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王の慰め
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ラーケサが目覚めたとき、そこはいつもと同じ部屋だった。王宮広場の処刑場で叫んでいたラーケサは必要以上に注目を集め、結果として再び捕らえられてしまったらしい。その事実に気付いたが、今の彼女は無気力だった。
一度は死んだと聞かされ希望を失い、脱出をした途端に生存を知り、裏切りを知った。もう一度外の世界に出たとして、もう何を信じて生きて行けばいいのかわからない。ぼんやりとしていたら、目からは自然と涙がこぼれてきたが、それを拭う気力すら今の彼女にはない。
「起きたか」
声をかけたのは、マリクだった。他の使用人はおらず彼だけが傍にいたのだと、今更になってラーケサは気付く。
「身体を起こせるか?」
いつでも飲めるように薬湯を用意していたのだろう。器を手にとったマリクが声をかけたが、ラーケサは返事もせず動かなかった。だから彼はその薬湯を口に含んで、いつものように彼女に口移しで飲ませる。しかしいつもと違って情欲を誘うような口づけを続けてこなかった。
「……いつも飲んでいるこの薬は、何?」
こくりと喉を動かしてからラーケサが静かに問う。彼女を従順にさせ欲情を促すために飲まされているものだと決めつけていたが、きちんと効能を聞いたことがなかった。やっとその事実に気付く。
「身体の痛みを訴えていただろう。それを抑えるためのものだ」
「本当は、どういう効果があるの?」
重ねての問いに、マリクは困ったような顔になった。答えあぐねているらしい。しかしすぐに口を開いた。
「痛みを抑えるのは嘘ではない。ただ……薬による禁断症状を中和するためのものだ」
マリクは何の薬だとは言わなかったが、その説明だけでラーケサは察する。恐らく、ラーケサを従順にさせるために座長に飲まされていたあの避妊薬のことだ。
「……そう。もう身体は痛くないわ。それは、いらない」
「そうか」
薬湯を置いて短く返事をすると、それきりマリクは黙り込んでしまう。いつも傲慢な態度でラーケサを抱く彼の様子とは違って、今は真剣な顔で彼女の顔を見つめている。
「私を抱いていたのも、治療のため?」
「それは……」
言い淀んだマリクは、やがて頷く。
(どうして?)
ラーケサに浮かぶのは、疑問ばかりだった。彼女ははじめ、マリクを殺すためだけにここにやってきた。それが判っていてなお、マリクは寝所に彼女の招き入れ、抱いた。あまつさえ座長と引き離して、彼女の中に残る薬を中和するために、毎日薬湯を用意までしてくれて。無理に抱かれてはいたが、あてがわれている服や食事、使用人たちは虜囚への待遇と考えればおかしいし、伽として召しあげた踊り子に対するものだとしても、過分の対応である。色に溺れた男が道理もわきまえずに女に入れ込んでいるのだと思えば納得できるが、兵をまとめ上げ、国を建てた男が自分になびきもしない女に正気を失っているとは考えづらい。
ラーケサをものにしたいのであれば、恩を売るだけ売って、優しくして惚れさせればいい。なのに、そうはせずにマリクは恨まれるような言動ばかりをしている。
「どうして最初から言わなかったの? 治療のためだって言えば、あなたの言うことを聞いたかもしれないのに」
いつの間にか、呼称が『あなた』になっている。言葉遣いも、頑なな男言葉ではない。きっとそれは心の距離なのだろう。しかし、ラーケサは自分で気付いていない。
「あの時のお前は洗脳されていて、俺の言葉など信じなかっただろう」
「洗脳……」
その言葉に、胸が痛む。あえて確認していなかったことに、決定打を加えられたせいだ。けれど、おかげで日が経つにつれて座長への盲目的な想いが薄らいでいった理由が腑に落ちる。
「座長をすぐに処刑したと嘘をついたのは?」
「そうでも言わなければお前がいつまでも逃げ出そうとすると思ったからだ。……結局逃げたがな。当然、罪人は正当な裁きの場を経ねばならん。あの男の処刑はほぼ決定したようなものだったが、手続きに時間がかかってな」
「じゃあ、最近部屋に来なかったのは」
「裁きの処理に手間取っていたからだ」
頷いたマリクは、横たわったままのラーケサの様子をしげしげと観察する。
「忙しいだけならこちらにも来たが、お前はもう急ぎの治療は必要なさそうだったからな」
「だから抱く必要がなかったのね」
ぽつりと呟いた彼女に、マリクは吹き出した。
「そんな風に言われると、俺に抱かれるのを待っていたのだと、勘違いをしてしまうな?」
悪戯っぽく言われた言葉で、ラーケサはぽかんと目を丸くする。真面目に話していたのが馬鹿らしくなった彼女は、背を向けて布団を被りなおした。
「自意識過剰な男ね」
「ああ、俺はお前に関しては自惚れ屋でな」
楽しげな声が言って、ラーケサの頬をするりと撫でる。その手が暖かくて、熱い。しばらくくつくつと笑っていたマリクは、やがて自嘲するように深い息を吐いた。
「……お前に処刑の場を……あの男がお前を騙していたという話など聞かせるつもりはなかった」
「なぜ?」
「お前が傷つくだろう。だが、聞いてしまってはもう仕方ない。弱みにつけこむような真似はしたくなかったんだがな。今なら、記憶がなくてもお前を落とすのは簡単そうだ。嫌な男のことなんて忘れてしまえ。どうだ、俺に抱かれるならとびきり幸せにしてやろう。今度は俺に騙されてみるか?」
自分が悪者であるかのようにマリクはおどけて話す。
(いやだ)
不意にそう思った。ラーケサはもう、マリクがどんなに優しく彼女に触れてくれるのかを知っている。まるで、世界の誰よりも大事であるかのように。『好いた女』だと彼は以前言った。それを信じたくない。そんなことを聞いた身で今抱かれれば、彼を好きになってしまうかもしれない。
(座長の言う通りよ。私は馬鹿な女だわ)
ついさっき目覚めた時は、恋人に騙されていたことに失望していたはずだった。生きる意味を考えることさえできなかったというのに、今はもう触れられた頬の感触が気になって仕方がない。マリクが語る一つ一つの言葉を、彼女はよすがにしているのだ。
(騙されて、騙されて。また信じたい、だなんて)
目を閉じれば、涙が出る。それは先ほどの無気力から出た涙ではなく、自分の情けなさからくるものだった。
ラーケサは、まだ肝心な疑問をマリクにぶつけていない。
(どうして、私を助けたの? 座長のことは殺したのに)
それを聞いてしまえば、きっと引き返せない。嘘でも本当でもそれが彼女にとって耳障りのいい言葉なら、きっと、ラーケサは信じてしまう。だから聞けない。こんな風に彼女が物思いにふけっているのに、柄にもなく辛抱強く待ってくれているマリクが、処刑の場面を目にしたラーケサへの気遣いなのだと思わせられる。
(違う。好きだからじゃない。今は、あの人を忘れるために、するの)
自分に言い聞かせたラーケサは、手をマリクのものに重ねて動かすと、その掌に口づけた。初めての、彼女からのアクションだ。
「……忘れさせてくれるなら、早くしてよ」
マリクに向き直りながらの言葉は可愛げの欠片もない。けれど、彼は今までで一番柔らかく笑んだ。
「ああ、任せておけ」
彼女にかかっていた布団を剥ぐと、すぐに覆いかぶさってきたマリクはまず唇を重ねる。いつもなら右肩に口づけるのが情事の合図だったが、今日は違うらしい。軽く唇を合わせただけのキスを落として、至近距離のまま、マリクは問う。
「どこを触って欲しい?」
「い、つもみたいに好きにすればいいじゃない」
「そういうわけにはいかん。久しぶりにお前から抱いてくれとねだられたんだからな」
「誰が」
(そんなおねだりをしたことがあるって言うの)
文句の声は唇を重ねられて言えなかったが、好色の王なのだから、誰かと勘違いしているのかもしれない。この一カ月以上もの間、肌を重ねて一度もねだったことなどないのに、いい加減な男だとラーケサは呆れる。けれど、口に差し込まれた舌に対して、ぬるりと絡めて積極的に熱を求める。物思いにふけるのは今は必要ない。快楽に身を委ねて、憂さを晴らすのが目的なのだから。
「どこがいい?」
舌を絡めた後に、首筋に舌を這わせながらマリクはなおも尋ねる。腕は腰回りを撫でているが、下腹の先に進むわけでもなく、胸に伸びていきもしないから、きっと彼女が指示をするまで肝心な場所にはどこも触れないつもりなのだろう。胸元近くにも舌を這わせたが、やはりさらにその先に進むことはない。
「……む、胸が触って、欲しい……」
記憶にある限り、抱かれる時に男に対して自分の希望を告げたことなどない。おねだりを初めて口にするのだと気付いて、ラーケサは羞恥で頬が赤らんだ。
「なんだ、恥ずかしがっているのか」
「ちが……んっ」
服越しに胸が揉まれ始める。今の服は楽に寝られるようにという配慮からか、生地が薄くて軽い寝間着に着替えさせられていた。だから布越しでも指が胸を這うのがもどかしくも感じさせられる。乳房を這っていた指先が、周りと感触の違う柔らかい場所に辿りつく。くに、と押されると弾力のないくぼみは指を呑み込んだが、次に指を浮かせた時にはぷっくりと立ち上がって硬くなっている。その胸の中央を指先ですりすりと繰り返しこすると、服の下から形を主張して更に尖り、突起の周りに円を描くようになぞられれば、薄い布が擦れていつも触れられるのよりもやけに刺激が強い気がした。つまみやすい形になった乳首が、今度は親指で潰され、持ち上げては捏ねられる。
「んんっ」
「声を抑えるな」
「でも、あっ」
服越しに尖りが口に含まれた。甘噛みされるのが痺れるようで、とっさに助けを求めるように彼女はシーツをつかむ。
「しがみつくなら、俺にしておけ」
そう言いながらマリクがラーケサの腕を彼の背中に回させたのに、彼女はされるがままに彼の服を握りしめた。片方の胸を手で揉まれながら、もう片方をはまれ舌先で転がされる。唾液で張り付いた服が気持ち悪いような気がするのになぜだか抗えない。布を隔てているせいで舌の刺激はもどかしい、そう思った時だった。
「ふぁっ!?」
じゅっと音をたてて、尖りが強く吸い上げられる。
「あっあっな、に、やめ……あっんんんっ」
やわやわと揉んでいただけだった方の胸も、唐突に胸の尖りを強くつまみ、反対側は唇で激しく吸われる。その快感で胎の奥に何かが走って、きゅうっと揺れた。
(私、今……胸だけで)
小さく息を吐きながら、軽く達した自身の胎を感じてラーケサは呆然とする。薬湯で感じやすくさせられているわけでもないのに、快楽を受け入れると決めた途端に、この体はなんと感じやすいことか。数日ぶりに触れられているから敏感になっているせいもあるのだろうが、あまりにも快感に弱くなっている自身にラーケサは愕然とする。
「他に触って欲しいところを言わなければ、ずっとここを触り続けるぞ。いいか?」
「……っ」
軽く達した程度では、もう身体は満足できない。奥を穿つ硬いもの求めて、蜜が溢れるのを感じた。
「どうした?」
意地悪げに、マリクは尋ねる。いつもはラーケサの都合など構わず身勝手に肌に触れる癖に、任せておけ、と言った割りに今日はずいぶん焦らすではないか。秘部をなかなか触ってくれないのが、『焦らし』だと感じてしまうのも悔しかったが、服を握りこんだ力を強くしてラーケサは口を開く。
「身体中、全部、触って。中に……ちょうだい」
まさかそんな大雑把なおねだりがくるとは思わなかったのだろう。驚いたように目を見開いたマリクが喉をくつくつと震わせて笑う。その態度が気に入らなかったが、ラーケサが文句を言うよりも早く、マリクは彼女に口づけて頷いた。
「仰せのままに。姫君」
わざとらしい呼びかけに、ラーケサは呆れる声すら出ない。そうして、いつも通りと言えばいつも通りの、マリクからの丁寧かつ激しい愛撫が始まった。
一度は死んだと聞かされ希望を失い、脱出をした途端に生存を知り、裏切りを知った。もう一度外の世界に出たとして、もう何を信じて生きて行けばいいのかわからない。ぼんやりとしていたら、目からは自然と涙がこぼれてきたが、それを拭う気力すら今の彼女にはない。
「起きたか」
声をかけたのは、マリクだった。他の使用人はおらず彼だけが傍にいたのだと、今更になってラーケサは気付く。
「身体を起こせるか?」
いつでも飲めるように薬湯を用意していたのだろう。器を手にとったマリクが声をかけたが、ラーケサは返事もせず動かなかった。だから彼はその薬湯を口に含んで、いつものように彼女に口移しで飲ませる。しかしいつもと違って情欲を誘うような口づけを続けてこなかった。
「……いつも飲んでいるこの薬は、何?」
こくりと喉を動かしてからラーケサが静かに問う。彼女を従順にさせ欲情を促すために飲まされているものだと決めつけていたが、きちんと効能を聞いたことがなかった。やっとその事実に気付く。
「身体の痛みを訴えていただろう。それを抑えるためのものだ」
「本当は、どういう効果があるの?」
重ねての問いに、マリクは困ったような顔になった。答えあぐねているらしい。しかしすぐに口を開いた。
「痛みを抑えるのは嘘ではない。ただ……薬による禁断症状を中和するためのものだ」
マリクは何の薬だとは言わなかったが、その説明だけでラーケサは察する。恐らく、ラーケサを従順にさせるために座長に飲まされていたあの避妊薬のことだ。
「……そう。もう身体は痛くないわ。それは、いらない」
「そうか」
薬湯を置いて短く返事をすると、それきりマリクは黙り込んでしまう。いつも傲慢な態度でラーケサを抱く彼の様子とは違って、今は真剣な顔で彼女の顔を見つめている。
「私を抱いていたのも、治療のため?」
「それは……」
言い淀んだマリクは、やがて頷く。
(どうして?)
ラーケサに浮かぶのは、疑問ばかりだった。彼女ははじめ、マリクを殺すためだけにここにやってきた。それが判っていてなお、マリクは寝所に彼女の招き入れ、抱いた。あまつさえ座長と引き離して、彼女の中に残る薬を中和するために、毎日薬湯を用意までしてくれて。無理に抱かれてはいたが、あてがわれている服や食事、使用人たちは虜囚への待遇と考えればおかしいし、伽として召しあげた踊り子に対するものだとしても、過分の対応である。色に溺れた男が道理もわきまえずに女に入れ込んでいるのだと思えば納得できるが、兵をまとめ上げ、国を建てた男が自分になびきもしない女に正気を失っているとは考えづらい。
ラーケサをものにしたいのであれば、恩を売るだけ売って、優しくして惚れさせればいい。なのに、そうはせずにマリクは恨まれるような言動ばかりをしている。
「どうして最初から言わなかったの? 治療のためだって言えば、あなたの言うことを聞いたかもしれないのに」
いつの間にか、呼称が『あなた』になっている。言葉遣いも、頑なな男言葉ではない。きっとそれは心の距離なのだろう。しかし、ラーケサは自分で気付いていない。
「あの時のお前は洗脳されていて、俺の言葉など信じなかっただろう」
「洗脳……」
その言葉に、胸が痛む。あえて確認していなかったことに、決定打を加えられたせいだ。けれど、おかげで日が経つにつれて座長への盲目的な想いが薄らいでいった理由が腑に落ちる。
「座長をすぐに処刑したと嘘をついたのは?」
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「じゃあ、最近部屋に来なかったのは」
「裁きの処理に手間取っていたからだ」
頷いたマリクは、横たわったままのラーケサの様子をしげしげと観察する。
「忙しいだけならこちらにも来たが、お前はもう急ぎの治療は必要なさそうだったからな」
「だから抱く必要がなかったのね」
ぽつりと呟いた彼女に、マリクは吹き出した。
「そんな風に言われると、俺に抱かれるのを待っていたのだと、勘違いをしてしまうな?」
悪戯っぽく言われた言葉で、ラーケサはぽかんと目を丸くする。真面目に話していたのが馬鹿らしくなった彼女は、背を向けて布団を被りなおした。
「自意識過剰な男ね」
「ああ、俺はお前に関しては自惚れ屋でな」
楽しげな声が言って、ラーケサの頬をするりと撫でる。その手が暖かくて、熱い。しばらくくつくつと笑っていたマリクは、やがて自嘲するように深い息を吐いた。
「……お前に処刑の場を……あの男がお前を騙していたという話など聞かせるつもりはなかった」
「なぜ?」
「お前が傷つくだろう。だが、聞いてしまってはもう仕方ない。弱みにつけこむような真似はしたくなかったんだがな。今なら、記憶がなくてもお前を落とすのは簡単そうだ。嫌な男のことなんて忘れてしまえ。どうだ、俺に抱かれるならとびきり幸せにしてやろう。今度は俺に騙されてみるか?」
自分が悪者であるかのようにマリクはおどけて話す。
(いやだ)
不意にそう思った。ラーケサはもう、マリクがどんなに優しく彼女に触れてくれるのかを知っている。まるで、世界の誰よりも大事であるかのように。『好いた女』だと彼は以前言った。それを信じたくない。そんなことを聞いた身で今抱かれれば、彼を好きになってしまうかもしれない。
(座長の言う通りよ。私は馬鹿な女だわ)
ついさっき目覚めた時は、恋人に騙されていたことに失望していたはずだった。生きる意味を考えることさえできなかったというのに、今はもう触れられた頬の感触が気になって仕方がない。マリクが語る一つ一つの言葉を、彼女はよすがにしているのだ。
(騙されて、騙されて。また信じたい、だなんて)
目を閉じれば、涙が出る。それは先ほどの無気力から出た涙ではなく、自分の情けなさからくるものだった。
ラーケサは、まだ肝心な疑問をマリクにぶつけていない。
(どうして、私を助けたの? 座長のことは殺したのに)
それを聞いてしまえば、きっと引き返せない。嘘でも本当でもそれが彼女にとって耳障りのいい言葉なら、きっと、ラーケサは信じてしまう。だから聞けない。こんな風に彼女が物思いにふけっているのに、柄にもなく辛抱強く待ってくれているマリクが、処刑の場面を目にしたラーケサへの気遣いなのだと思わせられる。
(違う。好きだからじゃない。今は、あの人を忘れるために、するの)
自分に言い聞かせたラーケサは、手をマリクのものに重ねて動かすと、その掌に口づけた。初めての、彼女からのアクションだ。
「……忘れさせてくれるなら、早くしてよ」
マリクに向き直りながらの言葉は可愛げの欠片もない。けれど、彼は今までで一番柔らかく笑んだ。
「ああ、任せておけ」
彼女にかかっていた布団を剥ぐと、すぐに覆いかぶさってきたマリクはまず唇を重ねる。いつもなら右肩に口づけるのが情事の合図だったが、今日は違うらしい。軽く唇を合わせただけのキスを落として、至近距離のまま、マリクは問う。
「どこを触って欲しい?」
「い、つもみたいに好きにすればいいじゃない」
「そういうわけにはいかん。久しぶりにお前から抱いてくれとねだられたんだからな」
「誰が」
(そんなおねだりをしたことがあるって言うの)
文句の声は唇を重ねられて言えなかったが、好色の王なのだから、誰かと勘違いしているのかもしれない。この一カ月以上もの間、肌を重ねて一度もねだったことなどないのに、いい加減な男だとラーケサは呆れる。けれど、口に差し込まれた舌に対して、ぬるりと絡めて積極的に熱を求める。物思いにふけるのは今は必要ない。快楽に身を委ねて、憂さを晴らすのが目的なのだから。
「どこがいい?」
舌を絡めた後に、首筋に舌を這わせながらマリクはなおも尋ねる。腕は腰回りを撫でているが、下腹の先に進むわけでもなく、胸に伸びていきもしないから、きっと彼女が指示をするまで肝心な場所にはどこも触れないつもりなのだろう。胸元近くにも舌を這わせたが、やはりさらにその先に進むことはない。
「……む、胸が触って、欲しい……」
記憶にある限り、抱かれる時に男に対して自分の希望を告げたことなどない。おねだりを初めて口にするのだと気付いて、ラーケサは羞恥で頬が赤らんだ。
「なんだ、恥ずかしがっているのか」
「ちが……んっ」
服越しに胸が揉まれ始める。今の服は楽に寝られるようにという配慮からか、生地が薄くて軽い寝間着に着替えさせられていた。だから布越しでも指が胸を這うのがもどかしくも感じさせられる。乳房を這っていた指先が、周りと感触の違う柔らかい場所に辿りつく。くに、と押されると弾力のないくぼみは指を呑み込んだが、次に指を浮かせた時にはぷっくりと立ち上がって硬くなっている。その胸の中央を指先ですりすりと繰り返しこすると、服の下から形を主張して更に尖り、突起の周りに円を描くようになぞられれば、薄い布が擦れていつも触れられるのよりもやけに刺激が強い気がした。つまみやすい形になった乳首が、今度は親指で潰され、持ち上げては捏ねられる。
「んんっ」
「声を抑えるな」
「でも、あっ」
服越しに尖りが口に含まれた。甘噛みされるのが痺れるようで、とっさに助けを求めるように彼女はシーツをつかむ。
「しがみつくなら、俺にしておけ」
そう言いながらマリクがラーケサの腕を彼の背中に回させたのに、彼女はされるがままに彼の服を握りしめた。片方の胸を手で揉まれながら、もう片方をはまれ舌先で転がされる。唾液で張り付いた服が気持ち悪いような気がするのになぜだか抗えない。布を隔てているせいで舌の刺激はもどかしい、そう思った時だった。
「ふぁっ!?」
じゅっと音をたてて、尖りが強く吸い上げられる。
「あっあっな、に、やめ……あっんんんっ」
やわやわと揉んでいただけだった方の胸も、唐突に胸の尖りを強くつまみ、反対側は唇で激しく吸われる。その快感で胎の奥に何かが走って、きゅうっと揺れた。
(私、今……胸だけで)
小さく息を吐きながら、軽く達した自身の胎を感じてラーケサは呆然とする。薬湯で感じやすくさせられているわけでもないのに、快楽を受け入れると決めた途端に、この体はなんと感じやすいことか。数日ぶりに触れられているから敏感になっているせいもあるのだろうが、あまりにも快感に弱くなっている自身にラーケサは愕然とする。
「他に触って欲しいところを言わなければ、ずっとここを触り続けるぞ。いいか?」
「……っ」
軽く達した程度では、もう身体は満足できない。奥を穿つ硬いもの求めて、蜜が溢れるのを感じた。
「どうした?」
意地悪げに、マリクは尋ねる。いつもはラーケサの都合など構わず身勝手に肌に触れる癖に、任せておけ、と言った割りに今日はずいぶん焦らすではないか。秘部をなかなか触ってくれないのが、『焦らし』だと感じてしまうのも悔しかったが、服を握りこんだ力を強くしてラーケサは口を開く。
「身体中、全部、触って。中に……ちょうだい」
まさかそんな大雑把なおねだりがくるとは思わなかったのだろう。驚いたように目を見開いたマリクが喉をくつくつと震わせて笑う。その態度が気に入らなかったが、ラーケサが文句を言うよりも早く、マリクは彼女に口づけて頷いた。
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