ブルームーンに涙を添えて

蓮実 蒼

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ブルームーンに涙を添えて

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 馬鹿みたいだって思いながら、馬鹿みたいに酒を呷った。

初恋は実らないとはよく聞く文言だけれど、俺はそれを長年片想いしていた幼馴染みの結婚式で痛感した。陳腐過ぎて、いっそ笑えない話だ。臆病者の俺は道化師になり切り、幼馴染みのために懐かしの想い出を絡めながらスピーチを読んだ。幼馴染みは綺麗に着飾り輝かしいばかりの笑顔を浮かべる花嫁の横で、そのスピーチの言葉に涙する。

滑稽だ。自虐的だ。なんて酷い話だろう?でも俺に、彼奴をなじる資格はない。だって俺は最後の最後まで、この煮凝ったようにドロドロな感情を彼奴に吐露することはなかったのだから。

「本当に馬鹿みたいだ」

目の前に置かれた鮮やかな色のカクテルが、自身を嘲笑っているみたいで吐きそうだった。味なんて分からないままに一気に呷る。すっきりとした酸味だけが口内に広がった。

「もう一杯同じのを」

寡黙なバーテンダーがそっと、同じカクテルを差し出す。薄暗い店内の照明にてらされながら、淡い紫色が揺れていた。

「これって何ていうカクテルなんですか?」
「ブルームーンでございます」
「…… 綺麗な色ですね?それに花みたいな香りがします」
「バイオレットリキュールを使用してるので、芳醇な香りを楽しめるカクテルです」
「…… この薄紫はスミレ色なんですねぇ」

飲み干した瞬間に喉が焼けるような感覚があったから、きっとアルコール度数は高めなんだろうと思う。この痛みがアルコールで焼けたせいなのか、言葉にすることすら叶わずに飲み込んだ言葉のせいなのか、酔いの回った頭では分からなかった。

「このカクテルみたいに綺麗だったら、何か変わってたのかな?」

誰に聞かせるでもなく呟いた。そんなこと、たらればで、『もしも』なんて有り得ないことは分かりきっている。表舞台に立つことを選ばなかった自分が言うのは、烏滸がましいことだ。

「馬鹿だよなぁ、後悔するくらいならちゃんと言えばよかったのに。潔く振られちゃえばこんなに苦しくなかったのに…… 」

でも、どうしても言えなかった。無邪気な親友に向けるその顔が醜く歪む可能性を否定出来なかったし、それに直面する勇気もなかった。

「せめてこうやって泣けばよかったし、結婚式なんて行かなきゃよかった。惨めな自分の顔なんて見たくなかった」

スピーチが終わった後、俺はトイレに篭ってひとしきり泣いた。泣いた顔は『式の雰囲気に感動したから』と誤魔化して、また彼奴の前では笑った。取り繕うようなその笑顔が、俺をより一層惨めな道化師にしたような気がする。

「俺、ちゃんと笑いながら一次会まで頑張ったんですよ?馬鹿みたいに笑いながら、お祝いの言葉だって言った」

アルコールの回り切った脳内を渦巻く思考回路はめちゃくちゃだった。初対面のバーテンダーに絡むくらいには、冷静さを失っていたと思う。

恥も外聞も捨てて、ぼろぼろ泣きながら『褒めて褒めて』と子供みたいに駄々をこねた。

「…… 頑張りましたね」
「うん」

低い、染み入るような声が耳をくすぐる。ふわふわと地に足が付かないような感覚が、心地良かった。

「好きだったから。嫌な顔なんてさせたくなかったし、幸せになってほしかったから、だから…… 」
「…… 好きだからって、全てを言葉になんてしなくていいんです。言葉にしないことも、また愛なんだと思います」
「それ、本当?」
「そのブルームーンのカクテル言葉知ってますか?」
「?」
「『完全なる愛』と『叶わぬ恋』二つの意味があるんです。相反する言葉の印象ですが、私は愛と恋は違うものだと思っています」

『叶わぬ恋』なんて今の自分にぴったり過ぎて笑えない。じゃあ『完全な愛』って何なんだろう?

「どういうことですか?」
「相手の幸せだけを願うのが、多分愛です。沈黙を貫いて祝福を送った貴方のその気持ちは『愛』なんだと思います…… 」

少し喋り過ぎましたね?と寡黙な印象だったバーテンダーは、目をひそめるように笑った。

 瞬間、呼吸が止まった。惨めな片想いが形を変えて報われた。この一瞬だけは肯定されたように思う。決壊したように涙が溢れ出てきた。これはきっと自分のための涙だ。

「あ、っ…… ありがとう、ございます」


 あまりお酒に強くなさそうなお客様が、呷るようにカクテルグラスを傾けていた。その憔悴しきった顔は、アルコールを嗜むこの場所で、たまに見かける表情のそれだった。

『失恋でもしたのだろうか?』ブルームーンに落ちる涙が、照明にてらされて光っているように感じた。誰かに想いを寄せる人間の顔は、美しいと思う。ただ美しいだけなら『綺麗だな』と思うだけで視界を通り過ぎる。でも彼のその顔は、仕草は、流れ落ちる涙は、視界を通り過ぎることはなかった。だから常よりも、言葉が溢れてしまったのだろうと思う。

私の言葉が呼び水となったみたいに、溢れ出した彼の涙から目を離せず、二の句を告げることも出来なかった。常ならぬ自分の姿に呆然とする。らしくないと、心の裡で自嘲した。

 それがただの一目惚れで、彼の表情に見惚れていただけだった、と気付くのは、彼ともう一度再会した時だった。

【了】






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