身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

二話『旦那様になる人』

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 たった一言ではあるけれど、身内はともかく、見ず知らずの男性からかけられたことのない言葉だった。『可愛らしい』はいつも、聡美が貰う言葉だった。
「我が家まで御足労頂いて、申し訳ありません。ご連絡いただき次第、私のほうからお迎えに上がるつもりでいたのですが、ここまで遠かったのではありませんか?車とかは見当たりませんが、一人で?」
「ええ、一人で参りました」
「道中、大変ではありませんでしたか」
「問題ありませんでしたよ。お心遣い、感謝いたします」

 きっと貴子は、縁談を断られないように義孝が桐島邸に来る前に、花を送りつけたのだ。聡美を見て、妹の方がいいと言われることを避けたかったのだ。
「ひとまず、中へどうぞ」
 義孝に促されて、花は玄関に入る。廊下はよく磨き込まれ、水面のように陽射しを反射していた。
 風通しもよく、息苦しさも感じない。それどころか、知らない場所なのに、なぜか居心地がいい。
「とりあえず、奥へ。茶を用意します」
「あ、私が」
「大丈夫、茶くらいは入れられますよ」
 義孝がわらった。

 用意された座布団に座り、緊張が溶けていくのを感じる。少し待っていると、義孝が茶器を盆に乗せて戻る。
 慣れた手つきで茶を淹れて、「どうぞ」と花の前に置く。淹茶は一般家庭で飲むにはまだ高価で、馴染みが浅かった。それをサラリと出してしまえるあたり、義孝の文化的な生活がわかる。

「その・・女性に訊ねるのも失礼かとは想いますが、ご年齢をお聞きしても?」
 迷った末にという感じで、義孝が年齢を訊ねる。
「今年で、十九歳になりました」
「十九っ?」
 花の答えに驚いたのか、義孝の大きな声が上がる。軍人らしい大きな声に、花はビクッと飛び上がる。
「大声をだして申し訳ありません。あの、私の年齢はご存知でしょうか?」
「はい、今年で四十四歳と伺っております」   
「それなら、良かった。・・・実は、仲人に言われるままに頷いて薦められるままに縁談を進めてしまったもので。あなたの様な若い方がいらっしゃるとは、つゆとも思わずでして。驚いてしまいました」
 お恥ずかしいと、義孝は詫びる。
「ああ、なるほど。見合い写真のご用意をしなかったもので、良いのだろうかと私も、疑問に思っていたのです」
「この怪我をしたあとに聞いた縁談でしたので、私が写真を用意する前に話が進んでしまっていたので。こちらが写真を用意していなのに、そちらから写真を頂くのもどうかと思いまして」
「そういう事だったのですね」
 なんと真面目な人なのだろうと、花は感心する。だからこそ、自分も誠実に向き合わねばと思う。
「・・・あの、義孝様」
「様はつけなくても構いません、私は年の功はあれども、偉い人ではありませんから。私も、花さんと呼ばせていただきます」
「では義孝さん」 
「はい、何でしょうか、花さん」
「御写真もなく、私達は今日お会いして、初めてお互いの顔を知りましたが、その・・・今からでも遅くはありません。義孝さんが、もしガッカリされたのであれば」
「ガッカリなどと、とんでもない」
 義孝が真剣な眼差しで花を見つめながら、少し困ったように眉尻を下げる。
「私はむしろ、花さんがガッカリしたのではないかと」
「え」
「あなたはまだ、若いのに相手がこんな二十歳以上のオジサンでは、嫌だったのではありませんか?無理にお越しいただいたのでしたら、それこそ遅くはありません」
 花は面食らう。
 嫌だなんて、思うわけがない。
 花自身は、義孝のことを自分には勿体ないと思っていた。だから、義孝が自分と同じような懸念を抱いていたなど、思ってもみなかったのである。

「い・・・いいえ!」
 花は思わず、大声で言う。
「義孝さんのご年齢等は事前に伺って降りましたし、年の差も覚悟の上で参りました。むしろ、あまりに素敵な方だったので、私のような小娘が御相手で良かったのかなと思っていたくらいで・・・」 
「小娘だなんて、花さんこそ、私には勿体ないですよ」
 義孝が慌てて言った。

 いえ、そんなと花が言えば、いやいやそんなと義孝が答える。
 卓を挟んでそんなやり取りをしていた二人は、どちらからともなく黙り込むと、互いに見合った。

 花は改めて、義孝を見た。
 海軍大佐という肩書きに加え、二十五歳も歳上という事でもっと怖くて、厳しい人だろうと考えていた。しかし、いま目の前にいる男性は、肩書きと年齢相応の威厳や落ち着きはあるけれど、寛容で温厚な紳士に見える。
(この人となら、もしかしたら)

 ・・・夫婦になれるかもしれない。

 花の心が緩んだのを知ってか知らずか、義孝がはにかんだように笑う。
「私の元に来てくださって、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ・・・」
 義孝の言葉に、花が応じようとした時、玄関の扉が開く音がした。
 それから程なくして、一人の老婆が姿を見せた。
「あら、義孝様。お客様ですか?いらっしゃいませ」
 花を見て、老婆はニコッと笑顔になる。

 品が良くて人当たりの良い笑顔を、会釈をしながら花も笑顔になる。すると、義孝が花を紹介してくれる。
「花さん、母の千代です。母さん、こちは桐島 花さん。縁談のお相手の」
「え、あらまぁ!」
 千代は花を見て、目をまるくする。義孝の母親との対面に、花は座礼で深々と頭を下げて挨拶をする。
 千代に対しては先程と同じく自己紹介をしながら、花は内心では再び緊張していた。義孝は快く受け入れてくれたが、その母親が同じだとは限らない。
 継母や義妹に虐げられた記憶が、花の心を怯えさせる。
 そんな花の心を、知ってか知らずか。
「よく来てくださいました。薹が立った息子ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
 千代はそう言うなり、花に向かって深々と頭を下げた。花は驚きに固まった。
 縁談相手にもその母親にも、このような丁寧な歓迎をされるとは、これっぽっちも思っていなかったからだ。
「め、滅相もございません。こちらこそ、不束者ですが、宜しくお願い致します」  
 すぐに我に返った花は、慌てて義孝と千代の二人に改めて挨拶をした。

 こうして花は、二十歳も年の離れた海軍士官・時東義孝と、この時東邸での生活を始めたのだった。

 実家を出るときには想像しなかった、温かな歓迎に戸惑いながら。
 
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