画布の魔術師~転生画家の異世界無双~

Hadado

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§§ 3 青い屋根の白い館 §§

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館は丘の上にあった。青い屋根の美しい館で、荘厳ささえあった。

「タクト、あっちから入って。『獅子の扉』からね」

 と指示されたのは、ミレイとダートが入ったのとは別の玄関口だった。大きな扉がついており、ライオンの彫刻が飾られている。

「でも二人は、そっちの小さな扉から入ろうとしてるじゃないか」

「そりゃ、俺たちは使用人だからな」

 ダートの答えに、タクトは一瞬言葉を呑んだ。

「使用人……」

「この屋敷の主に仕えているのさ。さっきまでいた家も、お館様からの支給品だ」

 そういって、ダートは猫の彫刻が施された扉を開ける。

「タクトはお客様様だからね。『猫の扉』をつかう必要はないってわけ」

 ミレイも扉をあけて入っていく。

 タクトは逡巡した。

 タクトは人間関係が苦手だ。人間不信だ。

 でも、知り合ったばかりの自分に親切にしてくれた人を、無下に扱うのは嫌だった。

 タクトは『猫の門』をくぐり、大理石の館に足を踏み入れた。

 驚いた顔をするミレイとダートに、タクトは目線をそらす。

「いいの?」

 ミレイがそう聞くが、タクトは黙ってうなずいた。

「へえ。タクト、良い人だね」

「そんなことないよ。元の世界では全然うまくやれなくて」

「もとの世界? ああ、東方か?」

「その東方っていうのはなに?」

「エルフがおさめる北の国、黒髪の東方ヒューマンがおさめる東の国、南の国は少数民族の共和国で、西の国は知っての通り魔族がいるだろう」

「……なるほど」

「東方人たちは、自分たちを東方人とは呼ばないの?」

 タクトはそれに答えるのはやめた。

 ややこしい説明になる気がしたからだ。

「そんなことより、早く御屋形様に会いたいな」

「ああ、そうね。ついてきて。こっちだから」

 ミレイが朗らかに告げて、スキップするように歩き始めた。

 青いステンドグラスがいくつも並んだ廊下には、明るい日差しが差し込んでいる。



「失礼しまーす。ミレイとジーク、御客人をつれて伺いましたー」

 勝手知ったる口調でミレイが告げる。

「入れ」

 と声がしたのは、それからすぐだった。

――この声は。

 タクトはハッとする。

 ジークが扉を開けると、この屋敷の主が窓ガラスを背に立っていた。

 長い金色の髪は一部を三つ編みにしている。肌は透き通るような白磁の色、青い瞳は窓の外に広がる空のようだった。とがった耳の先端は、ほのかに赤い。すこし冷え込んでいるからかもしれない。

「私がこの館の主、セレジェイラ・ラウドルップだ。……東方のお客人、名前は?」

 タクトは動けなかった。神秘が肉体を持って目の前に現れたような感慨のなかで、見惚れることしかできなかった。

 セレジェイラはもう一度聞く。

「……御客人、名は? あなたの国では問われても名乗らぬのが礼儀なのか?」

「あ、いえ……タクト・ナガサキ。いや、どちらが先でもいいのかな。ナガサキ・タクトです。ここにはどうしてきたのか分からないのですが……ミレイとダート兄妹に救われました」

「黒主がなついていると聞いたが……本当か?」

「あの黒い馬でしたら……ええ。そうみたいです。どうしてかは分からないんですけど」

「でもお嬢様! 黒主、今はモリモリご飯も食べてるんです! 昨日までは馬舎に引きこもって立ち上がりさえしなかったのに!」

 ミレイが助け舟を出す。

「それに、お館様にするみたいに、顔をすり寄せて……あっ。すみません、もうお館様はお嬢様なのに……」

「いい。気にしてないよ、ミレイ。……ところでお客人、私が珍しいか」

 セレジェイラは不愉快そうに顔をゆがめ、耳を引っ張った。

「エルフにしては短く丸い耳。ダークエルフのすむ土地で、一人だけ白い肌……母が北方エルフとヒューマンの血を継いでいてな。奇異に映るかもしれないが、そこまで凝視されるとさすがに気分が悪いな」

「あっ。す、すみません。こんな、こんな綺麗な人には初めて会ったから」

「……綺麗?」

「今ここにキャンバスがあったら全部書き留めておきたいくらいです。その耳のほんのりした赤みも、目が覚めるような青い瞳も美しくって」

「美しい? この私が?」

 セレジェイラはおうむ返しにいう。

「ええ、あなたはそう思わないのですか? わたしは画家として審美眼は整っているつもりです。あなたほどの美しい人は、この世を探してもそうそういない。あとでモデルにしたいほどです」

「……お世辞がうまい東方人だな」

 セレジェイラはそういって目を背けた。とがった耳が、赤く染まるのをみて、タクトは首を傾げた。こんなに綺麗な人が、美しいといわれることに慣れていないのが不思議に思えたのだ。

「いつもなら領地に無断で侵入した輩は追放するが……黒主の食がまた細くなっても困る。しばしここに逗留するがよかろう」

「本当ですか!」

「ああ……しかし、なぜ黒主がそなたには心を許したのか……」

 セレジェイラが顎をなでて思案する。

 ミレイがピョンと手を上げた。ついでに耳もピコンと跳ね上がる。

「私、心当たりあります!」

「ほう?」

「タクトは、絵を描く人でしょ?」

 ミレイはクルリと可愛らしく目を動かす。

「お嬢様のお父様、前のお館様も絵を描く人でね。だから黒主は絵筆の匂いを覚えてたんじゃないかな。それで、絵の具の匂いがするタクトを、前の御屋形様だと勘違いしてるってわけ」

「なるほど……だが、それならば私も、父上の部屋で絵の具を何度も使ったことがあるぞ。それでも特に黒主に好かれた覚えはないな」

「ええー。じゃ、なんでだろう」

 ミレイとセレジェイラは、そろって思案し始めた。

「まあ、いずれにせよ、絵の具の匂いは風にただよいやがて消える。タクト殿には、しばらくアトリエに滞在頂き絵の具を触っていてもらった方がいいな」

「本当ですか! 本当に……絵の具に触っても?」

「あ、ああ。どうして絵具ごときに、そんなにもタクト殿が喜ぶか分からないが……。貴殿がよければ、いくらでも」

 タクトは毎日絵を描いてきた。記憶にある限り、毎日だ。

 それが途切れた昨日と今日(体感ではまだ一時間も経っていないが)を不安に思っていたのだ。絵の具に触れるときいて、タクトの顔は輝いた。

「是非お願いします! ほかにも、なにか僕に出来ることがあれば申し付けて下さい」

「ほかに出来ること……ね。さて、いまは魔族が協定反故の件で話し合いが続いている。体を鍛えて魔王軍との戦いに備えてくれればうれしいが……」

「それに来週からは少数民族のピクシーやバードマンたちが来る予定でしょう? そのための絵も描いてもらえたら、お嬢様も喜ぶんじゃないかしら」

「それはいい。代がかわったばかりの屋敷では、そうそう派手なこともできないしな」

 セレジェイラたちが口々にいい、タクトはそれにすべて頷いた。

 絵が描けるならば、タクトは何も文句はないのだ。
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