【短編完結】残り香の正体〜優しすぎる夫と、憧れの義姉、そして『サレ妻』の私〜

恋せよ恋

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暴かれたメッセージ

  誕生会が地獄と化してから三日。直人は家を出て行き、ビジネスホテルを転々としているようだった。和也兄からは「美沙は実家に帰した。春人は俺がみている」と、疲れ切った声で連絡があった。

 私は一人、静まり返ったリビングで、あの日回収した直人のスマートフォンを眺めていた。
誕生会の混乱の最中、彼が落としたものを隙を見て拾い上げておいたのだ。

「プライバシーは信頼の形……。よくもまあ、あんな顔で言えたものね」

 私は画面を点灯させる。パスコードの入力画面が、無機質に点滅している。
 直人の誕生日は「0712」。私の誕生日は「1130」。
 かつて「記念日にすると忘れないからね」と言って設定していた番号をいくつか試したが、どれも跳ね返された。

 ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。
 まさか、と思いながら、私はある四桁の数字を打ち込んだ。……「1024」。
 十月二十四日。それは、美沙さんの誕生日だ。

 最後の数字を押し込んだ瞬間、画面の鍵アイコンが静かに外れ、ホーム画面が滑り出すように現れた。音もなく、ただ光が溢れたその事実に、胃の底からせり上がるような不快感に襲われた。

「ビンゴ、開いた……最低」

 自分の妻の誕生日でも、二人の記念日でもない。不倫相手である義姉の誕生日を、彼は肌身離さず持ち歩くデバイスの「鍵」にしていたのだ。それがどれほど私を、そして兄を愚弄する行為か、彼は考えもしなかったのだろうか。

 開かれたメッセージアプリの中身は、外面の良い彼のイメージとは正反対の、悪夢のような真実だった。名前のないトークルーム。そこには、吐き気を催すほどの熱量を持ったメッセージが並んでいた。

『美沙:今日は和也が遅いから、いつもの場所で待ってる。早くあなたに抱かれたい』

『直人:僕もだよ。陽子には仕事だと伝えてある。あの香水の香り、まだ体の一部に残っているみたいだ』

 日付は一年前から始まっていた。法事の日も、私の誕生日も、二人は陰でこうして繋がっていたのだ。読み進めるうちに、私の指先は怒りで白く震え出した。

『美沙:陽子さんはいいわね、自由で。私なんて、春人に縛られて……。ねえ、いつになったら私を連れ去ってくれるの?』

『直人:もう少しの辛慢だよ。陽子との離婚準備は進めている。慰謝料を最小限に抑えるために、今はまだ「優しい夫」を演じていなきゃいけないんだ。正直、彼女に触れるのも苦痛だけど、君のためだと思えば耐えられる』

「触れるのも、苦痛……」

 思わず声が漏れた。
 夜、私を抱き寄せ、穏やかな声で愛を囁いていたあの時間は、全て「安く別れるため」の計算だったのだ。直人の徹底した「優しさ」は、愛情ではなく、私から資産を奪い取るための武器に過ぎなかった。

 さらにスクロールすると、二人の異常性が際立つメッセージが見つかった。

『直人:二人の子供を作ろうよ。前の男の影がない、僕たちだけの宝物をさ』

 自分の甥っ子である春人を「前の男の影」と呼び、排除する算段を立てる夫。そして、それを否定しない実の母親。
 私はそれら全ての画面を、自分のスマートフォンで動画として記録した。

 その時、直人のスマートフォンが震えた。美沙からの新着メッセージだ。

『美沙:直人さん、和也に全部バレた。今すぐ助けに来て。あなたしかいないの』

 私は直人に成り代わって、一言だけ返信を打った。

『今、弁護士が向かっているから、そこで待っていて』

 すぐさま「既読」がついた。
 美沙からの返信はない。ただ、狂ったように着信が繰り返される。

 私はそれを冷ややかに無視し、画面を閉じた。

「準備は整ったわ」

 優しい嘘に塗り固められた日々は終わり、ここからは数字と法律、そして取り返しのつかない後悔だけが支配する、冷徹な現実が始まる。
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