君に打つ楔

ツヅミツヅ

文字の大きさ
53 / 65

53、ねじ込む

 それからも本当に怠惰な日々を送った。
 結局棗の試合も美優の体調不良という事にして観覧には行かず、ずっと縛られ、交わって、食事をして、汗だくになったら風呂に入って、ただただだらしなく甘美な時間を二人きりで過ごした。
 まるで熱病に侵された様に互いを貪るこのひと月の生活は確かに二人の結びつきを強くしていた。
「そろそろお腹空いたね。パスタでいい?」
「うん……」
 緊縛されている美優の拘束を解きながら壱弥は美優に問いかけた。
「今日は何作ろうかな。そろそろ食材も尽きて来たからなぁ」
 壱弥の家にある缶詰などのストックすら使い切ってしまったので、本当に冷蔵庫の中も小さな床収納の中すらも空っぽと言った状態だった。
「さすがにそろそろお買い物行かなきゃいけないね」
「そうだね……。一緒に行こうか? それともまだ外怖い?」
「……壱弥と一緒なら大丈夫……」
 美優の白い陶器の様な肌には赤い荒縄の跡がすっかり残ってしまっている。
「そっか。じゃあ少し外に出てみようか」
「あのね、私一回お家帰りたいな……」
 壱弥は少し険しい表情で美優を見た。
「……あまり賛成出来ないな……。一応あの男とは話したけどまた来る可能性もあるし……。俺としてはこのままあの家は引き払って欲しいんだよね」
「……うん、そうなんだけど……。でもやっぱり一か月も放っておいたら気になっちゃって……。壱弥ジム行くでしょ?」
「うん、この一か月は行かなかったけど、確かにそろそろ行かないととは思ってた」
「だったらその間私家で掃除とか終わらせるよ。あの日洗濯物干したまんまで出て行ったし」
 壱弥は険し気な表情を崩す事無く美優の肩に両手を置いた。
「絶対俺が帰るまで外には出ない事。約束出来る?」
「うん、約束する」
 小さく溜息を吐いた壱弥は美優の頬を優しく撫でた。
「ホントに約束だからね?」
「うん、大丈夫だよ」



 次の日、二人は車で美優の家まで行く。
「美優? ホントに家から出ないでね わかった?」
「うん、出ない。掃除と洗濯するだけだから」
 美優の部屋の前で壱弥は美優の頬を撫でる。
「何かあったら連絡して? いい?」
「わかった」
「俺の事は見送らなくていいから。部屋に鍵閉めて? 終わったら連絡入れるから」
「うん、わかった」
 美優は壱弥に背を向けてドアを開ける。
 そして振り返って壱弥に笑った。
「じゃあ、また後でね、壱弥」
「うん」
 お互い笑顔で手を振るとドアを閉めて施錠した。
 ドアの向こうから壱弥が声をかける。
「チェーンも」
「うん」
 壱弥の言う通りチェーンをかける。
「気を付けてね、行ってらっしゃい」
「行って来ます」
 ドアスコープを覗くと壱弥が背を向けて去っていく所だった。
 それを見送ると、やはりこの玄関で経験した事が脳裏をかすめて怖かったけれど、頬をパシンと軽く叩いて気合を入れ直した。
 いつもの習慣でドア裏のメールボックスを開いてみる。
 中には何やら青い色の封筒が入っていた。
「……?」
 その送り主を見てみると、【大木弁護士事務所】と書いてある。
 この封筒もストーカーの時と同じ様に直接投函された様で宛先も無ければ封書でもない。ただ、料金別納郵便と書かれている。
 きっとちゃんとした大きな弁護士事務所なのだろう。
 しかし、この弁護士事務所は自分がお世話になっている弁護士事務所でも無いし、両親の事故相手の弁護士事務所とも違う。
 なんだろうと疑問に思って封筒の中身を確認すると、手紙と弁護士の名刺が入っていた。
 丁寧な時節挨拶の後書かれていたのは、王生都(いくるみ みやこ)という人の依頼で連絡を取りたいとの事だった。
 王生という苗字にも覚えが無いし、都という人物にも覚えがない。
 とりあえず一旦落ち着こうと思い、一か月も取り込めていなかった洗濯物をもう一度洗濯機に放り込んで回した。
 それから埃を落として拭き掃除をし掃除機をかける。
 それらの作業は思いの外早く終わったので、その担当弁護士だという名刺の大木徹(おおき とおる)という人の携帯番号に連絡を入れてみた。
 携帯番号を入力し、スマホをタップすると呼び出し音が流れた。
「もしもし?」
「あ、私、神崎美優と申します。郵便受けにそちらの封筒が入っていたのですけど……」
「ああ、神崎美優さんですね。私は王生都様の代理人になります、大木徹と申します。王生様からのご依頼で一度二人でお会いしたいとの事です」
「……? あの、私、王生都さんという方に心当たりがないのですけど……」
「話したい内容というのは鈴志野壱弥さんについてです」
「……壱弥?」
「はい。王生様からはこの件は鈴志野さんには内密でお願いしたいとの事です」
「……わかりました。王生さんとは二人きりで会う事になるんでしょうか?」
「はい。今回はお二人きりでお会いしたいとの事です。都合はそちらに合わせるとの事でした」
「では、一番早いので明日のこの位の時間でどうでしょうか?」
「構いません。その様にお伝え致します」
「よろしくお願いします。失礼します」
 美優の中で王生都という人物がどういう人なのか疑問がたくさん浮かんだが、とりあえず会ってみない事には何も始まらないと思い、承諾した。
 悶々とソファに座っていると壱弥からの連絡が来た。
【ジム終わった。今から向かう。迎えに行くから外出ちゃダメだよ?】
【わかった。気を付けてね】
 壱弥には内密の話という事は、もしかしたら実家が絡んでいるのかもしれない。
 でもそれだと美優に話が来る意味がよくわからない。
 結局考えても何もわからないので、とにかく今日自分がする事は、明日壱弥にまた外出させて欲しいとお願いする事だ。
 殆ど毎日ジムに行ってたという壱弥は美優と暮らしだしてから一か月の間、全くジムに通っていなかったので、そのルーティンを元に戻す事を提案するところから始めなければならない。
 そんな事をぐるぐると考えていると、インターフォンが鳴った。
「はぁ~~い」
 ドアスコープを覗くと、壱弥が立っていた。
 解錠して、ドアを開くと壱弥がにこやかに立っていて、いの一番で美優を抱きしめた。
「ただいま、美優」
「お、おかえりなさい、壱弥」
「部屋、片付いた?」
「うん、やっぱり使ってないとすぐ掃除終わっちゃう」
「入っていい?」
「うん、良いよ。コーヒー淹れようか?」
「ううん、いいや」
「そう?」
 美優は壱弥に背を向けて、部屋に入ると壱弥が美優を後ろから再び抱きしめた。
「い、いちや?」
「美優? 抱いていい?」
「だ、ダメだよ……、そんなの……」
「どうして?」
「だって、もうお昼ご飯……」
「うん、美優の事一回抱いたらご飯行こう?」
「……ホントに一回?」
「うん、一回だけ」
 壱弥は美優の手を引き、ベッドへとやって来て美優を座らせ優しく押し倒した。
「美優の匂いがするね、このベッド」
「……そうかな? これは実家引き払う時新調したヤツだからそんなに使ってないんだけどな」
「ううん。凄くいい匂い。美優の香りに包まれて美優を抱くなんてこんなご褒美ちょっと俺嬉し過ぎてどうしよう」
 壱弥は美優の首筋に顔を近づけて美優の香りを嗅いだ。
「やだ、ダメだよ……、匂わないで……」
「ダメ。逃げないで?」
 顔を背けて逃げようとするけれど、壱弥は余計に追って来て、再び美優の香りを堪能した。
 狭いベッドの上では簡単に壱弥に捕まってしまう。
 服は脱がされて下着姿になり、簡単な愛撫の途中でさっさと脱がされた。
「あ、あのね、壱弥、ちょっとだけお願いがあるの」
「何?」
 壱弥は愛撫の手を休めず美優に訊ねる。
「あっ、そこ、ダメぇ……」
「お願いって何?」
 美優の首筋にキスしながら両手で美優の柔らかく豊かな白い膨らみを揉みしだく。
「あ、あのね、明日なんだけど、またこの家に帰っていいかな?」 
 壱弥の手が止まり、上体を起こして美優の顔を見下ろした。
「ん? なんで?」
「あのね、一か月置いておいたらやっぱり洗濯埃被っちゃってて……。また洗濯し直したの。それ取り込みたいの」
「そっか。それなら帰って来なきゃいけないね」
「そうなの。だから明日もジム行く途中で送ってくれる?」
 壱弥は美優の顔をじっと見た。
「……わかった」
「ありがとう、壱弥」
「お安い御用だよ」
 そう言うと壱弥の愛撫の手は再び美優を弄り始め、狭いベッドの上で結局約束の一回どころか何度となく美優はイカされた。


 その日はその後二人で買い物に出かけ、棗の快勝祝いと皆への卒業祝いへの御礼のクッキーを焼く為の材料、食材と日用品をまとめて買った。
 久しぶりに外食をして壱弥の部屋に帰り、その夜も飽く事無く美優を抱き潰した壱弥は、眠ってしまった美優をベッドに残して、PCを立ち上げた。
 キーボードとマウスを操作して、ソフトを立ち上げる。
 そこに映し出された画面を見て、一言小さく呟いた。
(……この電話番号なんだろ? 俺がジム行ってる間に電話してる)
 電話番号を検索にかける。
(……大木弁護士事務所?)
 大木弁護士事務所のホームページに行きついた壱弥はそこに貼られた弁護士の顔写真に小首を傾げる。
(なんか……、見覚えのある顔だな……。誰だ?)
 その弁護士のプロフィールを眺めながら腕組をして考えるけれどどうにもしっくりくる答えが見つからない。
(…………、とりあえず明日は美優の好きにさせてあげようかな…………)
 更に他の項目をクリックして確認する。
(外出はしてないみたいだな……)
 ホッとした様子でPCから離れると、キッチンへ行きウォーターサーバーの水を飲んだ後、美優の眠るベッドに腰かけた。
 そしてそっと美優の頭を撫でて指先で頬に触れる。
「…………んっ…………」
 眠る美優はくすぐったそうに枕に顔を埋めた。
 その仕草の可愛らしさに壱弥の頬は緩む。
 こうしている事は壱弥にとって本当に夢の様だった。ずっと焦がれた女の子がようやく自分のものになって、その身体も心も篭絡出来た事に喜びと満足感でいっぱいだった。
 これだけ幸福な日々を体験してしまってはもう二度と手放してなどやれない。
 弱みに付け込んだ自覚はある。
 心の弱っている所に無理やり『自分』をねじ込んだ。
 それでもいい。
 ずっと一緒にいられる可能性を1%でも上げておきたい。
 壱弥は美優の耳元に唇を寄せた。
 小さく小さくその意識に擦り込む様に呟いた。
「愛してるよ、ずっと一緒だからね?」
 しばらく美優の顔を眺めた後、壱弥は自分もベッドに潜り込み、眠ってる美優を抱きしめて眠った。
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389