タイラー部隊

いるか

文字の大きさ
上 下
2 / 5
ベータの話

実験友情(ベータとイプシロンの話)

しおりを挟む

「ねぇベータくん」
「ーーー…あ゛…?」
突然デルタに話しかけられた。タイラーさんからの招集終わりのことだった。
こいつがわざわざ話しかけてくるってことは、碌なものじゃないということをベータは経験上知っている。だからこそギロリとベータはデルタを睨みつけた。
もちろん相手には何の脅しにもならない。
そもそも人の感情というものを、デルタは持ち合わせてはいない。
文字通りのサイコパス。
だからベータがいくら睨みつけ、脅しをしたところで、デルタの底の見えない笑みが崩れることはない。
そしてその内容も、ベータの予想を遥かに超えていた。
「あれーーのことなんだけどさ…ちょっと使い物にならなくなっちゃいそうで。タイラーさんには相談済みなんだけどさ」
「ーーーあれ…?」
「そう、あれ」
あれ。
あれーーとは。
ベーターは一瞬考えてしまった。
そしてその答えに辿り着き、思わず は?と声を出した。


「ーーーー……おい。テメェ……。俺言ったよなーー?名前で呼べって」
「あぁ、ごめん。元“イプシロン”君、のことなんだけど」
「イプシロンだろうがよ……」
「でもそれって称号でしょ?新しい人も次来る予定だっていうし」
なんでそんな怒るの?とでもいうように首を傾げるデルタに対し、ベータは舌打ちをする。
「使い物にならなくなったってどういうことだよ……」
「そのままの意味だよ。だから廃棄しようかなと思って」
廃棄。
ハイキーーー…?
言葉の意味は理解できた。ただ、それにベータの気持ちが追いつかない。こいつ、何言ってやがんだ?
ペラペラと饒舌になっていくデルタの発言の半分も理解できず、ベータの思考は停止する。
「薬にもできなくなっちゃったんだよ。他に許可の降りた実験は散々したし、場所もとるからもういらないんだよね。僕次の実験も早くしたいし」
「お前ーーーーーー何、言ってんのか…わかってんのか……?」


何とか絞り出した怒りの声を聞いて、デルタはしまったというように手を口に押さえた。
「ーーー僕、変なこと言っちゃった?」
「ーーーーっ……嫌がらせかよ……テメェ……」
「まぁ君に興味はあるんだけど…いや、君って友達ってやつだったろ?だから伝えたほうがいいかなって」
それに、とデルタは続ける。
「廃棄以外の方法もあるんだけど…ベータ君、興味あるかな?と思って」
そう言って、デルタはフードの奥から目を光らせた。

ーーーーーーーーー

デルタのいう内容は端的にいうと、融合実験だった。
イプの組織と他の人間とを融合させ、より強化された生物を作る。
確か以前にタイラーさんからも軽く持ちかけられていた話ではあった。すでに組織内部でも何人かの成功者は出ており、確かに薬以上の功績を出している。
そしてイプ自身への融合は、何度も繰り返すうちその強化できる絶対値というものを超えてしまった。
生命体として維持はしているが、それ以上実験としても戦闘力としても使い物にならない“ガラクタ”になってしまった。と。
だから捨てる?
クソ喰らえだと思った。
それを許可したタイラーさんにも。実験を繰り返したデルタにも。唆した五稜にも。何も知らないガンマとゼータにも。決断してしまったイプシロンにも。そして、あの時もしかしたらイプのことを止めることができたかもしれない自分にも。

決断の猶予は1日だった。
それ以上経てば強制的に廃棄する、とデルタは言った。
どうもタイラーさんも了承済みで、あのあとすぐにタイラーさんの部屋に駆け込んだところ「もう弔ってあげよう。十分じゃないか」とポツリと一言だけ呟いていた。
ベータは納得がいかなかった。
いくらイプの決断だったとはいえ、こんな結末を許していいわけがなかった。
部屋をぐるぐると彷徨うように歩き回り、ベータは舌打ちを繰り返した。イプのことで悩みたくなんてなかった。そもそも何であんな奴と仲良くなっちまったんだと後悔もした。
でも見捨てることができなかった。
いくら実験の成功率は高いと言われようが、イプに関連する実験を利用することがベータには不快でたまらなかった。支給されたイプを媒体とした強化剤も机の上に放り投げて一度も接種していない。
何度も五稜からは「上官として示しがつかない」と揶揄もされたが、その意見を叩き潰せるよう常に人並み以上の実績を出すよう努力をした。
ただ、それも無駄な抵抗だったのかもしれないと、今回の事件があってからふとベータは考えた。


融合実験についての語りを終えた後、デルタは言っていた。
「友達なんだから、共闘みたいで素敵じゃないか」と。
それを言われた瞬間、その場で殴り殺してやろうかと思ったが、何とかスタンガンを奴に当てる程度で済ませてやった。痛がっている奴の顔を見たら少し清々したが、状況が変わるわけではない。
もしも。
もしもこのままイプが廃棄されたら。
パチパチと、小型スタンガンを手元でいじりながらベータは考える。
自分はイプのことをさっぱり忘れて、以前同様人と距離をとり、自分の生活圏というものを守って暮らしていくことができるのかと。
そして時たま思い出すのだろうか。そういえばあんな奴もいたな、と。

その程度で自分は終われるのだろうか。

部屋の中に、手元でいじるスタンガンの音が響く。
「イプの馬鹿野郎が」
ベータは舌打ちをした。


ーーーーーーーーー

「やっぱり。決断してくれると思ってたよ」
ワクワクが止まらないとでもいうように、デルタの声は高揚していた。
それを白けた目でベータは見返し、いつも通りの舌打ちでかえす。
「超絶きめぇ。近寄んなクソど変態サイコパス」
「呼びづらくないそれ?あと近寄らないと実験できないよ僕」
「正論で返すなクソど変態」
ベータはデルタの実験室の前に立っていた。
時間ギリギリまでどちらにするか迷った挙句、ベータはデルタの部屋の扉を叩いた。デルタはベータの顔を見ると、やっぱり、とでもいうように顔を綻ばせた。
そんな対応をされたのがベータは癪で仕方なかった。
猶予期間を1日に設定したのもおそらく奴の思惑なのだろう。
イプを助け出すという計画も、あの場から解放するという算段も行動を起こすには少なすぎる時間設定だ。そしてベータはイプを見捨てることができない。
また、ベータ側から実験を名乗りあげれば、デルタは悠々とずっといじりたいと思っていた被験体が手に入る。
ほぼ答えは決まっていたと言っても過言ではなかった。

「ほんとクソだな。テメェ」
「何のこと?」
ニコニコと笑うデルタにイラついて、軽く膝蹴りを入れる。
いつも手元に置いている自衛武器は全て別部屋に置いてある状態となっている。だから軽い抵抗程度しか今のベータにはできない。
「やるんならとっととしろよ。テメェと同じ空間にいることに吐き気すんだよ」
「いつもひどいよね。ベータ君。まぁ僕としてはいじらせてもらえるだけで嬉しいんだけどさ」
「ウゼェ。テメェのためじゃねぇ。死ね」
デルタに導かれるまま、ベータは実験室に入る。ヒヤリとして空気がベータの肌にまとわりついた。
「大丈夫さ。気づいたら実験は終わっている。それに君の容姿にはなるべく支障がでないようにっていう指示だからさ。あんまり実感ないと思うよ」
まぁ僕は好きなようにいじりたいのが本音だけどね、と独言るデルタを無視して、ベータは実験室内を見渡す。
「ーーーーイプはいねぇのか」
「あぁ……別の部屋にいるけどーー会う?」
多分最後になるよ。とデルタは当たり前のように言い放った。

ーーーーーーー

以前あった時と変わらない状態でイプは檻の中にいた。
人間性を失った、と言われ デルタに案内された当初は、イプの現状を受け入れることができずにベータはその場から逃げ出した。
あれがイプなはずがない。そもそもあんな化け物が俺の友人のはずがないと否定して、ずっと遠ざけて今まで生活してきていた。
ただ、二度目だからか。以前よりもベータはイプの今の姿を受け入れることができた。
2人だけにしろと言うと、デルタはすんなりということを聞いてくれた。
パタンと扉が閉じられ、空間にはイプとベータが残る。
何を話すでもなくベータはじっとイプを見つめていた。
「よぉ、イプ」
少しの間を置き、ベータはへっといつも通り皮肉たっぷりに笑う。
「何だぁその体。超絶ダッセェな。以前の方が万倍もイケメンだったじゃねぇか。そんなんじゃナンパしたくてもぜってー成功しねぇな。ロリコン」


「ーーーー……」
「良いように使われやがってよ。ダッセェなぁ。ダセェよお前」
ボソッとそう呟いた後、ベータは勢いよく鉄格子を蹴り付ける。
「なぁ。イプ。俺はお前の生き方は認めるけどよ。俺はお前みてぇにはなりたくねぇ。ダッセェし泥臭すぎて滑稽だわ」
返答がないことは知っている。それでもベータはそのまま言葉を続ける。
「だから俺は俺の生き方を示してやるから、横で見てろハインリヒ。こんな生き方が良かったって泣いてもおせぇからな。先に退場したテメーが悪い」

そんで悔しがっとけ馬鹿野郎が。
そう言って、ベータはいつも通り鼻で笑った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】聖女の推しは少年騎士!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:37

トップアスリートはセフレを可愛がりたくてたまらない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:64

クズ皇子は黒騎士の愛に気付かない

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:184

雨の中の少年

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

星導の魔術士

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

私立BL学園

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

代理で子を産む彼女の願いごと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:262pt お気に入り:476

処理中です...