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裏切り

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 毎夜毎夜、ラーケサは肌を暴かれる。夕刻になると身体が痛みはじめ、薬湯を飲まされて、マリクの手で快楽に沈められる。どんなにいやだと喚いても、マリクはラーケサを抱くのをやめなかった。

 それがもう、一月以上も続いている。

 もともと月のものは不順だったから、このストレスしかない生活で止まってしまったのか、彼女が服を血で汚すことはなかった。妊娠も疑ったが、身体に痛みは走るものの、それ以外の不調はないからそうではないと彼女は思うことにする。

 近頃の変化といえば、不思議と日を重ねるごとに身体の痛みは和らいできていることだ。それに合わせるように、どんどんマリクに抱かれるのに馴染んでいくのがいやだったが、心にも余裕ができてきた。そうしてみると、ラーケサはマリクの抱き方に一貫している、とあることに気付く。

「あ、あ……あっ」

 じゅるじゅると音を立てながら、マリクの舌がラーケサの蜜壺をねぶり、蜜を吸い出す。今日はこのところの中で一番身体の痛みが軽かった。だからと言って薬湯を飲まされた後に誘因される欲情が弱まるわけではなく、余計にラーケサの身体は快楽に堕ちていく。今日などは薬が馴染んで、右肩に唇を落とされた瞬間から、奥を埋めて欲しいと胎が揺れたほどだ。それはきっと、口づけのあとすぐに秘部へと手を伸ばしたマリクにはバレているのだろう。

 にも関わらず、裸に剥かれてしっかりと愛撫をされ、挿入の前に今は仰向けの状態で秘所を虐められているところだ。今すぐにでも中に太いものを埋めてくれと、ひくひくと胎が訴えているのが、彼女自身にもわかる。

 彼は、いつもこうだった。彼女の腰に擦りつける肉杭がどんなに性急に彼女を求めて硬くなっていても、ラーケサに愛撫をし、身体を解し、秘部から滴りを溢れさせ蜜壺がゆるんでからしか挿入をしない。おかげで彼女は彼に貫かれたときに、痛みを感じたことがないのだ。

 最初の方でこそ拘束の腕は強かったが、それでも愛撫は丁寧だったし、彼女が抵抗を示さなくなってからはことさらに感度が増すように抱かれる。愛の言葉こそ囁かないが、まるで大切な恋人か妻でも抱くかのように身体を慈しまれるのが、なんだか落ち着かなかった。

「……何を考えてる?」

 もう少しで今日、何度目かに達する。そんな頃合になってから、股から顔を上げたマリクが彼女の顔をうかがう。考えごとをしていて気がそぞろになっていたのに気付いたらしい。

「お前はどうして、こんなに私に触れる? 孕ませたいだけなら、好きに腰を振って子種を出せばいいだけだろう」

 ラーケサの疑問も当然だった。彼女の知る限り、男というのはそういうものだ。最初の記憶で蹂躙してきた男たちのみならず、彼女の恋人であった座長ですら、普段は優しくとも情事においては自分本位な男が気持ち良くなるためだけの営みだった。こんな風に丁寧に愛撫をされ、身体がとろとろになるまでまさぐられることなど彼女の常識にはない。愛撫なんかせずとも、オイルを秘所に塗りこみ滑りをよくすれば男はそれで済むのに。

 彼女にとっては当たり前にすぎる疑問を投げかけられて、マリクは目を見開いたあとに、大声で笑った。

「な、なによ」

「そんな疑問が抱けるようになったのか」

「聞いたらいけない?」

 なおもくつくつと笑い続けるマリクに気分を害したが、それでラーケサが暴れ始めるわけでもない。どんなに抗っても、彼に抱かれることは判り切っているのだから、無駄な抵抗は随分と前に辞めた。それで逃げることを諦めたわけではなかったが。

「いや、いい。質問に答えてやる。俺はな、好いた女とそんなつまらんセックスをする気はないんだ」

 今度はラーケサが目を瞠る番である。呆気に取られている間に、股に顔を埋めていたマリクは彼女に覆いかぶさる。

「だが早くれて欲しいならそう言え」

「誰がそんなこと!」

 一つ前に言われた台詞の意味を噛み砕く前に、ラーケサは叫んでいる。けれど次の瞬間にはその声は甘いものへと変わった。

「ひぁ……っ!」

 ずずっと肉棒が彼女の中に入る。先ほどまで散々解されていた蜜壺は、太い肉棒を今日もやすやすと受け入れた。もはや彼女のいところをマリクは知り尽くしている。一気に挿入されたその動作でも、彼女がよがるポイントを擦り上げて最奥まで到達した。

「あっあっあ、あああああああ……っ」

 そのまま小刻みに奥をとんとんと叩かれて、先ほどまで絶頂直前まで上り詰めていた彼女は、ぎゅうっと中を締め付けて達する。

「お前は本当にこれが好きだな」

「誰が、あっや、ぁんんっ」

 達している間もゆすゆすと胎を揺らされ、ラーケサは息苦しさに喘ぐ。

「……そろそろ頃合か」

 ぽつりと呟いたマリクの言葉の意味を問うよりも前に、ラーケサは快楽の海に呑まれていった。


***


 ラーケサの身体は、痛みを訴えなくなった。それと同時に、マリクが彼女の部屋に現れなくなって、数日経つ。

(あいつは何を考えてる?)

 薬湯を出されることもなくなり、ラーケサの身体が欲情の火照りに悩まされることもない。本当に薬漬けにするつもりなら定期的に摂取が必要だろうし、子を孕ませたいと本当に思っているのなら、来なくなる理由が判らなかった。もともと、舞いを披露して見初められただけの女だから、飽きたということなのかもしれない。好いた女だとは言っていたが、傲慢王は過去に何度も他の女を伽に召し上げているという噂だから、孕ませたいというのも、好いた女だというのも、閨でのリップサービスであり、ラーケサも使い捨ての女たちの中の一人になっただけなのだろう。

 そう考えると、なぜだか鉛を呑み込んだような重苦しさを覚えたが、彼女はあえてその理由について考えることをしなかった。

(これは好機だわ)

 このところ日中従順に過ごしていたおかげか、夕刻になると使用人が一時的に少なくなる時間がある。ラーケサはその時に行動を起こした。

「それでは、お食事を持ってまいりますね」

 お辞儀をして一人が立ち上がり、そうしてラーケサの傍には使用人が一人だけになる。そのとき、彼女は仕掛けた。

「……うっ」

 声をあげて倒れこんだ彼女に、使用人が慌てて駆け寄った。

「お嬢様! そんな、しばらく発作はありませんでしたのに」

 焦った声が辺りを見回そうとしたその瞬間に、ラーケサが動いた。使用人を後ろから羽交い絞めにして喉元を締め上げる。

「……っ! んんっ!」

 しばらく暴れていたが、使用人は酸欠になったのだろう、そのまま意識を落とした。

「……ごめんね」

 気を失った使用人から衣服を剥ぐ。ラーケサはずっと室内にいるから素顔も髪も晒して過ごしているが、この地域の女性は踊りを生業にするような者を除けば、外を出歩く時や家族以外の男性に会う時には布で髪と顔を隠して目元だけを出すのが常だ。ついでに身体はボディラインを覆い隠すタイプのワンピースでつま先まで隠す。使用人ら女性も顔を隠しているから、その布を拝借すれば廊下を歩いていても、すぐに見咎められることはないだろう。

 素早く着替えを終わらせると、ラーケサはそろりと部屋を抜け出す。監禁されているとは言っても、湯あみなどで廊下は出るからある程度の構造は把握している。まっすぐに建物の外に向かって歩いていたが、他の使用人とすれ違うことはなく、不気味に人気がなかった。

 広い邸宅の中を随分と歩き、もう少しで建物の外に出るだろうというところで、ラーケサはぴたりと足を止めた。

 わっ、と大きな歓声と共に、口汚い野次のような熱狂した声が響く。そろりと扉を薄く開けて外を見たが、そこに誰かが居る訳ではない。

(何……?)

 するりと建物を抜け出し、足早にラーケサは進む。ここは王宮の内部だ。建物がいくつかに別れており、ラーケサが留め置かれていたのは客間にあたる離れだった。王宮の中でも奥に位置するその離れから、王宮の外に向かうにつれ、喧騒は激しくなる。

 王宮の外に出るには、その入り口にある広場を抜けねばならない。どうやらその広場に今、人がたくさん集まっているようだった。歓声があがるたびに、血の臭気が強くなる。

(まさか……処刑でもしているの?)

 傲慢王であるマリクは、王宮の広場で公開処刑をするので有名である。ざわめく胸を押さえながら、ラーケサは広場へと急ぐ。そうしてたどり着いた先では、案の定、公開処刑が行われていた。既に何人かの処刑が終わっているらしく、死体が片付けられた後に中央に新しい罪人が引きずり出された。

(あの人は……!)

 薄汚れて髭を生やしてはいたが、その男をラーケサが見間違うはずもない。彼こそ、ラーケサの愛しい人だった。

(処刑しただなんて言って、まだ殺されてなかったんだわ!)

 群衆をかき分けて、前へとラーケサは進む。新たな罪人の登場に、太鼓が打ち鳴らされ、罪状が読み上げられる。喧騒にかき消されて聞き取ることは出来なかったが、恐らく暗殺の容疑などを並べ立てられているのだろう。

「最後に申し開きはあるか? 反省の弁があるなら言うがいい」

 そう問うたのは、マリクだった。ちょうど最前列に飛び出したラーケサは、次にどうすべきか躊躇して固まる。彼を救い出すにも、武器も持たず、援軍もいないラーケサは無力だ。

「へっ反省だと? 何を言ってやがる」

 吐きだされた声は、ラーケサの記憶の中にある彼と全く重ならない、下卑た男のものだった。

「馬鹿な女を一人、うまく使ってやったことの何が悪い? 俺が襲わせたとも知らないで、能天気な顔をして『何でもする』なんて言う方が馬鹿なんだ。なのに言うことを聞かねえから薬をやっただけだろう? それの何がいけねえってんだよ。てめえだって、わかっててあの馬鹿な女を抱いたんだろうがよ。ああ、汚れた女でも気に入りは囲い込むってか? つまんねえ女だが、あいつ、あそこの締まりだけはいいもんな」

 げらげらと笑うその様に、ラーケサの頭の中が真っ白になる。

(何……)

 座長の言っていることの、意味がわからなかった。

 いや、理解したくなかったのだ。本当は以前から、ラーケサ自身が恋人に大事にされていないことはうすうす気付いていた。この地域では夫婦にならない限り普通は身体を許さないものだし、女は布で覆い隠してしまうほど大事にされるものだ。それをあえて肌を晒す踊り子をさせ、時には恋人以外の男に股を開かせ、色仕掛けするように指示をする。そんなものが、愛する女に対する扱いであるはずがなかったのだ。

 ただ都合のいいようにラーケサは使われていた。恐らく、『避妊のため』だと言われて毎日のように飲まされていたあの薬が、彼女を従順にさせるためのものだったに違いない。気付いていても、座長を盲目的に信じ続けたのは、そういうことだ。

「下衆が。減刑の必要はないようだな」

「クソが! お前なんか苦しんで死ねばいい! 俺から全てを奪いやがって!」

「全てを奪ったのは、そなたであろうが。……良い、首を刎ねよ」

 その会話を、ラーケサは聞き取れていなかった。その時に彼女は叫んでいたが、何を口走っていたのかも、その後、目の前で何が起きたのかも覚えていない。ただただ、彼女は裏切られたのですらなく、使い捨ての駒でしかなかったという事実を受け入れらなかった。

 そうしてこの日、王の暗殺を企んだ男は、処刑された。
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