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2、お迎え
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両親が死んでから、高校の友人達は自分に少し距離を置くようになった。
いつもと変わらず普通に一緒に授業も受けてくれるしお昼も一緒に食べるけれど、なんとなく遠慮されてるような気がする。
友人たちにしてみれば、突然家族を失った美優の悩みに乗ってやれるほどの経験値も心づもりも出来ていないので距離を置く位しか出来る事はなかった。
その事に少し寂しさを感じたが、それを表に出すほど美優は子供でもなかったが、かと言ってその状況を打開し自己主張出来るほど積極的な性格でもなかった。
そういう状況だったので、余計にSETOというSNSの人物を拠り所にしていた部分があった。
そのSETOが昔馴染みの壱弥だったとわかってからは、二人は頻繁に連絡を取り合うようになった。
毎日の様に他愛のない挨拶から日常の事、事故交渉の進捗や学校での出来事なども壱弥に全部話していた。
【叔父さんが保険会社の人に言って弁護士つけてくれてから、どんどん話が進んでいってる。壱弥君が教えてくれてくれた通り、お父さん、弁護士特約つけてくれてみたいで費用も大丈夫そう】
【そう、良かった。相手の会社はあんまり質が良くなさそうだから、もし会おうって言われた時は絶対に誰かと一緒に会ってね。弁護士さんと一緒が理想だけど無理そうならいつでも俺に連絡してくれてもいいから】
【うん、わかった。ありがとう】
影が差したので美優はスマホから目を離す。
目の前には友人の金井紗雪(かないさゆき)がいた。
「美優、ニマニマしちゃって誰? 好きピ出来た?」
「そんなんじゃないよ。友達。で、筆箱あったの?」
「うん、あったあった」
「じゃあ、帰ろっか?」
「あ~……ごめん、今日彼ピが一緒に帰ろって」
「そっか。わかった」
「ごめんね、美優!」
紗雪はそう言うと鞄を持ち、コートを着て、教室を出て行ってしまった。
するとスマホがブルリと震える。
画面を覗き込むと、壱弥からのメッセージだった。
【俺、用事で学校の近くまで来てるんだけど、良かったら一緒に晩御飯食べない?】
少し寂しさを感じていた美優は、その誘いが嬉しくてすぐに返事をした。
【うん、いいよ】
【校門の前で待ってるから】
美優は急いでコートを着、マフラーを巻いて鞄を手に校舎の階段を駆け下りた。
靴箱に行くと既に女子生徒達がソワソワと校門の方を眺め、噂話をしていた。
「校門の前に立ってる男の人、かっこよくない?」
「あれはヤバい!」
校門まで駆けると、外側にスマホを覗き込んでいる壱弥がいた。
美優に気が付くとすぐにスマホをポケットに仕舞い、笑顔で手を振った。
「美優ちゃん。こっち」
美優は特に美人な訳でもないし、頭が特別良い訳でもない。
性格も暗い訳でもないけど、明るい訳でもない。
一方壱弥は人目を引くほど容姿端麗だ。何よりその優し気な雰囲気は誰しもに好かれるだろう。
それにやり取りをしてきたのでわかるが、博識で頭がいい。
あまり学校の人達には一緒にいる所を見られたくなかった。
壱弥とは釣り合わないと自分でもわかっているので、色々と根掘り葉掘り聞かれると思うとげんなりする。
「おかえり」
そんな複雑な思いでいるのを知ってか知らずか壱弥は優しい笑顔で美優に歩み寄った。
「あ、壱弥君……。あの、早く行こ?」
「どうして?」
美優は壱弥の服の袖をそっと握って学校から距離を置くように足早に歩んでいく。
学校から出てくる生徒達が自分達を振り返る。
「……だって、恥ずかしい……」
「なんで恥ずかしいの?」
「……だって、壱弥君と恋人だとか勘違いされたら困るし……」
「なんで? 俺は何も困らないよ? むしろ嬉しいけど」
壱弥は事も無げにそう言うと、自身の袖をつまんでいる美優の指先を握った。
「……!」
手が触れて顔を赤くする美優を壱弥は微笑んだ。
「あの、壱弥君……、手、離して?」
「……いや?」
「……いやじゃないけど……恥ずかしい……」
「どうして? あの頃は毎日手なんて繋いでたのに?」
どこか少し意地悪く笑いながら壱弥は美優に問いかける。
「あ、あの時は、小さかったし……」
そう言って手を引いてみるけど、壱弥は離してくれそうにない。
むしろ逆に指を絡めて繋いだ。
「さ、行こう?」
優しい笑顔を美優に向けた壱弥は歩みを進める。
恥ずかしさでどうにかなりそうで俯いて歩く。
「美優ちゃんは、本当に可愛い。昔から可愛かったけど、より一層可愛くなった」
その言葉にびっくりして振り仰ぐと、壱弥はいつもと同じ優しい微笑みで自分を見つめていた。
目が合ってしまって、更に恥ずかしさで何か泣きそうになり、慌てて再び俯いた。
「さ、今日は何食べようか? 急だったから予約してないけど、融通利くお店でもいい?」
「……そこは、こないだみたいに高いお店?」
「うん、でも金曜日だし予約無しじゃどこも厳しいよ?」
「……ファーストフードじゃダメ?」
「う~ん……落ち着いて話が出来ないからなぁ~……。じゃあ、ご飯奢るから、美優ちゃんの家の前まで送らせて?」
「え?」
その言葉に美優は壱弥の顔を振り仰いで見た。
「大丈夫、家に上がったりしないよ? ただ送らせて? こないだ実は心配だったんだ」
先日会った時は駅の改札まで送ってくれた。
「そんなのおかしいよ……。全然釣り合ってないよ」
「……正直に言うとさ? お金にはあんまり困ってないんだよね、俺。だからそこは甘えてくれても全然構わないんだ」
壱弥は少し困ったように笑う。
「ほら、実家と色々あったって言ったでしょ? 実家から勘当されてさ、手切れ金代わりに色々と貰った代わりにもう実家とは縁が切れたんだ。だから不労収入とか結構あるんだよね」
「……そうなの?」
美優は壱弥もまた自分とは理由は違えど同じ様に家族と呼べる人はもういないのだと思うとなんだか同情が込み上げてきた。
「大丈夫。そんな顔しないで。俺はもう気にしてないから」
壱弥は空いた右手で美優の髪を優しく撫でる。
壱弥のその右手がかすかに美優の頬に触れ、壱弥はその優し気な顔に更に優しい笑顔を乗せた。
「美優ちゃんは昔から本当にいい子だよね。可愛い」
あまりにも壱弥がうっとりと自分を見つめるので、やはり恥ずかしくなる。
なので話を逸らそうと話題を変えてみる。
「あの、でもね、壱弥君に毎回奢ってもらうのは悪いよ」
「……う~ん……、じゃあ、送らせてくれる事ともう一つ。お茶、ご馳走して? 食事の後にお茶しに行こう? そこは奢って?」
「そんなのでもいいの?」
壱弥はにっこりと笑うと頷いた。
「本当は気にしなくてもいいんだけどね。美優ちゃんに気を遣わせちゃっても悪いし」
美優はその条件をひとまず受け入れる事にした。
それでも釣り合ってないけれど、幾ばくかはお礼が出来るのなら、無いよりはましだろう。
「じゃあ、お茶は私がご馳走する。全然足りないけど」
「ううん、嬉しいよ。実はお金持ったって言ったら奢ってくれって奴も多くて縁切った友達もいっぱいいたんだ。美優ちゃんみたいにお礼がしたいなんて言ってくれた奴、少なかったよ」
「……そっか……。それはなんか、寂しいよね……」
今正に自分の状況が変わって、友達に距離を置かれてしまった自分としては、壱弥の気持ちを考えると何とも言えない感傷が込み上げた。
絡められた指に力が篭められる。
「美優ちゃんは本当にいい子だね。でも俺、あんまり他人に執着ないから大丈夫だよ」
「……そうなの? でも壱弥君、私にこんなに良くしてくれてるよ?」
「美優ちゃんは特別」
壱弥はにっこりと笑う。何でもない事の様に笑う壱弥を美優は何故か見つめ返す事が出来なくて、俯く。
そんな美優の手を引いて壱弥は歩みを進めていく。
学校から一番近いパーキングで壱弥が繋いでいた手を離す。
「今日車なんだ。夕ご飯まで時間あるし、ちょっとドライブしようか?」
「でも、あの……」
美優は戸惑う。
「? ……ああ、心配いらないよ? ちゃんと家まで送るし、変なトコに連れ込んだりから」
「違うよ。壱弥君がそんな人じゃないのはわかってるから大丈夫なんだけど……」
「ああ、もしかして、ガソリン代とかそういうの気にしてる?」
「うん……」
壱弥は美優の髪を優しく撫でた。
「美優ちゃんは気にし過ぎ。今日車で来たのは俺の都合なんだから気にする事無いんだよ。……そんなに背伸びしなくていいから」
電子キーで解錠するとパーキングに停めてあった輪の連なったエンブレムの白い車の助手席の扉を開ける。
「寒いから、乗って待ってて」
壱弥はそう言うと助手席に美優を座らせて扉を閉める。
座り心地の良いレザーのシートに所在なさげに鞄を抱えて座っている。
美優の家は今まで車を所有した事がない。必要な時はカーシェアかレンタカーだった。
車に詳しくはないけど、車内を見渡すと高そうな車だという事はわかった。
支払いを終えた壱弥は車の運転席に乗り込む。
「お待たせ。明日バイトって言ってたっけ?」
「うん、朝からバイトだよ」
「じゃあ、あんまり遅くならない様にしないとね」
エンジンがかけられて、暖房がじわじわと効き始めた。
「壱弥君は、車好きなの?」
「ううん、話題にはついていけるけど特別好きって訳じゃないよ? どうして?」
「なんか、凄そうな車だから何かこだわりがあったりするのかなって思って」
壱弥は苦笑いをする。
「友達に車好きの奴がいてさ。相談に乗ってもらったらこれになったってだけ。あ、でも音響だけは自分でこだわったかな。音楽はいい音で聴きたかったから」
「そうなんだ。あ、好きな音楽かけてね?」
「うん、ありがとう。運転する時音楽聞いてる方が落ち着くんだよね」
壱弥がスマホを操作すると、車内にはジャズが流れ始める。
あまり音楽に詳しくない美優にはサックスがリードしている曲だという事位しかわからなかった。
「ごめんね、あんまり最近の曲知らないんだよね。こんなのばっか聴いてるんだ」
「ううん、これってジャズでしょ? 私こういう感じの曲好きだよ」
「そう。良かった」
暖房が効いてきたので壱弥は着ていたコートを脱いで後部座席に置く。
美優もそれに倣ってコートとマフラー、鞄を後部座席に置いた。
ギアをドライブに入れてアクセルと軽く踏み込むと、車は発進する。
いつもと変わらず普通に一緒に授業も受けてくれるしお昼も一緒に食べるけれど、なんとなく遠慮されてるような気がする。
友人たちにしてみれば、突然家族を失った美優の悩みに乗ってやれるほどの経験値も心づもりも出来ていないので距離を置く位しか出来る事はなかった。
その事に少し寂しさを感じたが、それを表に出すほど美優は子供でもなかったが、かと言ってその状況を打開し自己主張出来るほど積極的な性格でもなかった。
そういう状況だったので、余計にSETOというSNSの人物を拠り所にしていた部分があった。
そのSETOが昔馴染みの壱弥だったとわかってからは、二人は頻繁に連絡を取り合うようになった。
毎日の様に他愛のない挨拶から日常の事、事故交渉の進捗や学校での出来事なども壱弥に全部話していた。
【叔父さんが保険会社の人に言って弁護士つけてくれてから、どんどん話が進んでいってる。壱弥君が教えてくれてくれた通り、お父さん、弁護士特約つけてくれてみたいで費用も大丈夫そう】
【そう、良かった。相手の会社はあんまり質が良くなさそうだから、もし会おうって言われた時は絶対に誰かと一緒に会ってね。弁護士さんと一緒が理想だけど無理そうならいつでも俺に連絡してくれてもいいから】
【うん、わかった。ありがとう】
影が差したので美優はスマホから目を離す。
目の前には友人の金井紗雪(かないさゆき)がいた。
「美優、ニマニマしちゃって誰? 好きピ出来た?」
「そんなんじゃないよ。友達。で、筆箱あったの?」
「うん、あったあった」
「じゃあ、帰ろっか?」
「あ~……ごめん、今日彼ピが一緒に帰ろって」
「そっか。わかった」
「ごめんね、美優!」
紗雪はそう言うと鞄を持ち、コートを着て、教室を出て行ってしまった。
するとスマホがブルリと震える。
画面を覗き込むと、壱弥からのメッセージだった。
【俺、用事で学校の近くまで来てるんだけど、良かったら一緒に晩御飯食べない?】
少し寂しさを感じていた美優は、その誘いが嬉しくてすぐに返事をした。
【うん、いいよ】
【校門の前で待ってるから】
美優は急いでコートを着、マフラーを巻いて鞄を手に校舎の階段を駆け下りた。
靴箱に行くと既に女子生徒達がソワソワと校門の方を眺め、噂話をしていた。
「校門の前に立ってる男の人、かっこよくない?」
「あれはヤバい!」
校門まで駆けると、外側にスマホを覗き込んでいる壱弥がいた。
美優に気が付くとすぐにスマホをポケットに仕舞い、笑顔で手を振った。
「美優ちゃん。こっち」
美優は特に美人な訳でもないし、頭が特別良い訳でもない。
性格も暗い訳でもないけど、明るい訳でもない。
一方壱弥は人目を引くほど容姿端麗だ。何よりその優し気な雰囲気は誰しもに好かれるだろう。
それにやり取りをしてきたのでわかるが、博識で頭がいい。
あまり学校の人達には一緒にいる所を見られたくなかった。
壱弥とは釣り合わないと自分でもわかっているので、色々と根掘り葉掘り聞かれると思うとげんなりする。
「おかえり」
そんな複雑な思いでいるのを知ってか知らずか壱弥は優しい笑顔で美優に歩み寄った。
「あ、壱弥君……。あの、早く行こ?」
「どうして?」
美優は壱弥の服の袖をそっと握って学校から距離を置くように足早に歩んでいく。
学校から出てくる生徒達が自分達を振り返る。
「……だって、恥ずかしい……」
「なんで恥ずかしいの?」
「……だって、壱弥君と恋人だとか勘違いされたら困るし……」
「なんで? 俺は何も困らないよ? むしろ嬉しいけど」
壱弥は事も無げにそう言うと、自身の袖をつまんでいる美優の指先を握った。
「……!」
手が触れて顔を赤くする美優を壱弥は微笑んだ。
「あの、壱弥君……、手、離して?」
「……いや?」
「……いやじゃないけど……恥ずかしい……」
「どうして? あの頃は毎日手なんて繋いでたのに?」
どこか少し意地悪く笑いながら壱弥は美優に問いかける。
「あ、あの時は、小さかったし……」
そう言って手を引いてみるけど、壱弥は離してくれそうにない。
むしろ逆に指を絡めて繋いだ。
「さ、行こう?」
優しい笑顔を美優に向けた壱弥は歩みを進める。
恥ずかしさでどうにかなりそうで俯いて歩く。
「美優ちゃんは、本当に可愛い。昔から可愛かったけど、より一層可愛くなった」
その言葉にびっくりして振り仰ぐと、壱弥はいつもと同じ優しい微笑みで自分を見つめていた。
目が合ってしまって、更に恥ずかしさで何か泣きそうになり、慌てて再び俯いた。
「さ、今日は何食べようか? 急だったから予約してないけど、融通利くお店でもいい?」
「……そこは、こないだみたいに高いお店?」
「うん、でも金曜日だし予約無しじゃどこも厳しいよ?」
「……ファーストフードじゃダメ?」
「う~ん……落ち着いて話が出来ないからなぁ~……。じゃあ、ご飯奢るから、美優ちゃんの家の前まで送らせて?」
「え?」
その言葉に美優は壱弥の顔を振り仰いで見た。
「大丈夫、家に上がったりしないよ? ただ送らせて? こないだ実は心配だったんだ」
先日会った時は駅の改札まで送ってくれた。
「そんなのおかしいよ……。全然釣り合ってないよ」
「……正直に言うとさ? お金にはあんまり困ってないんだよね、俺。だからそこは甘えてくれても全然構わないんだ」
壱弥は少し困ったように笑う。
「ほら、実家と色々あったって言ったでしょ? 実家から勘当されてさ、手切れ金代わりに色々と貰った代わりにもう実家とは縁が切れたんだ。だから不労収入とか結構あるんだよね」
「……そうなの?」
美優は壱弥もまた自分とは理由は違えど同じ様に家族と呼べる人はもういないのだと思うとなんだか同情が込み上げてきた。
「大丈夫。そんな顔しないで。俺はもう気にしてないから」
壱弥は空いた右手で美優の髪を優しく撫でる。
壱弥のその右手がかすかに美優の頬に触れ、壱弥はその優し気な顔に更に優しい笑顔を乗せた。
「美優ちゃんは昔から本当にいい子だよね。可愛い」
あまりにも壱弥がうっとりと自分を見つめるので、やはり恥ずかしくなる。
なので話を逸らそうと話題を変えてみる。
「あの、でもね、壱弥君に毎回奢ってもらうのは悪いよ」
「……う~ん……、じゃあ、送らせてくれる事ともう一つ。お茶、ご馳走して? 食事の後にお茶しに行こう? そこは奢って?」
「そんなのでもいいの?」
壱弥はにっこりと笑うと頷いた。
「本当は気にしなくてもいいんだけどね。美優ちゃんに気を遣わせちゃっても悪いし」
美優はその条件をひとまず受け入れる事にした。
それでも釣り合ってないけれど、幾ばくかはお礼が出来るのなら、無いよりはましだろう。
「じゃあ、お茶は私がご馳走する。全然足りないけど」
「ううん、嬉しいよ。実はお金持ったって言ったら奢ってくれって奴も多くて縁切った友達もいっぱいいたんだ。美優ちゃんみたいにお礼がしたいなんて言ってくれた奴、少なかったよ」
「……そっか……。それはなんか、寂しいよね……」
今正に自分の状況が変わって、友達に距離を置かれてしまった自分としては、壱弥の気持ちを考えると何とも言えない感傷が込み上げた。
絡められた指に力が篭められる。
「美優ちゃんは本当にいい子だね。でも俺、あんまり他人に執着ないから大丈夫だよ」
「……そうなの? でも壱弥君、私にこんなに良くしてくれてるよ?」
「美優ちゃんは特別」
壱弥はにっこりと笑う。何でもない事の様に笑う壱弥を美優は何故か見つめ返す事が出来なくて、俯く。
そんな美優の手を引いて壱弥は歩みを進めていく。
学校から一番近いパーキングで壱弥が繋いでいた手を離す。
「今日車なんだ。夕ご飯まで時間あるし、ちょっとドライブしようか?」
「でも、あの……」
美優は戸惑う。
「? ……ああ、心配いらないよ? ちゃんと家まで送るし、変なトコに連れ込んだりから」
「違うよ。壱弥君がそんな人じゃないのはわかってるから大丈夫なんだけど……」
「ああ、もしかして、ガソリン代とかそういうの気にしてる?」
「うん……」
壱弥は美優の髪を優しく撫でた。
「美優ちゃんは気にし過ぎ。今日車で来たのは俺の都合なんだから気にする事無いんだよ。……そんなに背伸びしなくていいから」
電子キーで解錠するとパーキングに停めてあった輪の連なったエンブレムの白い車の助手席の扉を開ける。
「寒いから、乗って待ってて」
壱弥はそう言うと助手席に美優を座らせて扉を閉める。
座り心地の良いレザーのシートに所在なさげに鞄を抱えて座っている。
美優の家は今まで車を所有した事がない。必要な時はカーシェアかレンタカーだった。
車に詳しくはないけど、車内を見渡すと高そうな車だという事はわかった。
支払いを終えた壱弥は車の運転席に乗り込む。
「お待たせ。明日バイトって言ってたっけ?」
「うん、朝からバイトだよ」
「じゃあ、あんまり遅くならない様にしないとね」
エンジンがかけられて、暖房がじわじわと効き始めた。
「壱弥君は、車好きなの?」
「ううん、話題にはついていけるけど特別好きって訳じゃないよ? どうして?」
「なんか、凄そうな車だから何かこだわりがあったりするのかなって思って」
壱弥は苦笑いをする。
「友達に車好きの奴がいてさ。相談に乗ってもらったらこれになったってだけ。あ、でも音響だけは自分でこだわったかな。音楽はいい音で聴きたかったから」
「そうなんだ。あ、好きな音楽かけてね?」
「うん、ありがとう。運転する時音楽聞いてる方が落ち着くんだよね」
壱弥がスマホを操作すると、車内にはジャズが流れ始める。
あまり音楽に詳しくない美優にはサックスがリードしている曲だという事位しかわからなかった。
「ごめんね、あんまり最近の曲知らないんだよね。こんなのばっか聴いてるんだ」
「ううん、これってジャズでしょ? 私こういう感じの曲好きだよ」
「そう。良かった」
暖房が効いてきたので壱弥は着ていたコートを脱いで後部座席に置く。
美優もそれに倣ってコートとマフラー、鞄を後部座席に置いた。
ギアをドライブに入れてアクセルと軽く踏み込むと、車は発進する。
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