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第二章 もつれ
2.1 闇に沈む
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「アカシ!エミを引き離せ!」
返事をしたのは甲高い声だった。
「司令官、申し訳ありません!」
レンは、ユキが今では使用済みのティッシュで散らかっている制御システムを必死に操作する様子を見つめた。その瞳は3Dホロディスプレイを跳ね回る光の閃きに合わせて、左右に素早く動いている。
「シグネチャーが捉えられません!」
緊張によりかすれた声でユキが言った。
「ドクター・アカシ!どうすれば!?」
アカシはユキの横でじっと動かずに立ちつくし、目を閉じたまま何も言わずに親指を噛んでいる。
──よりによってなんでこんな時に。
レンは胃の奥で燃える炎が喉を駆け上がり、口から噴き出すのを感じた。
「アカシ!!」
ビー、ビー、ビー
「脳の活動が停止しつつあります!」
画面に脳のスキャン画像が映し出された。脳の異なる部分が次々と点滅し始め、やがて急速に機能停止した。
「ニューラルフラッシュと電解質ショックを施します。それで構わなければ!」
「ニューラルフラッシュ実行中」と書かれた太字の赤い文字が、脳スキャン画像上に表示された。
太い注射器がエミの後頭部に挿入された。衝撃で頭が前方に傾き、顔に密着した薄絹がぴんと張り詰めて、皮膚が粘土のように押しつぶされる。
効果は瞬時に現れた。合成血液がエミの脳を巡ると、脳の機能停止がおさまり、数箇所が再び光り始めた。
ユキが安心した様子で画面を眺める。
突如コンソールから奇妙な音が鳴り響いた。振り返ったユキの顔が恐怖に歪む。
3Dホロディスプレイ上で、エミのシグネチャーが急に薄れ、やがて完全に消えてしまったのだ。
空っぽの画面を眺め、ユキが唖然として瞬きをする。
「き……消えました。ドクター・アカシ。エミのシグネチャーが……き——」
「消えた?くそ、アカシ!」
アカシが瞼を閉じたまま答える。
「まだどこかにいる。探し続けるんだ」
アカシは眉をしかめた。歯がさらに深く肌に沈み込む。
焦ったレンがユキの方を向くと、ユキは困惑しやるせない表情でレンを見返した。
レンは拳を握りしめた。爪が肌に食い込んでいる。
こうなる可能性があることは知っていたし、それが自分の責任であることも理解していた。それでも、レンはアカシを責める気持ちを抑えきれなかった。アカシが単なる受け身の忠告だけでなく、具体的なリスク計算のようなものをしていたら、こんな状況には陥らなかったはず。
ただ、エミを追い詰めたのは、「同化」ではなかった。
「予期せぬ異変」だ。 そこにいるはずのない少年。頭に直撃した破壊的な一撃。あんな攻撃、 誰であっても助からない。 たとえアイオンでも。
──だが、もしも……|
【ガイ!吹き飛んだ頭を漁れ。インプラントが破壊されたことを確認したい】
【……はい、チーフ】
レンの爪の下に、小さな血の粒が浮かび始めた。
──いや。
エージェントを失ったことは今まで一度もなかったし、今回失うつもりもなかった。それに、エミが撃たれても、インプラントが焼け焦げて床に転がっていたとしても、またはその魂がすでに天国へ向かう途中であったとしても、まだ希望はあった。
彼女自身の意思さえあれば、エミは生き延びる。または——
「ボルツマン波を検知しました!」
レンは思わず息を呑み、3Dホロディスプレイをじっと見つめるユキへと素早く視線を移した。
「ドクター・アカシ!これを見てください!」
アカシは目をゆっくりと開き、ぼんやりとした様子で瞬きをした。
「なんだ、このシグネチャーは?」
アカシは、親指を口の中にくわえたまま、ユキの後ろで身を乗り出した。
幾筋かの煙のようなうねりが螺旋状に変化した。それらの筋は、黒い雲のような、大きくて異質なシグネチャーと絡み合っているように見えた。
「これがエミだ」
内側では、暗い星雲のように光の点がゆっくりと点滅している。
「ただ、シグネチャーが……もつれている」
レンが口を挟んだ。
「もつれている?これは同化だ」
「いや、正確には違う。むしろ、何らかの未知の存在と混ざり合っているようだ」
「だが、エミのシグネチャーは見つかった」
「一部だけ」
「それなら、エミはどこにいる?もうひとつの存在を特定する方法は?」
アカシは苦笑いした。
「見当もつかない」
レンは頭がクラクラした。
【あの、チーフ?】
「なんだ!?」
⋆ ⋆ ⋆
バンカー内では、ガイと長澤が床に倒れ血を流しているケシを見下ろしていた。
ケシは腹部を握りしめながら、苦痛と怒りが入り混じった表情でふたりを見上げ、言葉を発しようと苦闘している。
歯を食いしばり、ついに言葉が絞り出された。
「それで……どのバカが私を撃ったの?」
返事をしたのは甲高い声だった。
「司令官、申し訳ありません!」
レンは、ユキが今では使用済みのティッシュで散らかっている制御システムを必死に操作する様子を見つめた。その瞳は3Dホロディスプレイを跳ね回る光の閃きに合わせて、左右に素早く動いている。
「シグネチャーが捉えられません!」
緊張によりかすれた声でユキが言った。
「ドクター・アカシ!どうすれば!?」
アカシはユキの横でじっと動かずに立ちつくし、目を閉じたまま何も言わずに親指を噛んでいる。
──よりによってなんでこんな時に。
レンは胃の奥で燃える炎が喉を駆け上がり、口から噴き出すのを感じた。
「アカシ!!」
ビー、ビー、ビー
「脳の活動が停止しつつあります!」
画面に脳のスキャン画像が映し出された。脳の異なる部分が次々と点滅し始め、やがて急速に機能停止した。
「ニューラルフラッシュと電解質ショックを施します。それで構わなければ!」
「ニューラルフラッシュ実行中」と書かれた太字の赤い文字が、脳スキャン画像上に表示された。
太い注射器がエミの後頭部に挿入された。衝撃で頭が前方に傾き、顔に密着した薄絹がぴんと張り詰めて、皮膚が粘土のように押しつぶされる。
効果は瞬時に現れた。合成血液がエミの脳を巡ると、脳の機能停止がおさまり、数箇所が再び光り始めた。
ユキが安心した様子で画面を眺める。
突如コンソールから奇妙な音が鳴り響いた。振り返ったユキの顔が恐怖に歪む。
3Dホロディスプレイ上で、エミのシグネチャーが急に薄れ、やがて完全に消えてしまったのだ。
空っぽの画面を眺め、ユキが唖然として瞬きをする。
「き……消えました。ドクター・アカシ。エミのシグネチャーが……き——」
「消えた?くそ、アカシ!」
アカシが瞼を閉じたまま答える。
「まだどこかにいる。探し続けるんだ」
アカシは眉をしかめた。歯がさらに深く肌に沈み込む。
焦ったレンがユキの方を向くと、ユキは困惑しやるせない表情でレンを見返した。
レンは拳を握りしめた。爪が肌に食い込んでいる。
こうなる可能性があることは知っていたし、それが自分の責任であることも理解していた。それでも、レンはアカシを責める気持ちを抑えきれなかった。アカシが単なる受け身の忠告だけでなく、具体的なリスク計算のようなものをしていたら、こんな状況には陥らなかったはず。
ただ、エミを追い詰めたのは、「同化」ではなかった。
「予期せぬ異変」だ。 そこにいるはずのない少年。頭に直撃した破壊的な一撃。あんな攻撃、 誰であっても助からない。 たとえアイオンでも。
──だが、もしも……|
【ガイ!吹き飛んだ頭を漁れ。インプラントが破壊されたことを確認したい】
【……はい、チーフ】
レンの爪の下に、小さな血の粒が浮かび始めた。
──いや。
エージェントを失ったことは今まで一度もなかったし、今回失うつもりもなかった。それに、エミが撃たれても、インプラントが焼け焦げて床に転がっていたとしても、またはその魂がすでに天国へ向かう途中であったとしても、まだ希望はあった。
彼女自身の意思さえあれば、エミは生き延びる。または——
「ボルツマン波を検知しました!」
レンは思わず息を呑み、3Dホロディスプレイをじっと見つめるユキへと素早く視線を移した。
「ドクター・アカシ!これを見てください!」
アカシは目をゆっくりと開き、ぼんやりとした様子で瞬きをした。
「なんだ、このシグネチャーは?」
アカシは、親指を口の中にくわえたまま、ユキの後ろで身を乗り出した。
幾筋かの煙のようなうねりが螺旋状に変化した。それらの筋は、黒い雲のような、大きくて異質なシグネチャーと絡み合っているように見えた。
「これがエミだ」
内側では、暗い星雲のように光の点がゆっくりと点滅している。
「ただ、シグネチャーが……もつれている」
レンが口を挟んだ。
「もつれている?これは同化だ」
「いや、正確には違う。むしろ、何らかの未知の存在と混ざり合っているようだ」
「だが、エミのシグネチャーは見つかった」
「一部だけ」
「それなら、エミはどこにいる?もうひとつの存在を特定する方法は?」
アカシは苦笑いした。
「見当もつかない」
レンは頭がクラクラした。
【あの、チーフ?】
「なんだ!?」
⋆ ⋆ ⋆
バンカー内では、ガイと長澤が床に倒れ血を流しているケシを見下ろしていた。
ケシは腹部を握りしめながら、苦痛と怒りが入り混じった表情でふたりを見上げ、言葉を発しようと苦闘している。
歯を食いしばり、ついに言葉が絞り出された。
「それで……どのバカが私を撃ったの?」
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