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第3話 嘘つきな魔女と真実の箱
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真夜中の牢はひどく冷える。
地面から這いよる寒気に藁布団を頭までかぶったまま、エーリヒは自省していた。
馬鹿なことをしてしまった。
祖父に薬を届けられなかった。家名に傷をつけた。隊長に迷惑をかけ、パーティーの警護もできず、そこでは犯罪が行われている……。
ならば明日はカールに謝罪をして騎士としての仕事を全うしようと考えるのに、彼がウルティカに何かしたのなら冷静を保てないだろう自分自身に嫌気が差していた。
「一体どうすれば」
「何を悩むことがあるんだい」
「あの人の幻聴まで聞こえるなんて」
声を拒否するエーリヒだったが、何度か名前を呼び掛けられるに至って布団を跳ね上げて窓に駆け寄った。
「ウルティカさん!?」
「静かにしなよ」
ウルティカはいつもの黒いフード姿で、窓の鉄格子越しに顔をのぞかせていた。
「どうやってここに?」
「魔女は飛ぶものだろう。お祖父さんにも薬を飲ませてきたから安心しな」
「……あ、……ありがとうございます!」
感極まったように格子を掴む騎士に、ウルティカは苦笑を浮かべた。
「別にいいよ。お祖父さんと私が侮辱されて怒ったんだって、同僚の騎士が店に伝えに来てくれてね。いい仲間がいるじゃないか」
ウルティカは箒にまたがったまま、黒々としたマントの内ポケットから小さな布袋を取り出して、鉄格子の隙間から差し入れた。
「明日から通常勤務ってわけにはいかないんだろう? この中にはハーブの花が入ってる。食べられるから安心していい」
「そこまで飢えてないんですが……綺麗な花ですね」
小さな袋の口を指で広げると、薔薇に似た花弁が何枚か入っていた。
「話は最後まで聞きな。……その花はある種の薬物に反応して色が変わる。睡眠薬とか、媚薬とかに含まれる成分にね」
ウルティカの言葉に、エーリヒは鉄格子ごしに腕を伸ばすと、その手を握りしめた。
「ありがとう……ありがとうございます」
「隊長にでも渡しておくといい」
暖かい手を掴んだまま、エーリヒは冷たい石壁に額を付ける。
「本当は……あんな依頼をするのに躊躇がなかった訳ではないんです」
「そりゃそうだろう、普通ならね」
「祖父を助けたい気持ちはありましたが、もし万が一バレるならその時は騎士をいっそやめてしまおうか、この騎士隊にいて汚れる名誉などない――と、ちらとでも思わなかったというなら、それは嘘です」
でも、と続ける。
「でも辞められそうにない」
「いいことじゃないか」
「だけどもし、同じようなことがあったら私はきっと……。あの……この前追い出していた客のカールという男に、何か不愉快なことをされた覚えはありませんか?」
突然出てきた男の存在に、ウルティカは目を丸くした。
「え? 何?」
「彼があなたを侮辱して……あの、あなたの脚を見たと……何か変なことをされませんでしたか」
「いや別に」
ウルティカは真顔で平然と答えた。本当に覚えがなかったからだ。
「あの店には祖母の魔法がかかってる。掴みかかろうもんなら眠らせちまうよ。それでポイ、あとは気のせいでしたねで終わりだ。第一、あれは材料の処理に桶でハーブを踏んでただけだよ」」
「……良かった」
心底安心したように胸をなでおろすエーリヒの姿に、ウルティカは笑いをこらえきれなくなった。音量を押さえて、たっぷり一分は笑い続けた後、目じりの涙を拭きながら言った。
「……ありがとう」
「え?」
「だからありがとうって。心配されたことなんてそんなにないから」
「そうですか、良かった」
「良くはないよ」
かみ合わない会話を続けた後、窓の外から野太い声が響いてきた。
「誰かいるのか!?」
「おっとまずい、じゃあ私は帰るよ。また明日」
ウルティカが手を振ると夜の闇の中に白い粉が舞う。彼女が去った後、壁の向こうでは衛兵のくしゃみが何度も響くのだった。
***
後日エーリヒの助言で伯爵邸へ正式に招かれたウルティカは、バルドゥルの薬を調合する役目を貰った。
彼の家族が見守る中、ウルティカは材料にも手順にも問題がないところを披露しながら、何種類にも及ぶ薬の効果を説明する。作り置きができない分は届けること、簡単なものは調合の手順書もメモしておいた。
「言っておくけど症状を軽減させるだけだよ。
……別れには時間が必要な時もある。私の母親は10歳ごろ馬車にひかれて、すぐに土の下だったから」
「それは……普通の薬も治らなければ同じでは?」
バルドゥルの息子――次期伯爵であるエーリヒの父の問いに、ウルティカはフードの下から答える。
「別れの時間に自覚を持ってもらうための言い回しだよ。いい家族と、善良な人生に魔女の祝福を」
肩掛け鞄に重い革鞄を二つ無理やり持ち上げるウルティカから、慌ててエーリヒは送っていきます、とそれをひとつ取り上げ、長い廊下を肩を並べて歩く。
「祖父が半身を起こせるまでに回復して感謝しています。箱の中身も聞けましたし……勘違いさせたことを謝られました」
「それは良かった」
「でもそもそも魔女は何故あれを作ったんでしょうか」
「……錬金術は知ってるかい?」
「銅や鉄などの卑金属から金を作り出そうとする実験でしょう」
「無理だって証明した実験のことだね」
重い革鞄に体を取られてウルティカがよたよた歩くので、エーリヒはもう一つもひょいと持ち上げた。
彼女は周囲を見回し人気がないことを確認して、胸元のネックレスを握りしめる。
「金には特別な性質が色々あってね。エリクサーとはいかなくても強力な薬の材料になる。だから贋金を作ったのは、同量の金を薬に変えるためだった。当時、多量の金を手に入れる方法はそれしかなかったろう」
「……金を薬に?」
「勿論魔女はそんな大金は持ってない。だからお祖父さんは自分の財産と贋金を両替した。西の人を救うために」
ウルティカはエーリヒを見つめた。金色の髪も青い目も、顔立ちもよく見れば祖父に似ている。少し睫毛は長いか。
「祖母は罪をかぶっても命を救いたいっていう気持ちに応じようって思ったんだろうね。よく言ってたから……若い頃人生で一番馬鹿な男に出会ったんだって。ホラか自慢話だと思ってたんだけど」
「そうですか……」
廊下を過ぎ、分厚い玄関扉を開けて再度歩き始めるウルティカに、慌ててエーリヒは続いた。
「で、結局箱の中には何が入っていたのか聞いてもいいかい?」
「あなたには知る権利があると思いますね……エメラルドのネックレスです」
なるほどあの魔女の瞳と同じ色だ、とウルティカは納得する。彼女の瞳をエーリヒが見ていることに気が付かぬまま。
「箱が開いた時には、祖父の願いを聞いて、ネックレスはあなたが貰ってくださると嬉しいのですが」
「うん、墓にでも埋めとくよ。受け取るか、地獄の池に投げ捨てるかは祖母次第だがね」
あなたらしいですねと言われて、意味が分からないとウルティカは眉をしかめ、エーリヒは微笑を浮かべた。
「祖父もさっさと渡しておけば良かったのにと思いますね。その時には一緒にお墓参りに行ってもいいでしょうか。それに私個人からもお礼をしたいのですが」
「墓参りはいいけど、報酬ならたっぷりもらって――」
「それは対価でしょう。色々あなたの好みを聞かせてもらえませんか。まずは荷物は馬車に置いて、屋台に揚げ菓子でも食べに行きましょうか?」
ウルティカは息を止めて、それから一拍置いて。
「いいよ」
小さく答える。
どちらを選んでもいい質問をされたのなんて、いつぶりだろうと思いながら。
たぶんどちらを選んでも損はないし、彼は別の提案をして自分の側にいてくれるんじゃないかなと、そんな予感もした。
それがウルティカにはとても居心地がよく感じる。
祖母が表の名を失ったとき、母が馬車にひかれたとき、祖母が店を離れたとき。そして祖母を弔ったとき。
それぞれの節目で、自分にしっかりしろと叱咤ばかりしてきた気がする。
生きるため、店を切り盛りするために姿を隠し声も変えて……知らないうちに気を張っていたのかもしれない。
「本当ですか? 良かった」
「うん」
それにこの愚直な青年を前にすると、普段の声を出してもいいと、その方がいいのかもとまで思えてくるのだった。
「……でもね、やっぱりこの格好で騎士様と歩くのは目立つかね」
「そうですか? そんなことないですよ」
エーリヒは本心で言ってくれているのだろうと分かるものの、ウルティカには世間からの魔女、自分のイメージについては良く分かっているつもりだ。
一人ならともかくこのピカピカの美青年と並んで歩くことに若干の気後れを感じないでもない。
今だって仕事だからこそ、真っ黒いローブとマントを纏って伯爵邸の美しい庭を歩けているのだから。
「今日は下町ですから。着替える時間が惜しいのでこのままで」
「……そうかい」
「それで、もしその恰好で表通りを歩く時気後れするようなら、服の一式でも選ぶのに付き合いますし。山に行きたいなら付き合いますし」
「私のことばかりじゃないか。エーリヒは……したいことはないのかい?」
「一緒にしたいことなら山ほど。……でも、ひとつはさっそく叶いましたよ」
ウルティカは何だろうと、エーリヒの顔をよく見ようとフードを取って、目にかかった前髪をよけた。
少しかがんだ姿勢の彼の碧い目が思ったよりも近くにあって、彼女は瞬きを忘れた。
「初めて名前を呼んでくれましたね、ウルティカさん」
――それが薬草魔女ウルティカと、白薔薇の騎士エーリヒの始まりのお話。
地面から這いよる寒気に藁布団を頭までかぶったまま、エーリヒは自省していた。
馬鹿なことをしてしまった。
祖父に薬を届けられなかった。家名に傷をつけた。隊長に迷惑をかけ、パーティーの警護もできず、そこでは犯罪が行われている……。
ならば明日はカールに謝罪をして騎士としての仕事を全うしようと考えるのに、彼がウルティカに何かしたのなら冷静を保てないだろう自分自身に嫌気が差していた。
「一体どうすれば」
「何を悩むことがあるんだい」
「あの人の幻聴まで聞こえるなんて」
声を拒否するエーリヒだったが、何度か名前を呼び掛けられるに至って布団を跳ね上げて窓に駆け寄った。
「ウルティカさん!?」
「静かにしなよ」
ウルティカはいつもの黒いフード姿で、窓の鉄格子越しに顔をのぞかせていた。
「どうやってここに?」
「魔女は飛ぶものだろう。お祖父さんにも薬を飲ませてきたから安心しな」
「……あ、……ありがとうございます!」
感極まったように格子を掴む騎士に、ウルティカは苦笑を浮かべた。
「別にいいよ。お祖父さんと私が侮辱されて怒ったんだって、同僚の騎士が店に伝えに来てくれてね。いい仲間がいるじゃないか」
ウルティカは箒にまたがったまま、黒々としたマントの内ポケットから小さな布袋を取り出して、鉄格子の隙間から差し入れた。
「明日から通常勤務ってわけにはいかないんだろう? この中にはハーブの花が入ってる。食べられるから安心していい」
「そこまで飢えてないんですが……綺麗な花ですね」
小さな袋の口を指で広げると、薔薇に似た花弁が何枚か入っていた。
「話は最後まで聞きな。……その花はある種の薬物に反応して色が変わる。睡眠薬とか、媚薬とかに含まれる成分にね」
ウルティカの言葉に、エーリヒは鉄格子ごしに腕を伸ばすと、その手を握りしめた。
「ありがとう……ありがとうございます」
「隊長にでも渡しておくといい」
暖かい手を掴んだまま、エーリヒは冷たい石壁に額を付ける。
「本当は……あんな依頼をするのに躊躇がなかった訳ではないんです」
「そりゃそうだろう、普通ならね」
「祖父を助けたい気持ちはありましたが、もし万が一バレるならその時は騎士をいっそやめてしまおうか、この騎士隊にいて汚れる名誉などない――と、ちらとでも思わなかったというなら、それは嘘です」
でも、と続ける。
「でも辞められそうにない」
「いいことじゃないか」
「だけどもし、同じようなことがあったら私はきっと……。あの……この前追い出していた客のカールという男に、何か不愉快なことをされた覚えはありませんか?」
突然出てきた男の存在に、ウルティカは目を丸くした。
「え? 何?」
「彼があなたを侮辱して……あの、あなたの脚を見たと……何か変なことをされませんでしたか」
「いや別に」
ウルティカは真顔で平然と答えた。本当に覚えがなかったからだ。
「あの店には祖母の魔法がかかってる。掴みかかろうもんなら眠らせちまうよ。それでポイ、あとは気のせいでしたねで終わりだ。第一、あれは材料の処理に桶でハーブを踏んでただけだよ」」
「……良かった」
心底安心したように胸をなでおろすエーリヒの姿に、ウルティカは笑いをこらえきれなくなった。音量を押さえて、たっぷり一分は笑い続けた後、目じりの涙を拭きながら言った。
「……ありがとう」
「え?」
「だからありがとうって。心配されたことなんてそんなにないから」
「そうですか、良かった」
「良くはないよ」
かみ合わない会話を続けた後、窓の外から野太い声が響いてきた。
「誰かいるのか!?」
「おっとまずい、じゃあ私は帰るよ。また明日」
ウルティカが手を振ると夜の闇の中に白い粉が舞う。彼女が去った後、壁の向こうでは衛兵のくしゃみが何度も響くのだった。
***
後日エーリヒの助言で伯爵邸へ正式に招かれたウルティカは、バルドゥルの薬を調合する役目を貰った。
彼の家族が見守る中、ウルティカは材料にも手順にも問題がないところを披露しながら、何種類にも及ぶ薬の効果を説明する。作り置きができない分は届けること、簡単なものは調合の手順書もメモしておいた。
「言っておくけど症状を軽減させるだけだよ。
……別れには時間が必要な時もある。私の母親は10歳ごろ馬車にひかれて、すぐに土の下だったから」
「それは……普通の薬も治らなければ同じでは?」
バルドゥルの息子――次期伯爵であるエーリヒの父の問いに、ウルティカはフードの下から答える。
「別れの時間に自覚を持ってもらうための言い回しだよ。いい家族と、善良な人生に魔女の祝福を」
肩掛け鞄に重い革鞄を二つ無理やり持ち上げるウルティカから、慌ててエーリヒは送っていきます、とそれをひとつ取り上げ、長い廊下を肩を並べて歩く。
「祖父が半身を起こせるまでに回復して感謝しています。箱の中身も聞けましたし……勘違いさせたことを謝られました」
「それは良かった」
「でもそもそも魔女は何故あれを作ったんでしょうか」
「……錬金術は知ってるかい?」
「銅や鉄などの卑金属から金を作り出そうとする実験でしょう」
「無理だって証明した実験のことだね」
重い革鞄に体を取られてウルティカがよたよた歩くので、エーリヒはもう一つもひょいと持ち上げた。
彼女は周囲を見回し人気がないことを確認して、胸元のネックレスを握りしめる。
「金には特別な性質が色々あってね。エリクサーとはいかなくても強力な薬の材料になる。だから贋金を作ったのは、同量の金を薬に変えるためだった。当時、多量の金を手に入れる方法はそれしかなかったろう」
「……金を薬に?」
「勿論魔女はそんな大金は持ってない。だからお祖父さんは自分の財産と贋金を両替した。西の人を救うために」
ウルティカはエーリヒを見つめた。金色の髪も青い目も、顔立ちもよく見れば祖父に似ている。少し睫毛は長いか。
「祖母は罪をかぶっても命を救いたいっていう気持ちに応じようって思ったんだろうね。よく言ってたから……若い頃人生で一番馬鹿な男に出会ったんだって。ホラか自慢話だと思ってたんだけど」
「そうですか……」
廊下を過ぎ、分厚い玄関扉を開けて再度歩き始めるウルティカに、慌ててエーリヒは続いた。
「で、結局箱の中には何が入っていたのか聞いてもいいかい?」
「あなたには知る権利があると思いますね……エメラルドのネックレスです」
なるほどあの魔女の瞳と同じ色だ、とウルティカは納得する。彼女の瞳をエーリヒが見ていることに気が付かぬまま。
「箱が開いた時には、祖父の願いを聞いて、ネックレスはあなたが貰ってくださると嬉しいのですが」
「うん、墓にでも埋めとくよ。受け取るか、地獄の池に投げ捨てるかは祖母次第だがね」
あなたらしいですねと言われて、意味が分からないとウルティカは眉をしかめ、エーリヒは微笑を浮かべた。
「祖父もさっさと渡しておけば良かったのにと思いますね。その時には一緒にお墓参りに行ってもいいでしょうか。それに私個人からもお礼をしたいのですが」
「墓参りはいいけど、報酬ならたっぷりもらって――」
「それは対価でしょう。色々あなたの好みを聞かせてもらえませんか。まずは荷物は馬車に置いて、屋台に揚げ菓子でも食べに行きましょうか?」
ウルティカは息を止めて、それから一拍置いて。
「いいよ」
小さく答える。
どちらを選んでもいい質問をされたのなんて、いつぶりだろうと思いながら。
たぶんどちらを選んでも損はないし、彼は別の提案をして自分の側にいてくれるんじゃないかなと、そんな予感もした。
それがウルティカにはとても居心地がよく感じる。
祖母が表の名を失ったとき、母が馬車にひかれたとき、祖母が店を離れたとき。そして祖母を弔ったとき。
それぞれの節目で、自分にしっかりしろと叱咤ばかりしてきた気がする。
生きるため、店を切り盛りするために姿を隠し声も変えて……知らないうちに気を張っていたのかもしれない。
「本当ですか? 良かった」
「うん」
それにこの愚直な青年を前にすると、普段の声を出してもいいと、その方がいいのかもとまで思えてくるのだった。
「……でもね、やっぱりこの格好で騎士様と歩くのは目立つかね」
「そうですか? そんなことないですよ」
エーリヒは本心で言ってくれているのだろうと分かるものの、ウルティカには世間からの魔女、自分のイメージについては良く分かっているつもりだ。
一人ならともかくこのピカピカの美青年と並んで歩くことに若干の気後れを感じないでもない。
今だって仕事だからこそ、真っ黒いローブとマントを纏って伯爵邸の美しい庭を歩けているのだから。
「今日は下町ですから。着替える時間が惜しいのでこのままで」
「……そうかい」
「それで、もしその恰好で表通りを歩く時気後れするようなら、服の一式でも選ぶのに付き合いますし。山に行きたいなら付き合いますし」
「私のことばかりじゃないか。エーリヒは……したいことはないのかい?」
「一緒にしたいことなら山ほど。……でも、ひとつはさっそく叶いましたよ」
ウルティカは何だろうと、エーリヒの顔をよく見ようとフードを取って、目にかかった前髪をよけた。
少しかがんだ姿勢の彼の碧い目が思ったよりも近くにあって、彼女は瞬きを忘れた。
「初めて名前を呼んでくれましたね、ウルティカさん」
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