淫乱悪女と噂の未亡人を娶ることになったので

かべうち右近

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5.明かされた事実

「……どうして、血が出ている」

 カリストの視線の先には、赤く染まったシーツがあった。それは紛れもなくイサベルの身体から垂れたと思しき位置だ。つい先ほどまでカリストが股を割っていたから、だらしなく開いたままだった股の間からは、先ほど注ぎ込んだばかりの白濁がこぼれてもいる。だがそれは血に混ざって桜色だった。

「あなたは、初めてだったのか……?」

 驚愕の顔を向ければ、もそもそと起き上がったイサベルが、きょとんとした顔を向ける。

「わたくし、結婚するのはカリスト様が初めてですわ……?」

 質問の意味が通じていない。固まったままのカリストの顔を見て、はっとしたイサベル「違います」と言い出した。

「わ、わたくし、旦那様の妻なんて言われていましたが、そんな関係・・・・・じゃありませんわ! か、カリスト様が誓って初めてです」

 今度は問いかけに対する答えである。彼女の言葉はシーツの証を見れば、納得できる。だが疑わしいことだらけだ。証拠がある以上、社交界での噂については、彼女を妬んだ末の根も葉もない噂という可能性が高かろう。

 だが、この屋敷では実際に彼女のあられもない声が聞かれているのだ。しかも、ウーゴと寝室を隣にしていて、鍵をつねにかけていなかったというのだから、これで疑うなというほうがおかしい。

「……待ってくれ。その……あなたに……イサベルにきちんと確認せず、噂を鵜呑みにしたのは謝ろう。すまなかった。あなたは確かに、貫かれるのは初めてだったんだろう。だが……男に触れられるのは初めてじゃないだろう……?」
「それも初めてですわ!?」
「なら、どうして……」

 毎夜のように、嬌声をあげていたのか。

 カリストが言葉にしなかった問いを、察したらしい。イサベルはわなわなと震えて顔を真っ赤にしたかと思えば、ぱっと両手で覆った。

「た、ただのマッサージですわ……!」
「……ん?」

 突然何を言われたのか分からず、カリストは眉間に皺を寄せる。イサベルは顔を覆う手の隙間からそーっとカリストを覗き見て、困ったように眉尻を下げた。

「笑いませんか……?」

 震えながら話すイサベルが可愛い。全裸でベッドにうずくまり、両腕で胸をぎゅむっと寄せる形でこちらを窺いみているのはいやらしくもある。ごくりと喉が鳴りそうになって、カリストはとりあえず無言でうなずいた。

「毎日、肩が凝るので……メイドにお願いして、肩を揉んでもらっていたんです……」
「それで……?」
「その……揉んで、もらっているときに……あまりに痛気持ちよくて……大きな声が……出て、しまって……」

 尻すぼみにイサベルの弁明は小さくなっていく。

「情事のようないやらしい声を?」
「わたくし、あれが、え、えっちな声なんて知らなかったんです!」

 ぱっと手を外して叫んだイサベルは涙目だ。次の瞬間には「はしたない……!」と叫びながらベッドに突っ伏してしまった。おそらく『えっち』という単語が彼女にとってはしたなかったのだろう。今、現時点で全裸でいやらしくもはしたない恰好を晒している自覚はないらしい。

「さっきカリスト様に触れられて、は、初めてわかって……恥ずかしくて……!」

 だから愛撫を始めたばかりのときに声をおさえようとしていたのか。辻褄があって、カリストはぽかんとする。

「…………つまり、あなたは、メイドにマッサージをしてもらっていただけで、いやらしい声を出しているつもりはなかった、ということか?」
「そうです……」

 蚊の鳴くような声が肯定した。この震え方からして、きっと真実なのだろう。それに、専属メイドが毎夜のことについて明言しなかったのも、ただのマッサージで喘ぎに喘ぎまくっているなんて、イサベルが可哀相で言えなかったに違いない。

 思い返してみれば、カリストが夜のことを尋ねたとき専属メイドはわずかに震えていた。あれは必死に笑いをこらえていたのかもしれない。あとでちょっぴり叱っておかねばならない。もちろん、引き続きイサベルの専属メイドでいてもらわねばならないが。

 口さがのない噂話ばかりをカリストに吹き込んで、イサベルを淫乱な女なのだと思い込ませた者についてはすでに解雇済である。だが解雇だけでは手ぬるいから、後でなんらか追い打ちをしようと思う。そこまで考えたところで、改めてカリストは息を吐く。

(触れたのも僕が初めてだったということか……)

 だがまだ疑問は残る。

「あなたの言うことを信じよう。誤解してすまなかった、イサベル」

 そっと肩に触れると、ぴくん、と震えたイサベルはおずおずと身体を起こして上目遣いで見つめてくる。羞恥で涙の滲んだ顔は、さっきならきっと酷く淫靡に見えたのだろうが、今は純情に見えるのだから酷い話だ。指先で涙をぬぐってやれば、くすぐったそうにするのも可愛い。

「信じてくださるの……?」
「ああ、あなたは嘘をついていないんだろう?」

 ふにゃっと顔を緩めて、イサベルは微笑む。

「ありがとうございます……」
「……だが、すまない。あと少し聞かせてほしい」
「なんでもおっしゃってください」

 すかさず返事をするイサベルに対し、未だに疑いを向けているのが申し訳なくなる。とはいえ、噂が全てうそでも、動かせない事実は残っているのだ。

「父上との関係は、どういうことなんだ? あなたに触れられてないということは、女性として求められてこの屋敷にいたのではないのだろう?」
「わたくしが純潔だと、どうしてそうなるのです?」

 首を傾げたイサベルに対し、カリストはちいさく息を吐いた。

「あなたはとても魅力的だから。一つ屋根の下で、しかも寝室を隣にしておいて手を出さないで我慢するなんて無理じゃないか。なら、異性として見ていないということだろう?」

 それは言外に自分はイサベルをそうしたいと思えるほどに魅力的だと言っているようなものだ。イサベルはさっきとは違う意味で顔をかーっと赤くした。だが、ぷるぷると首を振って、ためらいがちにカリストを見つめる。

「その……カリスト様の、想像は当たっています。これは、旦那様に口止めされていたのですが……カリスト様も、秘密にしてくださいますか?」
「もちろんだ」

 頷いたカリストに語られたのは、意外なことだった。

「旦那様は……ウーゴ様は、わたくしの、お父様なんです」
「……うん?」

 信じられない単語が飛び出して、またもカリストはまぬけに聞き返す。

 彼女が語ってくれたのは次のようなことだった。

 ウーゴ・パドロンはもともと男爵家の三男坊で、公爵家の執事見習いをしていたのだという。その公爵家の令嬢というのが、イサベルの母である。若いウーゴは公爵令嬢と恋に落ち、二人は燃え上がる愛のままに身体を繋ぐまでに至ったのだという。

 だが、その幸せは長く続かず、公爵にバレてすぐに引き離された。そして醜聞を隠すように公爵令嬢は辺境のアルベス家に嫁がされたが、彼女はほどなくして嫁いだ先で娘を産んだ。それがイサベルだったのだ。

 産後の肥立ちが悪く、イサベルの母は彼女が幼いうちに亡くなった。後妻の入ったアルベス家で居場所があるはずもなく、長年虐げられて過ごしてきたイサベルは、王都での社交デビューで結婚相手を探すまで帰ってくるなと言われていたらしい。

 社交デビューの際に質素なドレスだったのは、清楚さのアピールではなく彼女に金をかけたくないアルベス家の嫌がらせだったに違いない。

 夜会の場で、イサベルを見つけたウーゴはすぐに彼女が自分の娘だと気づいたらしい。だからこそ、イサベルを養子にすべく動いていたらしい。自身の屋敷に招いたのは、アルベス家でイサベルが虐げられているとすぐに判明したから、保護するためだったという。

 ついでに寝室を隣にしていたのは、パドロン家に招いてすぐに、不埒な使用人がイサベルの寝室に忍び込もうとしたからである。それ以後、監視を兼ねて寝室を隣にし、ついでに専属メイドを数人つけて寝ずの番をさせるようになったのだという。

 使用人たちがありもしない噂ばかりしていたのは、イサベルが実子であるということを表向きには伏せていたせいだろう。何しろイサベルが実子であることをバラすことは、アルベス家を敵に回しかねない。だからこそ穏便にことを進めるため数か月の時間をかけていた。

 そうしてほとんどの準備が済んでいたところでウーゴは運悪く事故で亡くなってしまったのだ。

「ウーゴ様は……短い間でも、わたくしにとてもよくしてくださいました」
「そうか……僕は本当に何も知らず……すまない」

 改めて謝罪すれば、イサベルは静かに首を振った。

「いいえ。カリスト様のおかげでわたくしは、とても助かりましたもの。ウーゴ様にお会いするまで、無事でいられたのはカリスト様のおかげです」

 彼女の言葉に首を傾げると、イサベルはついでにいくつかのエピソードを話してくれた。

 実家の後ろ盾も乏しく、見目の麗しい令嬢が、いい婚約者を見つけるのは難しかった。実際、不埒な目当てで声をかけてくる男ばかりで難儀したらしい。カリストが最初出会ったときに懸念したような、身体目的の男に声をかけられるようなことは実際に何度も起きたのだという。休憩室に連れ込まれそうになったこともあるようだ。

「ですが……、そのたびにカリスト様が教えてくださったように、周りの方に助けを求めて休憩室に行くのは避けました」
「そうだったのか……」

 おそらく断られるたびに、袖にされた男が腹いせに悪い噂を流していたのだろう。

「その時に助けてくださった方は……その、親切にしてくださいましたが……代わりにお礼・・を求めてくる方ばかりで……」
「なに」
「も、もちろん全てお断りしましたわ! だって、カリスト様がお礼を求めてくる男性はだめだとおっしゃっていたので……」

 にわかに殺気だったカリストに対して、イサベルは慌てて手を振る。

「そうか……。僕は、あなたがそうして守ってきた純潔を、ああもあっさりと散らしてしまったわけか……」

 ありもしない話に踊らされて嫉妬して、途中までの愛撫は酷いものだった。気を取り直したあとだって、優しくできてはいなかったではないか。事情を知った今となっては、後悔しかない。

「初めて会ったときには偉そうに説教しておいて、僕はだめな男だな。本当にすまない……」
「そんなことありませんわ」

 短く断じたイサベルは、ほんのりと微笑んだ。

「だって、お礼なんていらないっておっしゃってくださったのは、カリスト様だけですもの」

 そう照れたように言ってから、イサベルはおずおずとカリストの手を取る。その手が熱い。

「それにあっさりではありませんもの。カリスト様は、初夜までちゃんと待ってくださいましたわ。わたくしの初めてを、カリスト様に捧げられてよかったです」
「イサベル。僕を無理に慰めようとなんてしなくていい」

 穏やかに話すイサベルに、カリストは首を振る。

「というか、あなたは僕を責めてしかるべきだろう。今日にいたるまでにもっと僕はあなたの話を聞くべきだった」
「違うんです。慰めとかではなく……あの……」

 恥ずかしそうにしながらも、イサベルはカリストの手を離さない。それどころか、わずかに握る力を強くした。

「こ、この結婚は、旦那様が……ウーゴ様がお命じになったとカリスト様は思っていらっしゃるかもしれませんが……」
「そうだろう?」

 遺言書に書いてあったのだから間違いない。今思えば、あれは養子の手続きが間に合わなかったから、アルベス家にイサベルを戻さないための苦肉の策だったのだろう。

「ウーゴ様に、養子になったらいい結婚相手を選ぶと言われていたんです。だから……わたくしは、カリスト様がいいと申し上げました」
「は……」

 思いがけない言葉に、ただイサベルを見つめ返す。うるうるとした緑の目が、しっかりとカリストを見据えた。

「初めて会ったときから、ずっと、カリスト様のことをお慕いしておりました」

 初夜である。しかも事後の告白だ。先ほどまで後悔と情けなさでいっぱいだった頭が真っ白になり、カリストは固まる。

「ですから……本当に、わたくしはカリスト様と結婚できてうれしいです。ありがとうございます」

 艶やかに微笑んだイサベルの顔が近づいてきて、唇が重なる。初めて彼女から求められた口づけだ。やんわりと触れて、すぐに離れたが、依然として顔は近いままだ。

「カリスト様……?」

 固まったままだったカリストに、イサベルは今夜何度目かにはっとする。

「は、はしたなかったですわね、申し訳ありません」
「いや、そうじゃない」

 ぱっと離れた手を捕まえて、カリストはイサベルを引き寄せる。

「僕も、あなたのことがずっと頭から離れなかった。……僕の妻になってくれてありがとう。これからずっと、大切にする、イサベル。愛している」
「カリスト様……嬉しいです」

 うっとりと呟く彼女の唇を、今度はカリストから重ねて、二度三度と口づける。

「ん……ぅ……」

 さっきの情事ではされるばかりだったイサベルが、たどたどしいながらも応えてくれる。それが嬉しくてつい、腰を抱き寄せ舌をさしこんで求めそうになったところで、カリストは止まった。

「……すまない。このままだと、またしたくなってしまいそうだな」
「えっ」

 柔らかな身体を素肌のまま抱きしめていると、先ほど落ち着いていたはずの熱情がまたしても欲を訴え始める。今初めて情事を終えたばかりのイサベルにとって、それは負担が大きすぎるだろう。太もものあたりに当たったカリストのものに驚いたのだろう、イサベルが目を瞠る。

 やんわりと身体を離そうとしたところで、カリストはイサベルの言葉で固まった。

「だめなんですか……?」

 当然するものだと思っていた、という口調である。

「…………イサベル?」
「え、あ、あの……だって、だって、カリスト様が愛してるっておっしゃってくださったから嬉しくって……さっき、とっても気持ちよかったから……し、したいのは……だめです、か……?」

 もじもじとした彼女は、上目遣いでカリストを見つめてくる。今想いを確かめ合ったばかりの新妻が、情事を求めている。こんなお誘いを断れる男などいるのだろうか。いやいない。

「あなたは…………そういうことは僕にしか言わないでくれよ……」
「? カリスト様以外に言う機会なんてありませんわ……? あっ」

 きょとんとした彼女の押し倒して、カリストはイサベルに口づける。

「僕にだけは、はしたなくてもいい」

 そう答えて深くを求めて舌を絡ませれば、もうそれ以上の言葉は必要なかった。噂に過ぎなかったものの、もしかしたら妻は噂通り男を惑わす淫乱なのかもしれない、と頭に浮かんだが、カリストはそのままイサベルに溺れる。結局、その夜、カリストとイサベルはずいぶんと長い時間、二人で楽しんだのであった。
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