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No.13:「あれ? 翔?」

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 そんなことを考えていると……

「あれ? 翔?」

 その声に僕とすみかさんが同時に振り返る。
 そこにはショートカットの快活なJKがいた。
 亜美だ。

「あれ、亜美? どうしたんだ? 何か買い物か?」
 僕はたじろいだ。

「うん。お母さんに、これ買ってきて欲しいって言われたの思い出して」

 亜美は手に突っ張り棒を持っていた。
 なに?突っ張り棒、世界的ブームなの?

 亜美はその視線を、僕とすみかさんの間を往復させる。
 さて、どうしたものか……

「えーと、こちら、親戚の……そう、いとこのお姉さんで、すみかさん。最近この辺に引っ越してきたばかりなんだ」

「えーそうなの? 翔、おじさん以外に親戚はいないって、言ってなかったっけ?」

 よく覚えてたな。
 実際慎一おじさん以外、親戚はいないんだよ。

「母方のほうのいとこでね。僕も会うの久しぶりだったんだ。ね、すみかさん?」
 ちなみに母親は一人っ子だった。

「え? あ、うん。そうそう。そうだね」
 すみかさん、目が泳ぎ過ぎ。

「こんにちは。あたし、翔の同級生の上原亜美っていいます」

「こんにちは。翔君の、い、いとこの桐島すみかっていいます。亜美ちゃんでいいかな?」

「はい! すみかさん、どの辺に引っ越してきたんですか?」

「え? えーとね、ここから3つ目の駅だったかな?」

「えー! じゃあ平山駅ですよね! あたしと同じじゃないですか! 線路の北側ですか、南側ですか?」

「えーっと、確か……北……いや、南だったかな」

「えー! じゃあ本当にご近所さんじゃないですか! 平山4丁目ですか、5丁目ですか?」

「亜美、もういいだろ? すみかさん、まだ来たばかりだから、よく分かってないんだよ」

 だめだ、このままだとボロが出まくる。

「しょ、翔君は、学校ではどんな感じなのかな?」

 ナイス、すみかさん。

「えー、翔ですかー? うーん、身長もひょろ長だし、顔も暗いし、成績もイマイチだし、スポーツもできないし、あまり目立たない存在なんですよねー」

 散々だな、おい。

「でも……」

 亜美が視線をちょっと下に向ける。

「あたしテニス部なんですけどね。あたしが怪我をした時に荷物を持ってくれたりとか。擦り傷を見つけて絆創膏をくれたりとか。試合に負けて凹んでた時、いつも励ましてくれたりとか」

 顔が少し赤くなってる。

「雨が降ったときに傘を貸してくれて、実は自分は走って濡れて帰ったりとか。他人の悪口とか絶対言わないところとか。さりげなく優しいところとか。そういうところが……一部の、本当にごく一部の女子に、ちょっとだけ人気があったりするんですけど……」

 亜美、なにもじもじしてるの?
 すみかさんは、目をぱちくりさせている。
 はっ、と亜美は急に頭を上げる。

「と、とにかく、そんな感じです。私、早く帰らないといけないので。それじゃ、また!」

 亜美は急いで立ち去ってしまった。

「うー、どうしよう。罪悪感、ハンパないんだけど……」

「すみかさん、どうしたんですか?」

「なんでもないわよ! まったく、もう……」

 すみかさんが、若干キレ気味なのが気になるが……。

 すみかさんは、小さめの衣装ケースとハンガーラックを購入した。
 僕たちはリトニを出て、アパートへ戻る。
 衣装ケースとハンガーラックは、かなりの重さだ。
 電車を降りてから、アパートまでが結構大変だった。
 すみかさんは、「大丈夫? 頑張って」と声をかけてくれた。

 部屋に戻って、僕は衣装ケースとハンガーラックをドライバーで組み立てた。
 すみかさんのベッドの横に、そのまま置いた。
 ちょっと手狭になったけど、収納スペースができた。
 すみかさんも嬉しそうだ。

「夕飯は、カレーでいいですか? 作り置きの冷凍カレーですけど」

「え、いいの? 嬉しい、カレー食べたい!」

 僕はお米をとぎ、炊飯器のスイッチを入れる。
 野菜をちぎって、簡単なサラダを作る。
 あとは冷凍カレーを、電子レンジで温めれば終わりだ。

「簡単なもので、すいません」

「何言ってるの! 作ってもらえるだけで大感謝だよ」

 二人でいただきますをして食べ始めた。

「翔君、今までお友達とか遊びに来てたの?」

「たまにですね。今日会った亜美と、もう一人智也っていう奴と仲がいいんですけど。たまにここで3人で、食事とかすることがありました」

「そうなんだ……これからどうする? 私は来てもらってもいいけど……」

「いや、さすがにそれはまずいでしょう。この状況は、ちょっと説明がつかないと思います」

「そうだよね……亜美ちゃんが見たら、卒倒するかも……」

「え?」

「ううん、なんでもない。でも翔君は、それでいいの?」

「全然いいですよ。今はすみかさんの居場所を確保するほうが、ずっと大事ですから」

「え?」

「だってそうじゃないですか。すみかさん、教師に対する夢とか考え方とかがあって。今日の外国人への接し方を見ていて、僕、感動しちゃいましたよ。すみかさんみたいな先生に、僕は絶対英語を教えてもらいたいです」

 僕は水を一口飲んだ。

「こんなに頑張ってる人が、ネットカフェしか住むところがないなんて……そんな世の中、絶対におかしいんですよ。だから今はここがすみかさんの居場所です。まあちょっと狭いですけど、我慢してくださいね」

 そう言って僕はちょっと自虐的に笑った。
 すみかさんは、ちょっと目を潤ませていた。

「もう……亜美ちゃんの気持ち、分かる気がするわ……」

「すみかさん?」

「ん? なんでもないよ。ありがとう、翔君。お言葉に甘えるね。すっごく助かる」

「僕の方こそ家賃までもらえて、こんなに美人のお姉さんと同棲できるわけですからね。役得ですよ」

 おだてても、何もでないよーと笑うすみかさん。
 やっぱり笑顔の方が、5割増しで美人ですよ。
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