元騎士は旧友の甘い執着に堕ちて

かべうち右近

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元騎士は旧友の甘い執着に堕ちて

18.触れる手に感じさせられて ※

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 執務室の中に、ちゅくちゅくと絡んだ水音が響いている。部屋の扉には、重なった影がもがくように揺れていた。

「ん……んぅ……っ」

 抱きすくめられた状態のジェイミーは腰をしっかりと抱え込まれ、唇を貪られていた。クリフォードの腕に引っ張りこまれてすぐに、彼女はそのまま唇を奪われ、呼吸に喘いだところで舌を差し込まれ、口内を蹂躙されていた。

「くり、ふぉ……ん、ふ……んん」

 彼の肩を叩いているが、クリフォードは一向に口づけをやめない。舌で責めるのをやめたかと思えば、柔らかな唇をはんで吸い、ジェイミーの唇を弄んでからリップ音をたててようやくクリフォードの口が離れた。そのころには彼女は呼吸も荒く、瞳も潤んでいる。

「待て、話を……」

「次は抱くって言ったよな? わかってて来たんだろうが」

「んぅっ」

 再び唇が重なって口を貪り始め、同時に腰を支えていた腕がつつつ、と背中をなぞり始める。その刺激でぞくぞくと走ったのは、悪寒ではない。胎の奥に訴えかけて熱を灯らせる衝動だ。その間も口内を犯され、ゆるゆると力が抜けて崩れ落ちそうになる身体を、股を割ってクリフォードの膝が支える。そのせいでジェイミーの身体はわずかに持ち上げられて、つま先立ちのような形になった。

「ま、て……」

 荒く呼吸をしながら、ジェイミーはとろけた顔を逸らして再度請う。だがそれで口づけは避けられても、差し出す形になった首筋をクリフォードの唇が這うだけだ。リップ音をたてて強く吸われ、新しい鬱血痕を刻み込まれる。

『次に会う時はちゃんと隠しとけよ』

「や……っ! だめだ!」

 脳裏に蘇った声に、ジェイミーはとっさにクリフォードの頭を押し返す。しかしジェイミーの首筋には、すでに鮮やかな印がついていた。前のものが消えていないうちに新しくついた執着の証は、何度でも刻みつけると宣言されているかのようだ。

「観念しろよ」

 低く言ったクリフォードが、ほとんど身体を浮かせた状態になっていたジェイミーの身体を抱え上げ、ベッドへと下ろす。腰紐を結んでいなかったナイトガウンははだけ、薄いナイトウエアは肌が透けていて、ほんのりと色づいているのがよく見える。その彼女の身体にクリフォードはのしかかって、太ももに触れた。

「待ってくれと言ってるだろう!」

 再び首筋を這おうとしていたクリフォードの口を、ジェイミーは両手で遮って留める。彼の手は太ももに添えられたままで、指先をすり、と動かされたジェイミーは声が漏れそうになるのをかろうじて我慢した。

「往生際が悪いな。こんな時間に俺の部屋に来ればこうなるのはわかってただろうが」

「だってこの時間じゃなきゃお前に聞けないから!」

 叫んだジェイミーに、クリフォードは眉間に皺を寄せた。本音で接するようになったのだから、隠していることなどないはずだ。きっと彼はそう思っているのだろう。指先で太ももを撫でるのを止めた彼は、ジェイミーの続きの言葉を待っている。

「……その……知りたいんだ」

「何をだ?」

 ジェイミーを見下ろしながら、クリフォードは静かに尋ねる。彼の少し長い前髪がはらりと垂れ落ちて、その先に覗く琥珀の瞳が欲情の熱を灯してジェイミーを見つめていた。

(まただ……)

 この目線を他の男が投げていたなら、そして今太ももに添えられた手がクリフォードのものでなければ、気持ち悪さにジェイミーは逃げ出したくなっていただろう。

「……クリフォードが気持ち悪くないのは、お前が親友だからなのか?」

 ジェイミーの真剣な問いにしかし、真顔だったクリフォードは目を丸くしてまじまじと彼女を見つめた後に吹き出した。

「なんで笑う!」

「いや……」

 口元をジェイミーに押さえ込まれたまま、クリフォードはくつくつと愉快そうに喉を鳴らしている。

「そうか……俺だけが、気持ち悪くないのか?」

「ああ。だから、理由が知りたくて……」

「へえ……」

 目元を緩ませたクリフォードは、ジェイミーの手を片手で包み込んで、掌に口づける。

「あっ」

「はは、前も同じことしてるのに、こうされるとは思わなかったのか、お前」

 笑いながらなおも掌に口づけをくりかえして、クリフォードはくすぐったさに震えるジェイミーの手首を強く吸った。

「それで、気持ち悪くないっていうのは、何がだ?」

「その……触られる、のと……」

「触られるのと?」

 促されて、ジェイミーは言っていいものか一瞬悩む。だが、クリフォードの瞳に圧されて、結局はすぐに口を開いた。

「お前に、そうやって見られる、のが」

「ん?」

「その……抱こうとしてる、その目が……」

 耐えきれなくなって、ジェイミーは視線を逸らす。

(すごく恥ずかしいことを言ってるような気がするのは気のせいか!?)

 なんだか頬が熱くなってきたように感じて、ジェイミーはますますクリフォードの顔を見られなくなる。そんな彼女を組み敷いたまま、クリフォードはしげしげとジェイミーを見て、また笑う。

「わからないんなら、俺にたくさん触られてみて、考えてみればいいんじゃねえか?」

「触る?」

「そうだ」

 ジェイミーの手を離したクリフォードは、彼女の胸をふに、と柔らかく揉んだ。ナイトウエア越しに触れた彼の手が熱い。

「やっクリフォード!」

「どうだ? 嫌なのか? 今声をあげたのはびっくりしただけか?」

 揉んだのはさっきの一瞬だけで、問いかけてくるクリフォードは手を動かしていない。その視線がなんだか楽しそうで、いつものようにからかわれているのではないかとジェイミーは思ってしまう。しかし、めまぐるしく動く感情の中で、身体に悪寒が走っていないのだけはわかった。

「……いやじゃ、ない。けど……」

「ならもっと触っていいな」

「ちがっあんっ」

 胸の上を指が滑って、指の腹が胸の一番敏感なところを撫でる。皮膚の硬い親指でくりかえしそこを擦られれば、ぷっくりと硬くなってぴりぴりと胸の奥のほうに刺激を走らせる。それをやめてほしくて、ジェイミーはクリフォードの手を押しのけようとしているが、その力は弱々しい。

「やっお、んなみたいに抱かれるのは、いやだ……!」

「知らないのか? 男だって女とするときに、愛撫されたりするんだぞ」

「どういう……ぁ……っ?」

 くに、と乳首が押し込まれて、ジェイミーは小さく声をあげる。反論したいのに、クリフォードの指が胸を虐めるたび、初夜に快楽を教え込まれた身体はわずかな刺激にも反応してしまう。

「男も、女に乳首を弄られたり、舐められたりするもんだ。そう考えればお前が触られるのもおかしなことじゃないだろう? ん?」

 尖りを指でこねながら、クリフォードはずいぶんと濃厚な情事の例を当たり前のように話す。女性が男根を慰めることは珍しくなくとも、男の乳首を舐めたりつねったりして弄るのはあまり一般的ではないというのに。

「それなら……」

「じゃあいいな」

「待て! 今私をまるめこもうとしただろう!」

 言いながらナイトウエアのリボンに手をかけようとしたクリフォードに、頷きかけたジェイミーはすんでのところで、はっとして自身の両肩を抱いてそれを阻止する。

「なんのことだ?」

「どうして情事をする流れになってる。私は、どうしてお前は気持ち悪くないのかという話を、んむっ」

 唇を塞がれて舌で嬲られる。両肩を抱いて脱がされるのを阻止していたジェイミーの腕の隙間からするりと手が侵入して、再び胸を弄り始める。変わらず服越しではあるが、その触れ方は確実にジェイミーの身体を昂らせた。

「んっぅぅ……は、ぁ……、ぅんんっ」

 強制的に酸欠にさせられて、ジェイミーの思考が再び鈍る。唇を離されるころには肩を抱いていた手の力は緩んでいて、彼女の胸の尖りはしっかりと硬くなっている。そこで一旦胸から手を離したクリフォードは、面白そうにジェイミーを観察しながら、彼女の唇に指で触れた。

「どうして気持ち悪くないか知りたいんだろう? だから触って、口づけて、お前がわかるように協力してやってるんだろうが。ほら、どう思ったんだ?」

 からかう視線は楽しそうで、むっとしているのにジェイミーは目を逸らせない。

(私は受け流すのに手一杯なのに、どうしてこいつはこんなに余裕たっぷりなんだ?)

「なんかお前、手慣れてないか……?」

「そりゃ俺が何歳だと思ってる」

 半眼になったジェイミーに、クリフォードはこともなげに言う。それでますますジェイミーの表情は険しくなった。

「……女遊びをいっぱいしてきたんだな」

「嫉妬したか?」

「誰が!」

 吹き出したクリフォードに、反射的にジェイミーは叫ぶ。

「そんな……女みたいなこと、誰が……」

(私はそもそもクリフォードのことを好きなわけでもないのに)

 なんだか声が尻すぼみになって、ジェイミーは口をつぐむ。嫉妬。その言葉が、酷くいやだった。すぐさまに否定したにも関わらず、じわじわとジェイミーの心に染み込んで痛み、唇を噛む。

(でも今のはまるで、女が悋気を起こしたみたいな言い草じゃないか。私は、女なんかじゃないのに……)

 自分でも自分の感情がわからない。なにしろ、今なおベッドで組み敷かれた体勢のまま、クリフォードの欲情の熱を灯した目線がジェイミーを貫いているのに、彼に対する嫌悪は湧いていないのだ。

「そうやってムキになるなんて、まるで愛の告白みたいだな?」

 いつか言われたのと同じセリフを吐かれて、ジェイミーは息を呑む。

(違う。クリフォードのことを、好きなんかじゃない。私は、女じゃないんだから)

 だが、その言葉をジェイミーは口にできなかった。前に言われたときには冗談として流せた言葉が、今は流せない。それは、クリフォードだけが特別な理由に自分で察しがついていながら、ジェイミーが気づかないふりをしているだけだからではないのか。

 こんなふうに組み敷かれ責め立てられて、嫌悪を感じるどころかろくな抵抗もせずに、鼻がかった甘い声をあげて脱力してしまう理由は、クリフォードがジェイミーにとって特別である理由と同じなのではないのか。

「……違う」

(好きなんかであるわけには、いかないんだ)

 本当はわかっているのだ。

 自分で女であることを嫌がる感情に、ジェイミーがクリフォードのことを好きかどうかなんて関係ない。だが、それを切り離して考えられないのは、ジェイミー自身の気持ちの問題だ。

 身体つきが女性らしくなり、月のものが来るようになっても、クリフォードに純潔を散らされてもなお、自分が女であることがいつまで経っても受け入れられない理由は、ただただ、ジェイミーが『女』になんかなりたくないからだ。恋情を向けられることがおぞましくて仕方がないのも、クリフォードの裏切りが許せないのも、理由はたった一つなのに。

(どうして、クリフォードだけを、拒めない……? そんなのまるで)

 浮かんだ言葉を無視して、固く心に決めたセリフをジェイミーは舌に乗せる。

「……愛の告白なんて、するわけがないだろう。私は、男なんだから」

 顔を覆って、溢れそうになった涙を隠す。愛の告白に、男も女もないのだとはわかっていたが、ジェイミーはクリフォードの言葉を否定しないではいられなかった。

 彼女が自分の性別を拒絶しているのは、単純に『女』という性別だけの問題ではない。本当は、もっと根深く、彼女が昔受けた傷が問題なのだ。
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