求婚してくれたのは、最愛の人の弟でした~兄の執着、弟の純情~

かべうち右近

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9.ロメオの嘲り

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 ロメオ・カタラーニは、幼い頃から伯爵家の嫡嗣としての期待を一身に受けていた。跡継ぎ教育を受ける中で、彼は自分自身が貴族の務めを果たすべき存在であることをしっかり意識していたし、周囲の期待に応えることは当たり前だと思っていたのだ。

 弟のことに関して以外は。

 年子で生まれた弟のことを、端的に言えば妬ましく思っていた。

 跡継ぎのロメオと違って、次男のジェレミオはほとんどの教育を施されていない。次男は跡継ぎのスペアとして育てるべきだろうが、ジェレミオは何かと気難しいたちだったため、両親はロメオにだけ期待をかけることにしたらしい。そのおかげで、幼い頃はジェレミオばかり自由にしているのが、ずいぶんと目についた。

(僕は別に構わないけど)

 ジェレミオは別に甘やかされているわけではない。贈り物はロメオが優先して贈られていたし、お祝いごとだっていつもロメオのほうが豪華だった。かといってジェレミオが虐げられているわけでもなく、ただただ弟は両親の関心が薄いだけの存在で、その分遊ぶ時間だって多かったのだ。

(跡継ぎになることのほうが大事だから)

 ロメオがたびたび心の中でそう言い聞かせていたのは、自由なジェレミオが羨ましかったからだろう。

 体格のこともコンプレックスだった。別にロメオが特別身体が小さいわけではない。なのにジェレミオは幼少時から身体が大きく、十歳に満たない頃からロメオと身長が同じくらいだった。いつだって一番でいたいのに、二人でいるとたまにジェレミオのほうを兄だと聞かれることがある。それが腹立たしかった。

 アンナのこともそうだ。

 あるお茶会の日に、アンナは紹介された。直接お礼が言いたいのだと言われたが、チェッリ男爵家の子どもなど、接した覚えがない。

「ずいぶん前のお茶会で、ロメオに助けられたそうよ」

 こっそりと母が教えてくれたものの、目の前に立つ栗色の髪の少女に見覚えはない。くりくりとした大きな緑の瞳を輝かせて、まるで宝物でも見つめるようなその眼差し。可愛い少女だ。こんな子なら、きっと前に会っていたなら覚えているはずなのに。

(ああ、またジェレミオか)

 きっと彼女は、ジェレミオと会ったのにロメオと勘違いしているのだろう。体格が同じで、ずいぶん前のお茶会なら、この幼い少女がきちんと顔を覚えていられなくても仕方ない。理由に思い至って、ロメオは笑顔を浮かべながらも内心で嘆息する。

「ええと……あの、ありがとうございました」

 はにかんだ顔が愛らしい。頬をほんのりと赤く染めて見つめてくるその表情には、既視感がある。好意を寄せている少女の眼差しそのものだ。

(よりにもよって、ジェレミオと僕を勘違いして、それで?)

 相手のことを覚えてもいられないくせに、成り上がりの男爵家の令嬢風情がロメオに懸想しているのだ。それがおかしくて仕方がない。

(面白いな)

「ううん、僕は当然のことをしただけだよ。これからも仲良くしてね、アンナ?」

 にっこりと微笑んで手を差し出してやれば、かっと茹でだこのようになった彼女は、こくこくと頷きながら手を握ってくれた。

 悪戯はそれで終わるはずだったのだ。ジェレミオが、彼女に惚れてなんかいなければ。

(まったく、二人はわかりやすすぎるね)

 ほどなくして、チェッリ家の令嬢とよく遊ぶようになった。いつもは他の子どもとつるんだりなんかしないジェレミオが、アンナと遊ぶという日に限ってはついてくる。言葉少なで不器用な弟が、アンナに向ける視線に熱がこもっているのくらい、ロメオは気づいていたのだ。

 だから、ロメオはことさらアンナに優しくした。

「アンナは可愛いね」

「……ありがとう」

 たった一言囁けば、アンナは勘違いを深めていく。ロメオはアンナのことなんか好きじゃないのに、きっと彼女は両想いだとでも思っているのだろう。それが滑稽で、ほんの少しだけいやだった。

 そんなアンナへの意識が変わったのは、ある時のお茶会である。カタラーニ夫人はお茶会が好きだ。たびたび近隣の夫人を招いては子供達を遊ばせている。きっとそれは将来の人脈作りの一環を兼ねていたのだろう。とはいえ、親に言いくるめられてすり寄ってくる煩わしい子どもがいるのは存外鬱陶しかった。

「ロメオ様、今度ぜひピクニックに行きましょう」

 集まってきた子供たちの中でそう声をかけてきたのは、子爵家の令嬢だった。彼女はロメオよりも七歳ほど年上で、彼女からしたらまだ十歳に満たないロメオは小さな子供に過ぎない。成人後ならばともかく、この年齢では恋愛対象になりえないだろう。きっと親に言いくるめられて伯爵家の婚約者の座を狙っているに違いない。

(あーあ、気持ち悪い)

 表面上はにっこりと笑顔を浮かべながらも、ロメオは内心子爵令嬢を侮蔑していた。けれども、彼女だけではない。

「わたくしのほうが先に声をかけていたのよ。子爵令嬢ごときが失礼ではなくって?」

 割って入ったのは伯爵令嬢だった。彼女は年も近いが、魂胆は子爵令嬢と同じだろう。こんなとき、ジェレミオなら付き合ってられないとすぐに逃げ出してしまう。その証拠に今日だってもう庭園のほうに遊びに行っていて、ここにはいなかった。だから、子どもたちに囲まれて次々と話しかけてくる者たちの相手をするのはロメオの役目だ。

「ロメオ様、私無礼でしたか?」

「なあロメオ、そんな女たちなんかほっといてこの間、約束してたさあ」

 男女関係なく、さして親しくもない者たちはロメオを取り込もうとしてくる。

(面倒だな)

 ロメオが次の返答を考えていたときのことだった。

「ま、待ってたのにどうして来てくれないの、ロメオ! そんな人たちほっといて、早く行こう!」

 震えた声で叫ばれて、ぐい、と腕を引っ張られたかと思えば、囲まれていた者たちの輪から強引に連れ出される。

「アンナ?」

 ぶしつけにも腕を引っ張っているのは、アンナだった。

「ちょっと! 男爵令嬢が……!」

 後ろのほうからアンナをけなす声がかけられていたが、ロメオが素直にアンナの腕に従って歩いているからだろう。語気がさほど強くない。

「ごめんね、そういうことだから」

 ロメオが申し訳なさそうに彼らに声をかければ、それ以上追いすがってこなかった。だが問題はアンナである。

「どうしたの? アンナ」

 声をかけて理由を尋ねても、アンナはむっつりと顔をしかめながら、無言でただロメオを引っ張っていく。とりまきもどきの者たちが見えないところまで進んだところで、ようやく手を離してくれた。

「……ごめんなさい、ロメオ」

 向き直った途端にうなだれて、彼女は申し訳なさそうに謝ってくる。

「別にアンナが謝ることじゃないけど……どうして、僕を連れてきたの? 教えてくれる?」

 今日は遊ぶ約束なんて特にしてなかったはずだ。今日チェッリ家が招待されていることすらロメオは知らなかった。ジェレミオの手前、仲良くはしていたものの、ロメオから話しかけるほどアンナの存在は大きくなかったからだ。

 ロメオの声音が優しく、咎めるつもりがないのを察したのだろう。アンナはおずおずと顔をあげて、困ったようにロメオを見つめた。

「ごめんなさい……」

「うん」

「あのね……ロメオが、いやそうに見えたから……」

「いやそうに?」

 ロメオはさっき、ちゃんと笑っていたはずだ。その証拠に周りの者は誰もロメオの機嫌が悪いだなんて気づいていなかった。でなければ、ロメオのご機嫌取りを始めていたに違いないのだから。なのに、アンナだけがロメオの感情に気づいてくれた。

「うん……ごめんなさい」

 理由はうまく言えないらしい。またも謝罪を告げたアンナは泣きそうな顔になった。

(どうして……)

 アンナの言った言葉が理解できなくて、ロメオは呆然とする。その無言でアンナを見つめているのを怒りだと勘違いしたらしい。ぽろっと涙をこぼして、アンナは踵を返した。

「待って! 大丈夫だよ、アンナ」

 その手をとっさに捕まえて、ロメオは彼女を引き戻す。

「正直に言うと、ちょっと困ってたんだ。アンナが連れ出してくれて助かったよ。ありがとう」

「本当に……?」

「うん。だから、泣かないで……アンナ。一緒に遊ぼう?」

 振り返った彼女は、緑の大きな瞳を涙に濡らしていた。けれどもロメオの言葉一つで、ぱっと顔をほころばせた。

「……うんっ」

「よかった。アンナは笑ってるほうが可愛いよ」

 自然に笑みがこぼれて、ロメオはアンナを慰めていた。さっき引き留めたのだって、考える間もなかった。

(冗談だろう……?)

 ロメオは迂闊にも、このときにアンナに恋してしまったのだ。

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