人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

文字の大きさ
56 / 200

56

しおりを挟む
 今回は宰相の要請もあって、暗部の人間も密かに同行している。
 流石に完全に二人旅は危険だと暗部の同行を条件に出された。

「テーム、サリ、いるか?」
 儂は姫の湯浴みの間、外に出て、暗部の者に呼びかける。
「ここに」テームから返事がある。
「ここに」サリからも同じ様に返事があった。
「テーム。鉱山の館に行き、鉱山責任者のヨウシア・ヘンリク・ヤルヴァの様子を探れ。必要であればその下もだ」
「御意」
「サリ、お前は坑夫達の様子を」
「御意」
 二人が去る。

 テームは諜報部門のベテランだ。赤毛で中背の良くも悪くも目立たない顔つきの男で、
 間諜を計る際、これだけ信頼できる男はいない。王太子時代の連戦では共に戦った間柄だ。

 サリは戦には出ず、情報収集を得意とし、流言などにも長けている、
 深緑の髪色でこれも中背、面長な女だ。

 二人ともなかなか腕の立つ暗部で、優秀な護衛だ。

 儂は宿に入る。
 階段を登り部屋の前に戻って扉に凭れ腕を組み
 声がかかるのを待つ。

 しばらく待つと扉の向こうから声がかかる。
「済みません、アナバス様。お待たせしました」
 その声を合図に扉を開けて部屋に入る。
「構わん。さて次は俺だな」
「わかりました。準備しますね」
「いや、ティアの残り湯でいい」
「ダメですそんな!」
 儂は服を脱ぎ始める。脱ぎながら浴室前の衝立に隠れる。
「せめて足し湯を…」
「面倒だ」
 さっさと服を脱いでしまい、浴室へ入ってしまう。
 手早く風呂を済ませて上がる。


 姫はベッドに腰掛け、帳簿を眺めている。
「あ、アナバス様。お髪を乾かしましょうか?」
 儂は髪を拭きながら姫の横に座る。
「ああ。頼む」
 姫は帳簿をベッドに置き、儂の前に立ち上がった。
「では、乾かしますね」
 姫の風魔法が展開される。
 儂の頭の周りに優しい風が取り巻く感覚がある。
 水を吸っていた髪が軽くなる。
「じゃあ、梳きますね」
 姫はブラシを手に、ベットの上に膝で立ち、儂の後ろに回る。
 髪を梳きながら姫が儂に問う。
「……坑夫というのはやはり、地の民から成っているんでしょうか?」
「そうだろうな。基本的にキツい仕事は地の民が就労している事が多いな」
「……マグダラスにも鉱山がありましたけど、鉱山を中心にした街は結構賑わいがあってたくさんの坑夫が酒場で騒いでいると聞いたんです」
「グリムヒルトもそうだな」
「ここは御料地であるという特殊な事情もあるのかもしれませんけど……街が上品すぎる気がするんです」
「それは俺も同意だな」
「……なので、坑夫達の話を聞けたらと思うんです。……終わりましたよ」
 姫はいつもの手順の途中で終える。
「ああ」
 儂は自ら髪を適当に束ね、紐で纏め縛る。
 あまりに整っていても街にそぐわないので自ら束ねる事にした。
「ティアの望む様にすれば良い。では、さっさと寝てしまうか。坑夫達の朝は早い」
「はい」
 二つのベッドの一つにそれぞれ入る。
「おやすみなさい、アナバス様」
「ああ」
 しばらく黙っていると姫の寝息が聞こえてくる。
 夜半、コツ、と一つノックする音が鳴る。
 儂は扉を開き、部屋の外へ出る。

 扉の前にはサリが立っていた。
「サリか。何かわかったか?」
「はっ。坑夫達はどうやら行動を制限されてるに等しい様です。酒場の親父の情報ですと、工賃は相当搾られ、生かさず殺さずの待遇でタコ部屋生活を強いられていると」

「ほう」

「鉱山責任者ヨウシア・ヘンリク・ヤルヴァ、
 お目付け役、トミ・サンテリ・ハユリュネン、
 坑夫長アルシ・シュルヴェステル・ハハリ、
 宝石商のエーリク・タウノ・サーレンパー、
 これらが鉱山の館に主に出入りする者で、他の宝石商からは評判が悪い様です。他の宝石商らは買い付け交渉の席にも座れず、サーレンパーから買うしかないと」

「サーレンパーと言えば、御用商人だったな」

「はい、先代様より20年近く」
「あの爺はよほど人を見る目がないな」
 儂は鼻先で笑う。
 サリは静かに控える。
「ご苦労だった。今日は休め」
「御意」
 サリが去るのを見送る。
 テームの調査は時間がかかるだろう。

 儂は部屋に戻る。
 スヤスヤと眠る姫のベッドに潜り込む。
 いつもより狭いベッドの中でいつもと変わらず、姫を抱き寄せて眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...