【架空戦記】蒲生の忠

糸冬

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(二十三)細川藤孝の思惑

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 丹後国。宮津城は、細川藤孝が天正六年に丹後経営の中心地として築いた城である。

 風流人として知られた藤孝にふさわしく、城内の一角には築城当初から茶室が設えてあった。

 その茶室に細川藤孝は一人こもり、傍目には悠々たる態度で茶を喫していた。

「茶の湯が悪いなどとは決して申しませぬが、使者殿を待たせておくものでもございますまい」

 にじり口から茶室に入った藤孝の嫡子・細川忠興が、険しい表情で実父に苦言を呈する。

 しかし、藤孝には一切動じる気配はない。

「茶数寄のお主からそのような言葉を聞くとはのう。やはり相手が相婿となれば、気が気でないか」

「我が妻のこととは別儀にござる」

 とぼけた藤孝の答えに、忠興は肩をいからせて険しい表情を向ける。

 当代きっての教養人の父と、勇猛さで知られた嫡男。

 父子鷹として天下に名を馳せる二人であるが、実のところさほど仲が良い間柄でもない。

 藤孝は元々足利幕府の幕臣であるが、忠興が生まれた永禄六年当時は将軍・足利義輝の権威も軽んじられ、幕府の混乱が頂点に達していた頃でもあった。

 藤孝は親らしいことをなにも出来ないまま、長らく忠興の身を人に預けたまま顧みようともしなかった。

 事情を理解していない訳ではなかったが、父子の情に欠ける面があるのは否めなかった。

 藤孝がその自覚がまるでないかのような振る舞いを見せるため、すでに成人して久しい忠興としても表だって対立することこそないものの、内心では面白くないものを感じている。

 細川藤孝と明智光秀との関係は古い。

 お互い、足利幕府の幕臣として一国の主など思いも寄らぬ立場にあった頃からの知り合いである。

 そして忠興の妻が光秀の娘とくれば、家中の大半は細川家は光秀に味方するものと決めてかかっている節があった。

 しかし、世情に反して藤孝の動きは遅く、忠興に至ってははっきりと亡き信長の仇討ちを唱え、反明智の姿勢をあからさまにしていた。

 己の妻を味土野なる僻地に幽閉する措置をとったのは、忠興から言い出したことだった。

「美人の嫁を娶るというのも難儀じゃの。嫁の尻に敷かれて嫁の実家の言いなり、と言われたくないばかりにその実家に矛を向ける。浅井備前の気持ちも判ろうというものじゃ」

 藤孝は他人事のように呟いた。

 かつて北近江の大名であった浅井備前、すなわち浅井長政は、美貌で知られた信長の妹・市を妻にしながら信長に反旗を翻して滅ぼされた。

 その長政を引き合いに出されて、忠興の顔つきが変わった。

 忠興の妻・珠もまた、世間に聞こえた美人であるからだ。

「父上、それ以上は」

 眉を逆立てた忠興が発した押し殺した声には、怒りを超えて殺気すら含まれていた。

「おお、すまぬ。では、そろそろ参ろうかの」

 言葉ほどにはさして申し訳なさげな様子を見せることもなく、藤孝は腰を上げた。



 本丸屋敷の広間にて、藤孝が悠揚たる態度で上座に着く。

 続いて忠興もその横に腰を下ろした。

「どうにも気を鎮めて臨むことが出来ず、お待たせした」

 藤孝の言葉を受け、下座の秀満は固い表情で頭を下げる。

「お目通りをお許しいただき、有り難き幸せ」

「なに、忠興の相婿殿となれば無碍にもできぬ。して、日向守殿は大坂の三七郎殿につづいて、此度は柴田勢を打ち破られたとの由。さすがは日向守殿の軍略は尋常にあらず。挙兵に天運も味方しておるのか……」

「我が主より書状を預かっておりまする。どうかこの場にてお読みいただきたく存じます」

 とりとめのない長口上となりそうな藤孝の気配を察し、秀満が口を挟み、書状を差し出す。

「うむ」

 忠興を介し、さすがに固い表情でそれを受け取った藤孝だが、読み進めるにつれてなんとも言い難い微妙な顔つきになっていく。

 吟味するように繰り返して書かれた内容を二度読み直し、その後、書状を忠興に回す。

「これは、なんとも……」

 受け取って書状の中身に目を通した忠興も、戸惑った様子を見せる。

 その間、秀満は身じろぎもせず答えを待っている。

「弥平次殿。そこもとはこの日向守殿の書状の中身を存じておるのか」

 藤孝が問う。

「いえ。そのままお渡しするようにとの命なれば、文面については一切存じませぬ」

「ならばそこもとは、この書状は当家が日向守殿に味方するよう説得するものと思うておるのか」

 重ねての藤孝の問いかけに、秀満も困惑の色を見せる。

「はっ。そのつもりで参っておりますが……」

「我らとしても扱いに困るのう」

 再び書状を手元に戻した藤孝が、かいつまんで内容を声に出して読み始める。

 そこに書き連ねられた内容は、随分へりくだったというべきか、なりふり構わぬというべきか、判断に困るものだった。

 とても、天下の主を殺害して取って代わろうとする者がとるべき態度とは思えない。

 なにしろ、「畿内の情勢がおさまれば自らは身を退き、忠興に天下を譲ってもよい」とまで記されていたのだ。

 藤孝の声を聞きながら、秀満が次第に居心地悪げに身を縮めていく。

「我らにも武家の意地と誇りがある。日向守殿には大義と、これからの手だてについてつまびらかに語っていただきたかった。このように泣きつかれて、情義だけで動いたとあっては当家の名折れである」

 凜とした藤孝の声に、戦場にあっては怖れるもののない猛者である秀満は完全に気圧されている。

「で、では、お味方していただけぬ、ということでございますか」

「早合点してもろうては困る。上様亡きあと、やはり誰かが天下の主として本朝を治めていかねばならぬ。我らはその責務に相応しき方の元にこそ馳せ参じたいと存ずる」

 藤孝はそう言い切った。

 回りくどい言い回しながら、ようは勝者の尻馬に乗ると明言しているも同然だった。

 光秀の弱気を知り、足元を見ているともとれなくはない。

「……では、我が殿が新たな天下の主としてふさわしき存在となれば、細川殿もお味方いただける。そう理解してよろしいのですな」

 脂汗を浮かべながら、秀満は懸命に言いつのった。

「うむ。徒に天下が乱れるようなことがあってはならぬ。日向守殿には強くあってもらわねばのう」

「承知つかまつった。ただちに立ち戻り、細川様のお言葉、しかと我が主に伝えまする」

 席を立った秀満は、そそくさと広間を退出していく。

 もし秀満の今の表情を目にするものがあれば、不首尾に終わった藤孝とのやりとりとの差に首をかしげた事だろう。

 藤孝に背を向けた秀満は、笑っていた。

(さすがは我が殿よ。幽斎殿は、まさに殿が申された通りの答えを返してきおったわ)



 一方、広間に腰を下ろしたままの藤孝は、大きなため息をついて忠興の顔をみやった。

「はてさて、どうしたものかのう」

「このような見え透いた甘言に乗って味方したなどとなれば、明智が勝とうが負けようが我らの恥にござる。父上、これはなんとしても明智に味方する訳には参りませぬぞ」

 忠興は額に青筋をたて、怒鳴りつけるような声をあげる。

 実際、はらわたの煮えくりかえる思いを彼は抱いていた。

 確かに己は光秀の女婿であるが、信長に対する忠誠心も人一倍であるとの自負が忠興にはあった。

 光秀から天下を譲られるという条件を聞いて味方につくような真似だけは、意地にかけても出来なかった。

「では、織田方として立つか」

「無論のこと。元よりそれがしは、そのつもりでござる」

「……となれば日向守は、攻めてくるであろうな」

「っ……」

 淡々とした藤孝の語調であるが、忠興は思わず息を呑んだ。

「どうした。織田方として立てば、日向守が攻めてくる。当たり前のことではないか。それとも、お主が日向守の女婿ゆえ、攻めてこぬとたかをくくっておったか?」

「しかし、それは……」
 忠興は言葉に詰まる。

 意識していなかったが、内心はどこかで光秀に対して甘い考えを保っていたかも知れない、と気づかされる。

「日向守は既に、我らを寄騎として扱うつもりなどないのじゃ。それが判らぬか」

「では、なぜあれほどまでへりくだった書状で我らを味方に誘ったのですか」

「一戦も交えずに我らが味方に付くことを許せば、それなりに遇する必要があるからに決まっておろう。細川の家を滅ぼす気はないが、降伏させて己の家臣として組み込む。日向守はそのつもりで使者を送ってきておる」

 藤孝は静かな口調で忠興を諭す。

「父上はそうと判っていながらなぜ、戦さとなりかねぬ胡乱な返答をなされたのですか」

 忠興は、混乱する思いをまとめきれないまま尋ねる。

「……お主には、まだ判るまいなぁ」

 藤孝が昔を思い出すかのように遠い目をしたため、忠興はそれ以上問いを重ねることはできなかった。

 忠興には立ち入れない、藤孝と光秀との複雑な関係が垣間見えたように思われたのだ。
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