人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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195、閑話ー科戸3ー

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 こと切れた男は、海葬で弔われる事になった。
 なんだかレイティアには溺れかけた男を助けて、海に沈めてしまう事は何か可哀想な気がしたが、船乗りはこうして弔われるものだし、船の上で死ぬという事はこういう事だとなんとか自分に言い聞かせた。
 その弔いの席には軍師やヘリュも参加したので、他の海兵達も参加しない訳にいかず、大半が渋々という気持ちで参加していた。
 ヘリュはこの男の為に心から涙を流すレイティアとおざなりな態度の海兵達との温度差に怒りを覚えた。
 本来ならば反対だ。
 自国の民が死んでしまったのなら、涙を流すのは自国の者であって、他国の王女ではない。
 その他国の王女がこれだけ手厚く自国の者を弔っているその姿を見ても、この海兵達の心は動かされない。
 その事に情けなさと苛立たしさを覚える。
「……この国は狂ってる……」
 そう、拳を握り締めて小さく独りごちた。
 ヘリュにとって、この場でたった一人、男の為に涙を流すレイティアだけが汚れのない崇高な存在に見えた。
 海兵達を叱り飛ばし、救命を乞い、服を海水まみれにし、その死を心から悼む姿は自分を含むこの場にいる誰よりも気高く、そして強い。
 清潔な布に包まれた男の亡骸は海に静かに沈められた。
 それを涙ながらに見送るレイティアの前に、ヘリュは跪いた。
「……? ヘリュ様?」
「私が貴女をお守りする」
 そう言うと、レイティアの右手を取って、その甲に軽く口づけた。
「……? あ、あの、は、はい……、ありがとうございます……?」
 それを見ていた海兵達の間に衝撃が走った。
 この国の至宝である炎のセイレーンが、陛下でも夫でもなく、凡庸にしか見えない地の民の王女に忠誠を誓った。
 ヘリュは思う。自分は炎のセイレーンなどと呼ばれてはいるが、一介の剣士でしかない。
 ここにいる海兵一人だって、自分の言う事など聞きはしない。
 ただ褒めそやされるのは、師匠から賜ったその名と剣技だけ。これは誰かに使われてこそ価値のあるものだ。
 これまでは誰に捧げれば正しいのか、答えが出なかった。
 自堕落な王の為に戦う気になどなれないし、その王に忠誠を誓う夫の為に剣を奮う気にもなれなかった。
 この王女に捧げる事が正しい事なのか、それはわからない。
 でも少なくとも、この王女を守ってやりたいと思ったし、この王女ならば自分の剣技ちからを間違った事には使わないだろう。
 口づけた手をそっと離しその王女を見上げると、戸惑った表情でヘリュを見下ろしていた。
 ヘリュは何事もなかったかの様に立ち上がり、レイティアに言った。
「お召し物が随分濡れてしまった。お召替えをされるか?」
 レイティアは弾かれた様にそれに答える。
「あ、そういえばそうですねっ!」
 ヘリュに言われて初めて自分のドレスの状態が目に入る。
 着ているドレスはマグダラスで作ったものの中では高価な部類のものだった。
 潮水を含んでシミになってしまったのでもう着られないだろう。
 与えられた船室に戻って持って来ていた木箱の中のドレスを見てみるが、同じ様な高価なドレスはあと1着。
他にある3着は普段使いで着る様な、あまり高価なものではないドレスだ。
 レイティアはこの3着の内の1着、薄い桃色の一番着慣れたドレスを手に取った。
 もしまた同じ様な事があってはもうグリムヒルトのベネディクト王に面会出来る様なドレスはなくなってしまう。
 さすがに一国の王女が一国の王にお会いするのにみすぼらしいドレスではダメだろう。
 この着慣れた桃色のドレスは動きやすくていい。
 締め付けも少ないので船酔いでしんどい今はこのドレスだと何倍も楽になって助かった。

 船に乗ってから、夕食はいつも軍師とヘリュと一緒に摂った。
 今夜も同じ様に夕食に招かれたのだが、これが悩ましい。今までは畏まったドレスを着ていたけれど、普段着でいいのだろうか?
 軍師は簡易の軍服を着ているし、ヘリュも庶民が着る様な男性物のチェニックとズボンにブーツという出で立ちだった。
 悩んだ末に普段着のドレスを着て赴く事にした。

 迎えに来てくれた海兵さんは何か今までよりもずっと態度が改まってしまった様に感じた。
 部屋に入るともう軍師もヘリュもテーブルに着いていて、レイティアを待っていた。
「お待たせして申し訳ありません、軍師様、ヘリュ様」
「いえ、我らも今席に着いた所です」
 軍師は立ち上がり、レイティアの席の椅子に手をかけ、その椅子を引いた。
 いつもこんな風にエスコートしてくれる。
 妻であるヘリュにはそんな事はせず、レイティアに対してだけだ。
 毎日の事ながら、なんとなく申し訳ない気持ちになる。
 初日に固辞したが、姫は大切な私の客人ですから、と柔やかに笑ってその固辞を受け付けてはもらえない。
 食事が始まり軽く会話をしながら、ナイフとフォークを動かす。
 基本的に会話は軍師がレイティアについて聞きたがった。
 どんなものが好みなのか、
 マグダラスではどんな風に過ごしていたのか、
 家族との関係、城下での人間関係など、色々と話をした。
 昨日と同じ様にそんな話をしたあと、食事も終盤になった頃、軍師は切り出した。
「姫。昼間の件はお詫びと感謝を申し上げます」
「昼間? ……何かお詫びや感謝して頂く様な事がありましたか?」
「我が軍の海兵達を諫めて頂きました。そしてその姫に我が海軍の兵は非礼な態度を取った。私の教育が行き届いていなかった。お恥ずかしい限りです」
「ああ、その事ですか……。私はグリムヒルトの国情に疎くて……。わからないからただ、正論をぶつけてしまったのです。むしろ何も知らないのにあんな生意気を言って、恥ずかしいと反省していたのです……」
「このグリムヒルトの病巣の様なものですから。姫が恥じ入られる必要などどこにもない」
 レイティアは軍師の顔をじっと見つめた。
「あの、地の民ってなんでしょう? 海兵さんは原住の民とその混血だと仰ってましたけど……」
「我らの侵攻で支配下に置かれた原住の民の子孫ですね。もう今や混血ばかりですが。我らは我らの血脈を海の民と謳っております。それに対してそうではない者達を地の民と称して線引きをしております」
「……それで差別が生まれているという事でしょうか?」
「恥ずかしながら、その通りです」
 レイティアは目に見えてしゅんと落ち込んだ。昼間の男を思い出してしまったのだろう。
「ただ、我らの王はその事を恥じております。それだけはお伝えしておきたい」
 軍師は真剣な眼差しでレイティアを見た。
 それを受け止めるレイティアは仮面王だと称されるグリムヒルト王に会うのだと思うと、少しだけ緊張で心臓がきゅんと痛むのを感じた。
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