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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十三話『義孝への恋心』
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「あのね、花さん」
「は、はい」
真剣な義母の眼差しに、自然と花の姿勢も良くなる。
「今でこそ、海軍で立派な将校さんだけれど・・・あの子も最初から今のような人間だった訳じゃなんですよ」
内緒話をするように、千代は声を潜めて微笑む。言われて、花はポカンとする。
「そう、なのでしょうか」
「そうですよ。あの子だって若い頃はあって、子供時代も当然あって、親としては困った時だってありましたよ。どんな風に困ったか、具体的に話したら叱られちゃうから、結構やんちゃ坊主だったのだけど」
くすりと笑う千代。それにつられて、花も笑みをこぼす。
「義孝さんがやんちゃ坊主・・ちょっと想像がつきません」
「花さんの前では、カッコつけてもいますから」
「そうなのですか?」
「これも『余計な事を言って』と、義孝に叱られるかもしれないけど、あの子だって、花さんに好かれたいんだと思いますよ」
「私に・・・義孝さんが?」
「ええ、だって、生涯を共にする結婚相手なんですもの」
生涯を共にする結婚相手。千代の口からそう言われた時、花に引っかかっていた魚の小骨のようなものが、するりと抜け落ちた気がした。
けれど、実感がわかなかったのだ。もしかしたら、何かの間違いだった。予定が変わった、と言われるのでは・・・そんな疑念が捨てきれなかったのである。
花は実家で十年も、塵のように扱われてきた。他家に嫁ぐとも同じように扱われるのではという恐れが、たった十日では拭いきれないほど底深く刺さっている。
「母である私が聞くのは卑怯かも知れないけれど、花さんは義孝の事を、好きでいてくれているかしら?」
「勿論です」
千代の問いに、花は肯定の言葉がすんなり出てくる。考えるより先に、答えていた。実際に口にして、実感した。
(私、義孝さんが好きなんだわ。家族というだけでなく、父の代わりというわけではない・・・夫になる、一人の男性として)
花は、これまで恋を知らない。情を向ける相手もいなかったが、何より自分が恋をしても良いと思えなかった。
しかし、花は己の心の変化に気付いた。これが、恋だと知ってしまった。知らなかった頃には、もう戻れない。
「花さん、大丈夫?顔が真っ赤よ」
千代が驚いたように、目を丸くしている。花は慌てて、頬を隠すように両手で包んだ。
「だ、大丈夫です。これは、その」
「照れたのかしら?」
ふふ、と千代が楽しそうに笑う。否定出来ず、花は顔を紅くしたまま、俯くしかなかった。
義孝が好きだと、恋情を抱いている自分に気付いてしまったのだから。
ーーーしかし。気付いたら、気付いたで、その後が大変だった。
「只今、帰りました」
それは、義孝が帰宅した後のこと。
「お、おお、かえりなさい、ませっ!」
盛大に声を上擦らせる花に、玄関に立ったまま義孝が、キョトンとした。
それから彼は、上がり框に立つ花の顔を、じっと見つめる。
「顔が紅い・・・どこか具合が悪いのですか?」
「い、いえ、すこぶる元気です!」
「本当に?」
「はい!か、顔が紅いのは、日焼けしたのかもーーーー」
陽射しはまだ柔らかく、ここ帝都の市街地では、よほどのことでもなければ肌も紅くなったりはしない。
だが、義孝は花の言葉を、真摯に受け止めた。
「なんと、肌が繊細なのですな、何か薬を・・・」
「いえっ!大丈夫なのでっ!これは・・・すぐに治るものですから」」
「そうですか・・・それならよいのですが」
義孝が少し屈んで、心配そうに花の顔を覗き込んでいる。ドキドキして、花は俯いてしまう。
自分の気持ちに気付いてしまったことで、義孝の顔を意識せずには見られない。
だが、義孝はそれ以上は、花を追及しなかった。
「弁当、美味しかったです」
上がり框に腰掛け、靴を脱ぎ揃えながら義孝が言った。
何を言われたのかと考える間が生じた花に、立ち上がった義孝は鞄から出した弁当箱を手渡した。中はすっかり空になっているらしく、軽い。
「良かったら、また作ってもらえませんか」
「は、はい、勿論です。あ・・量は足りましたか?」
「ええ、大満足です」
目尻にシワを寄せて、ニコッと微笑む義孝。それを見て、花は胸がギュッとなる。思わず空の弁当箱を抱きしめる。
「また、作ります。毎日でも」
「ああ、でも花さんの負担にならない程度でお願いします」
「負担だなんて、とんでもないです」
花は首を振る。
実家にいた頃のきつい肉体労働とは比べるべくもなかったし、何より、花自身が義孝の弁当を毎日作りたいと思っていたのだから。
それから毎日、義孝は花の弁当を持参して出勤するようになっていた。
花の時東家での生活は、本人が抱いていた懸念をよそに、穏やかに続いていった。
懸念していた実家からの干渉も、一切なかった。義孝が桐島家の継母と取り交わした契約については、花も訊いている。それが効いているのかも知れない。
鹿江には花から一度、手紙を送っている。継母と義孝が交わした契約の内容からして、実家に連絡を取れば、時東家に迷惑がかかるだろう・・・そう思い、躊躇っていた花の背を押して手紙を送らせてくれたのは、義孝だった。花の気持ちを、義孝は慮ってくれたのだ。
体調を気遣う花の手紙に、鹿江からの返事はなかった。
「は、はい」
真剣な義母の眼差しに、自然と花の姿勢も良くなる。
「今でこそ、海軍で立派な将校さんだけれど・・・あの子も最初から今のような人間だった訳じゃなんですよ」
内緒話をするように、千代は声を潜めて微笑む。言われて、花はポカンとする。
「そう、なのでしょうか」
「そうですよ。あの子だって若い頃はあって、子供時代も当然あって、親としては困った時だってありましたよ。どんな風に困ったか、具体的に話したら叱られちゃうから、結構やんちゃ坊主だったのだけど」
くすりと笑う千代。それにつられて、花も笑みをこぼす。
「義孝さんがやんちゃ坊主・・ちょっと想像がつきません」
「花さんの前では、カッコつけてもいますから」
「そうなのですか?」
「これも『余計な事を言って』と、義孝に叱られるかもしれないけど、あの子だって、花さんに好かれたいんだと思いますよ」
「私に・・・義孝さんが?」
「ええ、だって、生涯を共にする結婚相手なんですもの」
生涯を共にする結婚相手。千代の口からそう言われた時、花に引っかかっていた魚の小骨のようなものが、するりと抜け落ちた気がした。
けれど、実感がわかなかったのだ。もしかしたら、何かの間違いだった。予定が変わった、と言われるのでは・・・そんな疑念が捨てきれなかったのである。
花は実家で十年も、塵のように扱われてきた。他家に嫁ぐとも同じように扱われるのではという恐れが、たった十日では拭いきれないほど底深く刺さっている。
「母である私が聞くのは卑怯かも知れないけれど、花さんは義孝の事を、好きでいてくれているかしら?」
「勿論です」
千代の問いに、花は肯定の言葉がすんなり出てくる。考えるより先に、答えていた。実際に口にして、実感した。
(私、義孝さんが好きなんだわ。家族というだけでなく、父の代わりというわけではない・・・夫になる、一人の男性として)
花は、これまで恋を知らない。情を向ける相手もいなかったが、何より自分が恋をしても良いと思えなかった。
しかし、花は己の心の変化に気付いた。これが、恋だと知ってしまった。知らなかった頃には、もう戻れない。
「花さん、大丈夫?顔が真っ赤よ」
千代が驚いたように、目を丸くしている。花は慌てて、頬を隠すように両手で包んだ。
「だ、大丈夫です。これは、その」
「照れたのかしら?」
ふふ、と千代が楽しそうに笑う。否定出来ず、花は顔を紅くしたまま、俯くしかなかった。
義孝が好きだと、恋情を抱いている自分に気付いてしまったのだから。
ーーーしかし。気付いたら、気付いたで、その後が大変だった。
「只今、帰りました」
それは、義孝が帰宅した後のこと。
「お、おお、かえりなさい、ませっ!」
盛大に声を上擦らせる花に、玄関に立ったまま義孝が、キョトンとした。
それから彼は、上がり框に立つ花の顔を、じっと見つめる。
「顔が紅い・・・どこか具合が悪いのですか?」
「い、いえ、すこぶる元気です!」
「本当に?」
「はい!か、顔が紅いのは、日焼けしたのかもーーーー」
陽射しはまだ柔らかく、ここ帝都の市街地では、よほどのことでもなければ肌も紅くなったりはしない。
だが、義孝は花の言葉を、真摯に受け止めた。
「なんと、肌が繊細なのですな、何か薬を・・・」
「いえっ!大丈夫なのでっ!これは・・・すぐに治るものですから」」
「そうですか・・・それならよいのですが」
義孝が少し屈んで、心配そうに花の顔を覗き込んでいる。ドキドキして、花は俯いてしまう。
自分の気持ちに気付いてしまったことで、義孝の顔を意識せずには見られない。
だが、義孝はそれ以上は、花を追及しなかった。
「弁当、美味しかったです」
上がり框に腰掛け、靴を脱ぎ揃えながら義孝が言った。
何を言われたのかと考える間が生じた花に、立ち上がった義孝は鞄から出した弁当箱を手渡した。中はすっかり空になっているらしく、軽い。
「良かったら、また作ってもらえませんか」
「は、はい、勿論です。あ・・量は足りましたか?」
「ええ、大満足です」
目尻にシワを寄せて、ニコッと微笑む義孝。それを見て、花は胸がギュッとなる。思わず空の弁当箱を抱きしめる。
「また、作ります。毎日でも」
「ああ、でも花さんの負担にならない程度でお願いします」
「負担だなんて、とんでもないです」
花は首を振る。
実家にいた頃のきつい肉体労働とは比べるべくもなかったし、何より、花自身が義孝の弁当を毎日作りたいと思っていたのだから。
それから毎日、義孝は花の弁当を持参して出勤するようになっていた。
花の時東家での生活は、本人が抱いていた懸念をよそに、穏やかに続いていった。
懸念していた実家からの干渉も、一切なかった。義孝が桐島家の継母と取り交わした契約については、花も訊いている。それが効いているのかも知れない。
鹿江には花から一度、手紙を送っている。継母と義孝が交わした契約の内容からして、実家に連絡を取れば、時東家に迷惑がかかるだろう・・・そう思い、躊躇っていた花の背を押して手紙を送らせてくれたのは、義孝だった。花の気持ちを、義孝は慮ってくれたのだ。
体調を気遣う花の手紙に、鹿江からの返事はなかった。
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