【完結】義姉に憑依した私に、婚約者が溺愛を捧げてきます―中身が「嫌われ者の私」とも知らずに

恋せよ恋

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崩れ落ちる男

  月明かりのバルコニーに、獣のような呻き声が響き渡っていた。
 バーナード・バルマンは、冷たい石床に膝をつき、己の頭を抱きしめて激しく打ち震えていた。

(私は……私は一体、何をしていたんだ……!)

 脳裏に焼き付いて離れないのは、あの一年間の記憶だ。自分が「スザンヌ」と呼び、愛おしげに抱きしめ、将来の夢を語り合ったあの柔らかな体温。その中身が、自分が最も無惨に切り捨てたフローディアであったという事実が、鋭利な刃となって彼の理性を切り刻む。

 彼は思い出す。フローディアが「スザンヌ」の姿で、時折見せた悲しげな瞳を。自分を試すような、あるいは別れを告げるような、あの静かな微笑みを。

 彼女は、自分を殺した男の腕の中で、どんな思いで愛の言葉を聞いていたのか。
 自分が「フローディアのような冷徹な女とは違う」とスザンヌを称賛するたび、彼女の心にはどれほどの絶望が積み重なっていったのか。

「あああああぁぁぁ……っ!!」

 バーナードは喉が裂けるほどの叫びを上げた。
 彼は自分の手で、最愛の女を地獄に突き落とし、その地獄で苦しむ彼女の仮面に向かって、厚顔無恥にも愛を囁き続けていたのだ。
 
 バルマン公爵家の嫡男としての誇り、騎士としての正義。それらすべてが泥にまみれ、異臭を放っているように感じられた。彼は自分の手が、自分の声が、自分という存在のすべてが耐え難く汚らわしいものに思え、何度も石床に拳を叩きつけた。拳が割れ、血が流れても、心の痛みは一向に和らぐことはなかった。


 数日後、レイトマン侯爵家を蝕んでいた寄生虫たちへの「審判」が下された。
 戸籍を偽造し、資産を横領し、さらに殺人未遂を共謀したジャネットとスザンヌ。彼女たちの罪は、フローディアが完璧に揃えた証拠によって言い逃れのできないものとなった。

 かつて豪華なドレスに身を包み、フローディアを「死に損ない」と罵ったスザンヌは、今や汚れ果てた囚人服に身を包み、衛兵に引きずられていた。

「嫌よ! 私はレイトマン侯爵家の令嬢よ! お義父様、助けて!」
l
 しかし、その「義父」であるチャーチル侯爵もまた、審判の場に立たされていた。
 長年、後妻の悪行を黙認し、正嫡である娘への虐待を放置してきた彼の責任は重い。フローディアは、王室監査官立ち会いのもと、父に「隠居勧告」を突きつけた。

「お父様。貴方は、この家を守る能力も資格も、とうの昔に失っています。……これからは、北の果ての離宮で、静かにご自身の犯した罪と向き合ってください」

 フローディアの冷徹な宣告に、父は力なくうなだれるしかなかった。

 ジャネットとスザンヌは、家名も、財産も、市民権さえも剥奪され、王国最果ての「極貧の地」へと追放されることが決まった。そこは、宝石もドレスもなく、ただ飢えと寒さが支配する、彼女たちが最も恐れた場所だった。


 すべてが終わった。
 レイトマン侯爵家の実権を正式に掌握したフローディアは、数ヶ月ぶりに王宮の正門を潜った。
 
 門の外には、一台の馬車が停まっている。
 そこには、憔悴しきり、かつての輝きを失ったバーナードが立っていた。彼はフローディアの姿を見るなり、縋るような一歩を踏み出したが、彼女の周囲に立ち込める「王家の近衛騎士」たちの威圧感に足を止めた。

「フローディア……。私は、バルマン家を継ぐ権利を放棄した。これからは領地で一生をかけて君に……」

 彼の謝罪を、フローディアは優しい、しかし完璧な拒絶を込めた微笑で遮った。

「バーナード様。貴方がどこで何をされようと、それは貴方の自由ですわ。……そして、私にはもう関係のないことです」

 彼女はバーナードの横を、風のように通り過ぎた。

 その先で、馬車の扉を開けて待っていたのは、第二王子・リュシアンであった。
 彼は、フローディアが「眠り姫」として放置されていたあの一年間、たった一人で彼女の容態を気にかけ、密かに最高級の薬と医者を送り続けていた人物だ。そして、スザンヌとして振る舞う彼女の「魂の違和感」に、唯一最初から気づいていた男でもあった。

「お待たせいたしました、リュシアン殿下」

「いや、待ちくたびれたよ。……ようやく、君を本当の場所へ連れて行ける」

 リュシアンはフローディアの手を取り、慈しむようにその甲に口づけを落とした。

 フローディアは一度だけ、晴れ渡った空を見上げた。
 そこには、雨雲も、泥の匂いも、自分を縛り付けていた偽りの愛も、もう存在しない。

「行きましょう。私たちの、幸せな未来へ」

 フローディアは、崩れ落ちるバーナードの姿を二度と振り返ることはなかった。
 彼女の隣には、自分を「姿」ではなく「魂」で最初から見抜いていた男がいる。
 
 残酷な蜜月の終わりは、彼女にとって、あまりにも鮮やかな「真実の愛」の始まりであった。

 ハッピーエンド
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