君に打つ楔

ツヅミツヅ

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19、決まらない心

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 クリスマスが終わると、大晦日まで美優はバイトに明け暮れた。
 長時間勤務をこなして、今回もまた大晦日の退勤時間前に壱弥に迎えに来てもらう事になっていた。
「店長~? これホント最近もたつくよ~? もう設備古いんじゃない?」
 美優よりも年上だが勤務日数は短い、バイトの清水和馬が木之崎に言った。
「これ、1年位前に入れたんだぞ? そんなすぐに古くなるかよ」
「え~? でもイラつくし変えようよ? ね? 神崎さん?」
 美優は苦笑いしながら答えた。
「さすがに1年で変えるのは難しいんじゃないかと思いますよ?」
 そう答えた所で、店の自動ドアが開く。
 いつもの常連の以前壱弥とすれ違ったお客が入って来る。
「いらっしゃいませ」
 このお客さんはよく顔を知っていて、いつも3時間のコースと唐揚げ定食を頼んでいく。
 それでもいつも通りどのコースにするのか訊ね、これも、と一言だけでメニュー表の唐揚げ定食を指差す。
 少しもたつく画面を操作しながら、必要項目を入力して伝票を発行する。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
 笑顔で伝票を渡すと、お客さんは無言でそれを受け取って指定されているブースに入っていった。
「あのお客さん、いつも神崎さんがいる時来るんだよね」
 清水がお客さんを見送りながら言った。
「たまたま時間帯が合っちゃうだけだと思いますよ? 他にもそういうお客さんたくさんいるし」
「いや、絶対神崎さん目的で来てるって。危機感持った方がいいよ?」
「そんな事ないと思いますけど……」
 美優は確定的に言う清水に困りながら返事をする。
 その会話に木之崎が割って入る。
「そういう事を言うんじゃない。お客さんに聞こえたらどうすんだ」
「え~? 俺でもこういう勘当たるよ?」
「勘でストーカー呼ばわりされたら堪らんだろ。あ、神崎さん、時間だから上がっていいよ?」
 正直、その木之崎の言葉に救われた気がして、ホッとした。
 誰かを悪し様に言うのは勿論、言ってるのを聞くのも好きではない美優はこの話題が続くのは勘弁して欲しかった。
「あ、はい。お疲れ様でした。店長、清水さん、良いお年を」
「はい、良いお年を~」
「お疲れっす」
 スタッフルームに入ってエプロンを外して、ロッカーに仕舞う。荷物を取り出してスマホを確認すると、ちょうど壱弥からメッセージが来た。
『バイト終わったら、パーキングまで降りて来て』
 3日間のお泊りの荷物を持って店のカウンター前を通りすがる。
「お、神崎さん、エラい大荷物だね? 正月どっか行くの?」
 木之崎が美優の荷物を見て声をかけた。
「友達のお家で三が日過ごす事になったんで、今から行きます」
「そっか、気を付けてね」
「男?」
 清水が冷やかす様に言うと、美優は壱弥の顔を頭の中で思い描いてしまって口籠ってしまう。
「お? 男なんだ」
「……こないだのイケメンの人?」
 木之崎が少し心配気に聞いてくる。
「……えっと、じゃ、お疲れ様でした!」
 ちょっと強引だと思ったけれど、ここは無視して店を出てしまった。
 やましい訳ではないけど、彼氏という訳ではない男性と二人で3日も過ごすのは初めての事で、なんとなく素直には言えなかった。余計な心配をかけるのも、誤解を受けるのも嫌だった。
 パーキングに降りていくと、壱弥の白い車が停まっていたので、駆け寄る。
 壱弥は美優が近づく前には車を降りて来て、美優に手を振った。
「バイトお疲れ様。連勤だったんでしょ?」
「うん、でも5日位だから」
 美優の肩にかかった大きな荷物を壱弥はさり気なく美優から預かり、そのままトランクに積む。
「でもいつもより長い時間入ったんでしょ?」
「うん、でもそんなに大した事なかったよ? 慣れた仕事だから」
 壱弥は笑って美優の頭に軽く手をポンと乗せた。
「美優ちゃんは無理するから心配だな。さ、じゃあ、年越し蕎麦食べに行こうか?」
「お店で食べるの?」
「うん、蕎麦屋さん行こ」
 やはり壱弥は助手席の扉を開けて美優を車に促す。
 美優も大人しくそれに従って乗り込んだ。
「いつもありがとう」
「どういたしまして」
 扉を閉めると運転席側かに回り込んで車に乗り込む。
 そして車を走らせ始めると、パーキングから車道に出た。
「ホントはさ、家で食べようと思って、この何日か蕎麦打って茹でてみたんだけどさ、十割蕎麦って茹でるの難しいね。なんか上手く美味しくならないんだよね」
「うってって……、お蕎麦お家で打ったの? 凄いね」
「うん、打ってみた。でも十割蕎麦って難しい。繋ぎ無いから茹でると切れちゃうんだよね」
「いっぱい作ったの?」
「うん、一人じゃ食べきれないから帆高と航生にも犠牲になってもらった」
「ええ、犠牲って……」
「二人とも正月前になんでこんなに蕎麦食べさせられるんだって愚痴ってた」
「愚痴りながらも食べてくれたんだ。二人とも優しいね」
「冷酒やりながら、グダグダ喋りながらだったから最初は機嫌よく食べてたよ?」
「……もしかして、家にまだ残ってるの?」
「うん、残ってる」
「じゃあ、それ食べようよ! 私も壱弥君の打ったお蕎麦食べたいな」
「ええ? ホントに切れてて食べ応え無いよ?」
「うん、それでもいいから食べたい」
「……でもなぁ、恥ずかしいなぁ。失敗してる奴だからなぁ」
 丁度車は赤信号に差し掛かり車は停車したので壱弥は美優に顔を向けた。そのタイミングで美優は手を合わせて壱弥にお願いする。
「お願い。私も壱弥君のお蕎麦食べたい」
「……そんな風に可愛くお願いされたら聞くしかないよ」
「別に可愛くはないと思うけど……、でも食べさせてくれるの?」
「美優ちゃんのお願いだからね。じゃあ、何か乗せるもの買って帰ろっか」
「うん。ありがとう、壱弥君」
 全開の笑顔でお礼を言った美優を壱弥は優しく見つめて指先で頬に触れた。
「……ホントに可愛いよ。美優ちゃん」
 その指先は美優の頬をなぞって髪に触れる。
 壱弥に見つめられた美優はやっぱり恥ずかしくなって顔を紅潮させてしまう。
「……壱弥君? 信号……」
 見つめられたまま視線を外す事が何故か出来なかったので精一杯の抵抗を試みた。
「……そうだね」
 壱弥はにっこりと笑うとまた前を向いてハンドルを握る。
 そして信号は青に変わり、アクセルを踏んで車は動き出した。
 少し走った先のショッピングモールの地下パーキングに入って、駐車する。
 壱弥は車から出ると自然に美優と手を繋いで店内へと入っていく。
「何乗せる? ここの天ぷら普通に美味しいよ?」
「ホント? じゃあ、私エビの天ぷらにしようかな」
「じゃ、俺も天ぷらにしよ」
 ショッピングモールの地下1階の食料品売り場まで上がり、三が日を過ごすのに必要な物を買い出す。
「俺んち何も無いんだよね。だから色々美優ちゃんの物買おうか」
「え? 私の物?」
「うん、コップとか色々?」
「紙コップとかで充分だよ?」
「ダメ。さ、買いに行こ」
 やはり有無を言わせない笑顔で壱弥は美優の手を引き、日用品の売り場までやって来る。
「きっとこれからも来て貰う事もあると思うし。美優ちゃんの気に入った物買お? とりあえずマグ。どれにする?」
 たくさん並ぶマグカップの中から、美優はシンプルな物を選んだ。
 男性の部屋に置いても出来るだけ女性の気配のしない物。
 益子焼の無地の白い大きめのマグを手にする。
「これがいいかな」
「それ? シンプルなの選んだね。じゃ、俺もこれ買お」
 壱弥が手に取ったのは美優と同じ益子焼の無地のターコイズの大きめのマグ。
「美優ちゃんと色違い」
「壱弥君の物はあるんでしょ? 買っちゃうの?」
「うん、だってお揃いの欲しいじゃん。今日からこれ使う」
 本当は止めようと思ったけれど、壱弥があまりにも嬉しそうに言うので、何か気恥ずかしくなった美優はそれ以上何も言えなかった。
 壱弥はそのマグカップを買い物カートに入れると次は箸を見始める。
「美優ちゃんどんなお箸がいい?」
「お箸も買うの?」
「うん、必要な物は全部買うよ?」
「割りばしとかでいいと思うけど……」
 壱弥は少しむくれた顔をして美優をじっと見つめる。
「……美優ちゃんはまた遊びに来てくれる気ないの?」
「そんな事ないよ? 壱弥君が迷惑じゃなかったら遊びに来たいよ?」
「じゃ、また使うでしょ? 買っても別にいいよね?」
「……うん」
 困り果てながら首を縦に振ると、壱弥は破顔する。
「そうだよね? また来てくれるなら買っても構わないよね?」
 美優は少し困った。まだ壱弥と付き合うかどうか、心はしっかりと決まってない。
 本心を言えば壱弥程自分を想ってくれる人はそうそう現れるものでもないだろうし、美優自身も壱弥には惹かれているから、返事は殆ど決まっている。
 だけど壱弥が見せるこういう容赦なく自分に甘い所は何か禁断の果実の様な、禁忌を犯す様な、そんな触れてはいけないものの様に感じて、ブレーキがかかる。
 壱弥の事は好きだ。もちろん男性として。
 お兄ちゃんだなんて自分を誤魔化しても壱弥が自分に甘い言葉を囁く度に心躍り、ときめく。
 そういう葛藤はまだまだ解決していなくて、返事を保留にしたままこんな風に壱弥のパーソナルスペースにズカズカと入り込むのは良い事だとは思えなかった。
「美優ちゃん、これはどう?」
 そんな美優の葛藤を壱弥は知ってか知らずか、箸の品定めを始める。
「うん、可愛いね。でも私こっちの白いのがいいかな?」
「はは、これもシンプルだね。じゃ、俺はこれにしようかな」
 壱弥が手に取ったのは美優と揃いの男性用の黒い箸だ。
「壱弥君、もしかして全部お揃いにしようと思ってる?」
 美優が訊ねると壱弥はにっこりと笑って首を縦に振った。
「もちろん。俺の部屋なんて、美優ちゃん以外、忠也先輩か帆高か航生しか来ないからね。あいつらはなんだって構わないけど、美優ちゃんはそういう訳に行かないから」
「私だってなんだって構わないよ?」
 壱弥は美優の手を取ると、ぎゅっと握った。
「美優ちゃんは特別だから、構うんだよね」
 そのまま手を繋いで、壱弥は湯呑を見始める。
「美優ちゃん? これお揃いのある。この色はイヤ?」
 壱弥が選んだのは美優が今つけているローズクォーツと同じようなピンクの湯呑と、それと揃いのデザインの黒い湯呑だ。
「……それだったら、こっちの白と黒の湯呑が可愛いかな?」
「それ、少しサイズ小さいな~。じゃ、こっちの青と赤のヤツはどう?」
「じゃあ、こっちの美濃焼の黒いのは? 湯呑が2客のヤツ」
「あ、それいいね。急須もついてる。うち急須なんか無いからちょうどいいかも。白のセットもあるな~。あ、白黒の2客もあるね。これにしようか?」
「うん、これがいいな」
 箸と急須と湯呑のセットも買い物カートに入れる。
 壱弥に手を引かれて今度はお皿を選ぶ。
 これも出来る限り女性の香りを感じさせないシンプルな物を選んだ。
 他にも細々したものを揃いで買い揃えて、ちょっとした新生活の準備の様な荷物になった。
 レジを通して買い物カートに大量の荷物を入れてパーキングまで歩く。
「なんだかいっぱい買い物しちゃったね……。よかったのかな……?」
「うん、よかったよ? さ、帰ろうか」

 二人は買い出した物を車のトランクに積んで、壱弥の家へと向かった。
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