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華やかな夜会の裏側の戯れ
夜の帳が王都を包み、ガス灯の光が石畳を濡れたように照らし出す時刻。
ジャッカス商会の重い扉を後にしたレオナードは、迎えの馬車に揺られながら、先ほどまで対峙していた婚約者の顔を思い出していた。
学園時代は自分の言動一つに一喜一憂し、その大きな茶色の瞳を潤ませていた少女。
今、彼女が向けてくる微笑みは、熟成されたワインのように穏やかで、けれど決して指先ですら触れられぬほどに遠い。
「……なんだかなぁ」
レオナードは小さく零し、ヘーゼルの瞳を閉じた。
( 正直、物足りないんだよなぁ )
もっと僕を困らせてほしい。泣いて、縋って、「他の女の人と会わないで」と震える声で訴えてほしい。
そんな歪な欲望を抱えたまま、彼は今夜の目的地であるアイーダ伯爵令嬢の待つ夜会へと足を向けた。
会場となるバレンシア伯爵邸の広間は、むせ返るような香水の匂いと、着飾った貴族たちの虚栄心で満たされていた。
レオナードが姿を現すと、すぐに一人の令嬢が彼に歩み寄った。
真珠のような肌に、計算し尽くされた装いを纏ったアイーダ・サザランド伯爵令嬢だ。
「レオナード様。お待ちしておりましたわ。今夜は、わたくしのエスコートをしてくださるのでしょう?」
アイーダはレオナードの腕に深く絡みつき、その豊かな胸を押し当てた。
周囲の視線が集まる。
扇を広げた夫人たちが、ひそひそと囁き声を交わすのが聞こえてきた。
「あら、レオナード様とアイーダ様は……婚約者だったかしら?」
「いいえ。ヨーク家の嫡男には、確か子爵家のご令嬢がおられたはずよ。それも、ずいぶんと大人しい方が」
「まあ、あんなにべたべたと。はしたないわね。アイーダ様だって、来年には隣国の伯爵家に嫁がれるご予定でしょうに」
嘲笑と好奇の入り混じった声。
けれど、レオナードはそれを心地よいBGMのように聞き流していた。
彼にとって、女性との戯れは呼吸をするのと同じくらい自然で、責任を伴わない遊びだ。
「アイーダ、今夜のドレスも素敵だね。隣国の婚約者殿も、君のような美しい花嫁を迎えられて幸せ者だ」
レオナードは彼女の耳元で、甘く、けれど中身の伴わない言葉を紡ぐ。
アイーダの瞳が、切実な色を帯びて彼を見つめた。
「レオナード様……わたくし、隣国なんて行きたくありませんわ。もしも、貴方がわたくしを選んでくださるのなら……」
「やあ、それは困るな。君のような大輪の薔薇は、広い世界の舞台で咲くべきだよ。僕みたいな退屈な男の隣じゃ、すぐに飽きてしまう」
レオナードは、彼女の言葉を「冗談」として処理し、軽くかわす。
アイーダは彼を射落とそうと必死だった。名門ヨーク家の嫡男。見目麗しく、将来を約束された男。彼が自分を『奪って』さえくれれば、望まぬ政略結婚から逃れられる。
けれど、レオナードは決して最後の一線を超えようとはしなかった。彼は「面倒な責任」を最も嫌う。
楽しむだけならいくらでも。けれど、その先に続く泥臭い人生の責任を取るつもりなど、毛頭ないのだ。
「意地悪な方……」
アイーダが悔しげに唇を噛む。
レオナードはそれを、ただ美しい絵画を眺めるような心地で眺めていた。
ふと、脳裏にオードリーの静かな執務室が浮かぶ。
アイーダのように縋り付かず、自分を試すような視線も送ってこない。ただ、淡々と数字を追っていた彼女の横顔。
今、この瞬間、彼女は何をしているだろうか。
「お気をつけて」と言った彼女の声が、この騒がしい夜会の中で、なぜか一番鮮明に響いていた。
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📢新連載🌹【私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで ~没落令嬢の復讐劇~】
📢新連載🌹【身勝手な王女の騎士様、離縁して差し上げますわ。えっ!なぜ泣きそうな顔で私を抱きしめるのですか?】
ジャッカス商会の重い扉を後にしたレオナードは、迎えの馬車に揺られながら、先ほどまで対峙していた婚約者の顔を思い出していた。
学園時代は自分の言動一つに一喜一憂し、その大きな茶色の瞳を潤ませていた少女。
今、彼女が向けてくる微笑みは、熟成されたワインのように穏やかで、けれど決して指先ですら触れられぬほどに遠い。
「……なんだかなぁ」
レオナードは小さく零し、ヘーゼルの瞳を閉じた。
( 正直、物足りないんだよなぁ )
もっと僕を困らせてほしい。泣いて、縋って、「他の女の人と会わないで」と震える声で訴えてほしい。
そんな歪な欲望を抱えたまま、彼は今夜の目的地であるアイーダ伯爵令嬢の待つ夜会へと足を向けた。
会場となるバレンシア伯爵邸の広間は、むせ返るような香水の匂いと、着飾った貴族たちの虚栄心で満たされていた。
レオナードが姿を現すと、すぐに一人の令嬢が彼に歩み寄った。
真珠のような肌に、計算し尽くされた装いを纏ったアイーダ・サザランド伯爵令嬢だ。
「レオナード様。お待ちしておりましたわ。今夜は、わたくしのエスコートをしてくださるのでしょう?」
アイーダはレオナードの腕に深く絡みつき、その豊かな胸を押し当てた。
周囲の視線が集まる。
扇を広げた夫人たちが、ひそひそと囁き声を交わすのが聞こえてきた。
「あら、レオナード様とアイーダ様は……婚約者だったかしら?」
「いいえ。ヨーク家の嫡男には、確か子爵家のご令嬢がおられたはずよ。それも、ずいぶんと大人しい方が」
「まあ、あんなにべたべたと。はしたないわね。アイーダ様だって、来年には隣国の伯爵家に嫁がれるご予定でしょうに」
嘲笑と好奇の入り混じった声。
けれど、レオナードはそれを心地よいBGMのように聞き流していた。
彼にとって、女性との戯れは呼吸をするのと同じくらい自然で、責任を伴わない遊びだ。
「アイーダ、今夜のドレスも素敵だね。隣国の婚約者殿も、君のような美しい花嫁を迎えられて幸せ者だ」
レオナードは彼女の耳元で、甘く、けれど中身の伴わない言葉を紡ぐ。
アイーダの瞳が、切実な色を帯びて彼を見つめた。
「レオナード様……わたくし、隣国なんて行きたくありませんわ。もしも、貴方がわたくしを選んでくださるのなら……」
「やあ、それは困るな。君のような大輪の薔薇は、広い世界の舞台で咲くべきだよ。僕みたいな退屈な男の隣じゃ、すぐに飽きてしまう」
レオナードは、彼女の言葉を「冗談」として処理し、軽くかわす。
アイーダは彼を射落とそうと必死だった。名門ヨーク家の嫡男。見目麗しく、将来を約束された男。彼が自分を『奪って』さえくれれば、望まぬ政略結婚から逃れられる。
けれど、レオナードは決して最後の一線を超えようとはしなかった。彼は「面倒な責任」を最も嫌う。
楽しむだけならいくらでも。けれど、その先に続く泥臭い人生の責任を取るつもりなど、毛頭ないのだ。
「意地悪な方……」
アイーダが悔しげに唇を噛む。
レオナードはそれを、ただ美しい絵画を眺めるような心地で眺めていた。
ふと、脳裏にオードリーの静かな執務室が浮かぶ。
アイーダのように縋り付かず、自分を試すような視線も送ってこない。ただ、淡々と数字を追っていた彼女の横顔。
今、この瞬間、彼女は何をしているだろうか。
「お気をつけて」と言った彼女の声が、この騒がしい夜会の中で、なぜか一番鮮明に響いていた。
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