いて窓を見ると、夜の闇に紛れて金髪の少年が走って逃げるのがいつも見えた。声をかけることもできずに窓を開けると、窓枠に小さな花が添えられていたのだ。
次に会ったとき、こっそりとロメオに耳打ちした。
「この間、夜に、お花もってきてくれたの……?」
そう尋ねるとロメオは驚いた顔をしたけれど、ほんのり笑った。
「バレちゃったのか。……みんなには内緒だよ」
「!」
(やっぱりロメオがお花を持ってきてくれたんだ!)
「わかったわ!」
いたずらっぽくウィンクをしたロメオに、アンナは惚れ直した。
そんなふうにして、習い事のせいでロメオたちと会えず、辛いときにはロメオが花を持ってきてくれていた。ときには花ではなく、小さなプレゼントを置いていっていたときだってあった。だからアンナは厳しい教育の中でも、耐えることができたのだ。
ロメオに対する恋心を膨らませるなというほうが、無理だった。
そうして過ごして、アンナたちは結婚適齢期になった。
***
「アンナは誰と結婚するんだろうね?」
ロメオがそんな無神経な発言をしたのは、ちょうど一年ほど前のことだった。 成人を迎えたばかりの彼女に対し、まだ婚約者もいないのをロメオはからかったのだろう。大人になってさえ、彼女らはよく家を抜け出して森に遊びに来ていた。森の小屋の近くの川で釣りをしたり、本を読んだり。心はさほど成長していないのではないかと思えてしまう。なのに身体は子どもの頃と大違いで、年齢差があるにもかかわらずほとんど身長の変わらなかった彼らは、今ではアンナが一番背が低い。頭一つ背が高いのロメオで、さらにもう頭半分ほど高いのがジェレミオだ。とは言っても、アンナが小さすぎるわけではないし、ロメオも背が低いわけではない。二人とも平均的な身長だが、ジェレミオだけが体格に優れている。
きっとインドアな遊びが好きなロメオとアンナに対して、ジェレミオは外遊びが好きだから余計なのだろう。
今日も三人で遊びに来て、ちょうどジェレミオは魚釣りに行ってくると小屋から出ていったところだった。アンナはベッドに腰かけてロメオと一緒に本を読んでいる。今日は恋愛小説だ。
大きくなってさえ、一つの本を覗きこんで読むのは気恥ずかしかったが、ロメオはいつも気にしないそぶりである。それがなんだか悔しいと思いながらも、アンナはいつだってどきどきしてしまう。
「……意地悪なことを言わないで。私が……誰を好きか知ってるくせに」
「ええ? わからないよ、だって聞いたことないから」
頬を赤らめたアンナをさらにからかうように、ロメオはくすくすと笑った。
「教えて、誰が好きなの?」
「……」
耳元に意地悪く囁かれる。それが恥ずかしくて、アンナは小屋の床を見つめながら口を開いた。
「……ロメオ。私、ロメオが好き」
「ふふ。僕もだよ、アンナ。でも、好きなんかじゃ足りない。結婚するなら僕として? ずっとずっと、僕と一緒にいてよ」
「え……」
プロポーズの言葉に驚いて顔をあげたアンナの唇に、柔らかいものが触れる。その感触は考えるまでもなく、ロメオの唇だった。見開いたアンナの目に、ロメオの青い瞳が間近に迫っているのが映る。彼の瞳の奥に、揺らめく何かがあるような気がして目を奪われているうちに、唇がほんの少し離れる。けれどすぐにまた重なった。
「ん……ぅ」
舌をさしこまれての深い口づけだ。ぬるぬると口内を這うその感触に、口を塞がれたアンナはうまく息ができない。
「アンナ、愛してる」
「ぅ……んん……」
酸欠でとろんとした彼女の身体が、やんわりと押し倒された。そこでアンナははっとする。男爵令嬢の彼女は、閨教育らしい閨教育など受けていない。それでも、婚約者以外の男に組み敷かれることが禁忌であるのは知っている。
この地域は、婚約と同時に純潔を捧げて一生を誓う風習がある。だからこそ、婚約者のいない男女は操を守らねばならない。それは閨教育がなくとも、幼い頃から誰もが教えこまれることだ。
「ま、待って……あっ」
ふにゅ、と胸を揉まれる。小さくはないが大きいとも言えない胸は、ロメオの掌にすっぽりと収まった。遊びに行くだけだからと、堅苦しいコルセットなど身に着けないで出かけたのを彼女は後悔する。胸を守るには薄すぎる生地のワンピースごしに、ロメオの不埒な手が胸を虐めてきた。
「だめ……ロメオ! だめよ……!」
「どうして? もっとアンナに触れたい……だって、やっと好きって言ってくれたのに。ねえ、アンナ……」
リップ音をたてて、ロメオは彼女の首筋に唇を落としていく。くい、と胸元に指をかけて、彼はアンナの瞳をじっと見つめた。
「今、契りたい」
「あ……っ」
胸の生地がずりおろされた。ふるん、と胸が揺れて、露わになる。桃色に色づいた敏感なところまで曝け出されて、直接胸を弄られた。
もうそのあとはなし崩しだった。
散々に喘がされて、純潔をロメオに捧げて。夢中で好きだと口にしながらアンナはよがった。さすがに子種を中に出されはしなかったが、二人は婚約もしないままに情事を営んだのだ。
身支度を整えおわった頃には、日が暮れ始めている。
「……人に見られたらどうするんだ」
二人が小屋を出たところで、待っていたのはジェレミオだった。
「ジェレミオ……!」
かっと顔を赤らめたアンナをかばうようにして、ロメオが前に出る。
「でも、そうならないようにジェレミオが見張ってくれてたんでしょ? 助かったよ」
「……」
彼は無言で答えなかったが、釣り竿と桶を持ったままたたずんでいるのは、そういうことだろう。戻ってきたのに、彼は片付けすらしないでずっとここにいたのだ。夕暮れの中、逆光になって彼の表情は良く見えなかったが、アンナもロメオの言葉の通りだろうと思う。
「……アンナは、それでよかったのか?」
「え、ええと……」
その質問の意図は、婚約してもいないのに契ってよかったのか、という意味だろう。言い淀んだアンナを振り返ったロメオが、ふんわりと微笑んだ。
「アンナ、結婚しようね」
そう囁いて顎をすくい、口づけを落としてくる。
「もうっロメオ……!」
(ジェレミオが見てるのに!)
ぱし、と叩いて怒った割に、アンナは胸がとくとくと騒いでうるさい。
「アンナ?」
ジェレミオが名前を呼ぶ。その声に促されて、アンナはジェレミオに向き直った。
「うん……ご、ごめんね。見張りなんか……させたことになっちゃって……」
その返事に、ジェレミオは呆れたのか小さく息を吐いた。
「いや。アンナがいいなら、それでいい」
首を振って、ジェレミオは短く言う。
「……ありがとう」
気恥ずかしいながらもアンナが礼を言えば、ジェレミオは小さく頷いてくれた。
そんなふうにして契った二人は、たびたびジェレミオに見張りをしてもらいながら肌を合わせるようになった。別にアンナが望んでそうしたわけではない。だが、ロメオはふたりきりになるとアンナを求めてきたし、いつの間にか戻ってきたジェレミオが見張りをしてくれていただけだ。
当たり前のように情事を重ねて一年が経った今、ようやく求婚状を送ると、ロメオが言い出した。実際に求婚状が届いたのは、最後に肌を合わせてから、実に二カ月後のことだった。
もともとチェッリ家は商業で財を築いた平民の家門だったが、一代前に男爵の位を授かった。多くの貴族には成り上がりで下品だなどと蔑まれていたが、カタラーニ伯爵家は成り上がりのチェッリ家を差別しない珍しい家だった。
チェッリ夫人に連れられてカタラーニ夫人の主催するお茶会に参加したアンナは、ロメオとジェレミオに出会ったのである。
出会いのその日のことを、アンナはよく覚えている。集められた子供たちは無邪気に遊んでいたが、チェッリ家をよく思わない家門の子はアンナを仲間外れにした。
「別に友達なんていなくてもいいもの」
そう強がって庭園のほうへと一人歩いていったものの、広すぎる庭にアンナは迷子になってしまった。
「どうしよう……」
心細さと情けなさ、それに戻れたとしてもまた仲間外れにされること。それらを思うと、さっきまで怒っていたのが嘘のように足から力が抜けて、そのまま泣けてきた。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
庭園の片隅でうずくまって泣いていたところに、そう声をかけてくれたのは、金髪の少年だった。
「……っ」
目に涙をいっぱいに浮かべて、アンナは少年を見る。大きな緑の瞳は潤んで、視界がよくない。けれども、少年がアンナを心配してくれているのはよくわかった。
泣いている姿を母に見られたくないと駄々をこねるアンナに対して、面倒くさがらず、ただただ頭を撫でて待ってくれた。
泣きじゃくったのが恥ずかしくて、うまく名前を聞いてお礼をすることもできなかったけれど、少年は手を繋いで母のところへと連れて戻ってくれたのだ。
そうして後日、アンナは母に尋ねた。
「あの、あのね……金髪の、優しい男の子って……誰かわかる?」
「金髪の? ああ、カタラーニ伯爵家のお子さんのことね。優しい子って言ったら、御長男のロメオ様じゃないかしら」
「ロメオ……」
そうして自分を慰めてくれた少年の名をロメオと知り、後日のお茶会でアンナはロメオとジェレミオに正式に挨拶をして、友達になったのだ。
身分の差があれど、ロメオとジェレミオはアンナにとても気さくに接してくれた。
屋敷が近いこともあって、たびたび屋敷を抜け出しては、ロメオたちはアンナのところへ遊びに来てくれたりもした。悪戯をして一緒に怒られたり、アンナは二人と一緒に育ってきたのだ。
「……どうしてふたりとも、私に優しくしてくれるの?」
初めての出会いから、アンナはロメオに淡い恋心を抱いている。それを誤魔化すために、あえて「ふたり」と言った。ロメオとジェレミオは驚いたように顔を見合わせた。
「好きな子に優しくするのに、理由なんている?」
ふんわりと笑ったロメオの隣で、ジェレミオが口をむっつりと引き結んだまま小さく頷く。まだ十歳の頃のことだ。きっとそれは友達としての意味しかなかったのだろう。それでもアンナは嬉しかった。
「えへへ、ありがと」
ふたりの腕を同時にぎゅっと組んで、アンナははにかんだのだった。
アンナはふたりとの出会いで、楽しい子供時代を過ごした。とはいっても、幼い頃の記憶が楽しいものばかりだったわけでもない。
歴史の浅い男爵家において、周囲の貴族に侮られないためだと言って、教育は厳しくされた。日々、ロメオたちと遊びに出かけてはいたものの、習い事の成果が出なければ夜遅くまでみっちりと指導されたこともある。
そんな辛い日だって乗り越えられたのは、心の支えのおかげだった。
「終わらないよ……」
夜更けに泣きながら、読み書きの課題をしていたこともある。けれどそんなときにはいつも、部屋にコツ、と音が鳴った。物音に驚いて窓を見ると、夜の闇に紛れて金髪の少年が走って逃げるのがいつも見えた。声をかけることもできずに窓を開けると、窓枠に小さな花が添えられていたのだ。
次に会ったとき、こっそりとロメオに耳打ちした。
「この間、夜に、お花もってきてくれたの……?」
そう尋ねるとロメオは驚いた顔をしたけれど、ほんのり笑った。
「バレちゃったのか。……みんなには内緒だよ」
「!」
(やっぱりロメオがお花を持ってきてくれたんだ!)
「わかったわ!」
いたずらっぽくウィンクをしたロメオに、アンナは惚れ直した。
そんなふうにして、習い事のせいでロメオたちと会えず、辛いときにはロメオが花を持ってきてくれていた。ときには花ではなく、小さなプレゼントを置いていっていたときだってあった。だからアンナは厳しい教育の中でも、耐えることができたのだ。
ロメオに対する恋心を膨らませるなというほうが、無理だった。
そうして過ごして、アンナたちは結婚適齢期になった。
***
「アンナは誰と結婚するんだろうね?」
ロメオがそんな無神経な発言をしたのは、ちょうど一年ほど前のことだった。 成人を迎えたばかりの彼女に対し、まだ婚約者もいないのをロメオはからかったのだろう。大人になってさえ、彼女らはよく家を抜け出して森に遊びに来ていた。森の小屋の近くの川で釣りをしたり、本を読んだり。心はさほど成長していないのではないかと思えてしまう。なのに身体は子どもの頃と大違いで、年齢差があるにもかかわらずほとんど身長の変わらなかった彼らは、今ではアンナが一番背が低い。頭一つ背が高いのロメオで、さらにもう頭半分ほど高いのがジェレミオだ。とは言っても、アンナが小さすぎるわけではないし、ロメオも背が低いわけではない。二人とも平均的な身長だが、ジェレミオだけが体格に優れている。
きっとインドアな遊びが好きなロメオとアンナに対して、ジェレミオは外遊びが好きだから余計なのだろう。
今日も三人で遊びに来て、ちょうどジェレミオは魚釣りに行ってくると小屋から出ていったところだった。アンナはベッドに腰かけてロメオと一緒に本を読んでいる。今日は恋愛小説だ。
大きくなってさえ、一つの本を覗きこんで読むのは気恥ずかしかったが、ロメオはいつも気にしないそぶりである。それがなんだか悔しいと思いながらも、アンナはいつだってどきどきしてしまう。
「……意地悪なことを言わないで。私が……誰を好きか知ってるくせに」
「ええ? わからないよ、だって聞いたことないから」
頬を赤らめたアンナをさらにからかうように、ロメオはくすくすと笑った。
「教えて、誰が好きなの?」
「……」
耳元に意地悪く囁かれる。それが恥ずかしくて、アンナは小屋の床を見つめながら口を開いた。
「……ロメオ。私、ロメオが好き」
「ふふ。僕もだよ、アンナ。でも、好きなんかじゃ足りない。結婚するなら僕として? ずっとずっと、僕と一緒にいてよ」
「え……」
プロポーズの言葉に驚いて顔をあげたアンナの唇に、柔らかいものが触れる。その感触は考えるまでもなく、ロメオの唇だった。見開いたアンナの目に、ロメオの青い瞳が間近に迫っているのが映る。彼の瞳の奥に、揺らめく何かがあるような気がして目を奪われているうちに、唇がほんの少し離れる。けれどすぐにまた重なった。
「ん……ぅ」
舌をさしこまれての深い口づけだ。ぬるぬると口内を這うその感触に、口を塞がれたアンナはうまく息ができない。
「アンナ、愛してる」
「ぅ……んん……」
酸欠でとろんとした彼女の身体が、やんわりと押し倒された。そこでアンナははっとする。男爵令嬢の彼女は、閨教育らしい閨教育など受けていない。それでも、婚約者以外の男に組み敷かれることが禁忌であるのは知っている。
この地域は、婚約と同時に純潔を捧げて一生を誓う風習がある。だからこそ、婚約者のいない男女は操を守らねばならない。それは閨教育がなくとも、幼い頃から誰もが教えこまれることだ。
「ま、待って……あっ」
ふにゅ、と胸を揉まれる。小さくはないが大きいとも言えない胸は、ロメオの掌にすっぽりと収まった。遊びに行くだけだからと、堅苦しいコルセットなど身に着けないで出かけたのを彼女は後悔する。胸を守るには薄すぎる生地のワンピースごしに、ロメオの不埒な手が胸を虐めてきた。
「だめ……ロメオ! だめよ……!」
「どうして? もっとアンナに触れたい……だって、やっと好きって言ってくれたのに。ねえ、アンナ……」
リップ音をたてて、ロメオは彼女の首筋に唇を落としていく。くい、と胸元に指をかけて、彼はアンナの瞳をじっと見つめた。
「今、契りたい」
「あ……っ」
胸の生地がずりおろされた。ふるん、と胸が揺れて、露わになる。桃色に色づいた敏感なところまで曝け出されて、直接胸を弄られた。
もうそのあとはなし崩しだった。
散々に喘がされて、純潔をロメオに捧げて。夢中で好きだと口にしながらアンナはよがった。さすがに子種を中に出されはしなかったが、二人は婚約もしないままに情事を営んだのだ。
身支度を整えおわった頃には、日が暮れ始めている。
「……人に見られたらどうするんだ」
二人が小屋を出たところで、待っていたのはジェレミオだった。
「ジェレミオ……!」
かっと顔を赤らめたアンナをかばうようにして、ロメオが前に出る。
「でも、そうならないようにジェレミオが見張ってくれてたんでしょ? 助かったよ」
「……」
彼は無言で答えなかったが、釣り竿と桶を持ったままたたずんでいるのは、そういうことだろう。戻ってきたのに、彼は片付けすらしないでずっとここにいたのだ。夕暮れの中、逆光になって彼の表情は良く見えなかったが、アンナもロメオの言葉の通りだろうと思う。
「……アンナは、それでよかったのか?」
「え、ええと……」
その質問の意図は、婚約してもいないのに契ってよかったのか、という意味だろう。言い淀んだアンナを振り返ったロメオが、ふんわりと微笑んだ。
「アンナ、結婚しようね」
そう囁いて顎をすくい、口づけを落としてくる。
「もうっロメオ……!」
(ジェレミオが見てるのに!)
ぱし、と叩いて怒った割に、アンナは胸がとくとくと騒いでうるさい。
「アンナ?」
ジェレミオが名前を呼ぶ。その声に促されて、アンナはジェレミオに向き直った。
「うん……ご、ごめんね。見張りなんか……させたことになっちゃって……」
その返事に、ジェレミオは呆れたのか小さく息を吐いた。
「いや。アンナがいいなら、それでいい」
首を振って、ジェレミオは短く言う。
「……ありがとう」
気恥ずかしいながらもアンナが礼を言えば、ジェレミオは小さく頷いてくれた。
そんなふうにして契った二人は、たびたびジェレミオに見張りをしてもらいながら肌を合わせるようになった。別にアンナが望んでそうしたわけではない。だが、ロメオはふたりきりになるとアンナを求めてきたし、いつの間にか戻ってきたジェレミオが見張りをしてくれていただけだ。
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