画布の魔術師~転生画家の異世界無双~

Hadado

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§§ 2 厩舎からきた男 §§

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目が覚めた時、タクトは藁の上にいた。どうやら馬小屋らしい。

美しい漆黒の馬が、タクトの顔をつついている。

「わっ。なんだよ、何をするんだ」

 馬は心配するかのように、タクトをつつき続けていた。

 そのたてがみは長く、優美さが肉体を持ったように美麗だった。

 タクトがその馬の横面を叩いてやると、ヒヒンといって馬は離れる。

「ここは……どこだ?」

 藁の上から起き上がると、首筋に違和感がある。

 そうだ。さっきタクトは、首を吊ったはずなのだ。

それがどうして、今こんな藁の上に寝ているのか。家のちかくに、こんな馬舎はなかった。

 その馬舎をあけてみると、突然、温かい風が吹いた。

「うわっ」

 おもわず、顔を腕でかくす。

強い風はやがておさまり、あの漆黒の馬が隣にいた。

 時刻は夜明けらしい。明るい朝陽が、山の端から顔を出そうとしている。

「……嘘だろう」

 首を吊ったのは、夕方だった。誰かがタクトの体を運んだとしても、夕方から朝まで寝ているような生活をタクトはしていない。

馬がヒヒンといなないてすり寄ってくる。

その横面を抱きながら、タクトは呆然としていた。

 悲鳴が聞こえてきたのは、その時だった。

「きゃああああああああああああ!」

 つんざくような声に思わず顔を向けると、そこにいたのは褐色の肌と銀髪――まるであの留学生のような外見の少女だった。頭に小さなターバンをしていて、服は色鮮やかな民族衣装のようなものである。

「え……?」

 とタクトは目を見張った。

 その少女の耳は、細くとがっていた。まるで漫画でよく見る、エルフのように。

 いや、肌が褐色である分、ダークエルフと呼ぶのかもしれない。

 ともかく、現代日本において会うことなんて絶対にないような相手だった。

「どうしてここに東方の人間が……」

 少女はそういって、口元に手をあてた。

 少女に向かって、長身の男も走り寄ってくる。こちらは金髪と褐色の肌。そしてとがった耳。あの留学生にそっくりなのに、顔にはいやらしさやら、皮肉っぽさがなかった。よく焼けた頑健な体は、太陽の匂いが思想だった。

「なんだ、貴様は!」

 男の方が、短刀をもってタクトを脅す。

「あ、怪しいものでは……」

 そう言いかけて、その台詞は怪しい人間しか発しないことに気づいた。

「あの、僕はタクトと言いまして。あの、今日死んだはずなのに、どうしてこんなところに」

「何を言っているんだ?」

「精神科に入院したの? それで転地療法でここに来た、とか……?」

 男は眉間にしわを寄せた。

「そのような戯言で追及を逃れようというのか。ミレイ、ロープを持ってこい! こいつを捕縛する!」

 ミレイと呼ばれたほうは、タクトを見つめたまま、固まっていた。

「ミレイ! 聞いているのか!」

「もちろんよ! でもロープはいらない!」

 ミレイと呼ばれた少女がそう言った時、黒馬がタクトと男の前に立ちふさがった。

 男を威嚇するように鳴いている。

「だってほら、黒主クロヌシがなついているでしょう。誰も寄せ付けない黒主が、この東方人にだけ……」

「それはそうだが……」

「御屋形様が死んでから立ち上がりさえしなかったのよ、黒主は。どうしてだか分からないけど……この東方人に感謝しないといけないんじゃないかしら」

 ミレイはそう言うと、タクトの前へとずかずかと進んでくる。

 黒主、と呼ばれた馬は、ミレイの前に立ちふさがろうとしたが、やがて、道をゆずった。

 ミレイは、ぎゅっとタクトの手を握る。

 その手は温かく、藁をにぎっていたせいか少し傷ついていた。

「よろしく。東方の人。私はミレイ・フルウ。あっちは、兄のジーダ・フルウ」

「あ、えっと僕は……タクト、タクト・ナガサキ……」

 そう言ってから、本名を名乗ってよかったのかと逡巡した。が、ミレイの笑顔をみて、自分の行動を肯定する。

「タクトね! ようこそ、北の辺境・フルウ島へ!」

 こんなふうに誰かに笑いかけられるのは、タクトは久しぶりだった。

 少なくともミレイは、タクトを利用しようとはしていない。ミレイの背後に控えるジーダも、苦々しい顔をしながらも、ナイフをしまう。

 タクトは、その手に力をこめた。

「よろしく、お願いします」

 ここがどこかは分からないが、ひとまず彼らは、安全だと思ってよさそうだった。



 案内されたのは、ミレイとジーダの家らしかった。床に座って食事をとる形式らしく、色とりどりの食事が並べられていた。

「さあ、沢山食べて! 全部終わったら、お館の皆さんにも紹介に行くから!」

 ミレイはそういって、張り切って鍋のようなもので料理を続けている。ジーダもその手伝いをしながら、タクトを睨んでいた。

「ミレイ、俺はまだあの東方人に気を許していいとは思わないぞ」

「あらそう? じゃ、ジーダの分のご飯はなしね」

「おい!」

 兄と妹のように見えたが、意外とミレイの方が力を持っているらしい。

 巨大のジーダがミレイに従っている様子をみて、タクトは思わず笑った。

 嫌味な笑いではなく、ただ純粋に、二人の仲が可愛らしかったからだ。

 ジーダはタクトを一つ睨んでから、大人しく食事を運び、タクトの隣に座った。

「東方人、食べられないものはあるか」

「いえ、特には……」

「では、好きなタイプの女はいるか?」

「は⁈ な、何をおっしゃっているのか分かりませんが……」

「なんだ。お前は男が好きなのか?」

「まさか!」

「ではどうした。何故答えない?」

 不思議そうに首をひねるジーダに、ミレイが助け舟を出す。

「あ、私聞いたことあるわ。私達エルフと違って、ほかの民族は旅人が来ても異性でもてなさないんだって」

「どういうことだ?」

 ジーダと同じ問いを、タクトももった。

タクトこそ問いたい。一体どういうことだ、「異性でもてなす」とは。

「私達エルフは、エルフ同士では子どもがなかなか生まれないでしょう。だから他の民族から種をもらう。どれだけ他民族の種をもらっても、生まれてくるのは純血のエルフだからね」

「まあ、そうだな」

「でもね、他の民族は、自分とおなじ種族にタネが貰えるんですって。だから異性でもてなすこともないって。お屋敷の御屋形様から聞いたことがあるわ」

「ほほぅ……それはまた珍しい」

「僕からすれば、二人のほうが珍しいよ。つまり……知らない相手に自分の妻たちが寝取られるという事でしょう?」

「そうだな。旅人が女の場合には、夫や息子、あるいは父を差し出す」

「それって辛くないの? だって自分が好きな人が……」

「なぜ? ほかに種をとる方法はないのだし、自分のすきな人の子どもであれば、もう片方の親が誰であろうと嬉しいでしょう。それにあなた、顔も性格もよさそうだし、黒主を従えられる。あなたが嫌がっても、夜中に村の女の子たちが夜這いに来るかもね」

 そう言われて、タクトは震えあがった。妄想のなかでは幸せな光景だが、実際想像すると恐怖でしかなかった。だってこちらは、彼女たちのことを何も知らないのだから。

「そんなことより、早く食べて。無花果と胡桃のケーキ、ニシンのパイ、青菜のカンツォーネ、まだまだ色々でてくるわよ!」

 ミレイの言葉に、タクトもおそるおそるフォークのような棒を手に取る。

 そろそろと食べだすと、それは想像した百倍は美味しかった。

 もともと食事に頓着しない性格だが、タクトの空腹は限界に来ていたし、出来たばかりの手料理を振舞われる機会はそうそうないからだ。

美味しそうに食べ続けるタクトに、ミレイとダートも顔を見合わせて笑った。

 口にあってよかった、というミレイに、タクトはまた破顔した。
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