ご一緒に【きな粉】はいかがですか

有沢楓花

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ご一緒に【きな粉】はいかがですか

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 肌寒さに目を覚ました朝、姉の死骸は牡丹になっていた。
 母は押し入れから探し出した花瓶に丁重に枝を挿すと、時計が九時五十分を示すなりサンダルの踵を響かせて玄関を出ていった。そうして一時間後にそろそろと戻ってきて、商店街の和菓子屋にいつも飾ってあった繊細な練り切りを、一番いい皿で供えた。

 私は姉の部屋の机と椅子の間に体を縮こまらせて、ついで買いのおはぎをゆっくり食いちぎりながら、眼球を縦横に働かせる。
 牡丹とおはぎとスクロールする手元の端末画面。部屋の白砂みたいな壁紙に鮮やかな赤の八重咲きには、どうやら太陽の名が付いているらしい。
 名は細くて繊細な姉には不似合いなのに、枝の方はらしい姿だ。腰を曲げた格好の枝の端から細い根が伸びていて、硝子みたいな樹脂製花瓶の中で揺蕩う。
 これはまだ生きていると言っていいのか、死んでいるのか。
 全くの花として世話すればいいのか、姉として扱えばいいのだろうか。
 話には聞いていたが、いざ同じ家で暮らす身内がこうなると、どう接して良いのか分からない。

「良かったね、植え付けは秋でいいみたい」

 言うべき言葉が分からずとりあえず次の課題を口にする鼻先に、久々の甘い餡の香り。昔一緒に使ったクレヨンのはいみどり色した葉が、視線の先で揺れた。
 ……植物の枝をどう長持ちさせるか今まで調べてもいなかったのは、姉はきっと樹木に、桜になると漠然と信じていたからだ。戦争や災害のせいで疑っていたはずの公正世界仮説を。



 ――昨今の人は、死ぬとだいたい花になる。
 慎ましやかな和菓子屋に並ぶおはぎが一個二千円もする今日この頃、遺体処理にかかる金額はうなぎ登りだ。膨れ上がった高齢者人口と思想は、葬式の件数と種類を増やし続け、少子化極まったこの国では手が足りない。
 火葬場待ちの保管料、様々な形式の喪服と香典、数百種類に及ぶお経の読み間違え。
 そして再利用不可の墓石と土地――住宅地を侵食する墓地と高騰する地価などが、ニュース番組の典型的な話題だ。

 そんな世に、死ぬと花になる薬が華々しく登場した。最初こそ胡散臭がられていたものの、とあるインフルエンサーが葬式の最中に大輪の薔薇に変化する様子が放映されると、人気に火が付いた。

「体が分解された土壌から花が咲くことと、何も変わりません」「エコですよね」「大切な人をずっと身につけてみませんか?」
 ニュース番組のアナウンサーが、バラエティ番組のタレントが、Vtuberが、それから政府のお偉いさんが、なんだかそんなことを一斉に言い始めたのもその頃だった。

 火葬場と仏壇と霊園の代わりに花畑が街を彩る。税制の優遇でまた加速。高価な花瓶と鉢植えが飛ぶように売れ始め、ハーバリウム作成動画の再生数が伸び、永続的でないと非難が上がった。花畑でサッカーする少年がSNSを騒がせ、たくさんの協会ができて、土地や花の利用に関する法律がいくらか追加された……らしい。というのも、社会の片隅で生活費を稼ぐ社畜にとっては満員電車の車窓と画面の向こう側の出来事でしかなく、私は燃え尽きて灰になるつもりでいた。

 けれど突然、死に様が花の種類に影響するという噂が突風になって我が家に吹き込んだ。
 姉は――突然判明した病で寿命が近いと知った姉は、いつの間にか薬を飲んでいた。
 クラシック音楽が家を満たした。美しく死ぬための美容法やダンスを実践する姉は、毎朝カエルのように跳ね起き、回転しながら着替え、痛めた爪先でワルツを踊りながら、クロワッサンをカフェオレで流し込んだ。

 ――立てば芍薬座れば牡丹。休めば雑草、踊れば桜になるんだって。

 そんなことを言っていた姉は、幸か不幸か病気の小康状態が長く――ついに今朝、疲れ果てて座り込んだのか。私は桜を背景に、別れた恋人と映る姉の写真立てを伏せる。
 華やかな笑顔も細くしなやかな枝もなるほど桜よりよほど彼女らしいけれど、桜より心許ない。美しく育てる自信はなく、まして自分のせいで枯れでもしたらなんて考えたくなかった。枯れた木には仏壇も墓もなく火葬はただの焚き火で、世間の目も死後の花を枯らすことに厳しい。


 とはいえ結論から言えば、そんな懸念は長く続かなかった。

「元人間なんて見分けが付かないし、見分ける人間もいないね」

 ベランダで鉢に座る、意外に丈夫だった牡丹に話しかけると葉が揺れる。結局私は将来の交雑防止と日光を得るための策を採った。

 花畑の再開発中止運動をする人のほうが、世話する人より多かったのだ。死骸か自然物かも分からない草が伸び始め、倒木や割れたコンクリートからタンポポが芽吹いてからはあっという間だ。
 人間の文明と生存圏を奪い、続いて光と水を求める静かな争いが植物同士で繰り広げられ、葛が勝利した。
 見る間に減った人口の半分は例の薬を飲み、また半分が遅れて飲んだ(母もその中にいた)。暗い街を照らす大きな月の光は葛の味方で、葉と咲き乱れた花の二色のそれがDNAの螺旋のように絡まりながら学校をビル群を、全てを覆い尽くした。
 そして私はある夜、月を見物に出て、光のかげに銀に輝く船を見付けた。


 それからの話は大気圏の外だ。私は新しい農園星のうちを探していた宇宙人べつのほしのひとに希少種族として保護された。十数年を経た今ではファストフード店の帽子の下で浮かべたアルカイックスマイルは無形文化財とお給料になった。

「地球産の特製【葛餅】ですね。今、秋の農園星フェアで黒蜜をお付けしてまして」

 就職先になった惑星間規模のファストフードチェーンは、異文化に非常に寛容だった。商品の企画開発にゲスト参加させてもらったときに必死に売り込んだ甲斐あって、葛餅は人気商品になったのである。
 今では、地球産の葛粉は品質が安定していると評判だ。
 私はそれなりの給料で安全な食事を得て、体の一部を機械のパーツに入れ替えながら、庭の温室で牡丹を育てている。やがて姉と、はいみどり色の落書きと棺桶に入り、「正式な地球式葬儀」として記録されるために。

 そしてまた地球人を彼らの中に生かしておくためには、地球ではもはや芋類の澱粉が葛餅の主原料だった事実を、彼らが認識する地球の――そして「彼らの文化」になるまで隠し通す必要がある。
 何故ならどこかの星の誰かもいつかの芽吹きを願い、同じ選択をしたのだろうから。

 私はメニューに載った黄色い粉末を指しながら、黒目がちな彼らに微笑む。

「――ご一緒に【きな粉】はいかがですか?」


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