アイツのきもち

うにたん

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第25話 私の大好きなお姉ちゃん

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「う、うそ…… でしょ……」

「明日奈が…… いない」

 警官を連れて現場に戻った二人が見たものは
 
 うめき声を上げながら倒れている十五人の半グレ達だった。
 
 一人一人の様子を見ていると、顔面が陥没していたり、お腹を押さえていたり、腕や脚が通常の関節可動域を超えた方向に向いている者など……
 
 特に酷そうなのは、四つん這いで尻をこちらに向けて倒れている男……
 
 尻から血を流して出来た血だまりの中でピクリともしなかった。
 
 その血だまりの中に一本の大型サバイバルナイフを見かけた悠里は背筋がぞっとして急いで携帯電話を取り出して明日奈に連絡をしたがコール音だけして全く繋がらない。
 
 明日奈にかけたと同時に周辺から携帯電話の着信音が近くから鳴っている事に気付いた悠里はその場に急いで向かうと……。
 
 音の発信源を特定した場所に落ちていたのは、ディスプレイにヒビの入った血塗れの携帯電話だった。
 
 それを拾い上げ明日奈の携帯電話を胸に抱き、明日奈の安否を気にしていた。
 
「明日奈…… どこに行っちゃったの……」
 
 



 悠里たちが現場に戻る十分前程の事……
 
 大型サバイバルナイフを構えて明日奈に向かって突進するリーダー格の男。
 
 その姿を見て気が緩んだのか、瑞樹を捕まえていた男の手が緩んだ隙に腕を抜いてバッグの中からスタンガンを取り出して自分を捕まえていた男の股間に食らわせた。
 
「食らえっ、瑞樹ちゃんの十万ボルトおおおおお」

 みずきの 10まんボルト!
 
 こうかは ばつぐんだ!
 
 きゅうしょに あたった!
 
 やせいの はんぐれは たおれた!
 
 みずきは おおめに けいけんちを 5 もらった!
 
「明日奈あああああっ!」

 瑞樹の言葉に明日奈は全てを理解したが、突進してきたリーダー格の男はそのまま身体を全身で明日奈にぶつけていた。
 
 しかし、サバイバルナイフは明日奈の身体に刺さらなかった。
 
 明日奈が一センチ手前でサバイバルナイフを手で掴んでいた為、明日奈の体には刺さらなかったのだ。
 
「バカなのか、ナイフを素手で掴むだと…… テメエの手がどうなっても……」

「バカはどっちなのかしら? 私の手を確認してみたら?」

 リーダー格の男がナイフを掴んだ明日奈の手を確認すると、その手には黒いグローブが装着されていた。
 
「何だ…… これ……」

「防刃グローブというのよ、覚えておきなさい。私が嗜んでいる格闘技はね、対刃物、対銃の相手を想定しているの。お前如きド素人のナイフ捌きで私にかすり傷でも当てられると思うな」

「対刃物……? 対銃……? お前…… どこの世界線の人間だ?」

 明日奈は刃物を握ったまま、高く持ち上げてリーダー格の男の空いた脇腹にパンチをお見舞いした。
 
 リーダー格の男はナイフから手を離して脇腹を抑えながら蹲ってしまった。
 
「どうした? お前たちは放火も殺人も上等なんでしょ? 覚悟見せなさい」

「ちょっ…… まって…… 骨が折れてる…… 本当に折れてるから…… 放火も殺人も金で依頼しているだけだ。俺達は実質何もしてねえ」

「自分の手も汚せないのか…… クズが」

 明日奈はリーダー格の男の抑えた脇腹の上から更にケリを一発叩き込んだ。
 
 リーダー格の男は顔面が土気色に変わっていき、脂汗を流して、陸に上がった金魚の様に口をパクパクさせて全身を震わせていた。
 
 しかし、明日奈はまだ容赦しない。
 
「そういえば…… お前…… 私の可愛い悠里に何て言ったか覚えてる? 『穴をガバガバ』? 『廃人にしてやる』? お前がその言葉に責任を持てる様に私が協力してやろう。男にも穴はあるでしょう? 用途は違うでしょうけど…… ほら、こっちに向けなさい」

 そう言って軽く尻にケリを入れて明日奈の方に向く様に仕向けた。
 
 丁度四つん這いのような体勢になると、容赦なく明日奈のケリのつま先が尻の穴に寸分の狂いなく叩き込まれると尾てい骨が折れ、男は気絶した。

 そんな事はお構いなしに二発目が入ると、出血が始まった。
 
 三発目が入ると、滝の様な出血になり、
 
 四発目…… 瑞樹に肩を叩かれて止めた。
 
「はい、そこまで。これ以上は、マジで失血死するから…… もう十分でしょ、もうこいつは病院から出れたとしても日常生活もまともに送れなくなるから明日奈がこれ以上、手を汚す必要はないよ。それよりも悠里ちゃん達が警官連れてもうすぐここに来るから今の内に立ち去ろう」

 瑞樹の言葉に従い、二人は現場を後にした……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 繁華街に向かう途中、明日奈が気の抜けた表情をしていた。
 
「あーあ、終わっちゃったなあ……」

「何が?」

「私の…… 初恋…… 今度こそ…… 完全に…… ぐすっ…… ひっく……」

「明日奈……?」

 急に身体を震わせて、顔を手や袖で何度も拭い始める。

「ぐっ…… ぐやじいよぉ…… おわっじゃったよおおおおお……
 
 なんで…… なんで…… わだしじゃだめだったのおおお……
 
 わだしが…… がらだが、ごごろが、おどごだったら…… ぢがったのがなあ……
 
 わっ…… わだじは…… どうずれば…… よがっだのがなあ……」

 明日奈がぼろぼろに涙と鼻水を流しながら、辛うじてふらふらと前を歩く姿を初めて見た瑞樹。
 
 瑞樹はまともに前を歩くのも大変な明日奈の頭を撫でながら、自分の方に引き寄せて、お母さんの様な笑みをしていた。
  
「たらればを言い始めたらキリがないけど、今日は好きなだけ胸の内をぶちまけちゃいなよ。私が全部聞いてあげるから。でも、明日からはお姉ちゃんになりなよ」

「お、おねえぢゃん?」

「そう、悠里ちゃんのお姉ちゃん。世界でたった一人のお姉ちゃん…… それはアンタにしか出来ないんだから……」

 瑞樹の『世界でたった一人のお姉ちゃん』という言葉に、明日奈は鼻をすすりながら、素直にこくりと頷いていた。
 
「ゔん…… わがっだ……」

「よーっし、いい子だ。じゃあ…… これから朝まで飲みに行くぞー。 明日奈の残念会アンド新しいお姉ちゃんになる会だあああああああ」

 瑞樹はふらふらしていた明日奈の肩を抱き、二人は繁華街のネオンの中に消えて行った……。
 
 
 
 
 
 
 
 時間が経って翌日朝五時……。
 
 
 
 
 
 
 
 
「う、うーん。腰が痛い……」

 居酒屋の座敷の個室内で飲みながら寝てしまった二人……。
 
 テーブルに突っ伏していたような体勢で寝ていたようで顔に袖の繊維の跡がついた状態でヨダレを手の甲で拭って目を覚ました明日奈。
 
 少し目を覚ましがてら、腰を回して骨を鳴らす。伸びをして落ち着いたところで、時計を見ると時間は五時だった。
 
「寝ちゃったかぁ。そろそろお会計して帰らないと…… おーい、瑞樹」

 一升瓶を抱えて寝ている瑞樹を揺すって起こすと、瑞樹は突然眼を見開き、ガバっと起き上がった。
 
 その表情は青白く、口元に手を抑えていた。
 
「ごべん、ぎもぢわるい……」

「急いでトイレ行ってきなさいよ」

 寝起きとは思えない程のダッシュでトイレに駆け込む瑞樹を見て「帰宅まで時間かかりそう……」と諦めた明日奈だった。
 
 
 
 
 
 
 
 瑞樹の介抱と送っていくのに時間がかかり、時間は既にお昼前……
 
 
 
 
 
 
 ようやく自宅まで帰宅した明日奈を待っていたのは明日奈の母だった。
 
 明日奈が帰ってきた事が判ると、玄関までパタパタと走ってきて、青白い表情で明日奈の両腕を掴んでいた。
 
「明日奈、無事だったのね。昨日の夜に瑠璃ちゃんから明日奈が帰ってないかって何度も聞かれたの。悠馬ちゃん…… じゃなくて悠里ちゃんに絡んだ人たちから守ってくれたって…… でもその後に携帯電話を落として行方が分からなくなったって聞いてお母さん…… 本当に心臓が止まるかと思ったわよ。いくら貴方が強いって言っても女の子なんだからね」

 明日奈の母は腰が抜けたのか、腕を掴んだままへなへなと尻もちをついていた。

「携帯電話……?」

(そういえば、昨日現場を去ってから一度も携帯なんて気にしてなかったかも……。あれから朝までずっと愚痴というか、悠里との思い出話を延々と瑞樹に聞かせてたから……)

 明日奈はバッグの中を探ると確かに携帯電話が無かった。
 
 しかし、母親が携帯電話を落としたことを知っているという事は届けられている事なのかと確認した。
 
「お母さん、確かに携帯電話を落としたっぽいんだけど、もしかして届けられてたりする?」

「ううん、悠里ちゃんが持ってるから帰宅次第、すぐに来て欲しいって」
 
(悠里…… 無事だったんだ……ってそりゃそうか。私が全員叩き潰したんだから)
 
 バッグだけ母親に預けて、急いで悠里の家の前まで来ると…… ドアが自動的に開いた。
 
「待ってたわ。明日奈ちゃん」

(このやり取り…… もう何回目なんだろう……)
 
 当然そこに現れたのは、瑠璃。
 
 もう明日奈も驚く事は無く、この異常な展開を受け入れていた。
 
 ただ、いつもと違って、あまり顔色が良くないようだった。
 
「あの子が寝ないで待ってるって聞かないものだから、私も一緒にね…… 早くあの子の所に行ってあげて」

 明日奈が急いで玄関に入ろうとすると、耳元でお礼を言っていた。
 
「あの子を守ってくれてありがとう」

 明日奈は満面の笑みでそれに答える。
 
「当然ですよ。私はあの子のお姉ちゃんだから」

 瑠璃もその答えに返答するように満面の笑みだった。
 
 明日奈は急いで階段を駆け上がり、悠里のドアをノックする。
 
「おーい、ゆう――」

 言葉を全て言い切る前にドアがものすごい勢いで開かれた。
 
 そこに居たのは、先程瑠璃から言われた様に、一睡もしていないであろう顔色を悪くして髪もぼさぼさの悠里が昨日と全く同じ服装で目に涙を溜めて顔をぐしゃぐしゃにしながら明日奈に抱き着いていた。
 
「ばがあぁぁぁ…… 本当に…… 本当に心配じだんだからあああああ」

 明日奈は抱き着いてきた悠里に抱き着き返してぼさぼさになった髪を撫でながら答えた。
 
「ごめんね、心配かけて。携帯落としちゃったみたいで連絡着かなかったんだよね」

「あれがらあああ…… ずっと…… ずっと…… 探してだのおおおお

 携帯が…… ぢまみれで…… ごわぐなっでええええ…… どおるぐんといっじょにいいい……
 
 でも…… もうひづげががわっでえええ…… どおるぐんがいったんかえろうって……
 
 でもあぎらめだくなぐで…… あずながいなぐなっだら…… わだじ…… わだじ……」
 
 ガチ泣きしている悠里に何て言うべきか…… いや、ここは怒られる覚悟で……。
 
「ごめん…… その時間帯…… ずっと居酒屋で飲んでました……」

 悠里の顔が泣き顔から涙が瞬時に引っ込み、真顔に変わっていた。

「は? ちょっと正座」

 何か逆らえない謎の圧により、明日奈は大人しく正座した。

「……はい」

「私達が必死に探している間に飲んでた?」

「……はい」

「日付が変わって足の皮が剥けても探していた間も飲んでた?」

「……はい」

「私が寝ずに待っていた間も飲んでた?」

「……はい」

 悠里の背後に金剛力士像が見えた明日奈は初めて悠里に謎の恐怖を覚えた。
 
「へぇ…… そうなんだ。どうせ、瑞樹ちゃんと一緒に楽しく飲んでたんでしょ。そうなんだ…… 私の事なんて忘れて…… あんな奴の事なんてほったらかしでいいと思ってたんでしょ」

「い、いやっ…… 違っ…… 違うわよ。大切な貴方をあんな奴とか思う訳ないでしょ、誤解よ誤解!」

(なんで…… なんで私はまるで彼女に言い訳している浮気男みたいな感じになっているの……)

「罰として今日はずっと私と一緒に寝てもらいます」
 
 それは罰ではなくご褒美なんだけど……とはあえて言わず、受け入れる事にした明日奈。
 
 本人も居酒屋で変な体勢で寝ていたせいか、あまり睡眠を取れていなかったため、睡魔が襲ってきていたのだ。
 
 二人共来ている洋服のまま、ベッドに倒れ込んだ。
 
 明日奈は悠里の頭を撫でながら、自分の胸元に引き寄せた。
 
「心配かけてごめんね。でも、もうお姉ちゃんはどこにもいかないからね。ずっと貴方の傍にいるから……」

 悠里はその言葉に気恥ずかしそうに俯くが、直ぐに顔を上げて、頬を紅潮させて、明日奈に抱き着き返していた。

「お姉ちゃん、だああああい好き」

 二人はそのまま抱き合いながら、丸一日寝ていた。
 
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