【完結】義姉に憑依した私に、婚約者が溺愛を捧げてきます―中身が「嫌われ者の私」とも知らずに

恋せよ恋

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決裂

  夜会の喧騒が遠くで鳴り響く、月明かりだけが照らす王宮のバルコニー。
 すべてを終えたフローディアの背中に、喉を掻き切るような悲痛な声が投げかけられた。

「待ってくれ……フローディア! 行かないでくれ!」

 駆け寄ってきたバーナードの姿には、「公爵家嫡男」としての威厳は欠片も残っていなかった。髪は乱れ、瞳は充血し、その表情は迷子の子どものように歪んでいる。

 彼はフローディアの前に膝をつくようにして、そのドレスの裾を掴もうとした。

「……分かったんだ。ようやく、すべてが繋がった。あの一年間、私の隣で微笑み、共に未来を語り、私の心を救ってくれたのは……スザンヌなんかじゃない。彼女の中にいたのは、君だったんだろう!?」

 フローディアはゆっくりと振り返り、冷たい月光を背に受けて彼を見下ろした。
 その瞳には、かつて彼を焦がれるように見つめていた情熱も、彼を陥れようとしていた憎悪さえも、もう残っていなかった。ただ、深い、深い虚無だけがあった。

「今更、何をおっしゃるのですか。バーナード様」

「嘘だと言わないでくれ! あの合言葉も、お茶の好みも、私が苦しんでいる時にかけてくれた言葉も……君にしかできないことだった! 私は、君の魂を愛していたんだ。姿がどうあれ、私は君を――」

「……『愛していた』?」

 フローディアの唇から、乾いた笑いが漏れた。その響きは、凍てつく夜の空気に鋭く刺さる。

「貴方は、あの一年間、スザンヌの姿をした私を『理想の女』として愛し、慈しみました。ですが、思い出してください。その同じ時、本来の姿で、冷たい離れの部屋で死を待っていた私に、貴方は一度でも会いに行きましたか?」

 バーナードが息を呑み、言葉を失う。

「貴方は私を『悪女』と呼び、目覚めぬことを喜び、私がいない世界でスザンヌと幸せになると宣言した。貴方が愛したのは、私の魂ではありません。貴方の都合に合わせ、貴方を立て、貴方を心地よくさせる『都合のいい幻影』に過ぎなかったのです」

「違う……! 私は……っ」

「いいえ、違わないわ」

 フローディアは一歩、彼に歩み寄った。その距離が、かつてなく遠く感じられる。

「貴方は、私が一番辛い時に手を離した。私が泥にまみれ、誰からの助けも得られず、たった一人で絶望の淵にいた時……貴方は私の手を振り払い、背を向けた。それが、貴方の出した『答え』です」

 バーナードの顔から、すべての色が失われた。
 彼女が指摘した事実は、どれほど言葉を尽くしても、どれほど後悔しても書き換えられない残酷な真実だった。彼は、彼女が最も彼を必要としていた瞬間に、彼女をにいたのだ。

「もう、遅いのです。バーナード様」

 フローディアは、縋り付こうとする彼の指を、一本ずつ、静かに、しかし拒絶を込めて解いていった。

「貴方を愛していたフローディアは、あの日、貴方の冷たい眼差しの中で死にました。そして、貴方が愛したスザンヌも、最初から存在しない幻。……今ここにいる私は、貴方の愛も、憎しみも、何も必要としていない一人の女です」

「待ってくれ……やり直させてくれ! これから一生をかけて、私は君に償う! 婚約破棄も撤回する、君以外は誰も――」

「お断りしますわ。……私、これからは自分のために生きたいのです。貴方の後悔に付き合うほど、私の人生は安くありませんから」

 フローディアは、一度も後ろを振り返ることなく歩き出した。

 背後で、バーナードが絶叫し、石床に拳を叩きつける音が聞こえた。かつて彼女が求めてやまなかった彼の「情熱」は、今や滑稽な騒音でしかなかった。

 月明かりの下、フローディアは晴れやかな顔で夜の闇へと消えていく。
 捨てられたのは、彼女ではない。
 自分を愛せなかった男と、偽りの愛に溺れた過去。

 彼女は今、ようやく本当の意味で自由を手に入れた。
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