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元騎士は旧友の甘い執着に堕ちて
17.疑問に眠れない夜
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父たちが帰った後は、午後の執務をするというクリフォードと別れて、ジェイミーは日中を過ごした。そうして夕食を彼と共に和やかに摂り、湯あみを終えて、寝室に戻る。
表面上はなんの問題もなく過ごしていたが、実のところジェイミーは考え事で上の空だった。湯あみのあとも、ベッドに寝転んでただただ思考にふける。
(私が、クリフォードだけは平気……?)
意味がわからなかった。初夜に恋情を告げられ、身体を暴かれて、今もなお口説かれていて、それらの全てをジェイミーは今もなお拒絶しているというのに。
(クリフォードが親友で、気心が知れているから気楽に話せるだけじゃないか?)
そうは思うものの、首元にそっと手を触れたジェイミーは、小さく息を漏らした。あの執務室で抱き寄せられた夜、確かにジェイミーは口づけされまいと抵抗したが、肌を吸われた前後や寝る直前に唇を奪われたときだって、彼女の中にあったのは羞恥や戸惑いだけだった。オリヴァーに抱き寄せられて感じたようなおぞましさは感じなかったのだ。
(でもオリヴァーだって、家族だと思ってたのに)
なのに、オリヴァーが恋情を抱いた目を向け、愛を囁いただけでジェイミーの全身に嫌悪が襲った。共に過ごした年数の長さでは、オリヴァーとクリフォードではむしろオリヴァーのほうが長いだろう。騎士見習いとして過ごしたのは二年ばかりで、剣術指南は五年だ。対してオリヴァーはジェイミーが六歳のころから十七歳のころまで一緒に暮らしていたのだから、実に十一年の年月を共にしている。圧倒的にオリヴァーのほうが付き合いは長いというのに。
(いや、騎士時代は寝床まで隣で寝食を共にした仲だから……)
年月に勝る濃い時間を過ごしてきたはずだ。そう考えかけて、肌の接触に対する嫌悪感が湧かないことに対しての説明がつかないことにすぐに気がつく。見習い騎士の時代、ジェイミーは先輩騎士たちにちょっかいをかけられるのを嫌がって、スキンシップを誰ともしなかったのをクリフォードは知っていた。だからこそ、一番親しいクリフォードだって気安く身体に触れることはなかったのだ。だから、そのころのことはわからない。
確実なのは、ここ数日クリフォードはことあるごとに手を握ったりしているにも関わらず、背中を寒気が走ることはないということだ。もちろん、触れられるたびにすぐ手を叩いたりしているから、それを感じる余裕すらないと言えばそうなのかもしれないが、彼が向けてくる熱の籠った視線に関しては断言できる。
(……どうしてオリヴァーの目線はあんなにいやだったのに、クリフォードは気持ち悪くならないんだ?)
そこは決定的な違いだろう。
(メイドたちに身体を触られたって、気持ち悪くはならないし、かといってクリフォードに触れられるのとは何か違うような気がする。そういえば……)
ジェイミーは昔、ニールにからかわれたことを思い出す。
***
「そんなに男が嫌いなら、ジェイミーは女が好きなのか?」
それは社交デビューしたばかりのころ、夜会に参加しているというのに、壁の花になって積極的に交流しないジェイミーにかけた言葉がそれだ。
(我が兄ながら、短絡的なやつだな)
結婚はもちろん男女で行われるが、男色が珍しくないからという理由でニールはジェイミーが女を好きなのだと見当をつけたらしい。
呆れてものも言えないでいると、ニールはジェイミーの隣に立って、彼女が何を見ていたのかと目を凝らす。ぼんやりと前を見ていただけだが、ちょうどその視線の先には美しく着飾ったレディたちがいた。
「ああいうのが好みか?」
「わたくしが女性が好きって前提で話を進めているでしょう、お兄様」
「違うのか?」
問われて、ジェイミーは言葉に詰まる。
(私は確かに男だが)
「……誰が好きかなんて、わからないわ」
「へえ。じゃあ、男に触られるのはいやなら、女の肌に触れたいと思うのか? ムラムラしたりとかさ」
あまりに下品な話題に、ジェイミーはげんなりする。
「品のないことを言わないで。そんなのわからないわ」
「いやあ、品がないなんて言ってもさ。やっぱり好きになったら、触りたくなるものだろ? 男の腕に抱かれたくないなら、女を抱きたいのかなって」
「お兄様」
半眼で睨んだジェイミーに、ニールは両手を上げて降参する。
「わかったわかった。そういう話はまだ早かったな。まだお前はお子様で、ウィルズ卿と剣を振ってるほうが楽しいんだろう」
「それは……」
剣術は楽しいのだから仕方がない。それがお子様なのだと言われても、騎士だったころとジェイミーの意識は変わっていないのだ。
「どうせわたくしはお子様だわ」
「じゃあ、ジェイミーが恋をしたときが楽しみだな」
「恋……?」
ジェイミーは眉間に皺を寄せて、未知のことに首を傾げる。男のときだって、誰かを好きになったことがないのだ。そもそも騎士として身をたててからそういうことを考えるべきだと思っていたし、生きることに必死だったからそもそも色恋沙汰にかまけている余裕などなかった。
今はそんな心配などいらない貴族令嬢の立場だが、このややこしい身体のせいでますます恋などというものからは遠ざかるばかりだ。
「今はまだ剣のほうが楽しくて、誰を好きになるのかわからないんだろう? お前はどんなやつを好きになるんだろうな? 案外、好きになったら今は興味のないことや気持ち悪いと思えてるものが、輝いて見えるかもしれないぞ」
(一生、誰も好きにならないかもしれないのに)
そのときは言葉を呑み込んで会話を終わらせた。
***
(今思うとずいぶんつっこんだことを聞いてくれていたが……あれはお兄様なりに心配していたんだろうな)
あのときわからなかった恋など、ジェイミーは今でもわからない。
(女性を好きかどうか、か……)
ベッドで寝返りを打って、ジェイミーは現時点で一番近くにいる同性を思い浮かべる。
(イヴォンの肌に触れたいと思うか?)
自問しながらイヴォンのあられもない姿を想像しようとして、すぐにジェイミーはげんなりした。
(彼女に申し訳なくなるだけだな……)
そもそも自分の身体にもついている乳房に、ジェイミーはもう慣れ切ってしまった。騎士時代なら女性の身体に触れるとなったら緊張はしたかもしれないが、時間をかけて膨らんだこの身体に、今はなんの感情もない。ジェイミーは自身の身体が情欲をそそるものだと思ったことは一度もない。それはきっと他の女性の身体についても同じだろう。
ジェイミーが夜会用の胸元が開いたドレスを着ているとき、膨らんだ谷間を覗かせているのに鼻の下を伸ばしている男たちを何人も見てきた。あれは欲情のサインなのだと、さすがのジェイミーもわかる。むしろ下卑たあからさまな目線には敏感になっていた。茶会や夜会でよく会う女性たちも思い浮かべてみたが、可愛い人たちだとは思うものの、谷間の覗いた服を着ていた姿に対していやらしさや服の下を想像したことはない。
(逆に彼女らに触れられたら……?)
考えた途端にぞわりと背中に悪寒が走った。
日々の着替えで、メイドたちに肌を触れられることは構わない。湯あみだって介助を受けることに慣れていてさほどの抵抗はないが、彼女らがもし口づけをし、ジェイミーの乳房を揉んで敏感なところをこねまわしたりしたら。
ふるふると首を振って、ジェイミーはため息を吐く。
(どうしてクリフォードだけが、違う? 別に、あいつに触れられたいわけじゃないが……)
両肩を抱いたところで、ジェイミーは首元の痕を思い出す。
『歳も気にならないほど好きなんだな』
「そんなわけない!」
昼間の兄の言葉に、思わずジェイミーは声に出して否定する。
(クリフォードのことを好きなわけない。クリフォードだけは。あいつだけは、親友だろう……? だから、クリフォードがいくら私を好きだなんて言っても私は受け入れたりなんかしないのに)
まるで自分に言い聞かせるようにして考えて、ジェイミーはまた元の疑問に戻る。
(じゃあ、どうしてクリフォードだけが平気なんだ?)
考えが堂々巡りして、いつまで経っても答えが出ない。そもそも答えを出す必要がない問題かもしれないのに、ジェイミーは気になって仕方がなかった。
(一人で考えていてもわからない。なら……)
むくりと身体を起こしたジェイミーは、ナイトガウンを羽織って、ベッドから立ち上がる。思い立ったときにはまた暗い廊下をヒタヒタと一人歩いて、クリフォードの執務室へと向かっていた。
今夜は先日に比べて月が細く、廊下に差し込む光も薄暗い。だが、それを気にすることなく、ジェイミーはまたも灯りも持たずに歩いていった。そうしてたどり着いた執務室は、以前にも増して暗い。近寄ればかろうじてうすぼんやりと浮かび上がった扉の前に立って、ジェイミーはノックのために手を上げて、一瞬止まる。
『二度と夜中なんかに俺のところに来るんじゃねえ』
思い出した言葉で、ぴくっと拳が揺れたが、ジェイミーはそのままノックした。
(話す、だけだから)
少しだけ待ったが、クリフォードの返事はない。もう一度ノックしようとしたところで、部屋の中から物音がした。
「誰だ?」
ドアのすぐそばからかけられた低い声に、どきりとした。
「私だ、ジェイミー……だ」
皆まで言い終わる前に、執務室のドアが勢いよく開かれる。今夜もまだ彼は寝ていなかったらしく、扉の隙間からランプの光が漏れて、廊下に差し込んだ。この間と同様に、見上げたクリフォードの表情は逆光でよく見えない。
「クリフォー……ぁっ」
くんっと手首を引っ張られ、ジェイミーの身体が執務室に引きずりこまれ、バランスを崩した彼女はそのままなすすべもなかった。廊下に落としていた彼女の影は消えて、その直後にばたんと大きな音をたてて扉は締まる。そうして、廊下は再び真っ暗な闇が訪れたのである。
表面上はなんの問題もなく過ごしていたが、実のところジェイミーは考え事で上の空だった。湯あみのあとも、ベッドに寝転んでただただ思考にふける。
(私が、クリフォードだけは平気……?)
意味がわからなかった。初夜に恋情を告げられ、身体を暴かれて、今もなお口説かれていて、それらの全てをジェイミーは今もなお拒絶しているというのに。
(クリフォードが親友で、気心が知れているから気楽に話せるだけじゃないか?)
そうは思うものの、首元にそっと手を触れたジェイミーは、小さく息を漏らした。あの執務室で抱き寄せられた夜、確かにジェイミーは口づけされまいと抵抗したが、肌を吸われた前後や寝る直前に唇を奪われたときだって、彼女の中にあったのは羞恥や戸惑いだけだった。オリヴァーに抱き寄せられて感じたようなおぞましさは感じなかったのだ。
(でもオリヴァーだって、家族だと思ってたのに)
なのに、オリヴァーが恋情を抱いた目を向け、愛を囁いただけでジェイミーの全身に嫌悪が襲った。共に過ごした年数の長さでは、オリヴァーとクリフォードではむしろオリヴァーのほうが長いだろう。騎士見習いとして過ごしたのは二年ばかりで、剣術指南は五年だ。対してオリヴァーはジェイミーが六歳のころから十七歳のころまで一緒に暮らしていたのだから、実に十一年の年月を共にしている。圧倒的にオリヴァーのほうが付き合いは長いというのに。
(いや、騎士時代は寝床まで隣で寝食を共にした仲だから……)
年月に勝る濃い時間を過ごしてきたはずだ。そう考えかけて、肌の接触に対する嫌悪感が湧かないことに対しての説明がつかないことにすぐに気がつく。見習い騎士の時代、ジェイミーは先輩騎士たちにちょっかいをかけられるのを嫌がって、スキンシップを誰ともしなかったのをクリフォードは知っていた。だからこそ、一番親しいクリフォードだって気安く身体に触れることはなかったのだ。だから、そのころのことはわからない。
確実なのは、ここ数日クリフォードはことあるごとに手を握ったりしているにも関わらず、背中を寒気が走ることはないということだ。もちろん、触れられるたびにすぐ手を叩いたりしているから、それを感じる余裕すらないと言えばそうなのかもしれないが、彼が向けてくる熱の籠った視線に関しては断言できる。
(……どうしてオリヴァーの目線はあんなにいやだったのに、クリフォードは気持ち悪くならないんだ?)
そこは決定的な違いだろう。
(メイドたちに身体を触られたって、気持ち悪くはならないし、かといってクリフォードに触れられるのとは何か違うような気がする。そういえば……)
ジェイミーは昔、ニールにからかわれたことを思い出す。
***
「そんなに男が嫌いなら、ジェイミーは女が好きなのか?」
それは社交デビューしたばかりのころ、夜会に参加しているというのに、壁の花になって積極的に交流しないジェイミーにかけた言葉がそれだ。
(我が兄ながら、短絡的なやつだな)
結婚はもちろん男女で行われるが、男色が珍しくないからという理由でニールはジェイミーが女を好きなのだと見当をつけたらしい。
呆れてものも言えないでいると、ニールはジェイミーの隣に立って、彼女が何を見ていたのかと目を凝らす。ぼんやりと前を見ていただけだが、ちょうどその視線の先には美しく着飾ったレディたちがいた。
「ああいうのが好みか?」
「わたくしが女性が好きって前提で話を進めているでしょう、お兄様」
「違うのか?」
問われて、ジェイミーは言葉に詰まる。
(私は確かに男だが)
「……誰が好きかなんて、わからないわ」
「へえ。じゃあ、男に触られるのはいやなら、女の肌に触れたいと思うのか? ムラムラしたりとかさ」
あまりに下品な話題に、ジェイミーはげんなりする。
「品のないことを言わないで。そんなのわからないわ」
「いやあ、品がないなんて言ってもさ。やっぱり好きになったら、触りたくなるものだろ? 男の腕に抱かれたくないなら、女を抱きたいのかなって」
「お兄様」
半眼で睨んだジェイミーに、ニールは両手を上げて降参する。
「わかったわかった。そういう話はまだ早かったな。まだお前はお子様で、ウィルズ卿と剣を振ってるほうが楽しいんだろう」
「それは……」
剣術は楽しいのだから仕方がない。それがお子様なのだと言われても、騎士だったころとジェイミーの意識は変わっていないのだ。
「どうせわたくしはお子様だわ」
「じゃあ、ジェイミーが恋をしたときが楽しみだな」
「恋……?」
ジェイミーは眉間に皺を寄せて、未知のことに首を傾げる。男のときだって、誰かを好きになったことがないのだ。そもそも騎士として身をたててからそういうことを考えるべきだと思っていたし、生きることに必死だったからそもそも色恋沙汰にかまけている余裕などなかった。
今はそんな心配などいらない貴族令嬢の立場だが、このややこしい身体のせいでますます恋などというものからは遠ざかるばかりだ。
「今はまだ剣のほうが楽しくて、誰を好きになるのかわからないんだろう? お前はどんなやつを好きになるんだろうな? 案外、好きになったら今は興味のないことや気持ち悪いと思えてるものが、輝いて見えるかもしれないぞ」
(一生、誰も好きにならないかもしれないのに)
そのときは言葉を呑み込んで会話を終わらせた。
***
(今思うとずいぶんつっこんだことを聞いてくれていたが……あれはお兄様なりに心配していたんだろうな)
あのときわからなかった恋など、ジェイミーは今でもわからない。
(女性を好きかどうか、か……)
ベッドで寝返りを打って、ジェイミーは現時点で一番近くにいる同性を思い浮かべる。
(イヴォンの肌に触れたいと思うか?)
自問しながらイヴォンのあられもない姿を想像しようとして、すぐにジェイミーはげんなりした。
(彼女に申し訳なくなるだけだな……)
そもそも自分の身体にもついている乳房に、ジェイミーはもう慣れ切ってしまった。騎士時代なら女性の身体に触れるとなったら緊張はしたかもしれないが、時間をかけて膨らんだこの身体に、今はなんの感情もない。ジェイミーは自身の身体が情欲をそそるものだと思ったことは一度もない。それはきっと他の女性の身体についても同じだろう。
ジェイミーが夜会用の胸元が開いたドレスを着ているとき、膨らんだ谷間を覗かせているのに鼻の下を伸ばしている男たちを何人も見てきた。あれは欲情のサインなのだと、さすがのジェイミーもわかる。むしろ下卑たあからさまな目線には敏感になっていた。茶会や夜会でよく会う女性たちも思い浮かべてみたが、可愛い人たちだとは思うものの、谷間の覗いた服を着ていた姿に対していやらしさや服の下を想像したことはない。
(逆に彼女らに触れられたら……?)
考えた途端にぞわりと背中に悪寒が走った。
日々の着替えで、メイドたちに肌を触れられることは構わない。湯あみだって介助を受けることに慣れていてさほどの抵抗はないが、彼女らがもし口づけをし、ジェイミーの乳房を揉んで敏感なところをこねまわしたりしたら。
ふるふると首を振って、ジェイミーはため息を吐く。
(どうしてクリフォードだけが、違う? 別に、あいつに触れられたいわけじゃないが……)
両肩を抱いたところで、ジェイミーは首元の痕を思い出す。
『歳も気にならないほど好きなんだな』
「そんなわけない!」
昼間の兄の言葉に、思わずジェイミーは声に出して否定する。
(クリフォードのことを好きなわけない。クリフォードだけは。あいつだけは、親友だろう……? だから、クリフォードがいくら私を好きだなんて言っても私は受け入れたりなんかしないのに)
まるで自分に言い聞かせるようにして考えて、ジェイミーはまた元の疑問に戻る。
(じゃあ、どうしてクリフォードだけが平気なんだ?)
考えが堂々巡りして、いつまで経っても答えが出ない。そもそも答えを出す必要がない問題かもしれないのに、ジェイミーは気になって仕方がなかった。
(一人で考えていてもわからない。なら……)
むくりと身体を起こしたジェイミーは、ナイトガウンを羽織って、ベッドから立ち上がる。思い立ったときにはまた暗い廊下をヒタヒタと一人歩いて、クリフォードの執務室へと向かっていた。
今夜は先日に比べて月が細く、廊下に差し込む光も薄暗い。だが、それを気にすることなく、ジェイミーはまたも灯りも持たずに歩いていった。そうしてたどり着いた執務室は、以前にも増して暗い。近寄ればかろうじてうすぼんやりと浮かび上がった扉の前に立って、ジェイミーはノックのために手を上げて、一瞬止まる。
『二度と夜中なんかに俺のところに来るんじゃねえ』
思い出した言葉で、ぴくっと拳が揺れたが、ジェイミーはそのままノックした。
(話す、だけだから)
少しだけ待ったが、クリフォードの返事はない。もう一度ノックしようとしたところで、部屋の中から物音がした。
「誰だ?」
ドアのすぐそばからかけられた低い声に、どきりとした。
「私だ、ジェイミー……だ」
皆まで言い終わる前に、執務室のドアが勢いよく開かれる。今夜もまだ彼は寝ていなかったらしく、扉の隙間からランプの光が漏れて、廊下に差し込んだ。この間と同様に、見上げたクリフォードの表情は逆光でよく見えない。
「クリフォー……ぁっ」
くんっと手首を引っ張られ、ジェイミーの身体が執務室に引きずりこまれ、バランスを崩した彼女はそのままなすすべもなかった。廊下に落としていた彼女の影は消えて、その直後にばたんと大きな音をたてて扉は締まる。そうして、廊下は再び真っ暗な闇が訪れたのである。
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