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21、戸惑い
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「そろそろ11時だね。神社行く?」
「え、神社この辺にあるの?」
「うん、歩いて10分位かな? お寺もあって毎年除夜の鐘聞こえて来るよ」
「そうなんだ。じゃあ、行きたいな」
「よし、じゃあ出かけよっか」
観ていた映画を停めて、二人は出かける為に美優は水色のダッフルコートを、壱弥は黒のスタンダードサイズのダウンジャケットを着込む。
「美優ちゃん、多分それじゃ寒いよ、俺のダウン、クローゼットにもう一着あるからそっち着た方がいい」
壱弥はクローゼットから白いロングのダウンジャケットを取り出す。
「こっちの方が暖かそう。壱弥君はこっち着なくていいの?」
「うん、全然構わないよ。美優ちゃん、そっちの長いの着て」
「いつもいい方を譲ってくれてありがとう。壱弥君はホントに優しいよね」
壱弥は靴を履きながら答える。
「俺優しくないよ? 優しいって言うなら美優ちゃんの方が優しいよ」
「そんな事ないよ? 壱弥君はホントに優しい」
「そうかな……。さ、行こうか? 行ける?」
美優も靴を履けたので返事する。
「うん、行ける」
二人はマンションのエントランスを出て、大晦日の夜の冷気の中を歩き出す。
「俺、この冬の夜中のピンと張った様な空気好きなんだよね」
「私も好き。凄く寒いんだけど、なんか引き締まった気持ちになるっていうか……」
「うん、そうそう。そういう感じ」
自然と手を繋ぐと手の平から壱弥の温度が伝わってくる。
いつも手を繋いでいるのに、気持ちを伝えるタイミングを計り始めてから、余計に恥ずかしさは増してしまった。
顔が赤い事を隠したくて俯く。
それを見下ろす壱弥は美優に落とす様に声をかける。
「……美優ちゃん、来年はホントに色々一緒に行こうね? ご両親と行った所とか巡ってみてもいいね」
美優はその言葉を受けて、自然に壱弥を見上げてしまう。
「……ありがとう。でも、そんな事したら私、泣いちゃうかも」
冗談めかして言ってみた。
しかし壱弥は真剣な眼差しを留めて、美優を見下ろしている。
そしてきゅっと握った手の平に力を篭めた。
「泣いてもいいよ」
「……そんなの……ダメだよ」
「俺には弱みを見せてもいいんだよ? 全部受け止めるから」
「……お願い。今はそんな事言わないで……? 何もかも崩れそうで怖いから……。ダメ」
「大丈夫。崩れても俺が支えるから。何も心配要らない」
美優は壱弥の真剣な眼差しから逃げる様に視線を逸らして俯いた。
そして思う。
やっぱり壱弥の優しさは今の自分には毒になるかもしれない。
例え恋人になったとしても、美優は壱弥に頼る気も縋る気もない。
自分の人生を自分で生きられる様に、自分の仕事を持って、自分の出来る事をやって、地に足の着いた生き方をしたいと思っている。
だけど、今はまだ弱ってる自分の心に、壱弥の優しさや自分への甘さはそういう自分の意地を砕くものになる。
壱弥は優しい。美優に対して無条件と言っていい程優しい。
弱っていない時ならそれも全て笑って受け入れられるかもしれないけれど、今の自分は壱弥に全て頼りきりのダメな人間になってしまいそうで怖い。
そんな事になったら、もう自分の足で立てる自信が美優には無かった。
「……ありがとう……」
美優は俯いたまま、壱弥の想いの深さに対してだけ、感謝した。
その厚意を受けるかどうかはまた別の話だ。
それを察したのか、壱弥は更に握った手に力を篭めた。
「……待ってるから」
「うん……」
二人は手を繋いだまま、神社までの道のりを歩く。
壱弥は黙ってしまったので、美優もそのまま沈黙を貫いた。
神社に着くと既に行列が出来ていて、二人は最後尾に並ぶ。
「もうこんなに人が来てるね」
「この辺りここしか神社無いから」
境内に続く階段には御神燈の灯がゆらゆらと揺らめいている。
境内から冷たい風が吹きおろし、小雪がちらつき始めた。
「あ、雪だ! 寒いと思ったらやっぱり降り出したね。壱弥君のダウン借りて正解だった」
「うん、今日は特に冷えるから降るかなって思ってたんだ」
他愛のない話をして時間を潰していたら、そろそろ時間は深夜0時を迎えようとしていた。
少し前の学生らしい集団がカウントダウンを始めた。
壱弥は左腕の時計に目をやった。
「そろそろ12時だ。3,2,1」
周囲から新年の挨拶の声が一斉に上がる。
美優も壱弥に挨拶をしようと口を開きかけたら、壱弥が人差し指を美優の唇に当てた。
「俺達は喪中だから、おめでたくないよ? 今年はずっと一緒にいようね。美優ちゃん」
壱弥は優しく微笑むと美優の額にキスを落とした。
「! ……い、壱弥君……人前だよ?!」
「ただの新年の挨拶の代わりだよ?」
「……恥ずかしいよ……」
後ろで並んでいた女性二人組が二人のその様子を見ていた様で、何やらひそひそと話し始めている。
それが更に恥ずかしさを増長させ、顔が真っ赤になって俯いてしまう。
そのタイミングで行列は動き始めて、壱弥が繋いだ手を引く。
「美優ちゃん、何お願いするの?」
壱弥は手を引きながら美優に訊ねた。
「え、えっと、仕事早く慣れますようにってお願いしようと思ってるよ?」
「……そっか。美優ちゃんらしいね」
「壱弥君は?」
「早く美優ちゃんが俺を選んでくれますようにって頼むよ?」
「え?! そ、それはお願いしなくてもいいんじゃないかなぁ?」
「……それって近々俺の事選んでくれるって事?」
「えっと…………、それは…………」
「なんてね、冗談だよ。急かすつもりはないから」
「え? それじゃ、なんてお願いするの?」
壱弥はにっこりと笑う。
「俺、神頼みはしないんだ。ただ、ご縁をありがとうございますってそれだけ心の中で言って終わり」
「どうして?」
「願いはどうせ自分でしか叶えられないでしょ? それかどうやったって叶わない願いかどっちかしかないと思うんだよね」
「……うん、そうかもしれないね」
美優はどうやったって叶えられない願いというものを知っているから、壱弥の言葉はストンと落ちる様に納得出来た。
「だから、俺は神様に願い事はしない。叶えられるのなら自分で叶えるから」
「そっか。……私もやっぱり壱弥君と同じ様にご縁をありがとうございますって言おう」
「これは俺が勝手に自分ルールでやってる事だから気にしなくてもいいよ?」
「ううん、私もそうしたいな。良い事教えてくれてありがとう」
階段を登り切って境内の中に入り、もう本坪鈴の直前だ。
二人は一つの本坪鈴を持って振った。
カランカランと大きい鈴の鳴る音が喧騒の神社に響く。
そして二礼二拍手をした後、美優は壱弥の言った様に、心の中で『ご縁をありがとうございます』と唱えた。
そして一礼を終えて壱弥の方を見ると、既に美優の事を見つめていた。
「行こっか?」
「うん」
左側に二人で避けて、次の人に神前を譲る。
「お御籤引こ。こっち社務所だよ」
やはり壱弥に手を引かれて社務所へと歩むと、お御籤も並んでいてその行列に並ぶ。
やっと巫女さんの前まで着くと、お御籤筒を渡されてカラカラと振った。
小さな穴から出て来た棒の先の番号を見ると38番と書かれていた。
「38番です」
巫女さんにそう伝えると紙片を棚から一枚出してくれた。
「俺は25番です」
巫女さんは壱弥を見るとより笑顔になってどこか秋波の帯びた瞳を向け、紙片を渡しながら「良いお参りを」と声をかけた。
壱弥はにこりと笑うと、巫女さんに簡単に会釈し、そして美優の肩を抱いて背を向ける。
「さ、俺は今年はなんだろう。後で美優ちゃんの見せてくれる?」
「うん、あ! 私今年は大吉だ!」
「よかったね、大吉おめでとう。あ、俺も大吉だ」
「壱弥君も大吉おめでとう」
「ありがとう。知ってた? お御籤っていい結果のヤツは持って帰ってお守りにするといいんだって」
「そうなの? じゃあ、私持って帰ろうっと」
「俺も持って帰る」
二人はお御籤を財布に仕舞う。
「で、お寺の方に行ってみようか? 除夜の鐘突かせてもらえるよ?」
「ホント? 私あの大きな鐘突いた事無いな。行ってみたい」
「じゃ、行こっか。ここから歩いて5分位だよ」
二人は神社を出て、再び手を繋いでお寺を目指す。
「壱弥君はこの辺りにはいつから住んでるの?」
「3年くらい前からかな」
「じゃあ、毎年こうやって大晦日はお参りに来てたの?」
「なんだかんだ、帆高と航生と穂澄が来たりしてたから、皆でお参りしたよ」
「忠也さんや棗さんは?」
「あの人達は大晦日は棗先輩の実家で過ごしてるんだって。一応あの人達既婚者だからね」
「そうなんだ……。今年も皆に誘われたんじゃない?」
「美優ちゃんと二人の方がいいから断った」
「そうなんだ……。その……、よかったの?」
「いいに決まってるでしょ? でも残念な事に明日は皆で初詣一緒に行こうってさっき帆高からメッセ来たよ。一緒に行く?」
「うん、壱弥君がいいなら行きたいな」
「俺はホントは美優ちゃんと二人きりでいたいけど……。あんまり長く二人きりでいたら変な気起こしちゃうかもしれないし、ちょうどいいかも」
その言葉に美優はドキリとした。
紳士的に振舞ってくれているけれど、壱弥は自分に好意を持ってくれている訳で、そういう気持ちももちろん無い訳ではないだろう。
そんな思索が顔に出ていたのか、壱弥はクスリと笑った。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。美優ちゃんの気持ちが決まるまで手を出したりしないから。でも、おでこにキスする位は許してね?」
壱弥はスマホをポケットから取り出した。
「じゃ、帆高に返事するね」
スマホの画面をささっと操作して返事を入力する。
辺りには街灯も遠く、暗闇が包んでいてスマホを操作する壱弥の横顔だけがぼんやり照らされている。
歩きながら操作する壱弥の足元に目を向けながら、やはり壱弥はとても優れた容姿をしているなぁとなんとなく思う。
そう思っていると壱弥が不意にこちらを見た。
「帆高達、明日の朝迎えに来てくれるってさ。あいつらも初詣もう行ってるんだって」
「じゃあ、私達と一緒で三が日参りだね」
「そうだね。あ、あそこだよ、お寺」
壱弥が指差した先には小さなお寺があって門の前にも行列が出来ていた。
その行列に並んで除夜の鐘を鳴らす順番を待つ。
境内の中では大きめの灯油ストーブが置かれていて、その周りを囲みながら紙コップを手にした人たちがいた。
それに目をやった壱弥が美優に教える。
「ここのお寺、温かい甘酒くれるんだ」
「そうなの?」
「いいでしょ?」
「うん、凄くいい」
「俺達も除夜の鐘突いたらもらおっか」
「うん、飲ませてもらおう」
順番はすぐに回って来て、美優から先に突かせてもらう事になった。
撞木を吊るす縄を両手で持って、引くと撞木は大きく揺れて鐘に届いた。
鐘は高く、でも低い大きな振動を冷気を纏う闇夜に響かせた。
美優は手を合わせてお辞儀をしてから鐘楼を離れた。
その後を壱弥が続いて鐘を打つ。
壱弥の鐘の音は少し美優より強かったらしく、より高く低くそして力強かった。
壱弥も美優と同じ様に手を合わせてお辞儀をして、鐘楼から降りる。
そして二人は甘酒を配っている本堂の中に入ってお御堂に手を合わせる。
本堂の端の方で長机が置かれてあり、そこで甘酒は振舞われている。
二人はそこで甘酒を受け取って、先程の灯油ストーブを他の参拝客と共に囲んだ。
並んで冷えた身体には甘酒の温かさが染み渡る様で、紙コップを持つ手の平と共に身体を温めてくれた。
「美味しいね、壱弥君」
「うん、美味しい」
「あのね、壱弥君」
「ん? 何?」
「……一緒にいてくれてありがとう」
「……うん」
壱弥は空いた左手で横にいる美優の頭を優しく撫でる。
それはやはり昔してくれたものと同じで、美優はその手の温かさにホッとする。
美優の心は自分の矛盾した思いに少し戸惑う。
壱弥の優しさを毒だと思う自分もいれば、こんな風に安らぐ自分もいる。
一体どちらが自分の本当の気持ちなのか迷いながら紙コップの温かい甘酒を少しずつ飲んでいった。
「え、神社この辺にあるの?」
「うん、歩いて10分位かな? お寺もあって毎年除夜の鐘聞こえて来るよ」
「そうなんだ。じゃあ、行きたいな」
「よし、じゃあ出かけよっか」
観ていた映画を停めて、二人は出かける為に美優は水色のダッフルコートを、壱弥は黒のスタンダードサイズのダウンジャケットを着込む。
「美優ちゃん、多分それじゃ寒いよ、俺のダウン、クローゼットにもう一着あるからそっち着た方がいい」
壱弥はクローゼットから白いロングのダウンジャケットを取り出す。
「こっちの方が暖かそう。壱弥君はこっち着なくていいの?」
「うん、全然構わないよ。美優ちゃん、そっちの長いの着て」
「いつもいい方を譲ってくれてありがとう。壱弥君はホントに優しいよね」
壱弥は靴を履きながら答える。
「俺優しくないよ? 優しいって言うなら美優ちゃんの方が優しいよ」
「そんな事ないよ? 壱弥君はホントに優しい」
「そうかな……。さ、行こうか? 行ける?」
美優も靴を履けたので返事する。
「うん、行ける」
二人はマンションのエントランスを出て、大晦日の夜の冷気の中を歩き出す。
「俺、この冬の夜中のピンと張った様な空気好きなんだよね」
「私も好き。凄く寒いんだけど、なんか引き締まった気持ちになるっていうか……」
「うん、そうそう。そういう感じ」
自然と手を繋ぐと手の平から壱弥の温度が伝わってくる。
いつも手を繋いでいるのに、気持ちを伝えるタイミングを計り始めてから、余計に恥ずかしさは増してしまった。
顔が赤い事を隠したくて俯く。
それを見下ろす壱弥は美優に落とす様に声をかける。
「……美優ちゃん、来年はホントに色々一緒に行こうね? ご両親と行った所とか巡ってみてもいいね」
美優はその言葉を受けて、自然に壱弥を見上げてしまう。
「……ありがとう。でも、そんな事したら私、泣いちゃうかも」
冗談めかして言ってみた。
しかし壱弥は真剣な眼差しを留めて、美優を見下ろしている。
そしてきゅっと握った手の平に力を篭めた。
「泣いてもいいよ」
「……そんなの……ダメだよ」
「俺には弱みを見せてもいいんだよ? 全部受け止めるから」
「……お願い。今はそんな事言わないで……? 何もかも崩れそうで怖いから……。ダメ」
「大丈夫。崩れても俺が支えるから。何も心配要らない」
美優は壱弥の真剣な眼差しから逃げる様に視線を逸らして俯いた。
そして思う。
やっぱり壱弥の優しさは今の自分には毒になるかもしれない。
例え恋人になったとしても、美優は壱弥に頼る気も縋る気もない。
自分の人生を自分で生きられる様に、自分の仕事を持って、自分の出来る事をやって、地に足の着いた生き方をしたいと思っている。
だけど、今はまだ弱ってる自分の心に、壱弥の優しさや自分への甘さはそういう自分の意地を砕くものになる。
壱弥は優しい。美優に対して無条件と言っていい程優しい。
弱っていない時ならそれも全て笑って受け入れられるかもしれないけれど、今の自分は壱弥に全て頼りきりのダメな人間になってしまいそうで怖い。
そんな事になったら、もう自分の足で立てる自信が美優には無かった。
「……ありがとう……」
美優は俯いたまま、壱弥の想いの深さに対してだけ、感謝した。
その厚意を受けるかどうかはまた別の話だ。
それを察したのか、壱弥は更に握った手に力を篭めた。
「……待ってるから」
「うん……」
二人は手を繋いだまま、神社までの道のりを歩く。
壱弥は黙ってしまったので、美優もそのまま沈黙を貫いた。
神社に着くと既に行列が出来ていて、二人は最後尾に並ぶ。
「もうこんなに人が来てるね」
「この辺りここしか神社無いから」
境内に続く階段には御神燈の灯がゆらゆらと揺らめいている。
境内から冷たい風が吹きおろし、小雪がちらつき始めた。
「あ、雪だ! 寒いと思ったらやっぱり降り出したね。壱弥君のダウン借りて正解だった」
「うん、今日は特に冷えるから降るかなって思ってたんだ」
他愛のない話をして時間を潰していたら、そろそろ時間は深夜0時を迎えようとしていた。
少し前の学生らしい集団がカウントダウンを始めた。
壱弥は左腕の時計に目をやった。
「そろそろ12時だ。3,2,1」
周囲から新年の挨拶の声が一斉に上がる。
美優も壱弥に挨拶をしようと口を開きかけたら、壱弥が人差し指を美優の唇に当てた。
「俺達は喪中だから、おめでたくないよ? 今年はずっと一緒にいようね。美優ちゃん」
壱弥は優しく微笑むと美優の額にキスを落とした。
「! ……い、壱弥君……人前だよ?!」
「ただの新年の挨拶の代わりだよ?」
「……恥ずかしいよ……」
後ろで並んでいた女性二人組が二人のその様子を見ていた様で、何やらひそひそと話し始めている。
それが更に恥ずかしさを増長させ、顔が真っ赤になって俯いてしまう。
そのタイミングで行列は動き始めて、壱弥が繋いだ手を引く。
「美優ちゃん、何お願いするの?」
壱弥は手を引きながら美優に訊ねた。
「え、えっと、仕事早く慣れますようにってお願いしようと思ってるよ?」
「……そっか。美優ちゃんらしいね」
「壱弥君は?」
「早く美優ちゃんが俺を選んでくれますようにって頼むよ?」
「え?! そ、それはお願いしなくてもいいんじゃないかなぁ?」
「……それって近々俺の事選んでくれるって事?」
「えっと…………、それは…………」
「なんてね、冗談だよ。急かすつもりはないから」
「え? それじゃ、なんてお願いするの?」
壱弥はにっこりと笑う。
「俺、神頼みはしないんだ。ただ、ご縁をありがとうございますってそれだけ心の中で言って終わり」
「どうして?」
「願いはどうせ自分でしか叶えられないでしょ? それかどうやったって叶わない願いかどっちかしかないと思うんだよね」
「……うん、そうかもしれないね」
美優はどうやったって叶えられない願いというものを知っているから、壱弥の言葉はストンと落ちる様に納得出来た。
「だから、俺は神様に願い事はしない。叶えられるのなら自分で叶えるから」
「そっか。……私もやっぱり壱弥君と同じ様にご縁をありがとうございますって言おう」
「これは俺が勝手に自分ルールでやってる事だから気にしなくてもいいよ?」
「ううん、私もそうしたいな。良い事教えてくれてありがとう」
階段を登り切って境内の中に入り、もう本坪鈴の直前だ。
二人は一つの本坪鈴を持って振った。
カランカランと大きい鈴の鳴る音が喧騒の神社に響く。
そして二礼二拍手をした後、美優は壱弥の言った様に、心の中で『ご縁をありがとうございます』と唱えた。
そして一礼を終えて壱弥の方を見ると、既に美優の事を見つめていた。
「行こっか?」
「うん」
左側に二人で避けて、次の人に神前を譲る。
「お御籤引こ。こっち社務所だよ」
やはり壱弥に手を引かれて社務所へと歩むと、お御籤も並んでいてその行列に並ぶ。
やっと巫女さんの前まで着くと、お御籤筒を渡されてカラカラと振った。
小さな穴から出て来た棒の先の番号を見ると38番と書かれていた。
「38番です」
巫女さんにそう伝えると紙片を棚から一枚出してくれた。
「俺は25番です」
巫女さんは壱弥を見るとより笑顔になってどこか秋波の帯びた瞳を向け、紙片を渡しながら「良いお参りを」と声をかけた。
壱弥はにこりと笑うと、巫女さんに簡単に会釈し、そして美優の肩を抱いて背を向ける。
「さ、俺は今年はなんだろう。後で美優ちゃんの見せてくれる?」
「うん、あ! 私今年は大吉だ!」
「よかったね、大吉おめでとう。あ、俺も大吉だ」
「壱弥君も大吉おめでとう」
「ありがとう。知ってた? お御籤っていい結果のヤツは持って帰ってお守りにするといいんだって」
「そうなの? じゃあ、私持って帰ろうっと」
「俺も持って帰る」
二人はお御籤を財布に仕舞う。
「で、お寺の方に行ってみようか? 除夜の鐘突かせてもらえるよ?」
「ホント? 私あの大きな鐘突いた事無いな。行ってみたい」
「じゃ、行こっか。ここから歩いて5分位だよ」
二人は神社を出て、再び手を繋いでお寺を目指す。
「壱弥君はこの辺りにはいつから住んでるの?」
「3年くらい前からかな」
「じゃあ、毎年こうやって大晦日はお参りに来てたの?」
「なんだかんだ、帆高と航生と穂澄が来たりしてたから、皆でお参りしたよ」
「忠也さんや棗さんは?」
「あの人達は大晦日は棗先輩の実家で過ごしてるんだって。一応あの人達既婚者だからね」
「そうなんだ……。今年も皆に誘われたんじゃない?」
「美優ちゃんと二人の方がいいから断った」
「そうなんだ……。その……、よかったの?」
「いいに決まってるでしょ? でも残念な事に明日は皆で初詣一緒に行こうってさっき帆高からメッセ来たよ。一緒に行く?」
「うん、壱弥君がいいなら行きたいな」
「俺はホントは美優ちゃんと二人きりでいたいけど……。あんまり長く二人きりでいたら変な気起こしちゃうかもしれないし、ちょうどいいかも」
その言葉に美優はドキリとした。
紳士的に振舞ってくれているけれど、壱弥は自分に好意を持ってくれている訳で、そういう気持ちももちろん無い訳ではないだろう。
そんな思索が顔に出ていたのか、壱弥はクスリと笑った。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。美優ちゃんの気持ちが決まるまで手を出したりしないから。でも、おでこにキスする位は許してね?」
壱弥はスマホをポケットから取り出した。
「じゃ、帆高に返事するね」
スマホの画面をささっと操作して返事を入力する。
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「じゃあ、私達と一緒で三が日参りだね」
「そうだね。あ、あそこだよ、お寺」
壱弥が指差した先には小さなお寺があって門の前にも行列が出来ていた。
その行列に並んで除夜の鐘を鳴らす順番を待つ。
境内の中では大きめの灯油ストーブが置かれていて、その周りを囲みながら紙コップを手にした人たちがいた。
それに目をやった壱弥が美優に教える。
「ここのお寺、温かい甘酒くれるんだ」
「そうなの?」
「いいでしょ?」
「うん、凄くいい」
「俺達も除夜の鐘突いたらもらおっか」
「うん、飲ませてもらおう」
順番はすぐに回って来て、美優から先に突かせてもらう事になった。
撞木を吊るす縄を両手で持って、引くと撞木は大きく揺れて鐘に届いた。
鐘は高く、でも低い大きな振動を冷気を纏う闇夜に響かせた。
美優は手を合わせてお辞儀をしてから鐘楼を離れた。
その後を壱弥が続いて鐘を打つ。
壱弥の鐘の音は少し美優より強かったらしく、より高く低くそして力強かった。
壱弥も美優と同じ様に手を合わせてお辞儀をして、鐘楼から降りる。
そして二人は甘酒を配っている本堂の中に入ってお御堂に手を合わせる。
本堂の端の方で長机が置かれてあり、そこで甘酒は振舞われている。
二人はそこで甘酒を受け取って、先程の灯油ストーブを他の参拝客と共に囲んだ。
並んで冷えた身体には甘酒の温かさが染み渡る様で、紙コップを持つ手の平と共に身体を温めてくれた。
「美味しいね、壱弥君」
「うん、美味しい」
「あのね、壱弥君」
「ん? 何?」
「……一緒にいてくれてありがとう」
「……うん」
壱弥は空いた左手で横にいる美優の頭を優しく撫でる。
それはやはり昔してくれたものと同じで、美優はその手の温かさにホッとする。
美優の心は自分の矛盾した思いに少し戸惑う。
壱弥の優しさを毒だと思う自分もいれば、こんな風に安らぐ自分もいる。
一体どちらが自分の本当の気持ちなのか迷いながら紙コップの温かい甘酒を少しずつ飲んでいった。
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「辞めるのは認めない」
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無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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