新生死ロンリーゴッド『LONELY GOD IN THE VOID』

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第二章 もつれ

2.6 非人道性

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 ケシは円形の部屋の中央に置かれた車椅子に座っていた。丸みを帯びた巨大なディスプレイ上では、静寂の中でテロ攻撃が展開されている。頭を動かすと、視線の動きに合わせてスクリーンも動いた。

 壁は漆黒で、滑らかで、継ぎ目がない。ケシは角張ったパネルとボルトでつくられたバンカーを思い出した。この場所は人間が作ったとは思えなかった。直角がどこにもない。まるで地底で激しい熱によって形成された空洞のように、全てがそれぞれの場所に溶け込んだようだった。
 通路さえも、巨大な地下生物が掘ったトンネルのような印象を与えていた。

 車椅子の下では、円形の均一な白い光が広がっていた。天井に照明器具はなく、床と浮遊するスクリーンだけが輝きを放っている。それでも空間全体はしっかりと明るかった。

 その空間にいると、なぜかケシは目眩がした。そしてそれは四方を取り巻く暴力的な光景によりさらに悪化した。どこに注意を向けても、視界の隅には死体が積み重なっていた。恐怖が、あらゆる方角に広がっている。

 そして、それらから目をそらすことはできなかった。


 ⋆ ⋆ ⋆


 レンはケシの横に立ち、アツが説明しながら見せる映像をじっと見つめていた。

「狙撃犯たちの身元は?」

「すべて一般市民。初犯者。システムによる要注意人物の認定なし」

 彼らの顔が画面に映し出される。レンはエミに3度目の通信を試みた。

【エミ、状況は?】

 アカシが切迫した口調で口を挟む。

【司令官。まだ早すぎる】

 レンは振り返り、自席から離れた場所から厳しい表情でレンを見つめるアカシを見た。

【クールダウン期間があと3日間。それに、お互いに合意したはずだ。これ以上——】

【3日なんて待てない】

 ID移植後は5日間のクールダウン期間を設けること。それが、アカシが厳格に守らせていた数少ないルールの一つだった。

 通常であれば、それでも問題はなかった。彼らは攻撃部隊だからだ。

 監視、計画、シミュレーション。そして攻撃は、迅速かつ強力に、素早く突入し、素早く撤退する。

 民間人への攻撃の場合、それらの要素が全て欠けていた。特に決定的なのは「時間」だ。この状況では防御の力が試される。それがレンを何よりも苛立たせた。

 混沌。予測不可能。

 ──乱雑。

 アツは瞳をキョロキョロと動かし、データをスキャンした。

「彼らの共通点はひとつだけ」

 アツはまっすぐ前を見つめて瞬きをした。

「全員、ネイティブであること」

 レンが目を見開いた。

「なんだって?」

 レンは素早く振り返った。

「全員か?」

「はい」

 ──冗談じゃない。

 2度目の致命的な一撃。レンはエミを送り込み、敵のEMP銃を使って反撃しようと考えていた。だが、彼らの兵器やレンの戦略は、あっけなく無意味なものへと変わってしまった。

 アカシが口を挟んだ。その声には安堵がにじんでいる。

「それなら、公安の仕事だ。いい加減彼らにも仕事をさせたほうがいい」

 レンは歯を食いしばった。個人的に二度も失敗を重ねた後で、簡単に引き下がって諦めるつもりはなかった。

 ──少しの工夫が必要なだけだ。

「まあいい。群衆の中から調達する」

 あの駅なら誰かしら有能な人間がいるはずだ。

 アツはレンを横目でちらりと見た。

「何とも……斬新ですね。スキャンします」

【民間人を標的にするというのか?】

 レンはアカシの視線が首筋に注がれているのを感じたが、無視した。

【マモル。エミの状況は】

【いません】

 そのたった一言で、レンの思考は消え去った。

【……いない?】

【立ち去りました。ご存知かと。司令官はいつも私の所在をご存知のようですし】

【引き留めなかったのか!?】

【現在、午後12時4分。外出禁止令は解除されました。あなたの命令ですよ】

 アカシが口を挟んだ。

【司令官。今エミを送り込めば、テロス事件の二の舞になる】

【もうなっている】

 レンの視界にウィンドウが浮かび上がった。|



  捜索中……[エミ]



 近くの通りを空撮した映像が表示された。「EMI TORIUMI (0.301 km)」とタグ付けされた光る点が、同じような点の群れの間を縫うように移動している。

 ──近くにいる。

「司令官」

 レンは再びアツのディスプレイへと振り返った。

「オルター候補1」

 丸刈りの屈強な男のID情報が、駅の防犯カメラ映像に重なった形で表示された。防御姿勢で柱の陰にしゃがみ込み、ビール腹が荒い息に合わせて上下している。足元にはテロス社の看板キャラクター、クラゲのアレシアが描かれた大きくてキラキラした買い物袋が四つ置かれていた。

「元軍人。米国特殊部隊。家族と休暇中」

「却下。『奴ら』を巻き込むつもりはない」

【エミ。状況は】

 完全な静寂。

【司令官、残念だがこのやり方は——】

 レンはアカシに食ってかかった。

【もっと厳しくしつけるべきだと言ったはずだ】

【エミは子犬じゃない。何を言っても、結局は自分のやりたいようにする】

【それこそ子犬じゃないか!エミを連れてこい。今すぐに。アカシの言うことは聞くはずだから】

「候補2」

 軍人のIDが消え、若い女性のものへと変わった。監視カメラには、駅の外でアレシアの着ぐるみを着た人物が、見向きもしない通行人にチラシを配っている様子が映し出された。

「特殊なスキルは無いものの……」

 別の時間と場所で撮影された防犯カメラからの映像が、複数の静止画として画面に映し出された。どの写真にもその女性と拳銃のグリップの一部が写っている。

「テーザー銃を隠し持っています」

 システムがグリップを識別し、3Dモデルが生成されて画面上で回転した。

「ハインツィグ製軍用規格マルチカートリッジTR-7」

 アツはレンの方へ顔を向けた。

「優れた製品です」

「なぜ民間人が——まあいい。他に候補は?」

【言ったはずだ。エミを我々と共に閉じ込めておくことは、心理的な均衡の喪失につながる。頭がおかしくなるぞ】

 IDが再び変わり、今度は明るい表情の駅員が表示された。

「候補3。駅の警備員。今もなお高校時代の長距離の記録を保持している」

 アツが振り返った。

「ランナーは今必要ない」

 レンは苛立ってため息をついた。

「世界一混雑する駅なのに、これしか選択肢が無いのか?」

「今日は運が悪かったようです」


 ⋆ ⋆ ⋆


 エミはポケットに両手を突っ込んだ状態で視線を地面に落とし、途中で何人かにぶつかりながら、混んでいる通りを突き進んだ。

 ──恩知らず。

 すっかり赤くなった鼻をすすった。

 あいつだって、きっと失望させるだけだ。プロフィールを少し見ただけで知ったつもりになって。何も知らな——

 エミの顔が、灰色のスーツを着た人物の背中にぶつかった。

「おい!気をつけろ!」

 瞬きして周りを見回すと、代々木八幡駅の外が群衆で溢れかえっていた。つま先立ちでぶつかった男の肩越しに覗くと、三人の駅員が白い手袋をつけた手を振りながら叫んでいる。

「列車は現在運休しています。改札も全て閉鎖中です」

【エミ。応答せよ。聞こえているのは分かってる。襲撃事件が発生した】

 エミは群衆に取り囲まれた。

「何が起きているんだろう?」

「電車が止まっているんだ!」

「避難したほうがいいのかな?」

「サイレンは鳴っていないよ」


 ⋆ ⋆ ⋆ 


 アツはコーヒー用クリームをかき混ぜた。

「駅の警備員たちは昨年の6月以降、銃を携帯しています」

 レンはこめかみに中指を押し当てた。

「ふざけてる。敵よりむしろ一般市民を撃つ可能性の方が高い。ノイズが大きすぎると、エミへの負担も大きくなる」

【エミ。直接指令に背くつもり?今すぐ戻りなさい。じゃないと、それなりの責任を問われることになる】

【君は聞きたくないだろうけど……エミは来ないよ】

 この人は、なぜこんなに気楽なのだろう?

 レンは拳に爪を食い込ませた。視界の隅では、ケシが固まったまま、前を見つめている。彼の存在を忘れかけていた。「奇跡の少年」を。

 アツが椅子を回転させた。

「司令官?」

「では、候補2で進める。テーザー銃の使い方を知ってることを祈ろう」

 レンはケシを見て目を細めた。

 もう、他に選択肢はなかった。

 ──彼にも、選択肢は無い。

 アカシはレンの心を読んだようだった。

【なるほど……信じて飛び込んでみるか?】

【エミの訓練も似たようなものだった】

【まずはチームに加わることが先だろ】

【それは私がどうにかする】


 ⋆ ⋆ ⋆ 


 ケシはディスプレイから目が離せなかった。今や6人のテロリストが、バンカーで見たのと同じ武器を撃ちまくり、無差別に閃光を連射していた。どうやら群集事故が発生したらしい。逃げ場はなかった。

 とても現実とは思えない…… 

 ひとつの画面では、小さな女の子が地面にぐったりと倒れた父親を前にして泣いていた。襟元をゆらし、水筒に入っている水を顔にかけ続けている。

 ……もしかして現実ではないのではないか。

 ただの映像を見せられている。

 根拠となるものが他に全くない、新たな現実。もしそれが狙いだったら?この襲撃自体が仕組まれたものなのかもしれない。精巧な舞台劇、この部屋はそのセット。ケシに彼らの主張を認めさせるための。

 アイコアを手にした今、自分の感覚を信じることはもはやできなかった。

 ガラス張りの部屋にいた少女がケシの脳裏をよぎった。彼女の顔。説明はできなかったが、自分に語りかけているような気がした。瞳の中に、ケシに訴えかける何かがあった。



 ──「彼らは敵だ」と。



「ケシくん。集中して」

 名前を呼ばれ、再び部屋に意識が戻った。振り返ると、レンが瞬きもせずに自分を見つめている。

「中に入ったら全て説明します」

「え?何かしなきゃいけないんですか?」

「ええ。連れてきたのはそのためです。ケシくん、本来なら別の形で行えればと思ったのですが、テロリストが新宿駅を襲撃しました。君が今見ているのは、そのファーストレスポンダーたちです」

 ケシは、部屋の中で緊迫した眼差しでこちらを見つめ返す顔を見渡した。

「DEEPプロジェクト・アイオン。史上最精鋭の対テロ部隊です」

 ケシの目線がレンに戻った。

「どんな方法を用いているのか、知りたがっていましたね。実にシンプルです。我々のアイオンエージェントは標的のハッキングは行いません。彼ら自身になるのです」

 ケシは背後で低いうなり声のような音がした。驚いて振り返ると、まるで異世界から来たような巨大な装置が佇んでいる。

「この装置、アルコンを使って」

 鮮やかな赤に塗られたその装置は、この部屋に唯一の彩をもたらしていた。ケシはなぜ今まで気づかなかったのか分からなかった。他のものと同じく、滑らかで、曲線を描き、不思議な形をしていた。

 その光沢ある胴体には、「ARCHON II」という銀色の文字が刻まれている。

 その横には、太い油性ペンで「.18」と走り書きされたダクトテープの切れ端が添えられていた。

 ただ眺めるだけでは手がかりは何も得られなかった。上部には実験機のコックピットを連想させるコンソールが付いている。あれで操縦するのだろうか?

 ケシが立ちつくし、その光景を理解しようとしていると、肉体を思わせるぐにゃっとした素材でできた装置の前面部分が引っ込み、口のような開口部から地面から浮いた状態の傾斜したベッドが舌のごとく飛び出した。

 その動きに、ケシは何か本能的な恐怖を覚えた。

 そして、内側のヘッドレストに血のようなものが飛び散っていることに気がついた。

 ケシは恐怖で目を見開いた。

 ユキが顔をしかめる。

「やば、拭き残しがあったみたいです……」

「ケシくん、我々にはあまり時間がありません。ここに君を連れて来たのは、ただ単に君の命を救うためだけじゃない。君にチームに加わってもらうためです」

 ケシはレンの方へ振り返った。

「え?」

「アイオンとして」

 その言葉が空気に漂った。

「歓迎会でも開く時間があれば良いのですが、今まさに人の命が失われています。行動を起こさなければ、さらに多くを失うでしょう。そのためには、君の力が必要です」

「僕の力?でも、アイオンならすでに別の人がいますよね。さっきのあの——」

「彼女はまだ回復中ですので、無理です。」

「それならあなたたちの誰かがやればいいのでは?銃を持ったあの男たちは?」

 レンは苛立ってため息をついた。

「それは出来ません。ID移植に耐えられる人は限られているからです。特別な人間にしか出来ません。我々のシステムにより、君はその数少ない適任者として認定されました。我々のフィールドチームが現場に向かっていますが、貴重な時間はどんどん失われています。だからこそ——」

「いやです」

 レンが凍りついた。

「いや?」

「何なんですか、これ?解放してくれると言ったじゃ——」

「協力すれば刑務所行きにはならない、と言ったんです。そして今、その協力を求めている」

「こんなの正気の沙汰じゃない!」

 部屋が静まり返った。

「僕は最初にあなた達のエージェントを助けた。その後、僕は撃たれ、誘拐された。あなたたちこそが悪者でないという保証はどこにあるんですか?」

 アカシは、まるでその主張を認めるかのように顔をしかめた。

 憤慨したレンが言い返す。

「誘拐はしていません。我々は——」

「なら解放してください」

「それは……」

「あなた達に気をつけるよう言われました。路上で人をさらって実験材料にし、奴隷にする、と」

 レンの眉がピクッと動いた。我慢の限界が近づいている。

「あの女の子だってガラスの檻に閉じ込めて——」

 視線を外すことなく、レンは合図を送った。

「アツ」

 カーブを描いた壁に大きな叫び声が反響して部屋を満たした。ケシは思わず身をすくめた。

「聞こえるか?」

 メインのホロディスプレイに沿って小さな画面が次々と現れ、攻撃現場内部からの主観映像が映し出された。

「我々が何者か、何をしているのか、知りたいか?」

 レンが画面を指差した。

「彼らを守っている。一人一人の命を。わかるか?それぞれが誰かにとって大切な存在だ。我々が失敗すれば——」

「そんなこと、知るか!」

 レンは不意を突かれ、話を止めた。

 ケシは足元に視線を落とした。

 現実。偽物。そんなことどうだっていい……。

 ──何もかも、もうどうでもいい。

 影がケシを飲み込んだ。長い間、戦ってきた影が。

 怒り、悲しみ、嘆きとともに。

 そのあとは、希望。しばらくの間はそれで十分だった。空想、リスト、貯金、切符。

 捜索。果てしない捜索。寒さ。飢え。

 アパート。隣人。

 友達。

 そして……血。

 そしてそれが尽きた時に残ったのは、純粋な本能。生存。逃げもあったかもしれない。

 でもそれも全て消耗した。もう何も残っていなかった。

 ケシは頭上にそびえる壁を見上げた。途方もない速さで向かって突進し、行く手を阻むあらゆるものを飲み込んでいく壁を。

 なぜ彼らは気が付かないのだろうか?

 クラスメイト。町の人たち。今、自分と一緒に部屋にいる人全員。

 誰もが、気づかないふりをしているのだろうか? 自分自身に嘘をついて?

 急流の中に、幾つかのイメージがちらついた。

 小さなギブス。父親の車。

 母親がクローゼットの中にしまっていた写真。

「いつだって人は死ぬし……」

 そして、母の顔。どんどん萎んでいき、老人ホームの誰よりも年老いていく姿をケシは見た。疲れ切った瞳。痩せ細った腕に刺さった点滴のチューブ。窓の外に降る雨。

「病気にもなるし……」

 ルナ。空っぽになった家。 吹雪に吹き飛ばされ消え去った。

「2度と戻らないことだってあるし……」

 そして、そのすべての向こう側に、自分自身が見えた。

 殻。死んだもの。

 汚れ。

 ──他の全てと同じように。

「止めることはできない」

 ケシは目をそらし、瞬きして涙をこらえた。理由はわからなかったが、涙を流すことを今でも拒む気持ちがあった。

「残念だけど、あなた達がしていることは無意味だ……」

「確かにそうだ」

 驚いて振り返ると、レンが揺るぎない眼差しでケシを見つめている。その声には以前と同じような決意が込められていたが、それとは別のもの、脆さにも似た何かが混じっていた。

「人は死ぬ。消え去る。彼らを取り戻すことはできない。だが、他の人が死ぬのを止めることはできる。ケシ、時には選択肢が与えられることもあるんだ」

「ふざけるな!僕に選択肢なんて一度もなかった!うんざりなんだよ!全てが!」

 言葉が喉に詰まった。

「何もかも。もう疲れた……これ以上続けたくない」

 ケシは目をぎゅっと閉じ、うつむいた。

 掠れた声で呟く声が自分の耳に届いた。

「もっと上を撃ってくれれば良かったのに……」

「ケシ。君は自らの行動の結果として、今ここにいる。他の人を責めることはできない」

 ケシは再び吐き気が込み上げてくるのを感じて、腹を抱えた。

「吐きそうだ……」

 レンが思わず口と鼻を覆う。



「きゃあああああああ!!!」



 女性の悲鳴が響き渡った。

 その声は混沌とした襲撃現場と司令室を一気に切り裂いた。

 ケシがハッと目を見開いた。

 ──あの声。

 巨大なホロディスプレイを見上げ、必死に画面に目を走らせる。

 そして彼女を見つけた。

 栗色の野球帽。赤茶色の髪。緑の瞳。



「ルナ!?」



 たちまち、現実世界がよみがえってきた。

 あの鼻。唇。頬。

 ──ルナなのか?

 まるで皮膚の下で爆竹が炸裂したかのような感覚を覚えた。

 間違いようがなかった。

 ケシの反応に気付き、レンが振り返った。

「知り合いか?」

 ケシは凍りついたように立ち尽くし、瞳を震わせながらルナが群衆をかき分けて進むのを見つめた。呼吸が次第に速く、荒くなっていく。

 信じられなかった。 長い間、生きているかどうかすら分からぬまま、待ち、探し続けた。

 そして今、不意に目の前に現れたかと思ったら、絶体絶命の状況に陥っていた。

 ルナが身をかわし、顔を覆う。まばゆい閃光がその横を通り過ぎ、隣にいた男の頭を直撃した。

 ケシは突然、足の裏に固い地面を感じた。車椅子から離れた記憶はなかったし、痛みも感じなかった。まるでルナの名前が彼を立ち上がらせたかのようだった。

 レンがアカシを一瞥すると、アカシは小さく、理解を示すようにうなずき返した。

 フィードが拡大し、画面全体を埋め尽くした。

「ケシ。君なら彼女を救える」

 ケシは傷口を押さえつけた。ガウンの上下の揺れがどんどん激しくなる。全身が震えた。恐怖からではなく、別の何か、長い間自分の中に眠っていた、昔から秘めていた力によるものだった。

 ……何の前触れもなしに、突如として現れた。

 でも、ついにこの時が来たのだ。

 この瞬間が。

 ケシは振り返ってアルコンに向き直り、血しぶきが飛び散ったヘッドレストをじっと見つめた。

 ほんのわずかでも可能性があるなら……。

 肺に大量の空気を一気に吸い込み、長く震える息とともに吐き出した。

 咳き込むように出てきたその言葉には、ほぼ笑いが含まれていた。



「ちくしょう、ルナめ」



 もしかしたら……まだ自分の中には血が残っているのかもしれない。

 ケシはレンに鋭く告げた。



「やります」




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